06ツガイ
──ツガイの祭典当日
ディアドアの家で過ごして、次の日意気揚々と向かった。
腕を組むとか手を繋ぐとかはまだ慣れなくて、無理だった。
苦肉の策でお揃いの腕輪でなんとかした。
腕輪は、ディアドアの伝手によっておまじないがかけられている。
しかも、とってもデザインがいい。
ついつい腕輪を見ちゃう。
「あ、ねぇディアドア。あの串焼き美味しそう」
「あっちに水焼きがある」
ツガイの祭典は、普通の祭りと変わらなかった。
カップルも勿論、居る。
「でも、他の街でもツガイの祭典があるのに、離れた街でツガイは見つかるのかな」
「ツガイを探す奴は、そういった祭りに積極的に出るから、いずれ会える可能性が高くなる」
「おお!計画的な祭典なのねえ」
「おれは全く興味がなかったから、出たことはない」
「普通は意識して、活動しないよね」
うんうん、と頭を振る。
ツガイ関連は興味がなければ、具体的なことを知ることは難しく、なんとなーく理解している、をそのままに生きているのだ。
そうとなれば、ディアドアと共に参加したくなったから、ここへ馳せ参じた。
彼はとても素敵な、わたしの伴侶となる男。
彼はどこに出しても恥ずかしくない。
となれば、自慢したくもあり、隠したい。
相反する存在だが、それでも二人で楽しい日にしたいのだ。
「水焼き、美味しいー」
うーん、と幸せな顔ではむはむと食べる。
「初めて食べたが、いける」
「うん。来て良かった。下手したら一生縁がない祭りになってたし、勿体なかったよ」
ふふ、と彼はこちらを見てきて、言いしれない気持ちになる。
ツガイを得た時の幸福とは、こうも甘美なものなのだ。
「他のものも食べようか」
彼は優しく肩を抱いて、わたしを誘う。
その包容力にノックダウンしそうだ。
彼はかっこいい。
ツガイ最高。
「うー、これ、美味しい!あーあ、今まで参加しなかったのは勿体なかったなあ」
「これから欠かさず参加するから、今後楽しんでいけばいい。美味いものは食べられるだろ?」
「うんうん。これから絶対にそうする」
出店を回り、一段落すると音楽が聞こえる方へ向うことにする。
楽しそうで誘われてしまった。
こんな風にはしゃぐなんて、ツガイとは凄い。
この人がいるだけで、なんにでもなれると思える。
心の鍵が勝手に開いてしまう。
「楽しい。楽しすぎる。相乗効果が高すぎるのでは……?わたしでもこれなら、普通のツガイ達は心がふわふわだよ」
「お前は飛んでいくなよ。踏ん張れ」
「ちゃんと地に足がついてるでしょ」
ほら、と靴の裏を見せる。
二人してそれに笑う。
広場に出ると、ツガイ達が楽しげに過ごす光景。
見ているだけで癒やされ──!
ふと、目に入った人達に息を呑む。
元カレとその婚約者だ。
奴ら、大変なはずなのによく来れたものだ。
片方は妊娠しているのに。
呑気にここにやってくるなんて親族達はお冠になるんじゃないですかねえ。
知らんよ、どうなってもさ。
じと、とした目で見ながらも他人のふりをした。
実質他人だしね。
「あいつらが例の」
彼はすぐ、視線の変化に気付くハイスペックを披露。
ふらりと踊るファルミリア達は、色ボケ2人のことを脳の端の端に移動させていく。
考えるのが勿体無い。
と、2人で決定した理由。
楽しもうと、お互いを見つめはじめた。
燃えるような瞳をじっくりと奪い合いながら、情熱的にリズムよく揺れる。
ツガイになりたてなので、周りも温かな目で見てくれている。
なんというか、気恥ずかしさを感じて堪らなくなった。
離れたい気持ちになるのに、ディアドアは離れるなと耳元で囁くから、いうことを聞きたくなる魔力だ。
ツガイって不思議。
音楽が一時的に途絶えると周りの景色が戻る。
夢中になりすぎて周りから人を無意識に放り出していた。
ふふ、と笑い合うと名前が聞こえ、それがわたしの名前だと気付き、無意識に眉を顰めた。
もう関係ないのに、名前を呼ぶなと相手を冷えたまなこで見つめる。
呼んだのは、お花畑元婚約者。
元婚約者によれば、婚約者でもなかったらしいが。
皮肉に満ちた目と口元で、相手を出迎える。
わざわざご丁寧に、こちらへ来るみたい。
「なに?」
「来ていたなら声をかけてくれよ。水臭いだろ」
呆れ果てた。
まだ同じ村に住む、隣同士のままだと思い込むその残念さに、ディアドアを見た。
威嚇するごとく、男を睨みつけていた。
逞しくて男らしい。
「水臭い関係でも無くなったんだから、声を掛けるわけないでしょ。さらに、頭の悪さが悪化してるのね」
「なっ、いきなり不躾な」
不躾なのはお前だ。
縁を切ったのに、寄ってくるな。
ファルミリアは果てしなく馬鹿だと思い、無視することにした。
「おい、待てよ。むしするなって」
ディアドアもそう思ったのか、チェンジして、2人でそそくさと輪から外れる。
お花畑夫妻の相手なんて、ごめんであった。
あ、婚姻できてないからまだ夫婦じゃなかったか。
「あいつらが噂の馬鹿か。想像の2億倍は頭が悪い」
「そうでしょう。あの2人は会った時からあんな感じで、困った人達なの」
そうだったらいいアイデアがあるんだが、聞くか?
と、彼はとてもよい提案を囁く。
勿論、いい笑顔で答えた。
どんなものでも受け入れる。
嫌なことなんてしないと、分かっているもの。
全てを聴き終えて、復讐だとファルミリアは意地悪く笑う。
確かに、直接手を出した事はなかったな。
男もにっこりと、悪巧みを実行する。
ディアドアが指を鳴らすと、鳥が羽ばたく音と共に元婚約者の男の頭に、フンが付着。
采配が早い。
うわあ、と騒ぐ相手の靴は後ろを踏みこむ。
ベチャッと捨てられていたガムを潰す。
靴に気持ち悪い音と、不快感が湧き上がるに違いない。
ガムを取ろうと急り、座り込む勢いで頭を前方に倒して。
番女の方へ頭のてっぺん、フンが付着した部分を押し付けてしまう。
「ガムが、くそ、ついたっ」
女の服にわかりやすく、白いフンが絵の具のように着いた。
「きゃあー!いやあ!!汚いッ」
500人の女性に同じ展開が起きても、同じことが起こるだろう事態。
男は慌てて女から離れるが。
後ろにあったゴミ箱に当たって、そのまま頭から突っ込んだ。
ガコン、という音と共にゴミ箱もろとも倒れた。
わお。
その一言に尽きる。
「あら、可哀想」
「そうだな」
わたし達は氷のように冷たい声で、同情した。
ダンスを楽しんだあとは、再び出店を回る。
最後に見た元婚約者カップル達は、ゴミの装飾品に塗れていていた。
女の方は泣き喚く。
男の方は、呆然としていた。
他人なので、素知らぬ顔で野次馬の顔をした。
「楽しめているようでなによりだ」
屋台を追加で周る。
わくわくする。
笑みを浮かべてしまう。
誰かとこうして回る事が、こんなに楽しいなんて思わなかった。
「ツガイはいいもの、だろ」
「うん。悪くない」
「おれもだ」
「ありがとう?ふふ。お礼を言っているなんて変なの」
ディアドアとわたしは互いに抱きしめ合って、ゆっくりと体温を移し合う。
ツガイの香りである甘いムスクのようなものが漂い、うっとりと目を閉じた。