第四話:見えない檻
屋敷の奥へと進む美秀とアレックス。
さっきの広間を抜けた後も、二人の間に重い沈黙が流れていた。
「ハウ、まだ何かいるか?」
アレックスの問いに、ハウが低く唸る。
(……いる、かなり強い。
さっきの比じゃない)
アレックスはポケットを探った。
「こんな化け物みたいな奴ら相手に、ドーナツ無しで相手することになるなんて......」
美秀は前を見据えたまま、ぽつりと呟く。
「……やっぱり、ここには何かいる。
空気が違う……悪霊の仕業だ」
「悪霊か……。
私は別の何かにしか思えないがね。
まぁ、どちらにせよ、やることは変わらない」
しばらく進むと、目の前に重々しい扉が現れる。
そこだけ、異様なほど空気が重い。
「この先だ、ハウが騒いでる」
アレックスが手を伸ばすと、美秀がふいに止めた。
「待って……ここ、すごく嫌な感じがする」
アレックスは目を細める。
美秀は小さく頷き、恐る恐る扉に手をかける。
ギィ……。
扉の向こうには、異様な光景が広がっていた。
舞台のような空間。
中央には、黒く光る本が台座の上に置かれている。
本から滲み出るように、黒いモヤが漂っていた。
「……なんだ、これは」
アレックスが眉をひそめる。
ハウが低く唸った。
(アレックス、あれ……ヤバい。
力の塊みたいだ。
何かの能力か、装置か……正直、正体までは分からない)
美秀は息を呑んだ。
「……きっと、あれが……全部の原因だ」
「理由は?」
「分からない。
でも……見た瞬間、そう思った。
……多分、あれが悪霊の本体」
アレックスはしばらく黙った後、苦笑した。
「なるほど……。
だが理由については問題ではない。
問題なのは、あれが危険だということだ」
その時、黒いモヤの中から、小さな人影が浮かび上がった。
「っ……!」
それは、美秀が探していた少年。
だが、虚ろな目をして、ただ立っているだけだった。
「……あの子が囚われてる」
美秀は思わず呟いた。
「囚われてる、か。
……私には、ただ立ってるようにしか見えないが」
美秀は一歩、前に出る。
「見えない……。
けど確かに、あの子の周りには檻がある。
私には、そう感じる」
少年の口がわずかに動いた気がした。けれど、声は聞こえない。
「やっぱり、あの子は……助けを呼んでる」
アレックスは、少年の方を一瞥した後、鋭い声で言った。
「なら決まりだ。
美秀はアイツを助けるんだ」
その瞬間、部屋の空間がねじ曲がり始める。
黒いモヤが渦を巻き、複数の人影が形を成していく。
「私は……こっちを抑える」
「でも!」
「美秀、これは仕事だ。
自分の役目を果たせ。
私は私の仕事を片付ける」
美秀はギュッと拳を握ると、大きく頷いた。
「……絶対に助ける」
「くるぞ……っ!」
アレックスは咄嗟にハウを展開させ、銀の鎧を纏う。
「美秀、走れ!
私が時間を稼ぐ!」
「わかった!」
美秀は叫び、少年の元へ走り出す。
(理由なんて分からない。
けど、このままじゃいけない。
あの子は、絶対ここから連れ出す)
アレックスに無数の黒い影が迫る。
「なぜ私はいつも話せない相手とばかり交渉しているんだ……」
ハウが呆れたように呟く。
(話が通じる相手の交渉はお前の仕事。
それ以外の交渉は......俺たちの仕事だからな)
「……ああ、そうだったな」
それでも、アレックスは銀の拳を握りしめた。
「さぁ、仕事の時間だ」