日の報酬
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふああ~、もう三が日も終わりか。時間の流れが早いのなんのって。
いろいろ用事がある人ではあっという間、寝正月の人にとってもあっという間。時の流れは平等なのですねえ。
この間も働いている人は、ほんとお疲れ様だと思う。本来ならこうして家でぬくぬく、のんべんだらりとできる機会を、わざわざ削って勤めているわけなんだしな。
同じ一日だって、365日同じ価値を持ち続けるわけじゃない。値千金ならぬ値千日な日があっておかしくないと思う。この一日頑張ったら1000日分休みをもらっても問題ない……みたいな。
実際に1000日休む、なんていうのはいいことばかりじゃないかもしれない。でも、この一日だけを乗り切ってくれたなら……という状況に置かれたとき、こーちゃんならどう判断して動いてく?
僕が友達から聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?
「ここでレモンを絞っていてくれないか?」
冬休みに入ってすぐ、友達はクラスメートのひとりに朝から呼ばれて、そう頼まれた。
いつも遊ぶスペースとして使わせてもらっている居間。そのテーブルの上には山ほどのレモンと、ジューサー。そして調理用のボウルの姿があったのだとか。
「レモン3個につき、ジュース一本。9個に達したら、それごとにポテチも渡そう。その代わりレモンひとつひとつ、きっちり奥深くまでしっかり絞ってくれ。僕がダメだといったら悪いけどそのレモンは、絞りなおしてもらうよ」
お駄賃がもらえる手伝いとは聞いていたものの、もう少し派手な動きが要求されるんじゃないかと、友達は最初肩透かしをくらったような心地だったらしい。
まあ、楽に済む分にはそれに越したことはない。お菓子が控えめな友達の家にとって、ジュース一本でもおごちそうの範疇。ポテチに至ってはぜいたく品だ。正直、10個しぼっただけでも、何日分ものお菓子カロリーを一度に得られるわけだ。
ひょっとしたら、長くかかるかもと、家族には伝えている。出されるお菓子で食べつなげば、家への滞在が許される範囲でこのレモン絞りを行うこともできるだろう。
こんなぼろい手伝いがあっていいのか……? と思いつつも、目の前の利益に友達は目がくらんで意気揚々と手伝いを始めたのだとか。
ジューサーの性能たるや、かなりの高さだと友達は思った。
盛り上がった歯の部分に果肉をあて、ぐるぐると回しつつこすっていく感じで果汁を絞り出していくのが、たいていのやり方だろう。
しかし、このステンレス製とおぼしき銀色のジューサーは、さほどの力を入れずとも、レモンのほうから回っていくような感触を覚えたのだとか。その絞り出され方たるや、放っておくとレモンを突き抜けて、手のひらにまで達しそうなことも何度かあったみたい。
そのぶん、手伝いはおおいにはかどる。
ものの数十分ほどで、用意されていたレモンたちは皆、ボウルの中で海と化した。
ジュースとお菓子の支給も欠かされることはなく、すでに30本あまりのジュースと10袋以上のポテチが手元へ運ばれてきている。お腹が減ったこともあってジュースを数本に、ポテチ1袋を開けてしまっているけれど、クラスメートは気にかけた様子もなく「もっとやっていいよ」とばかりに、追加のレモンを持ってきたそうだ。
お菓子がもらえるなら異存はないと、友達はおかわりされたレモンたちも、次々にジューサーへかけていく。
一回目のレモンたちはおめがねにかなったらしく、やり直しを要求されることはなかったそうだ。ただお代わりになったレモンたちに対しては、うってかわってクラスメートの厳しいチェックが入っていく。
最初のレモンたちの中身が入ったボウルは、居間より外へ持ち出されてそれっきり。いま出されているのは、別のボウルだ。
「ごめん、もっと深く絞ってもらっていいかな?」
いままた、ボツをもらったレモン。その果肉の部分を見せながらクラスメートは依頼してくる。
元の果肉はほとんど取り払われて、皮の内側である白い部分がそこかしこにのぞいている状態。ただ果汁をしぼるのみなら十分なはずだ。
――これ以上になると、皮を突き破らなくちゃいけなくなるぞ。そいつはつまり、手のひらを傷つける恐れがある、ということ。
そのことをクラスメートにいおうかとためらった友達。
このときの彼の表情は、いささかけわしげだったらしい。ヘタに反論すると、このままこじれてしまいそうな、そのような気配があったとか。
今すぐやめるというのも、同じような結果を招きかねない空気。義理立てとして、お代わり分だけはこなしてから、帰ることに決めたようだ。
絞り直しが決まったものに対しては、クラスメートが間近で見張ってくるから余計に力が入ってしまったらしい。
皮が内側からやぶれ、ジューサーの歯が手のひらにあたり、血が出るかいなか……そのギリギリのラインを攻めなくては合格とみなされない。先ほどまでの流れ作業は一転、神経をかなり動員する繊細な仕事と化した。
不合格を喰らった数個を相手するのに何度もダメ出しをもらってしまい、知らぬ間に頬から汗を流してしまうほど。それさえも、早く拭うように言われたそうだ。
血も汗も、レモン汁に混ざらせてはならない。しぼる係である以上、当たり前の要求ではあるけれど、やる側としては緊張の瀬戸際。
――早く終わらないかなあ……。
先ほどまでのジュースとお菓子への欲もすっかり消え、気だるさが先行し始めたころ。
ふと、この家の前を大きいトラックが通ったかと思う、揺れが襲ってきた。
友達は顔をふと上げただけだが、クラスメートはすくっと立ち上がって家の中、居間の開けっ放しのドア、廊下の奥を見やっていたらしい。先のレモン汁のボウルを持っていった先でもあったとか。
「事情が変わった」
ぽつりとそういったクラスメートは、友達にもう帰っていい、お疲れだったと菓子とジュースを渡す袋をよこすと、代わりに絞り途中のレモン汁の入ったボウルを取り上げて、廊下の奥へ隠れてしまったのだとか。
事情は飲み込めなくとも、友達としてもこれ以上ここにいるつもりはない。
ジュースやお菓子もいくらか食べてしまったけれど、どうにもこれ以上は気味悪く、もらった袋も畳んでこれらの上に置いたまま、すぐに帰ってしまったとか。
翌日。
朝におそるおそる近づいていった友達の家は、その半分がブルーシートに覆われていて、修理中とのことだった。ちょうど、友達が消えていった廊下の奥にあたる面のところだったらしい。
友達本人もその家族も、家の修理が終わるまでは誰の目に留まることもなかった。おそらく家の中にいたのだろうけど、何をしていたかについては教えてくれなかったそうだ。