04慰められるが上の空
今日もディアドアと会う日。最近というか、最早ディアドアとしか会ってないのではないのか、という勢いである。よく誘われるんだもん。
ノーと言えるわけもなく、一緒に居ると居心地がいいので、つい頷いちゃうのだ。なんだかいい声だし、聞いていてぼーっとしてしまう。折角話してくれているのに、失礼だな。気を引き締めないと。
「最近、上の空だな」
彼の第一印象はクールだったのが、可愛いに変化するまで早かった。
「気になることでもあるのか」
聞かれて少し迷う。こんなプライベートなことを、話してもいいのかと。
「この街に来る前のことを、考えてました」
「……あぁ」
その反応でもしや、と空気が重くなる。
「あー、知ってますぅ?」
おずおずと聞こえてきた音色に彼はムッとした顔を浮かべた。
「別に探ったわけじゃない。勝手に喋られただけで、特にそういう趣味はないからな」
みみっちいと誤解されたのかもしれず、微かな恥ずかしさに頬を染める。そんな風に疑っていないと述べれば、彼は笑う。
「だが、お前の口からならいくらでも聞きてェ」
元より赤い顔が、更に赤くなるのを止める為咳払い。なんというエモい事を言うのだ。
「楽しい話ではないのですがね」
「それでも、その傷を慰めたい」
「!」
慰めたいって……そういうのはズルいな。彼には知ってもらいたいと、口から成り行きを説明した。ツガイなんてうんざり。聞き終えた彼はこちらを見て、そうか、と答えた。
「苦しかったな。お前はなにも悪くない。悪いのはそいつだ。そいつの血縁者も」
うん。彼らも恨めしい。
「本当は……こんな気持ち、捨てたい」
忘れたいのに忘れられなくて、苦しくて辛くて。彼らのことなんて、もう思い出したくない。いちいち気持ちがカッとなるのも、嫌。疲れてしまっていた。
「許さなきゃいけないのかなぁって」
許さないと、もう一生彼らの事を考えることになるかも。
「許さなくていい。だが、記憶は上書き出来る」
「え」
ばっと上向きになる。思わぬセリフに目をパチクリとさせる。
「おれが」
するりと、手がこちらに伸びていく。頬に温かな温度を感じる
「わたし、わたしっ」
ふと、ディアドアはなぜこんなに優しいのかと疑問に思う。
「もしかして……もしかして、あの、わたしは……ツガイ、なの?」
半ば冗談で言った。なんせ、ディアドアには既にツガイが居たと聞いている。なので、ツガイではないとすぐに反論されるに決まってる。
「お前にとっては、二度と聞きたくないワードだろ」
「そうだけど、ディアドアには関係ないでしょう」
「そうでもねぇ」
直ぐに否定されず、言いにくそうに告げられる。ツガイであると。
「え、え?」
「混乱してるな……少し時間をかける」
彼は一人だけ納得して終わる。んな勝手なぁ。全容をぼかされて、目をぱちぱちする他なかった。
ある日、ヤンリと名乗る元婚約者のツガイ女がなんの前触れもなく現れた。心臓に毛でも生え散らかしてんのか。据わった目で母と共に見る。
「たすけて、くださいっ」
((…………))
二人して唇をパッカンである。
「子供を妊娠してて、でも、婚姻届が受理され、なくてぇっ」
ぐずぐずと泣く。
「恥って知ってます?」
「恥ずかしいって知ってますか?」
思わず問いかけた。ダブルで被る。
「同性の前で泣き落としとか、意味ありませんけど」
半眼で相手を威圧する。
「でも、でもぉ」
「あなた一人ですか?あいつどこ?引取先はいますか?警視呼びますよ?」
母もわたしも、堪忍袋の緒が切れている。なんなら、火山だって噴火している。どの面下げてきたんだよこの子。
火山を最後まで噴火させるなんて、呆れを通り越して最後までやられたいのかな?
「お願いしますっ。謝りますからぁ」
「なんで上から目線なんだ……」
謝るのは常識だ。てか、謝るのおっっそ。
「今更というか、時既に遅し、こぼれた水は戻せないというか」
いくつか、無駄な足掻きだと仄めかす。溜息を吐いて舌打ちする。相手にイラつかせられる。帰ってもらえない。面の皮が厚くて何よりである。
「赤ちゃんが、居るん、です」
自分の子供を、脅しの材料にするとは人の心がない。どちらが血も涙もない人間なのか、一目瞭然。
「はいはい、人の元婚約者との子供でしょ。その頭言葉を忘れているわよ」
指摘してやれば、彼女は肩を揺らす。ツガイだからとわたしは許さないし、これからも許す予定はない。彼女と彼は、やるべきことをしなかった。謝らなかった。
誠意もなにもなく、人の心を散々踏みつけた上で式を挙げた。どれだけ揉めようとも、話し合えば良かったのに。もう、手遅れだが。
「はぁ……もういい加減にしてくれませんか?」
意味不明なことを言い出す。
「それはこちらのセリフなのだけど」
「いい加減ッ、嫉妬はやめてよねッ」
「嫉妬の意味は知っていて?嫉妬するような愛情がもうないのに、なににわたしは……嫉妬するの?」
「それは!わたしがあなたの男を取ったからで!」
深く深くため息を吐く。
「あなたさ、わたしがあいつに突き飛ばされたの見てたよね?なんでなにも言わなかったの?」
「そんなの、あなたたちが婚約者と知らなくて、驚いたから」
「でも、普通人が突き飛ばされたら心配するよね?」
遂になにも言えなくなったらしい。女を母と協力して追い出し、元居た村にクレームの手紙を分厚い状態で送った。ますます村八分に、力が入ることだろう。ざまぁみろー。まだまだ言い足りない。
こいつにわたしは、人生を一部壊された訳で。つがいなどという理由で、壊されていいものではない。
古今東西、ツガイ関連で苦労してきた過去があるから法律がある。それを初めから無視した奴らに、人権など有りはしないのだ。




