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光の星から『正義』のために

作者: 来田千斗

西暦2024年4月。サコミズ・アラタは、故郷の惑星から見る最後の星空を名残惜しそうに見上げていた。といっても、その星の濁りに濁った空気は遠い星の光を片手で数えられる程しか地上まで通していなかったが。

「爺ちゃん、見てるか?俺らの今を」

そう、手に握りしめた封筒に彼は語りかける。

「9542万番までの皆様、搭乗準備を始めて下さい」

札幌市。春(だった時期)の日が暮れて暫く経つというのに未だ熱気を帯びた町の上空には、その全長を測る為にキロメートルの単位を必要とする宇宙船が停泊していた。

「これから190万年の眠りにつく、というわけだ。さて、次の目覚めが快ければいいんだがな」

彼はそうつぶやく。搭乗準備、といったところで手荷物の帯同は基本的に許可されていない。唯一祖父の形見は持ち込めたが、それ以外は手ぶらである。搭乗待機場所に指定されたスタジアムの巨大スクリーンは先程からずっと同じ映像を流し続けている。このビデオでしか顔を見たことのないような国連の幹部が英語の演説を続けている。

『頻発する怪獣災害、60年代以降からの度重なる異星人の侵略、深刻化し続ける環境汚染。この滅びゆく星から脱出し、新天地を見つけるために我々はこの地球の全ての人々を搭乗させられるだけの宇宙船を用意いたしました。一隻当たりの搭乗可能人数は一億名、それが60台です。最新技術を惜しみなく投入し、完全な循環システムを装備したものです。また、他の星系への到達に時間がかかりすぎるという問題も存在しません。皆様の大半はコールドスリープ状態となられて一年ごとに目覚めている方を交代させます。一度に目覚めているのは一隻当たり50名、寿命の経過を200万倍にすることで、皆様がその足で新天地にたどり着けるようにいたします。』

アラタの両親は〝滅びゆく星〟に留まることを選んだ。つまり彼は今一人である。同時に目覚める人の希望は空欄で回答した。すぐそばに座っている人々がこれから共に過ごす人々であろうが、その顔はどれも見覚えのないものだった。大型宇宙船へ上るための小型船に乗り込み大型船に着くと、直ぐにコールドスリープに入れられた。アラタは、暗い、暗い眠りへと、彼は落ちていった。

 満天の星が輝く空を、彼は見上げていた。遠い、遠い、辺境の寂れた星。古の友によって、彼の名がその巨像に刻まれていた。

“VERMILION ARCANA(朱色の神秘)”

彼は、自らをそう呼ぶ彼らを、心底愛おしく思っていた。だから、1000年の時の後に訪れたその星が荒れ果てていたことを、深く悲しんでいた。

「…記録を見るに、私がこの星を離れた60年の後に人類の8割が宇宙へと旅立ったようだな。いつか、私は彼らと再開できるだろうか」

空に、文字列が輝いた。

『文明保護員339号、第238-29537星系4番惑星へと向かえ。先程侵略戦争が勃発した。健闘を祈る』

彼は地響きを立てて立ち上がると、赤みを帯び始めた東の空に浮かぶ明けの明星の方に向かって、飛び立っていった。

 その目に、190万年ぶりの光が飛び込んでくる。アラタは未だ冷たい体を起こし、辺りを見渡した。その無機質な部屋では、今50人ほどの人々が目覚めようとしていた。

「皆様解凍が終わられたようですね。初めまして、1984077班班長のカミナといいます」

「新天地にはたどり着けたのですか?」

アラタと同時に目覚めたと思しき高齢女性が尋ねる。

「残念ながら、我々は未だ宇宙を旅し続けています。千年に一度ほどの頻度でハピタブルゾーン内の適当な大きさの星に到達できているようですが、その全てが現状既に他文明が存在する、人間が住めない環境にあるなど新天地には不適でした」

「そうですか…」

「…まあ、まだ人類の旅は始まったばかりですし、宇宙的に見ればまだ我々の銀河系からアンドロメダへ向けて出たばかりです。これから400万年、我々の体感時間としては2年ほどで隣の銀河へは到達するそうです」

その後カミナはアラタたちに宇宙船での緊急対処法などを伝えるとコールドスリープに着いた。食堂と談話室を兼ねた部屋に50人が集まる。人工重力が機能しているようで地球と変わらない重力が存在していた。先程発言していた老婦人が口を開く。

「班長に指定されました、株式会社ミナト北洋宇宙工業元社長のミナト・トシコです。さて、まずは自己紹介から始めましょうか。…そちらの若い男性、あなたからお願いします」

その目力に気圧されたかのようにアラタは恐る恐る立ち上がる。

「地球守防隊日本支部石狩基地所属特殊戦用航宙艦アルカナ号の整備をしていましたサコミズ・アラタといいます」

士官学校時代の教官の顔色を窺いつつアラタは逃げるように座る。トシコは特に言葉を発することもなく自己紹介は次へと移った。

 巨悪を新たな友と打ち倒した彼は、藤色の空を見上げる。

「なあ、アルカナ、なあ。君はどうして、この星に力を貸してくれたんだ?」

「そうだな…何百万年も前の話だ。私は、ある種族と出会った。それからかもしれないな。それまで職務として、慈悲として救ってきた弱者を、心の底から救いたく、共に生きたくなったのは。私は彼ら、いや、彼を救うことは出来た。だが、結果として彼とは別れることになった。今もそのことは悔やんでいる。どうすればよかったんだろうな」

「僕にも守りたい人がいた。君と出会う少し前、侵略者に、あいつは無残に殺された。僕はあいつを守る事は出来なかった。けれども、大切なものをなくした世界でも、君のおかげで、僕は希望を思い出せた。僕が今、こうして立っていられるのは、君と、君の故い友あってこそだ。君と彼はきっと、役に立ったんだと思うよ」

「…そうかもしれないな。私は、とうの昔にこの世界から旅立った友の記憶を捨てきれずに、大切に抱えて生きていく、それでいいのだろうな」

「僕のことも忘れないでね?」

「…善処する、」

「ハハハ…、それでいいんだと思うよ」

二つの太陽が重なった時、二人は笑顔と涙と共に、今生の別れを告げた。遥かに光る小さな星の瞬きは、平和への祝福に見えた。

 地球を発ってから5年が経った。正確にはアラタが目覚めていた時間で、である。実際には1000万年が外界では経過していた。アンドロメダ銀河にも可住惑星は存在せず、人類の船団はさらに次の銀河を旅していた。トシコは半年前、コールドスリープから目覚めることなく冥界へと去った。その一方で宇宙船の中で生まれた命もあった。

「なあアラタ、人類はいつか、新天地に辿り着けると思うか?」

アラタの友人となった青年イノトシ・コウジが尋ねる。

「どうだろうな…人類はこの旅路の中で何度も友好、敵対、多様な異星人と出会ってきた。我々は未だ局所銀河群の中から出ていないが、彼らによれば少なくともここおとめ座超銀河団内の全域がバランスを崩しているそうだ。その範囲内ではどの文明もかなり厳しい状態にあり、文明を賭けた椅子取りゲームが激化しているらしい」

「だよな…人類の宇宙船技術は殆どが侵略者のものの転用だ。原理が不明なまま使っているものも多い。それでは、強大な異星に勝つ事は難しいだろうな」

「他の超銀河団に行くには10億年はかかる。今の運用だと体感時間でも500年だ。しかも行った先で新天地が見つかる保証もない。椅子取りゲームを続けるか、宇宙船文明でも作るか、どこか適当な惑星をテラフォーミングするか、何処かの多種族星に少しずつ移住するか、それとも、侵略者になるか」

「現実的な選択肢はそれぐらいだな…」

「当面は椅子取りゲームを続けることになるだろうな。文明の存在しない可住惑星などが残っているのかは疑問だが」

二人はしばし、窓から見える広漠な星海を眺めた。かつて見慣れていた星座はどこにも見当たらない。ときどき目にも止まらぬ速さで光の帯が駆け抜ける。高度な文明を持つ異星の超光速船だろう。人類の船の速度は精々光速の7割。この宇宙では、鈍間な幼児だ。

 激しい重力に引かれ、彼は炎に巻かれ落ち続けていた。

『本部、本部!私は魔星に敗北した。増援を頼む』

必死の通信へ、冷たい沈黙だけが響く。遥か下方、暗闇に赤い光が閃く。全てが狂い始めたこの宇宙を象徴するかのような邪悪な巨星。その断末魔が銀河を揺らす。不死鳥の灰の様な星間物質の靄から、紅蓮の炎を纏う朱の巨人が現れる。

『本部は私を見捨てた。これから、どう生きろというのだ?私は、どう独りで永遠を生き、この力で何を切ればいいのだ?』

その咆哮は、しかし、途切れた。恐怖に顔を歪めた小さな弱き人々に、彼はその動かぬ顔で微笑みかける。護るべきものを、思い出したかのように。その、朱い、朱い姿は、恐ろしく、美しく、力強かった。

 椅子取りゲームに敗北を喫し続けた人類の旅路は、既に8000万年にもなっていた。アラタも還暦を超え、老境に入ろうとしていた。

「コウジ、俺たちもすっかり老人になってしまったな。人類に新天地は未だなく、もう地球から見た景色を記憶に残している我々の様な人間の方が少数になってしまった」

「死ぬ前に一度でいいからまた緑を、土を、固い地を踏みしめたい、そう皆思っているはずだ」

「世論もその方向に傾いているようだな。この前400万年掛けて行われた選挙でも侵略肯定派が4割近い票を得た」

「そうそう、あと一週間ほどで到達出来るとみられる星系にも、観測で居住可能性のある惑星があると分かっている。その星の文明レベルによっては、首脳部が侵略を決めるかもしれないが…」

「何だろうな…勿論新天地は俺の望むものでもあるが、異星を侵略するのは何だか…覚えているだろう?あの卑劣な異星人の事を」

「ああ、あれは中学生のころだったかな。侵略者の策略で大勢が誘拐されたことがあった。当時の友人も攫われて、廃人になって帰って来た。地球に残っていたはずだから、もうとうの昔に死んでしまっているはずだ。現地人たちにそんなことをするのかと思うと、この宇宙船の中で死んだほうがいいのではないか、という気分にもなるな」

重苦しい雰囲気を、若く明るい声が打ち破る。

「また侵略がどうって話してんの?親父」

コウジの息子、イノトシ・ヒカリが駆け寄ってくる。

「例の星系の詳細な観測結果が出たから、食堂に集まれって」

「そうか…なあ、ヒカリ、お前はどういった未来を望んでいるんだ?侵略をしてでも新天地に生きたいか、このまま宇宙船の中で旅を続けるか」

コウジの問いかけにヒカリはしばし思索してからゆっくりと言を発した。

「俺は…よくわからないけれど…この宇宙船よりも広い所で生きたい。ここでは交流が広がりようがないし、いつも顔を合わしている人たちだけの船の中とは違う、親父たちが生きていた広い世界を見てみたい。けれど…異星の人々に危害を加えてまで人類の望みを叶えるのは、よくないと思う」

話しているうちに彼らは、長い時の末にかつての原形を失っている食堂へと到着した。モニターには人類が到達しようとしている星系に属する惑星の観測データが表示されている。

『居住可能性:適

 文明の存在は確実。文明レベルは中程度、人工衛星の敷設能力はあるものの連星には到達していない模様。人類の現状の戦力での勝利は困難が予想されるものの不可能ではない。』

決定を下すために目覚めた国家元首たちが食堂に入ってくる。船同士の間に開いた通信を介した会議の結論は、始まる前から明らかだった。

 いつからか、彼は母星との交信を諦めていた。それでも、彼は遠い遠い大切な思い出をその心に刻み込み、今でも人々を守り続けていた。その星の景色はどこかかの星を思い出させるもので、彼の滞在は伸び続けていた。その星は周辺星域では文明レベルが飛びぬけて低く、周囲の文明の執拗な攻撃を受け続けていたこともその一因ではあったが。

「アルカナさん、またいつもの侵略者が懲りずに来たんでしょうかね?」

「…いや、宇宙船の外見が違いすぎる。それに、この星を攻撃するには装備が軽すぎる。あれはおそらく未知の文明が何らかの要請のために近づいてきているのだろう」

その惑星に、小さな宇宙船が降り立ち、使節団員が現れる。アルカナがその身体を憑依する個体も使節団を迎えるメンバーとしてその場にいた。

 彼らの外見は、使節団に本能的な抵抗感と吐き気を呼び起こすのに十分だった。その星系まで一日ほどの所に駐留する人類艦隊もまた、一日遅れで届いた異星人の姿を目にし、彼らとの共存は無理だ、と結論付けた。その巨大な艦船の3分の1を占める軍船部分は本体から分離されて別個の巨船となり、惑星へと侵略のため飛び立った。その艦艇の中には、アラタの姿もあった。

「共存を諦めるのなら、侵略などしないで別の共存できそうな星を探せばいいのに、そう思わないか?ヒロヨシ」

戦闘のため中途半端なところで起こされ不機嫌そうなかつての戦友、ヤマカザ・ヒロヨシにアラタが尋ねる。

「俺たちはただ上の命に粛々と従うのみ。そうだろう?それにお前はあの映像を見て感じなかったか?同じ宇宙にあんな見た目の生命が存在するなんて、耐えられない、と」

「それは…」

「上層部もそう思ったからこそ、彼らが意外と強くて我々の方が負け、人類が滅亡するという危険を冒してまで侵略行為を始めたわけだ。ほら、元気出せよ。40年ぶりに俺と会えたんだしさ」

「いやお前とそんな会いたかったわけではないから」

軽口を叩きながらも、アラタはポケットの中に忍ばせた祖父の形見の封筒を握りしめる。コールドスリープ時は倉庫に放り込んでいたので本来ならボロボロになっているはずなのにその封筒は8000万年前と変わらずきれいなままで、その異常さは明らかだった。

はじめ平和の使節のように見えた彼らは、一方的に銃を乱射し死体を量産し、その場から逃げようとしていた。その宇宙船は一方的に攻撃され、直ぐに再び地上へと落下すると爆発した。

「何だったんですかね?最初は友好的そうに見えたのに」

「恐怖を感じているように見えたな…だが…彼らの外見…見覚えがあるな…」

アルカナは現在彼に憑依しているので肉体はなく、彼の脳内で会話をしている。その脳内に地球人の姿が浮かぶ。

「彼らの姿は見たくもない。大勢が殺された」

「…やっぱりそうだ。あの使節は、私がかつて共に戦った種族だ。私に、他人を守ることを教えてくれた、彼らだ」

その時だった。その星の情報機器が、外宇宙からの異星の船団の接近を知らせた。

 ヒロヨシに起こされ、アラタが目覚める。

「もう年なんだ、少しくらい休ませてくれよ」

「例の星にもう間もなく到着するようなので、サコミズ“大佐”」

「士官学校を出て少尉で任官した後すぐ船に乗ったから少尉のままだったはずなのに」

「まあまあ、40年たったんだから逆にもう少し出世していてもいいくらいだろう」

「あの頃の司令部はもうほとんどあっち側に行っちまったからな…」

そうぼやきながらも、彼らは戦闘の準備を進めていく。その時、その船団へと近づくものがあった。

「何だあれは?あの文明はこの宙域にまで到達しているのか?」

そう騒めく船団へと、声が響いた。

「いつ以来の再開だろうか、地球人よ」

その、日本語の声が、人々の記憶を呼び覚ました。あの、勇敢なる戦士の記憶を。

「君たちともう一度出会えたことは喜ばしいが、地球人の犯した罪は看過出来ない。罪もない人々を大勢殺したことは、許せない」

かつて、1960年代、地球人を怪獣や異星人から護った彼、アルカナ。その姿は様変わりしたが、その金色に輝く眩い瞳は嘗てのままだった。

「謝罪の上でこの星系から今直ぐ去れば、私は君たちに手を出さない」

地球軍の将が答える。

「我々は人類の総意の下、異星人攻撃作戦を行っていますが、政治家たちは新天地を諦めることを許さないでしょう。彼らはあの異星人の事を恐れています。これまでどんな凶悪な異星人にも屈さなかった彼らが。現状の人類が移住できる可能性のある星がここ以外に見つかる保証がないという理由も合わせ、我々はこの戦いを止める事は出来ません」

「そうか、残念だ。地球守防隊日本支部可動特殊戦用隊のサコミズ・マコトという隊員は、存命か?」

その問いかけに上層部が戸惑う中、アラタが進み出た。

「サコミズ・マコトは私の祖父です。もうずっと前、人類が地球から旅立つ3年前に亡くなりました。何故、私の祖父の名を知っているのですか?」

「…彼がもう生きていないのならば、私の判断で話してもいいだろう。私は地球で、彼と肉体を共有していた。私の意識が彼に憑依していた、ともいえる。あの時点では私が憑依していなければ彼は死んでいてもおかしくなかった。地球で私は多くの貴重な経験を得た。だから、私は君達を傷つけたくはない。だが、私はかつて君たちに、正義の心を教わった。私は今も、独りで、弱き人々を守り続けている。それなのに、君たちは裏切った。かつての自分たちを。この宇宙の正道を。私は、侵略者を迎え撃たなければならない」

「…祖父は俺にあなたのことを話してくれた。人類の守護者の様なあなたの姿はとても力強かった、そう彼は言っていた」

「そうか…マコトのことをもう一度聞けて嬉しかった、ありがとう。…これは最後通告だ。人類がこれから少しでも惑星の方へその武装戦団を進ませたなら、私はこの全力を尽くして君たちを攻撃し、二度と侵略行為を出来ないようにする」

人類の戦用船団は暫しその動きを止め、本船の政治家たちと交信を持ったのち、その運動を再開させた。あの惑星へと。

アルカナは、哀しみを込めたその、閉じられることのない目に烈しい光を浮かべて、戦団の前に立ち塞がった。

戦艦内には、自らの命の終焉をはっきりと解した、無力な兵士たちしかいなかった。地獄への道を開くだけの、一斉攻撃を命ずる司令官の第一声が、空ろに響いた。あの伝説の巨人との無謀な戦いを命じた同じ人間へか、旅を妨害する異星人へか、その情けない自分たちへか、混沌と破壊に満ちたこの宇宙へか、行き場をなくした怒りの叫びが静かに宇宙を震わせた。

そんな船の中に、アラタもいた。彼もまた、恐怖と怒りに満たされていた。その時だった。彼のその心の中に、祖父の最期の言葉が響いた。「ギリギリまで頑張って、それでももうどうしようもない、そんな時、この封筒を開けるんだ。もしかしたら、アラタ、これは世界を救ってくれるかもしれない」アラタの心に、小さな光が起こった。アラタが震える手で開けたその封筒から、長さ15㎝ほどの弱い光を放つ筒と小さなメモが落ちた。「この筒の真ん中にあるボタンを押せ」その簡潔なメモに従い、彼は筒を掲げるとそのボタンを押した。眩い光がその筒から広がっていく。気が付くとアラタは、光に満たされた空間にいた。

アルカナは、その長い生でも経験したことのない事象が自らに起きたことを感じた。現象としては、力が強制的に人類船へと吸い出されているようだった。本来は、命を共有している者がアルカナの肉体を呼び起こすために使う機器、アルカナスパーク。それが既にアルカナが別の存在と融合しているときに使われたために誤作動を起こしたのだ。

アラタを中心に起こった光とアルカナから吸い出された光は宇宙船の前、二人の中間地点で収束した。強い光に目を閉じた人々が再びその目を開けた時、そこには彼が居た。

かつて地球を守り戦ったあの頃の、朱い巨人が。

光の中のアラタは、不思議な感覚に包まれていた。暖かく冷たい、力強く優しい。そして彼は、目の前に立ち尽くすアルカナを、真っ直ぐと見つめた。

アルカナには目の前に立つ遥かな過去に失った姿の自分の正体は分かっていた。その心も恐らく解していたのだろう。彼もまた、その目でアラタへと返答を返した。

アラタは唖然とし動きを止めている戦艦の一隻を本船のある方へと押していった。それを見ていた他の戦艦もまた、その後ろを進んでいった。

「なぜ戦いもせず帰って来た?確かにアルカナの力は皆知っている、だが逃げるとは卑怯、姑息、軍人として恥ずかしくないのか?」

戦艦の帰還と共に、人類内での対立は激化した。アルカナを直接見たこともない政治家が軍人を非難する。軍人と彼らに賛同する一部の政治家もまたそれに抵抗し、アラタはアルカナの姿のまま沈黙を決め込んでいた。舌戦での勝者は明らかであり、彼らは再攻撃を決定した。それまでの作戦は自然環境を極力維持し文明のみを攻撃するというものだったが、新たな作戦は不確定要素を排除するため本船から直接無差別攻撃をするというものになった。

 多くの反対を無視して発射された超強力レーザーは、惑星に届く直前アルカナによって遮られ、その返答だといわんばかりに、アルカナの全力が込められた一条の光線が放たれた。攻撃を避ける術を持たない惑星と違い、惑星から一光日離れた船団は光が届くまでに散開し攻撃を避けることが出来たはずだった。しかし彼らは、アルカナの存在を知っていたにもかかわらず敵の反撃を予期することは無かった。人類のレーザーがアルカナにより防がれたと視認する際には光が届くまでのタイムラグが発生する。そしてアルカナが光線を発射したのはレーザー光線を防いだ数秒後であった。つまり船団からは、自分たちのレーザーがアルカナに防がれたのを確認した僅か数秒後に光線が到達したと感じられるのだ。人類船団はそのまま蒸発するかと思われた、その時だった。

 アラタが、その光線を防いだ。

 空間を捻じ曲げて惑星近辺から現れたアルカナが尋ねる。

「何故人類を守った?君なら、解ってくれるだろうと思っていたのに」

「あの政治家たちは確かに間違っていた。だが、罪のない一般の地球人、俺の友人や誰かの大切な人を失いたくはなかった」

「…そうか、そうだな。私も君たちがこれで手を引いてくれればこれ以上は攻撃しない…っ‼」

これで和解が成立した、誰もがそう思ったその時、アルカナかアラタか一般人類からの復讐か何かへの恐怖に駆られかつては有り余るほど持っていたはずの正義感、責任感、良識その他をかなぐり捨てたと思しき政治家が船に備え付けられた大口径量子レーザー砲を軍人の制止を無視して発射した。ろくに狙いもつけられずに放たれたそれは、戦いを終え安心しきったアルカナへと幸運にも命中した。

 もちろんアルカナはその程度では全く傷つくことはなかった。体から強い炎を放った彼は、虚言者へと再びの光線を放った。ただしそれは単純な破壊光線ではなく特定の存在、この場合では発砲した人間だけを消し去るものだった。しかし、その事を知る由のないアラタは、咄嗟に光線を再び至近距離で受けることを困難だと判断しアルカナに体当たりして光線の軌道をそらそうとした。

「ま、待て、来るな‼私は今、攻撃準備状態に入って周囲へ邪気を放出している…」

何万トンもの巨体同士が衝突する。アルカナの光線はそらされたが、アラタはつい数日前までただの老人だった存在には大きすぎる物理的な衝撃と強力な邪気により巨大なダメージを受けていた。彼の身体から、光が、失われようとしていた。

 アルカナには他者を治癒する能力は存在しない。彼はただ、アラタが死へと向かうのを見ていることしかできなかった。

「サコミズ・アラタ…私は君のことを決して忘れない。私のせいで、君のことを死なせてしまって、本当にすまない」

「いや、これはすべて人類が悪かったことなんだ、あなたのおかげで多くの命が救われた。…それより、あなたのあの瞬間移動能力、あれで人類を新天地へと連れて行ってもらう事は出来るか?」

「…ああ。エネルギーを激しく消耗するが、君たちの船団を宇宙の裏側にある私の知っている君たちの住める星へ送り届ける事は出来る」

「俺の最期の願いを聞いてくれないか?」

「…ああ」

「ありがとう。…爺ちゃん、やっと会えるな…」

アラタはこと切れるとともに、アルカナの腕の中で本来の姿へと戻った。アラタは船の中へと戻され、新天地へと旅立っていった。ヒロヨシがアラタの手を握りしめた。人々が見上げた空には、未知の星座が浮かんでいた。

 

「サコミズさん、人類はあの後すぐに新天地へと辿り着きました。天国も新地球に引っ越しているんですか?もし見えていたら、親父に俺は元気でやっている、って伝えておいてください」

墓石の前に跪いていたイノトシ・ヒカリが立ち上がる。透き通るような青い空が広がり緑の草原が見渡す限り続いている、そんなところにアラタの墓はあった。澄んだ空気を胸いっぱい吸い込むと、彼はどこか遠くへと歩いて行った。


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