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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流転少女のハッピーエンド

作者: 紅葉 紅羽

唐突に書きたくなったから書きました。

流転し続けた少女が下す一つの決断、是非お目にかかっていただければ幸いです。

「……必ず、僕は帰って来るよ。君も君の大切なものもすべて守って、君の隣に帰って来る」


 貴方は私の目をまっすぐに見つめて、真剣な口調でそう告げる。その眼に絶望なんかなく、あるのは私を慮るような優しさばかり。……それが温かくて、だから私の心はずきずきと疼いていた。


――この言葉の二時間後に、貴方は死ぬ。私との約束を破って、英雄として死んでいく。それを、私は知っている。


 もう何度も何度も、貴方が死ぬまでの五日間を繰り返してきた。数えるのも億劫になるくらいに、何度も何度も巻き戻されてきた。貴方を失うという絶望を突き付けられて、その度に戻って来た。絶望を、目の当たりにし続けて来た。――何度抗っても、貴方は英雄として戦場へと向かっていく。


『……ダメだよ。僕は、皆の英雄だから』


 どれだけ泣いて縋っても、貴方は皆の英雄だった。私の幼馴染である前に、世界全てにとっての救世主だった。貴方が居なければ、世界は確実に終わりを迎えるだろう。……世界全てが、貴方の力を求めている。


『……邪魔しないでくれ。僕は、君を敵に回したくない』


 何を人質に取って脅しても、貴方は皆の英雄だった。私の策謀なんて全て見破って、先回りされて封じ込められた。……私は、貴方を脅かす罪人にすらなれない。


『……君が、全ての出発点だったのに。……なんで、僕にそんなことをさせるんだい?』


 どれだけあなたの行動を知っていても、先回りしても、英雄は決して止まらない。……大好きな人の振るう刃で切り裂かれても、私を中心に渦巻く絶望の螺旋は止まらなかった。


「……大丈夫、そんな顔をしないで。僕は君の傍にいる。……これまでもそうだし、これからもそうだ」


 何度も何度も繰り返していることなどつゆほども知らず、貴方は私の肩を抱く。震える子供をあやすかのように、私に未来を約束する。……それが嘘になってしまうことを、私は知っているのだけれど。


 幼い頃に交わした約束の証が、私の懐で熱を持っている。持ち主の命ある限り決して砕けない、祝福の宝石。……それが砕ける瞬間を何度見れば、私はこの絶望の先に進めるのだろうか。……誰よりも弱虫なはずの幼馴染を、英雄にせずに押しとどめておけるのだろうか。


『君がいたから、僕は英雄になろうって思えたのに。……どうして、そんな事を……‼』


 いつかの周回の終わり際に聞こえた貴方の悲痛な声が、今でも私の中で延々と反響している。……そう、確かあれは自分の喉に刃を立てた時。絶望の螺旋を断ち切ろうと、自らの命を手に欠けた時。――もっとも、それをしてもなお私は許されなかったのだけど。


 だけど、その周回で私は知ってしまった。貴方が英雄になったのは、私のせいなのだ。私が貴方の隣に立とうとしたから、弱虫だった貴方は強くなってしまったのだ。誰もたどり着けなかった英雄の名に、至れてしまうくらいに。


 私のせいだ。私のせいで貴方は死ぬ。私が居たせいで世界は救われて、貴方は英雄として死ぬ。それはきっと、世界からすれば正しい形だ。たった一人の犠牲で世界は救われて、世界はこれから先も続いていく。……だけど、私からしたら間違いでしかない。


 大切な人を失ってなおのうのうと生きる世界など要らない。犠牲を見なかったことにして、正しく回る振りをする世界なんて要らない。……どうしてもそれをしたいのならば、彼じゃない誰かを連れてこい。……彼だけは、絶対に世界の礎になんかさせない。


「……ねえ。最期に、私のお願いを聞いてくれる?」


 からからに乾いた喉の奥から声を絞り出して、精一杯甘えた声で私は貴方に問う。正気なんてとっくに消え果ててしまっているけど、それでも正気を装って。……貴方が守りたいと思う私を演じて、私は貴方に手を伸ばす。


「……最期だなんて縁起の悪い。そんなことを言わなくても、君の願いを聞かなかった事なんて一度もないだろう?」


 貴方はそう言って、私の言葉に耳を傾ける。貴方の言う通りだ。貴方はいつでも私の願いを叶えてくれた。叶えてくれなかったのはただ一度だけ、『生きて帰って来てほしい』という願いだけだ。……それさえ叶ってくれるなら、他の願いなんて全部聞き流されていても許せたはずなのに。


 腕をまっすぐ伸ばし、私は貴方の背中に手を回す。何度だってそうしてきたように、私は貴方を抱きしめる。……その度に、貴方はその思いに応えてくれた。


 優しく、でもしっかりと抱き寄せられて、私は思わず目を閉じる。英雄としての修練で身に着けた筋力なんてまるで感じない、壊れ物に触れるかのような抱き方が私は好きだった。そのまま永遠の時を過ごせるなら、それ以上の幸せはないと思えた。何度の絶望を経ても、その願いは変わらなかった。だから、だから、だから――


「――このまま、私だけのものになって。……一緒に、朽ち果てましょう?」


――絶望の果てに狂ってしまった私のことも、どうか許してほしいの。


 あらかじめ袖口に忍ばせて置いたナイフを滑らせて、貴方の大きな背中に突き立てる。いくら英雄だと言えど、その不意打ちに反応が追いつくはずもない。……何度も何度も、私はこの時を想定していたのだから。


「が、ふ……⁉」


 ほどなくして貴方の口から血がこぼれて来て、私の背中にべったりと付着する。嗚呼、その感覚すらも愛おしい。貴方の血は温かくて、命がそこにこもっているのだという確信が得られる。……貴方の命は今私の体に零れ出しているのだと思うと、耐えきれない幸福が私を包む。


 きっと、最初からこうすればよかったのだ。訳の分からない宿命とやらに大好きな人を奪われるくらいなら、運命が貴方とともに生きることを許さないのなら。……貴方が居なければ、世界が終わってしまうというのなら。


「……貴方のためを思って、ちゃんと猛毒付きのナイフにしてあるの。……そうじゃないと、貴方は心臓を穿たれても再生しちゃうでしょ?」


――そんな世界、続く方が間違っているのだ。


 血液に触れることで猛毒としての真価を発揮するその物質は、五日間を繰り返し続ける中で偶然にも見つけた物質だ。無力な私が貴方の命を絡めとるのに、これ以上に適した凶器はない。……それを見つけ出したその時から、きっと私は狂気に魅入られていたのだろう。


「どう、して……‼」


 猛毒の苦痛に呻きながら、貴方は私に問いかける。命の危機にあっても理由を問おうとする貴方が、理解しようとすることを諦めない貴方が私は好きだ。……そんな貴方だから、殺すのだ。


「ごめんね。私は賢くないから、これ以上の方法を思いつかないの。……これが、貴方を一番近くに感じる方法なの」


 私がもっと強ければ、ともに終わりに抗う未来もあったのだろう。二人並んで英雄として立つ未来もあったのだろう。……だが、私は弱い。知恵もない。……だから、こんな終わりを選ぶしかないのだ。


「貴方の終わりを、訳の分からないことになんか奪わせたりしない。……貴方は、最期まで私のもの」


 耳元で貴方に囁いて、私はナイフをさらに深く突き立てる。その瞬間、貴方の口から聞いたことがないようなうめき声が聞こえた。


……ああ、そんな声も出せるのね。そんなこと、こうでもしなければ知る由もなかっただろう。それを聞けただけでも、狂気に心を浸した価値はあった。貴方への愛だけで、絶望の螺旋をめぐり続けて良かった。


 貴方の口から血がとめどなく零れて、その度に貴方の体がぐったりと重くなっていく。英雄としての貴方を支えていた力は、もうどこにもない。……ただの弱虫だった貴方が、私の腕に抱かれている。


 きっと、これで終わりだ。これこそが絶望の螺旋を抜け出すたった一つの最適解。世界は救われないけど、それでいい。……貴方を生贄にのうのうと回る世界なんか、私は決して許さない。


 貴方の体温が失われて、触れ合った肌越しに感じる鼓動がどんどん弱くなっていく。貴方の世界が終わっていくことを五感の全てで感じながら、私はもう一度ナイフを握りしめる手に力を込めて――


「……おやすみ。大好きよ、これからもずっと」


――何度目かも分からない告白を遂げたその瞬間、私の懐で宝石が粉々に砕けた。

最後までお読みいただきありがとうございました、紅葉 紅羽です。

……まず最初に一つ。これって異世界恋愛に入れていいんでしょうかね? 英雄とか独自の毒とか世界の終わりとか、この地球ではないどこかをイメージしてはいるのですが。形はどうあれ恋愛なことは間違いないし、ここではないどこかって意味では『異世界』で間違いはないんでしょうけど……。

 まあ、それは一度置いておくとして。世界を滅ぼす狂愛っていいよなーって思いと、タイムリープ物への憧れが僕にこの作品を書きなぐらせました。ループを繰り返したことで煮詰められた『私』の狂気、楽しんでいただけていればこれ以上ない幸いです。世界は終わっていたとしても、きっと彼女からしたらこれが最善の結末でしょうからね。

――と、後語りもそろそろここまでにしておきましょうか。この作品のほかにも連載作品等ございますので、もしよろしければそちらもご覧いただければ幸いです!

――では、またどこかでお目にかかれることを祈っております!

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