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2.レナーテ(2)

 エフベルト様の葬儀から一か月ほど経った頃、私とお父様はリュークのお父様であるカレル様に呼び出された。

 すぐに応接間に通されたが部屋にはカレル様だけでリュークの姿はない。カレル様の表情は酷く冷たく見え、嫌な胸騒ぎがした。


「カレル様。リュークはいないのですか?」

「リュークは私の名代でケーマン公爵家に行っている」

「そう……ですか」


 今日はリュークに会えない……。一目彼の顔を見たかったのに。


「それでカレル。今日は何の用で呼びつけたんだ?」


 お父様は棘のある口調で問いかけた。なぜならカレル様の態度は呼び出しておきながら、明らかに私たちを歓迎していない。


「リュークとレナーテの婚約を白紙にさせてもらう」

「えっ?!」

「なんだと!! 婚約を白紙にする? カレル、本気で言っているのか?」


 お父様は語気を荒げた。当然だ。私とリュークの婚約は生まれた時から決まっていて、結婚も目前だった。それなのに一方的な解消に納得できるはずがない。想像もしなかった展開に言葉を失い私は呆然とした。カレル様が私たちを嗤笑する。


「この婚約は私たちの父親同士が勝手に決めたものだ。その二人はもう死んでいる。もう充分だと思わないか? 義理は果たしただろう。しかもこの結婚は我が家に何のメリットもない。私はブラーウ侯爵家当主として取り止めるべきだと判断した。家の利になるものを取捨選択しなければならないのだ。もちろん長きに渡る婚約だったのだからレナーテには慰謝料も出してやるし新しい婚約者も探してやる。それで文句はないだろう?」

「ふざけるな! 私たちを馬鹿にしているのか?!」


 お父様が激高している。私は悔しくて唇をきゅっと噛んだ。確かに我が家は格下だ。でも仕事でもブラーウ侯爵家とは良好な関係を築き支え合って来た。メリットがないなんてことはない。それに私はリュークに相応しくあるための努力をしてきた。それなりの成果も出している。エフベルト様だってそれを認めてくれていたのにカレル様はそれを否定した。私は感情を押さえるために両手を膝の上で固く握った。


「カレル様。リュ、リュークはこの話を受け入れたのですか?」


 カレル様は片眉を上げると苛立たし気に舌打ちをした。


「……あいつは愚かだからな。だが家のために己がどう振る舞うべきか理解できるはずだ。それにいずれ私の判断に感謝するだろう」


 それはリュークが納得していないということだ。私はそれに期待した。


「カレル。勝手なことを! 私は認めないぞ」

「お前たちの意思など関係ない。これはブラーウ侯爵家当主として決めたことだ」

「カレル。お前は……」


 お父様は話にならないと首を横に振り、そのまま私の腕を掴むとブラーウ侯爵邸をあとにした。馬車の中ではお父様も私も無言だった。


(リュークとの結婚が白紙になる? そうしたらもう会えなくなるかもしれない……。そんなのは嫌よ)

 

 帰宅するとその話を聞いたお母様とお兄様がカレル様の話に怒り、そして慰めてくれた。


「レナーテ。大丈夫か? 顔色が悪いぞ。少し休んだ方がいい」

「お兄様……」

「リュークはレナーテを大切に思っているわ。きっと大丈夫よ」

「そうよね。お母様。私、リュークを諦めたくない……信じるわ。ねえ、お父様。私、リュークに会って彼の気持ちを確かめたい」

「だがカレルの様子を見る限り難しいだろう。あいつエフベルト様が亡くなった途端、態度を変えてきた」

「でも、リュークが変らず私との結婚を望んでくれるのなら、頑張ってカレル様を一緒に説得する。明日、会いに行くわ」


 私にとってリュークを好きな気持ちは当たり前のことだったが、突然リュークとの結婚を取り上げられそうになったことで、彼への気持ちの深さを再認識した。

 私の言葉にお父様は眉根を寄せると首を横に振った。


「今日の話の場にリュークがいなかったのはカレルが手を回したからだろう。そうするとレナーテが会いに行っても会わせてもらえないだろう」

「……そんな」

「それにしてもカレルがこんな行動を起こすとは。エフベルト様はリュークを次期ブラーウ侯爵に指名する手続きはしてあると言っていたのにまだだったのか……。まさかこんなに早くエフベルト様が亡くなるとはご自身も思っていなかったのだろう」


 お父様は苦々しい表情だ。その声から今、とても厳しい状況であることを理解した。


 私たちにとってカレル様がブラーウ侯爵当主になったことは想定外のことだった。

 常識的に考えればエフベルト様の息子であるカレル様が継ぐのが順当だ。でもカレル様はエフベルト様と折り合いが悪く、家を継ぎたくないと言って家を出て自分で商会を興こし別邸で暮らしていた。ブラーウ侯爵家とは距離を取っていて私もカレル様とはめったに顔を合わせることはなかった。リュークですら一年に一度会うかどうかだと言っていた。

 エフベルト様はカレル様ではなくリュークに侯爵家を継がせると宣言していてカレル様も了承していると聞いていた。その手続きも進めていると……。だがまだ手続きはされておらずカレル様は相続を放棄しなかった。

 そして己の相続の権利を主張し王家がこれを認めてしまい、カレル様が正式にブラーウ侯爵家を継いだ。今のリュークはブラーウ侯爵子息でしかなく何の権限もない。この状況をどうにかできるのだろうか。


 その後、お父様がリュークの様子を調べたところ、カレル様によって行動を制限されていることが分かった。

 私はリュークに会えないことで不安が増して落ち着かない。

(心細い。今、彼がどう思っているのか知りたい。顔を見て声を聞きたい)

 せめてと思い手紙を出したが返事は来ない。リュークの手に渡っていないのかもしれない。このままリュークと一生会えなくなってしまったら……苦しくて胸が押し潰されてしまいそうだ。


 私はリュークを信じている。彼が心変わりをすることはない。だって昔、星空の下で将来を誓い合ったのだから。だから……きっと何とかなる。私たちが思い合っていれば解決するはずだと自分に言い聞かせた。

 ところが数日後に私は絶対に信じたくない噂を聞いてしまった。それはすでに社交界に広まっていると言う。


「リュークの新たな婚約者が決まった? そしてリュークがそれを受け入れている……?」


 エフベルト様の喪は明けていない。

 しかも、まだ私たちの婚約は解消されていないのに――?





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