03ディアドア現る
妖精が判断するなんて、ファンタジーだ。しかも、公平に判断してくれるので私情や柵を一切入れないところが、こういった時に最高にホットな判断を下してくれる。裁判官バンザイ。
「料理はなにがいい」
と、言われたので目をカッとさせる。
「え!?わたしが作りますから」
「おれがやるから座ってろ」
(かっこい、じゃなくて!自分より格上に作らせるわけには)
「わたしが、やりますから」
慌てて立ち上がる。
「おれが、作りたくなっただけだ」
「いえいえ、普段お世話になってるのにっ」
「それは互いに持ちつ持たれつ。気にするな」
話している間にも、野菜を剥いていく。手並みがいい。冒険者なだけある。
「野菜は剥きます」
「なら、他の作業を進める」
わたしに皮むきを託すと、彼は違う事を始める。うわぁ、共同作業だ。恥ずかしくなる。冒険者のときは、なにも感じなかったのに自分のうち、というテリトリー内では新鮮過ぎてドギマギする。
「ふ、緊張してるな」
「そ、れは、まぁ、家ですから」
「家に、男を連れてきたことくらいないのか?」
「家に……?」
思い出してみる。うーん、強いていうなら。
母の薬を貰いに、うちに来たことはあるけど、本格的に部屋に来たことはないな。
親も同棲してたし、それに結婚まで秒読みと言われているくらい、有名なわたし達だったし。結婚したら、一緒に住むのは決めていた。
「ないです」
「は、本当に、か」
信じられないことを聞いた、とばかりの目で見られてムスッとする。
「うちは薬屋でしたから、店が家だったのでね」
それにナルホドなとディアドアは笑う。
「おれははじめて家に上げた男ってわけか」
ひ、卑怯!
顔が赤くなるけど俯く。流石に初すぎる反応だから隠した。というか、ディアドアにドキドキしすぎである。
「それは、どうでしょう」
うまく返せたかな。
「いいな」
「え」
「皮を剥いたらこっちに寄越せ」
全く剥けてない皮に手を動かす。2人で作ったものは、オムライス。ほとんどディアドア作で、わたしは剥いただけだ。
味つけがプロ並み。食べたら一口でファンになる。ふわとろー。
「とても美味しいです。凄い、ディアドアさん」
年上の貫禄である。美味しい食事を食べて楽しく会話。久々に心が潤い心地になる。こんなに男の人と話して楽しいのは、一年以上感じてない。
あの日以降、ツガイというものに怖さすら覚えた。あと、追加情報だが元婚約者は、法律の円満というのを破ったので、法律の専門家にきっちり依頼しておいた。
違約金、賠償金もたっぷりもらった。商家だろうと、女の方の経歴はキズついた。
男の方も、裁判はなかったので経歴は白いが少しでも調べられたら、今回のことが知られてしまうくらいには脆い。これからの人生、怯えて暮らすだろう。
こういうの久しぶり。母と父以外の人と過ごすのは。ほんのり感傷が疼く。
「眉間にシワが寄ってるぞ」
「あ……すみません。食べましょう」
気を取り直す。話しながら食べ、話すを繰り返していく。話していても苦にならない。ツガイと会っても失敗したのなら、気をつけたりすることもない。
突然、目前にツガイが現れて引っかき回される事も無い。なんと幸いなことか。ディアドアにとっては不幸だけど。世の中の理論としては、ツガイと共になるのが普通のことらしいもんね。
わたしには、悪しき風習だとしか思えないけど。食べ終えてリラックス時間になる。
「美味しくて驚きました」
「料理の出来る男はいいだろ」
「出来ないよりは、出来た方が助かります」
クスクスと笑う。それからぽつりぽつりと話し合う。
「こんな時間ですね。遅くまですみません」
「いや。おれがしたかっただけだから、気にするな」
彼は優しい声で慰めのセリフを言う。顔が少し発熱した。人たらしさんかな?
「わたしも楽しくて時間を忘れてました」
「また食事してもらっていいか」
ドキッとした。あまりこさせては、ディアドアに勘違いさせないかな。周りとか、気にならないのかと思う。
「ツガイの方と離れたばかりなのですから、あまり頑張り過ぎない方がいいですよ」
ピタッと彼は固まり、少しして息を吐く。なにか、気に障る事をしてしまったのかな。どうしたのかと首を傾げていると、彼は軽く笑ってなんでもないと言う。ツガイの話題は、デリケートなものだもんね。
そうして一つ季節が過ぎた。母親が眉間にシワを寄せて、手紙をつまんでいたのでどうしたのかと聞く。
ため息をついて数秒黙った後、あんただから言うしかないわね、と伝えてくる。手紙はなんと、恥知らず一家の大黒柱、元婚約者の父親から。
「なんか、妻が病気になったらしいわよ」
本当に、どの面下げて送ってきたのか。呆れて声も出ん。流行り風邪らしく、置いていった薬は避けて配られたらしい。数に限りがあるんだから、その原因に配るわけがない。
村の人達は順当に彼らを省いているようだ。母も、彼があんな真似をするまでは彼の母親と随分仲が良かったのに、妻と言って他人事にする。それくらい彼らは酷い。
結婚式をあげるという、不義理の結末をみせられたんじゃ、冷めるよね。親も公認っていうことだもん。二人で冷めた目を合わせる。
「正直……」
「でっ?って感じよね?」
息の合った意見。二人の見解はこうなるのだ。病気?だから?という感じだ。医者というのなら、他の医者を探せばいいのに手紙を送ってくるということは、お金の問題?
でも、不貞のツガイ女のところは商人だよね。首を傾げていると、母は教えてなかっただけよとわたしに理由を開示してきた。母は既に近隣から色々情報をもらっているので周りのあれこれも、知っていた。
わたしになにも言わなかったのは、知る必要もなかったから、らしい。確かに元婚約者なんて、他人だからねえ。
「商人の娘は文字通り、縁を切られたのよ」
商人は人と人の繋がりと評判が命。ツガイだったとしても、円満に終わらなかった時点で評判に響くのは、わたしでも分かる。
そっか……縁を切られたのか。
だとしたら元婚約者の親も旨味がない。ツガイに、メロメロになった娘を捨てる為にぎりぎりまで、縁を切らなかったのかな。
「送るの、薬」
「送るわけないじゃないの。お父さん、今でも酔うと、あの一家の恨み節を唱えるのよ?家族が少なくない傷をもらったっていうのに」
あぁ、と思い出す。父は元婚約者の父親と飲むこともあった。婚約者一歩手前であろうと、親たちにとってはもう結婚した仲で、親戚になっているつもりで付き合ってたんだろう。
そうなると、余計に裏切りのダメージは強かっただろうな。それなら、なぜあんなに急かすように結婚したのか。つくづくアホだ。
村八分になろうと、商人との縁があれば乗り切れると計算したのか。そもそも、彼の家は商人でもないのに旨味もなにもないと思うけど。
その手紙を握りつぶす母は忘れなさいと、ゴミ箱に放り投げた。




