12ディアドア サイド
ディアドアサイド
「ファルミリア」
ぽつりと呟かれる言葉は寂しく部屋に響き渡る。いつもはその名前に花の様な柔らかさで答える相手がいた。
「はぁ……あの女っ」
ディアドアは、思い出すできごとに歯軋りをする。
「許さない、あの女……!」
隣の街の子爵家の家から依頼があったことがあり、それが秘密、機密事項に触れるのだ。貴族の案件は大体秘される。
今回の依頼は子爵家の一粒種、子爵令嬢への治癒。その令嬢は火傷があり、そこに治療をするために集められた。
無事に治せたのだが、問題は治している間ディアドアを見つめていたのだ。それに、嫌な予感を覚えたので契約完了の際に、金額を減らして契約を付け加えた。
こちらのことを探らないように。番に近寄らないように。ツガイ持ちは番に対する契約を付け加える人が多くいるので、不自然ではない。
「機密を守っても向こうが守らないなら、なんの意味もねぇ」
拳を握りしめて、依頼主のところへ向かうことにした。先ブレとやらを書く。
「貴族なんてめんどくせぇな」
イラついて文字もブレる。
「このっ、絶対に目にものみせてやる」
ペンが折れそうになる。このペンはファルミリアとお揃いとして、買い揃えたのだ。追ってはいけないと違うペンを使用。
手紙を出して子女の回収を書いておく。契約違反により訴えると記載しておいた。
出しに行こうと外に出てギルドへ行く。恐らくあの女にかち合うことになる。
ギルドへ辿り着き中へ入るとやはり、聞いていた通り着飾った子供が座っていた。呼び止められたと聞いていたが、探しにいくこともしない。他力本願だな。
「あっ……ディアドア様っ!」
「チッ」
声をかけてきた。どの面を下げて声をかけてきたのか頭を割りたくなる。襟首を揺さぶり、二度と立ち上がれなくしてやりたい。
衝動を抑えて、なんとか息を例えた。ディアドアは手にした手紙をギルドに預ける。その間、何度も名前を呼ばれるが答えることはない。
「……!」
「……様。もうおやめに」
令嬢の近くにいた男達が注意する。だが、ディアドアの許せない存在は彼女を追った男達も同罪。
「おれの番を追い回したのはどいつだ?」
「……あ」
男達は顔を白くさせ、やっと女の立ち位置を知ったのだろう。この世界で番に加害をすることは許されない。それで、大昔は戦いが続き国は疲弊した過去がある。
なので、ツガイ持ちに手を出すのは厳禁。女は男の番。ということは、この男らは女を番と知らなかった。
男達は令嬢の護衛。あの場にもいた。女のことをいつの間にか調べていて、ギルドにきた。しかし、令嬢が礼を言いたいと連れてきた。
父から許可を得ていると聞いていた。だが、と護衛らは嫌な予感が身体を巡る。
「なぜここにいる。おれの番に何をした」
男の身が凍る音に周りも震え始める体。しかし、令嬢は全く気づかずにいる。
「潰してやる」
周りからすると、なんてことをしたのだと責めたくなる。
「つ、潰すなど!貴族に対して口の聞き方に気をつけよ」
一番古参の護衛らしく、無駄で止めをさすような口上をしてしまう。
「は?……お前、番関連のことを知らないのか?」
怒る男が続けて言おうとするが、体の前に投げ出される様に寄ってきた子爵令嬢に周りもギョッとする。
「ディアドア様」
男は呼ばれても答えることはない。答えてしまえば、話す気があると思われてしまう。そう思い、呼ばれたディアドアは無視を決め込む。しかし、耐えきれないのは子爵令嬢。
「あの日から……あなたに会いたくて……私、気付いたのです」
彼女から出る言葉は己に寄っているのが誰から見ても丸わかり。
観客らは今の状況が線一本だけで張り巡らされている、ギリギリの状態で終わる空気を察していない女に終焉だろうかと思わされていた。
空気が読めないという話ではない。命の危機さえ感じ取れない愚鈍な愚者であることは、誰の目から見ても明確。
「ふざけるな」
やはり、と周りは告白されるのだろうと感じ取った男が青筋を浮かべて目の瞳孔を開いているのが確認されてる。
「いえっ、ふざけてなどないわ?」
ディアドアの言葉を真逆に捉えた女は、首を振る。そういう意味じゃないんだよな、という周りの目は届くことはなく。
「だって、あなたは私の番なのですから!」
言い切った!と古参の護衛以外の者達は声を揃えて一同が唱える。その少女はまだ大人になり切ってない顔を赤くさせて、目を潤ませるが。
「お前はおれの番じゃない」
当然、すでに最愛の番を得ているディアドアはファルミリアを番と認識したまま、否定を口ずさむ。
「違うわ!あなたは、あなたは騙されているの」
番に騙すもなにもない。
「ほぅ?どう騙すと?」
「きっと、怪しげな薬かなにかであなたの本能は間違った本能を植え付けられているの」
「おい、そんな内容を娘が読んでるって聞いたことあるぞ」
番をテーマにした小説で、実は番は薬で間違えさせられていた。本当の番と出会う右往左往を経て、ハッピーエンドのお話がある。それを思い出した男が他の相手に話しかけた。
「おれもいくつか、そんな小説があって奥さんから聞いてる」
聞いたことのある設定。どこにでも転がっている、人気のあるジャンル。
「そこまで言うのなら」
妖精の鈴を無言で鳴らす、ディアドア。妖精は契約を結ぶ際に、絶対の効力がある。
「契約で唱えてもらう」
妖精は鈴に呼ばれて参上する。
「もう一度おれとお前のことを言ってみろ」
「……様!いけません!」
「もう外野の言葉は通らない」
令嬢はやっと振り向いてくれたとディアドアを見つめる。
「私はディアドア様の番なのです!薬で今の互いの方とは偽りの関係で……私が真の番なの!」
高揚した令嬢は、初恋のままに番を軽視した発言を繰り返す。妖精はその言葉を聞き届けて妖精を使役する番関連の部署へ送られる。
「ついで、子爵家が機密に記した契約に違反をしたことも追加しておいてくれ。おれについて探らないことを契約として盛り込んでおいたのに、子爵家はそれを無視して探ってきた」
ディアドアは慈悲などくれてやるものかと皮肉に口元を歪めて、相手を射殺す瞳で子爵家に大打撃をもたらす違反行為を告発。
「ディアドアの番を追いかけ回す行為も確認された。それに対する追加の報復も認可を得たい」
刹那の出来事に聞き流すしかない子爵家の護衛達は、ディアドアの番を知らずに追ってしまったことを思い出して、勝手に体が震える。
護衛達にも番はいた。その番がなにもしてないのに、見知らぬ男達に追われたと知ったら自分達とて、許せずに報復する。
それを、他の番持ちにしてしまう。もしかしたら、番に知られたら軽蔑の目で見られるだけでは済まない。自分達は、令嬢の想い人の番を排除しようとした、重罪人扱いをされることになるだろう。
「す、すみません!」
「知らなかったんです!」
「ツガイ持ちに惚れたなんて知らなかったのです!」
なんとか許してもらおうと、男に膝をつき謝罪を繰り返す。しかし、ディアドアは笑うだけで許すということは言わない。男達はディアドアの怒気を肌でピリピリと感じ取ってしまう。
「なにをしているの?」
呑気な子爵令嬢の声音が寒々しく通る。誰のせいだ、と護衛の憎む顔が相手に向けられていく。古参の護衛の男はそれを今になって過敏に察知して、子爵令嬢を庇う様に背中に隠す。
「雇い主の姫になんたる目を向けている」
叱責するが、叱責したところで起こったことは覆らない。誰かに指示されて行ったとして、本人がやったという判定になるので妖精による違反行為の中に入る。
だからこそ、妖精の契約がある。子爵に雇われた時も番持ちの番を害する行為に加担することはしないという内容や、害することを命令することの否定をよしとする文をどこの家も盛り込んでいる。
つまりは子爵家自体が契約の違反をしたことになった。護衛達はそのことを覚えていたからこそ、子爵だろうと貴族だろうと睨みつけられたのだ。令嬢は段々と、場が異質なものに変化していくのを感じることはできていない。
「番を偽ることは、番の法律で最もやってはいけないことの中に含まれてる」
ディアドアは低く煉獄の底から響くような聞く人を不安に誘う、怒りがすでに頂点に到達した者が発する気配を漂わせる。
殺気ともいえるそれに、周りの者達はジリジリと後ずさっていく。男はギルド員の中で強さがある存在として名を挙げられることがあるほどの、実力者。
それに加えて、癒しの魔法の腕も王宮に所属させたいと誘われることもあると噂される。そんな相手の番と偽る行為は、売名行為でもあり、権力を欲するものからすると番の法律がなければ殺到していることだろう。
「追加しておくか」
縫うように受付のテーブルに移動した彼。手紙を手にしていたディアドアは、保険して場所を開けていた部分の紙の空白にカリカリと付け加える。
番を統括する関連する施設から、呼び出しを受けることになるだろうことを記載しておく。妖精はすでに令嬢から証拠の文を言葉で聞き取り、番ではないのに番と発言してしまったことを送っている。
しかも、真の番に何かをしようとした言葉や男達の証言も今、取られてしまった。謝罪をしたと言うことは、認めたということ。
「尋問官がやってきてこれからお前らに聞きにくる。覚悟しておけ。さっきも言ったが、潰してやる。ツガイごとな」
男の最後の審判に護衛達は震えたあと、力無く床に顔を俯かせた。




