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「ご主人様!!!」
「っ!!?」
アイリスの叫びに反射して思いっきり背中を逸らす。タイチの拳はヒロトの眼前で空を斬るがそれと同時に左頬に熱を感じ、すぐさま痛みに変わる。
転けないように4歩後ろに下がりバランスを取ってから左頬に触れてみると手には真っ赤な液体が付着していた。
「これは…!」
ヒロトの左手に付いた液体は間違いなく血だった。すぐさまタイチの姿を確認すると男の右手には今までどこに隠していたのか、ナタのようなものを手にしており刃には自分のものであろう血が付いている。
「なんだよ…アテンドいんじゃねぇか…騙すなんてひでぇことするなぁ?」
「なんで…こんなことを…!」
冷や汗が垂れる。痛みによるものなのか、緊張によるものなのか、恐怖によるものなのかは分からない。
「言ったろ!?やってみる価値はあるってな!、俺は金のためなら何だってやる主義なんだよ…もうすでに2人は殺してるしなぁ…」
「なっ…!?」
ヒロトは少し後ずさりをする。タイチのまさかの発言に背筋が凍る感じがした。
「2人…殺してる…?、まさか…ここに来たばかりって言うのは…」
「あ?、そんなこと信じてたのかよ!、初対面の人間のことなんかそうすぐに信じるもんじゃねぇぜヒロトくんよぉ!!」
上機嫌でヒロトを蔑むように笑いながら話す。
「くっ…!、なんで人殺しなんてっ!、なんでそんなことができるんだ!?」
「そりゃあ願いを叶えるために邪魔者を排除すんのは当然だろ?、それにどうやらここで人を殺しても現実世界のやつらにはバレないらしいぜ!?最高だろっ!?」
ヒロトは自分の判断に改めて後悔した。警戒こそしてはいたものの、これほどまで危険な男だとは思ってもみなかった。そしてタイチの発言に気になる点を見つける。
「現実にはバレない…?、どうゆうことだ?」
「2人殺した内の1人は知ってるやつでよぉ、殺した次の日にニュースでそいつは事故死したってのを見たんだよ。ここで死んだやつらは実際には事故とか現実で起こるようなことで死ぬらしいぜ…」
ニヤリと笑みを浮かべ、今にも獲物を狩るかのようにヒロトを見つめながらゆっくりと動き出す。緊張が一気に加速し、全身に力が入る。
「なぁヒロトくんよぉ...、おめぇはどんな風に死ぬんだろうなぁ!!」
タイチが一気に駆け出してくる。ヒロトはナタを持つ右手に意識を集中させる。二度放ってきた攻撃を紙一重でかわし、タイチの背後に回り全速力で走り出す。
「逃がすかっ!!」
タイチはまるで狩りを楽しんでいるかのごとく形相でヒロトを追いかける。
「ご主人様!戦いましょう!」
「相手は刃物を持ってるんだぞ!?戦ったって勝てっこないだろ!」
到底無理なことを言い出すアイリスの方を見ると、いつの間にか透明化を解除していたアイリスは宙に浮いてヒロトの横を並走していた。
「…飛べるんなら俺ごと飛んでくれよ!?」
「重たいから無理です!」
「そりゃそうか…じゃあどうすれば…!」
「だから戦うんですよ!わたしが全力でサポートしますからっ!!」
アイリスは真剣な眼差しでこちらを見つめる、その瞳には一点の濁りもなく透き通っていた。
(アイリスは人間じゃあとてもできないことを平然とやっている…そのアイリスのサポートがあれば本当に戦えるかもしれない…!」
ヒロトは覚悟を決めた。
(アイリスに賭けるしかない!!)
最高速度を維持していた足を止め、急ブレーキをかけつつ身体を180度反転させる。
「信じるぞっ!!」
「はいっ!!」
タイチは最高速度を止めない。もう数秒もしたら切りつけられるだろう。
「私の名前を呼んでください!!」
「アイリスッ!!!」
名前を叫び終わると同時にアイリスの身体が発光し、姿形が変わっていく。絶望の状況から希望へと変化する兆しが始まった。