ハロウィンがかける素敵な魔法
ハロウィンなんてくだならいと思う。
私達日本人は、大抵仏教か無宗教であり、そのなかに神道やキリスト教などの少数派がいると言うぐらいだ。
なのに、どうしてほとんどの人がハロウィンハロウィンと大盛りあがりしているのだろうか。
私には全く理解が出来ない。
そもそもハロウィンってかぼちゃの収穫祭日であるのに、そこまでかぼちゃをメインで食べるわけでもないこの日を日本人が祝うこと自体がおかしいと思う。
どうしてみんなあんなに楽しそうにしているのだろうか。
私はそんなみんなで祝う意味が見いだせないハロウィンと言う日を何の関わりもなく普通に過ごすつもりでいた。
「栞ちゃーん。今回のハロウィンの日に予定ってある?」
私の名前を大きな声で呼ぶのは、今井陽菜と言う女子である。
私からしたらただの、いやお節介なクラスメイトでしかないが、彼女からしたら何故か私のことを友達だと思っているらしく、いつも馴れ馴れしく声をかけてくるのだ。
正直に言って私は彼女が苦手だ。
私は人付き合いも下手だし、1人でいるのが好きないわゆる陰キャである。
それに対して彼女は、社交的で誰とでも仲良くでき、いつも明るい陽キャだ。
つまり、私達は全くと言っていいほど共通点がなく、相容れない関係であるはずなのだ。
私は彼女とは水と油の関係だと思っている。
「今井さん、私はその日予定があるから無理」
「栞ちゃん、今井さんじゃなくて陽菜って呼んでよ。いつもそう言ってるのにー。いつになったら下の名前で呼んでくれるの?」
「一生呼ぶつもりはないけど。今井さんも下の名前で呼ぶのやめてくれる?」
「そんなひど〜い。そんなの寂しいよ」
彼女はいつもそうだ。
下の名前で呼んでくれないといつも嘆くのだ。
下の名前で呼ぶのは親しい間柄になってからだと思っているので、親しくもない彼女に下の名前で呼ぶつもりは微塵もなかった。
「栞ちゃんは何の予定があるの? もしかして、家族や友達の先約があったりする?」
彼女は相変わらず下の名前で呼ぶことをやめやしない。
私はいつもやめるように言ってはいるのだが、彼女は全く聞かないのでもうすでに諦めてしまっている。
私が彼女の下の名前を呼ぶ日が来ないのと同様に、彼女が私の下の名前を呼ばなくなる日は来ないのだろう。
私は嫌気がさして、投げやりに答える。
「友達や家族の先約はないけれど、他のことで先約があるから無理」
そもそも私に友達なんていない。
いや、昔はいたのだが、父の転勤によって引っ越してしまいと学校が変わってしまったから友達を作る気力が削がれ、作るつもりも全く無かったため、私が認める友達は現在いないのであった。
また家族に関しては、父は夜遅くまで仕事、母は私が幼い頃亡くなったのでおらず、兄弟姉妹もいない一人っ子だ。
「他の先約って何なの? 教えて」
いつもこのパターンだ。
彼女は納得がいくまで質問をし続ける。
嘘付いて家族と先約があると言えば良かったと今となっては後悔した。
「私はその日、お気に入りの作家さんが出す本を読む予定なの。だから無理」
これは本当である。
授業が終わった後、真っ直ぐ本屋に向かってその日発売される新刊を買い、家で熟読するつもりなのだ。
「別にそんなの次の日でも良いじゃん。本だけ買ってそのまま遊ぼうよ。せっかくのハロウィンなんだからさ」
「私は本と言う友達との先約があるから無理なの」
「私だって友達でしょう?」
「今井さんはただのクラスメイト」
「ひど〜い。友達だと思ってくれてなくて寂しいよ」
今の私からしたら、唯一の友達は本である。
何故楽しみな本を読まないで、苦手なクラスメイトと遊ばなければならないのだろうか。
それにしてもやはり、彼女は未だに友達だと思っているようだ。
私からは友達だと1回も言ったことがないのに、どうして友達だと思えるのか。
私からしたらそちらの方が不思議である。
「なら、ハロウィンの日に親睦を深めよう! だから一緒に遊ぼう。周りの友達がみんな予定があるからじっくり分かち合えるよ。2人でハロぼっちを回避しよう!」
何故そう言う方向に話が飛ぶのだろうか?
あまりにも前向き過ぎて呆れてしまう。
それにしてもしつこく誘って来た理由って、ハロウィンに遊ぶ子がいなかったからなのだと腑に落ちる。
だからハロぼっちを回避しようとしているのだと。
と言うかハロぼっちと言うのは何のだろう。
クリぼっちならぬ、ハロぼっちと言うことだろうか?
そんな言葉初めて聞いた。
私は基本毎年、ハロぼっち・クリぼっちなのだが、今年だけハロぼっちだからと嘆くのなんて贅沢ではないか。
「ね、ね、お願い。この日を契機に友達になろう!」
ここまで彼女の瞳をキラキラと輝かせてしまったら、もう何を言ってもひくことはない。
そのため、私は分かったと答える他がなかった。
その返事を聞いた彼女は、無邪気に喜んでいたのであった。
そして10月30日、ハロウィンの日。
授業が終わると、彼女は約束は守って本屋に寄ったあと、私を自分の家に連れて行った。
そして、彼女の部屋に案内される。
「これ昔お姉ちゃんが着ていた仮装衣装なのだけど、今はもう着れないからって私にくれたんだ。でも、私そこまで背が高くないからサイズが合わなくて。でも栞ちゃんは背が高いし、多分サイズ合うと思うよ。Let's try on it!」
「Let's try it on! だからね」
「細かいことは気にしない♪」
「いや、気にして」
そんな他愛のない話をしながら、勝手に着替えさせられていた。
また、彼女ももうすでに私と同様に着替えていた。
着替えさせるのも、着替えるのも早過ぎないか?
「さあさあ、仮装した自分を見てみて」
彼女はそう言って、大きな鏡の前に私を立たせた。
(作:腹田 貝様)
「可愛い……」
そんな言葉を発した自分に気づき、恥ずかしくなってしまった。
確かに可愛い。
衣装は魔女のコスプレだけど、頭の上には猫耳のカチューシャが乗っている。
彼女は帽子があったけど大き過ぎたから猫耳にしちゃったと少し申し訳なさそうに言ったが、普段こんな可愛い服を着ないため新鮮な感じがして、そんなことはどうでも良かった。
「やっぱり栞ちゃん、めっちゃくちゃ可愛い!! とても似合ってるよ♪」
何故か私以上に嬉しそうに喜んで褒めている。
普段ならウザく感じるだろうけど、今はむしろその反応が嬉しく感じられた。
「今井さんも可愛いよ」
これはお世辞なく、本心だった。
彼女は水色のワンピースに、白色エプロン、そして頭の上には大きな黒いリボンと左腕にはバスケットをぶら下げている。
これは間違いなく不思議の国のアリスの仮装だ。
小柄で可愛らしい顔である彼女にピッタリな仮装だった。
「栞ちゃん、ありがとーう!」
彼女の大きな声で私に抱きついてきた。
その動作に驚き、また声の大きさに私の耳は少し痛くなったことで少し不愉快に感じた。
しかし、彼女をお礼を述べて笑顔になると、途端その場の雰囲気が華やぎ、より魅力的になったアリスならぬ彼女にその感情は消されていていったのだった。
彼女はバスケットの中にいくつかのお菓子を入れて、私を連れて商店街にやってきた。
商店街はハロウィンの日になると、多くの人が仮装して楽しそうに歩いていた。
「「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」」
私は急に声をかけられてとても驚いた。
小さな子ども2人がハロウィンの言葉を投げかけてきたのである。
そう言えば、ここの商店街では、ハロウィンの日に仮装してここを歩いている人同士ならそのようなやり取りをすると言うことを思い出した。
それにしても、まだ歩いてから10分も経っていないのに、声をかけられるとは思いもよらなかったのだが。
「はい、お菓子あげる」
彼女はバスケットに入れていたお菓子を1人の子どもに渡していた。
貰った子はお姉ちゃんありがとうと笑顔でお礼を言った。
「お姉ちゃんはお菓子くれないの?」
もう1人の子が私に対してお菓子を強請ってきた。
しかし、突然連れ出された私はお菓子を持っているわけもなく戸惑っていると、その子が、ならイタズラだねと私の腕をくすぐってきた。
「くすぐったい!」
私は思わず声を上げてしまう。
いつもなら、声を上げてやめてと強く言っていたかもしれないが、今回はそのようなことはしなかった。
その声を聞いた彼女は、その子にお菓子をあげるからもう許してあげてと、そっと彼女の手を離してお菓子を渡した。
その子はありがとうと笑顔でお礼を言った。
「はい、お姉ちゃん達もお菓子どうぞ」
2人の子が、飴玉を1つずつ取り出して私達にそれぞれ渡した。
彼女はありがとうと言って嬉しそうに飴玉を受け取る。
その流れに乗って私もありがとうと言って飴玉を受け取った。
すると、2人の子どもはバイバイと言って私達の前から姿を消したのだった。
「栞ちゃん、ごめんね」
私は貰った飴玉をボーっと眺めていたのだが、突如彼女から謝られて驚いていしまう。
どうして彼女が謝った理由が検討もつかないため、その理由を聞いてみることにした。
「私が栞ちゃんにお菓子を渡さなかったせいで、イタズラに遭ってしまったから。不愉快な思いさせてごめんね」
彼女は顔がゲンナリとしていて、心の底から申し訳なく思っているようであった。
「不愉快なんて思わなかったよ」
自分で言っていて、そのことに驚いていしまう。
先程の出来事を不愉快だとは思わなかったことに疑問を感じた。
「栞ちゃんは優しいんだね。責めないでくれてありがとう」
自分が優しいだなんて、最近言われたことは無かった。
今までは、周りからは暗いとか可愛げがないとか様々なことを言われていた。
私はそんなことを言われて傷つくタイプではないし、周りからしたら私は取り付く島もない人物だと思われているはずのため、気にしたことはなかった。
こんな風に面と向かって優しいと言ってくれたのは、昔の友人以来だった。
優しいと言う言葉に私の心が温まっていくのをひしひしと感じた。
そして、これは嬉しいと言う感情だと気づいた。
嬉しいなんて感じたのはいつ振りだろうか?
思い返せば最後に嬉しいと感じたのは、父に引っ越しのことを伝えられる前に友人と遊んでいた時が最後だった。
その知らせを知った時は、私は大変ショックだった。
元々引っ込み思案で自分から声をかけることなんて絶対に出来ないし、根暗で好かれることが少ないため、とても友人を作れるとは思えなかったからだ。
こんな私では、新しい学校に行ったら、誰にも相手にされず、下手したらイジメられるかもしれないと言う不安が募るばかり。
今までは心優しい友人がいたから楽しめた生活も、新しい学校で楽しい生活を送れる保障なんて何処にもない。
だから、私はそんな恐ろしい生活になるのを避けたくて、誰とも関わらないようにしていた。
私は1人が好きだったのではなく、誰かと一緒にいることを恐れていただけだった。
人と関わらなければ、最悪な事態は避けられるような気がして、自ら関わることを避けていた。
だから、彼女から声をかけられると、その最悪な事態を想定してしまい、上手く関わることは出来なかったのだ。
彼女はいつも笑顔で関わろうとしてくれていたと言うのに。
嬉しいと言う感情がこんなにもここまで心を温めてくれるなんてことをスッカリ忘れていた。
この感情を今すぐ彼女に伝えたいとその思いを言葉にした。
「優しいって言っていれて嬉しい。本当にありがとう。今井さんは本当に……本当に優しいんだね」
「栞ちゃーん。そんな優しいなんて言ってくれて嬉しいよ。てっきり、私のことをやかましいと思っているのだろうなと思っていたから」
確かに、ほんの少し前まではそのように思っていた。
でも、今はそんなことなんて全く思わない。
さっき言った言葉は嘘偽りもない本音だ。
こんなほんの少しの出来事でここまで印象が変わるなんて不思議だ。
そのことに対して思わず微笑んでしまう。
「それにしても陽菜って呼んでよ。今井さんなんて寂しい!」
「下の名前で呼んで良いの? まだ友達でもないのに?」
「この日を契機に友達になろうって約束したじゃん。友達なら下の名前で呼び合うものでしょう?」
それは彼女がただ勝手に言っただけで、約束した覚えはないのだが、彼女の中では2人の間で約束していたことになっているらしい。
今までなら呆れていたと思うが、今はそのことを嬉しく思ってしまった。
「陽菜ちゃん。これからよろしくね」
「こちらこそよろしくね。栞ちゃん」
まさか彼女の下の名前を呼ぶ日が来ると思わなかった。
彼女が私を名字で呼ぶ日が来ないのは予想通りだったけれど。
これからは彼女のお陰で楽しい生活が送れそうだなと確信した。
ハロウィンってくだらないと思っていたけど、多くの人が楽しんでいる理由が分かった気がする。
きっとハロウィンは誰かと楽しんで、そして仲を深めるきっかけを作ってくれる素敵なお祝いなのだと思う。
だからみんなは、その素敵な魔法にかかりたくて、めいっぱい楽しもうとしているのだと思った。
「あ、あそこに明里ちゃんがいる! 栞ちゃん、明里ちゃんにお菓子ねだっちゃお! やられているだけじゃあ悔しいもん」
彼女は、私の手を取り走り出した。
私は彼女に引っ張られて走らされている。
少し疲れたなと思ったちょうどその時、彼女は急に立ち止まった。
私もその動作につられて立ち止まる。
「明里ちゃんも優しい子だからすぐ友達になれるよ。栞ちゃんが素敵な子だって言うのは私達はとっくに知っているから」
「素敵? 私が?」
彼女から突如よくわからないことを言われ、戸惑ってしまう。
「栞ちゃんは、頭が良くて、頑張り屋なところはとても素敵だと思う。凄く憧れるよ。その上優しいなんて友達になりたくないわけないじゃん。お互いに気に入るの間違いないもん。だから私だけじゃなくて明里ちゃんとも友達になろう」
彼女はそう言って再び手を取って走り出す。
私も再び彼女につられて走り出した。
その走る足は自然とだんだん軽くなる。
だって、これから新たなハロウィンの素敵な魔法にかかるってことが簡単に予測されたから。