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第三話:幽霊との交渉

 屋敷の廊下を進む二人。

 アレックスが先頭を行き、美秀がその背中を追う。


「……ハウ、どこだ?」

(左の部屋の奥。

強い存在を感じる)


 アレックスは小さく苦笑し、ポケットのドーナツ袋を確認した。

 残り、二つ。


「……幽霊相手の交渉ってのは骨が折れる」


 その一つを口へに放り込む。

 美秀が小さく問いかけた。


「本当に、交渉できるの?

相手は悪霊だよ?」

「普通はな。

だが、私は交渉のプロだ。

霊相手でもやりようはある」


 アレックスは、ニヤリと笑う。


「大事なのは、相手が潜在的に求めてるものを見つけることだ」


 たどり着いたのは、かつて舞踏会でも開かれていたかのような広間。

 傾いたシャンデリア、埃をかぶったテーブル、そして......。

 

「いらっしゃい……」


 どこからともなく響く声。

 現れたのは、顔のない何かの集団。

 靄のような身体に、浮かぶのは口だけ。


「お迎えに預かり光栄だ」


 アレックスは微動だにせず、軽く手を上げた。

 美秀は思わず身をすくめる。


「私は、アレックス・エリダヌス。

プロのネゴシエーターだ。

今日は交渉に来た」

「……交渉、だと?」

「そうだ。

私の要求は、この家に迷い込んだ子供の解放。

もちろん、そちらの要求も聞くつもりだ。

可能な範囲で応じよう」


 広間の空気が、ねっとりと重くなる。


「我らが望むものは……命。

我らは再びこの世に蘇ることを望む。

命を寄越せば、出してやろう」


 美秀が即座に前に出た。


「ふざけないで!

そんな交渉、乗れるわけない」


 アレックスは手で制し、美秀に小声で囁いた。


「落ち着け。

ここは私に任せてくれ」

 

 そして、再び霊たちへ向き直る。


「悪いが、それは無理だ。

だが......代わりの提案を聞いて欲しい。

これではどうだ?」


 アレックスはドーナツを取り出し、掲げて見せる。


「これだ。

生者の甘味、ドーナツ。

久しく味わってないだろう?」


 その瞬間、霊の一体がわずかに揺れる。

 アレックスはわざとゆっくりと、ドーナツを袋から取り出し高く掲げた。

 甘い香りが、わずかに空気を震わせる。


「なぁ、お前たち。

思い出さないか?」


 アレックスは静かに語りかける。


「……生きていた頃、口にした甘いものの味を。

 冷たい夜に、温かいコーヒーと一緒に食べた、こんな甘味の幸福を......」


 靄のような霊たちの身体が微かに揺れた。


「お前たちは生に渇いている。

だが命そのものを喰らったところで、満たされるのは一瞬だ。

その後に残るのは、虚しさだけだろう?」


 アレックスはドーナツをひとつ、自分でかじって見せた。

 ふわりと漂う甘い香り。


「……だがこれは違う。

 一口食べれば、確かに思い出せる。

 生きていた時の幸せを、暖かさを、満たされる感覚を......」


 霊の一体が、呻くように声を漏らした。


「……甘いもの……食べたい……」


 美秀は呆然とそのやりとりを見つめる。


「え、なにそれ……本当に通じてる……?」


 アレックスは肩をすくめて、ぽつりと漏らす。


「霊だろうが、元は人間だ。

忘れた欲を思い出させれば、理性も、取引のテーブルも戻ってくる」


 そして、静かに問う。


「さあ、どうする?

たった一つ、ほんのひとときだが、確かに生を感じられる取引だ。

悪くない話だろ?」


 しばらくの沈黙の後、霊の群れが微かに震えた。


「……わかった、応じる」


 アレックスはにやりと笑う。


「なら、取引成立だ」


 アレックスはドーナツをポンと幽霊たちの中心に投げた。

 すると、霊がそれを貪るように取り込む。


「……うまい......」


 その瞬間、部屋の空気が緩んだ。

 そして、奥の扉の鍵が、カチリと外れる音が響いた。


「今だ、美秀。

抜けるぞ」

「え?本当に?」

「交渉成立だ。

今なら、大丈夫だ」


 二人は駆け抜ける。背後でドーナツをむさぼる霊たちの呻き声が響いた。


「……ホントに、うまくいったの?」

「もちろんだ。

なんせ私はプロだからな」


 美秀は小さく息をつき、くすりと笑った。


「……あんた、ちょっと変わってる」

「よく言われる」


 アレックスはそう答えるが、顔には薄く疲労の色が浮かんでいた。

 ハウが低く囁く。


(……次は通用しねぇぞ、アレックス)

「分かっている。

それに、あの霊たち......おそらく何かの能力によるものだろう。

何か事件が絡んでいるかもしれない。

……でも、進むしかない」


 美秀の目は、迷いなく前を見据えていた。


「絶対に、あの子を助ける」


 アレックスは小さく頷き、再び歩き出した。


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