やり直し
晩餐の後、メルティとレイモンドは温室にいた。
この温室は月明かりに照らされると輝く不思議な花が咲いている。
「見事だな。」
メルティの横を歩いていたレイモンドが一面に咲き誇った花をみて感嘆の声をあげる。
「ふふ。庭師が丹精込めて世話しておりますから。レイモンド様、こちらへ。」
レイモンドはベンチへと案内され、輝く花の中心にあるベンチにふたり並んで腰掛けた。
メイドは気を効かせたのか、距離を取っている。
「「……」」
ふたりの間に会話はない。たが、ふたりともその沈黙は嫌ではないらしい。
「レイモンド様、空をご覧くださいな…」
メルティに言われ、レイモンドは上を見た。
「綺麗な満月だ…」
「ええ…こんな夜だからこそ、この花は輝きを増すそうですわ。」
「では、俺はとてもいいときにここへ来たようだ。」
「そうですね。昔、レイモンド様に見てほしいと願っていたので、叶いましたわ。」
「そうか。」
「メルティ」
レイモンドは真剣な表情でメルティの前に跪いた。
「メルティ·コーラル公爵令嬢、私はずっと君のことを想っていた。
昔…あのときは君の可能性を、世界を狭めてはいけないとこの気持ちを心にしまい込んだが、そのときのことを後悔しているよ。
君が笑顔を向ける相手は私だけであってほしい。
どうか、この私レイモンド·スペンサーの妻になってくれないだろうか?」
レイモンドの瞳にはメルティだけが映っている。
彼女の目元には涙が浮かぶ。
「…はい、レイモンド様。私もずっと前から貴方様をお慕いしておりました。
不束者ではありますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。」
メルティの返事を聞いて、レイモンドは彼女を抱きしめる。
「ありがとう、メルティ。君だけを愛すると誓うよ。」
「はい。私もレイモンド様だけを愛すると誓いますわ。」
メルティが愛おしくて堪らないレイモンドは頭に口づけを落とす。
どのくらい抱き合っていただろうか。
少しだけ、抱きしめる腕の力を弱めたレイモンドがメルティの肩に顔を埋めてから、耳元で囁く。
「ねえメルティ、俺のことはレイと呼んでくれないだろうか?」
「レイ…様…?」
「うん。女性で俺のことを愛称で呼べるのは君だけだ。とても幸せだよ…君に名を呼ばれるだけで幸福感で満たされる。
それと、俺も周りの目を気にすることなく君をメルと呼んでいいだろうか?」
「私もレイ様にメルと呼んでいただけると幸せですわ…」
レイモンドはメルティの顔を見て少し照れながら「可愛すぎだ…」と言った。
再度ベンチへ腰掛ける。さっきと違うのはふたりの手が繋がれているということだろう。
「はあ…隣国への仕事はカイルだけに任せて、何日かここで過ごそうかな…」
「ふふ。そんなことをしてはお父様にもお兄様にも叱られてしまいますわよ?」
「そうかもしれない。カイルに仕事を投げ出されてしまったら困る。
でも、せっかくメルと気持ちを通わせたのに、離れるのは嫌だ…」
「レイ様、しっかりしてくださいませ。
私、ここでレイ様が隣国でのお仕事が終わるのを待っておりますわ。
そして、王都へ戻るときは一緒に。ですからね?
明日にはお父様にも私たちの気持ちをお話ししなければなりませんし、やることは山積みですわ。」
「メルが頼もしい。」
「ふふ。だって、私はスペンサー公爵の妻になるんですもの。夫の仕事を支えるのが務めです。
それに、今を乗り切ればこの先ふたりでゆっくりできると思えば頑張れる気がしませんか?」
「そうだね。隣国での仕事が終わったら、婚姻に向けて準備することも多い。やることは山積みだな。」
「ええ。レイ様がお仕事の間に私も社交界へ復帰のためにいろいろな準備がございます…くしゅん!」
メルティが会話の途中でくしゃみをする。
「冷えてきたね。そろそろ部屋へ送るよ。」
「はい。」
メルティは差し出された手を取りレイモンドに部屋まで送ってもらった。
「おやすみ、愛しのメル。」
「レイ様ったら!また誂うのですから…
おやすみなさいませ。」
「誂ったつもりはないよ。」
レイモンドはメルティの額に口づけしてから部屋へと戻っていったのだった。
そんな彼の行動に顔を真っ赤にしたメルティはなかなか寝付けなかった。