14子爵令嬢シェリーは第二王子の番だった
無かったことにできないのだ。
「少しは考えて欲しいところだが、なにをしてもお前はいずれ罰を受ける」
「そうなんですの。ディアドア様と結ばれるのならばどちらでも構いませんわ」
「……恋に恋しているのだな」
父親は的確に当てた。
子爵家当主は娘の行く末を案じたが、もうどうにもできない。
「ディアドア殿の治療が遡って無効になった。今後、ディアドア殿の治療はうちの子爵家三代において受けられなくなった」
助けたのに、恩を仇に返すことをやってのけた。
「はぁ、今回は南の方にある第二王子が来るパーティの招待状はもう出してしまっているから、出るしかあるまい。最後に出られる公衆のパーティになるだろう」
「そんなことは、ないとは思いますけれど」
楽観的過ぎるシェリー。
南の第二王子が来るパーティに参加した子爵家。
娘と当主は明暗の別れた表情をしていたが、第二王子がシェリーの番ということがその場で発覚した。
喜ぶ二人に子爵は歯噛みした。
本来ならば喜ぶべきこと。
「王子……私の番だったのね」
うっとりしているシェリー。
その途端、シェリーがウッと呻く。
「あ、熱い!顔が、熱いっ」
呻く女に王子が寄り添う。
しかし、顔を上げた令嬢の顔に戻る火傷の跡を見た王子は驚く。
「これは!?」
子爵は王子に事情を話すために別室へ移動してもらい、関係者も含めこの国の王家の王子にも話を聞いてもらいたいと、同席を望む。
シェリーは痛い痛いというが、怪我自体は痛みがないはずなので肌がさらされているために、空気で痛いのだろう。
「これはどういうことだろうか、子爵」
番の王子が問いかける。
娘が治療した男を番と思い込みをして追いかけ、男の番になにかをしようとしたため、妖精に罰せられているのだと教えられる。
「なんということだ」
王子の家人が呟く。
番に危害を加えるだけでなく、男を番だと偽証の言葉を大々的に発言してしまっている。
そのことに震える国側。
「でも、大丈夫ですわ?だって、私の番が見つかったのだもの。謝ればよろしいかしら?」
「そ、そのような軽いっ……なんと頭の足りぬ娘か」
王子の側近や令嬢の国の王子達は、あまりの扱いの軽さに絶句していく。
このままでは、王子の番の妃として発表などできない。
「素敵!私が王子の妃」
番というだけでも、嬉しいのに人々に憧れの目で見られることになる。
そのことに夢想していて、周りのあり得ないという顔が目には見えない。
第二王子ははは、とから笑いを浮かべて暫し黙る。
「無理だ。そんな傷を持つものを妃として発表するのは」
第二王子の国は小さくとも王家の仲がよく、共に支え合う家族愛のある家系。
下に下り、人民になることなど考えても無かった。
こうなると、別れるかシェリーを誰の目にも触れさせない場所に幽閉する方法しかない。
子爵が苦虫を噛み潰した顔をしたのはまさに、そんなことになることの暗示だ。
ただの平民ならば、そこまで影響はない。
慎ましく暮らせば。
だが、王家ともなると表に出すにはやらかしはいずれ公になる。
「王子。王子の国の特産はなんですの?私、覚えて妃として公務を共に頑張りますわ」
のほほんと告げられる言葉に、さらに凍える面々。
「シェリー、もう喋るな」
「お父様?お喜びにならないのですか?」
女はきょとんとした顔を父に向ける。
この周りの空気を察せない。
「お前は妃になれん。傷を持つお前は」
二重の意味を持つ傷。
恐らく火傷は治る可能性はあるが、罰なので元に戻らない可能性の方が高い。
「どうしてですの?」
「お前が若気の至りで、ディアドア殿を番などと言い放ったせいだ」
「ディアドア……ああ、彼の方だったわね?そうだわ、火傷の跡をまた治してもらわないと!お父様、ディアドア様を呼んでくださる?番として間違ったのだし、謝らないといけないのかしらね?王子が番なのだから、言わなくても……わかってくださるわよね。妃が謝るのだもの」
キャッキャと火傷の跡を晒して、盛り上がる娘。
「傲慢な子爵令嬢……」
誰かの言葉が場を滑る。
子爵は教育を間違えたことを今になって察した。
遅過ぎるが。
「ディアドア殿とは三代まで関与はできない。お前が彼の番を害そうとしたからな。シェリー、お前は王子妃になれない。一生どこかに幽閉される。番を害したものは罰を受ける」
「はい?何を言っているのかしら?番でなかった方の番に害を与えるのは無理よ?ふふ、それよりも、ドレスを作らなくちゃ」
娘はまだ成人してないが、善悪を判断できる年齢。
「無理だよ、シェリー」
王子が鬱屈な顔をしたまま、伝える。
「君は私が誰かに害されたらどう思う」
「そんなの!許せるわけがありません!罰を受けさせます」
「それだ。君は他人の番に手を出して相手を怒らせた。許せないと君はいい、罰を受けさせると言ったね?君は罰を受けさせられることをしたのだ」
「えっ、あの……ですが、間違いだったと知れたのです。彼が番でなかっただけではないですか」
しどろもどろになってきた。
「君は私が傷つけられたという言葉を聞いただけで怒った。では、本当に害されたらその比ではないはず。ディアドアという人が怒ったということは、なぜかわかるね」
「あ、その、えっと」
シェリーは徐々に王子の言葉に怖くなる。
「君は人を傷つけた。傷を治してくれた恩人の大切な人を。君は父や母が傷つけられたら、許せるのかい?」
「許せません、わ」
下を向くシェリーは指を絡めた。
「だよね。私も大切な人が傷つけられたら絶対になにがあっても罰したいと怒る」
王子は諦めた顔で笑う。
令嬢はその顔をさせているのが、己ということに漸く気付く。
「手紙だけでも謝ったのかな」
「も、もちろ」
「いえ」
令嬢はこれ以上、失望されたくなくて嘘を吐こうとしたが子爵の父親が即座に否定。
「お父様!やめてっ」
「謝ってもないし、悪気もなく反省もしてません。護衛を巻き込んだのに、護衛の行く末を気にも止めてません」
「なんと、ひどい」
王子側にいる者が囁く。
人生を歪めた。
それなのに、そのことを考えもせずに日々を過ごしていたということになる。
思わずそう思われて囁かれていくのは、当然のこと。
倫理観に問題がある。
「人民をなんと心得るか。貴族子女が」
側近の男がしみじみと言い、自国の貴族の倫理観を問われた王家の王子は恥ずかしくて、震えるしかない。
「我が国の問題なれど、他の者はしっかりと命を大切にしております。令嬢は例外であるということを、わたしは宣言する。どうか、違ったあり方のシェリー嬢と我ら貴族を同じとしないでいただければと」
「わかってます」
王子は苦笑いする。
その令嬢が唯一の番なのだ。
「勿論、あなたと我が国の令嬢が番ということはめでたい」
王子と王子は腹の探り合いをするまでもなく、互いの意見は合致している。
普通ならば友好国として、さらに強い結びつきができたはず。
が、あまりに酷い令嬢ゆえにお互い深く付き合わず、このままの状態でというのが暗黙の了解で済まされていく。
「シェリー」
「はい」
父に呼ばれてしおしおとなる愛娘に子爵は、じっくりと言い募る。
「幸せになるかはお前次第。環境に惑わされずにいくか、朽ち果てるかは、お前だけが決めることだ」
せめてもの選別に言葉を贈る。
安易に高価な物や高額なお金を贈るとなると、領民のみならず様々な者達から批判を受けることになるだろう。
「はい……肝に銘じます」
最大の支援は封鎖される。
言葉を贈ることだけが、娘に送れる最大の愛。
火傷をした部分が痛むのか、胸が痛むのかわからない。
第二王子もディアドアという、治療のできる男の治癒を受けられないという罰を、シェリーと共になるので受けれなくなる。
火傷をここまで完璧に治せる存在は限られる。
そんな人材から協力を求められないということは、王家として多大なダメージとなった。
それを知られれば、きっと王子の王家や血縁者達の白い目が番達を肩身の狭い人生にさせるだろう。
シェリーはまだ全て理解できたわけではないが、幸せな生活はできないのではという予感がひしひしと伝わってきた。
子爵という下位貴族のシェリーは王家の王子と番になれた幸福を得られた。
同時に、最愛の番へ己の罪を背負わせたという恨みも含めて、生きていくことになる。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
番と溺愛のお話は書く側としても楽しかったです。今回は番に割り込んだエピソードとなりましたね。
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