2 原告アルデミアン
裁判長が、告発内容の説明を求め、アルデミアンがそれに応える為に、立ったまま語り出す。
「私がその生徒に初めて会ったのは、今年の入学式の日だ。式の後、残っている生徒が居ないかと見回っていた時、中庭で座り込んで泣いている女生徒を発見した。制服のラインの色から、新入生だと判別出来たが、輝かしい門出の日だというのに、髪の毛が随分と乱れていて、不自然であった。何より、物陰に隠れるように泣いている事に、尋常ではない事は明らかであった」
しんと静まり返った傍聴側の生徒達は、アルデミアンの真摯な様子に、実際にあった事なのだろうと察した。とはいえ、その場を目撃したという話でない事に、多くの者が少しだけ安堵する。
執行委員としても、王太子としても信頼をしているが、プリメディーナの普段の様子から、誰かを侮蔑したり、私物損壊をする事が、どうにも想像出来ないからだ。
だが、一部の生徒は、顔を強張らせ、不信の目をプリメディーナに向けた。
アルデミアンの言葉が続く。
「共に行動していた者が、その女生徒に声をかけると、泣き腫らした顔を上げ、慌てて逃げようとした為、引き留めさせて話しを聞けば、髪飾りが不相応だと言われ、乱暴に取られ、壊されてしまったと言うではないか。
母上殿から貰い受けた物だったのだと、悲しげに言う姿は、虚偽を述べているようには見えず、相手の名を知っているかと問えば、名は知らないが、高貴そうな方だったと言い、大切な物を持ってきた自分が悪いのだと、壊れた髪飾りに涙を落としている姿は哀れに見えた」
悲しげに視線を落としたアルデミアンの様子に、感情移入した令嬢が涙を浮かべたり、顔も分からぬ被害女性を慰めたいと義憤にかられる令息が僅かに現れる。
アルデミアンが傍聴側を満遍なく見渡し、机の横から一歩前に出て、傍聴の生徒達に訴えるように言う。
「門出の日に、身内から貰い受けた品を身につけたいと思う事は、不相応であろうか?新しい生活に期待しつつも、不安を抱える事はあるだろう。大事な品から、勇気を貰いたいと思って当然ではないか?
しかも、壊されたという髪飾りは、決して華美な物ではなく、慎ましくも可憐な物であった。大事な物だと知らなかったとしても、他人の私物を破損するなど、許し難い事だ」
言葉の数々は、多くの者が共感出来たのだろう。傍聴側の多くが頷いている。
その様子を満足そうに眺めてから、アルデミアンの視線が、真っ直ぐプリメディーナに向けられた。
「ここまでの話で、言い逃れがあるだろうか?」
プリメディーナは座ったまま、左の頬に閉じた扇を当て、顔を傾けてみせる。
「被害に遭われた方には、同情致しますが、残念ながら、記憶にございません。なかった事を証明するのは困難ですし、困りましたわ」
そこまで言い、傾けた顔を傍らに居る侍従の女生徒に向ける。
「その日の事、覚えていて?」
「はい。可憐な御姿に感動した事をよく覚えております。その日、お嬢様が歓談されたのは、ローデマリア様、マデリーン様、フランシア様の御三方のみで、いずれも朗らかにお過ごしであったと記憶しております」
うっとりとした笑みをプリメディーナに向けていた女生徒は、チラリとアルデミアンに視線を向け、冷ややかに溜め息を吐いた。プリメディーナを煩わせている事を、言外に非難しているのだ。
王族に対してのあからさまな態度に、プリメディーナがパチンと扇を鳴らして忠告すれば、女生徒は小さく頭を下げ、姿勢を正した。
その証言に、傍聴側に安堵が広がった。アルデミアンなら正しい判断をするであろうと。
この裁判は、勇み足であったのだろうと。
裁判長が、女生徒の証言に頷いてから、アルデミアンに言う。
「加害者だと予測されているプリメディーナ嬢の側仕えが、記憶にない出来事なら、その件の加害者は別人の可能性もございます。もしくは、被害生徒が髪飾りを誤って壊してしまい、大切な物であった為に、誰かに壊されたのだと、思い込んだ可能性もあるかと。いささか公平さに欠ける発言では?」
傍聴側は、裁判長の公平さに安堵し、アルデミアンが暴走していたとしても、引き留めてくれるだろうと、そっと息を吐いた。アルデミアンの事を疑っているわけではないが、正義感から冷静さを欠いているように見えたのだ。
アルデミアンが、一つ咳払いをし、ニコリと人好きのする笑みを浮かべ、裁判長に向かって述べる。
「王族として、平等であるように努めているつもりだ。当然、被害生徒の思い違いの可能性も考慮した。入学式の日に、争い事を見た者が居ない事も調査済だ。被害生徒からは、見なかった事にして欲しいと、懇願されてしまったし、打つ手なしと判断した。
だが、その1カ月後くらいに、爵位の低さで侮蔑されている特定の生徒が居るらしいと、報告があった。調査してみれば、被害者は、入学式の日に泣いていた生徒だった事が判明した。
視界に入るのが不快だから学園を辞めるように言われたり、勉強しても無駄だからと、教材や制服を汚されたり、破かれてしまったりしていると、報告の詳細を聞いた」
アルデミアンの視線が、プリメディーナに向けられる。
「聞き取りに対し、被害生徒は加害者の名は言わなかった。被害の件数から、複数人居ると思ったが、どれも一人から受けた被害のようだと、聞いてね。相手がよほど高位なのだろうと予測するには十分だった。
なので、私自ら聞き取りをしたのだが、それでも相手の名を明かさない。名を口にするのも恐れ多いと述べるから、王族である私が責任を持つと言ったのにも関わらずだ。私が頼りないのかと聞けば、再び恐れ多いと同じ事を口にし、不快な存在の自分が悪いのだと卑下してしまった。憐憫の情を抱くほど、憐れに肩を震わせていてね。
つい、プリメディーナ嬢、君の名を口にしてしまったのだ。高位の令嬢で真っ先に浮かんだのが君だったのだ。途端被害生徒は涙を浮かべて、自分が悪いのだと再び口にした。皆に慕われている方を不快にさせているのだから、致し方ないのだと。相手は将来尊い方になるのだから、自分など道端にいる虫程度で、視界に入れて、声を掛けて貰える事は光栄な事なのだ。と、随分健気だと思わないかい?」
アルデミアンが、被害者から直接聞き取りした事を知り、被害者に同情して、代理告発をしたのだと予測出来る。その正義感から、冷静さを欠いてしまったかも知れないと、傍聴の生徒達は悟る。
被害生徒が下位貴族なら、高位貴族であるプリメディーナと直接やり取りする可能性は低い。加害者が詐称している可能性が出てきて、傍聴の生徒達の多くが、無罪になるだろうと、プリメディーナの経歴が守られる事を確信する。
そして、数人が加害者を責めない被害者の話に、頷いている。加害者を間違えているとは言え、プリメディーナの視界に入れて、あまつさえ声をかけて貰える事を光栄だと言った事に同意したのだ。