8
ブックマークありがとうございます!
とても嬉しいです。これからも投稿頑張ります。
今日も梅雨らしく土砂降りの雨。しかし珍しく雷が鳴り続けていた。時折光る窓の外に目を奪われては机に戻し、また奪われては戻しを繰り返して四回目。流石に集中力も切れてペンを止めた所で、一際大きい雷が近くに落ちたと思ったら部屋が真っ暗になった。
「………え? あ、停電か」
別に停電は怖くないし、雷も怖くない。寧ろ窓の外が雷で明るくなる瞬間を見るのは楽しいので平気だった。が、今日は家に一人だった。
両親は一緒に二泊三日の旅行に行っていて、ついでに寄り道していくから帰ってくるのは明明後日の夜になると言われていたのだ。
雨は好きだ。雷も、暗闇も嫌いじゃない。
ただ、孤独はあまり好きじゃない。四六時中誰かに傍にいてほしいという訳じゃないが、誰かがそこにいる、その存在感を感じると安心するのだ。反対に、一人ぼっちになってしまうと途端に不安に襲われる。
(……ブレーカー、上げに行かないと。手元が何も見えないし)
ペンを机に置いて立ち上がった。
下に降りてブレーカーを上げる。部屋に戻るとなんとなく電気を消して、窓の前に立った。カーテンを開けると、また大きい雷が落ちた。
「…」
ベランダに続く窓を開けると、大粒の雨が吹き込んでくる。
(勉強……後ででいっか)
私は、その中へ飛び出した。
「あは、冷た!」
窓を閉めて、ベランダに張った水溜りを踏む。数分と経たないうちに全身がずぶ濡れになる。上を見上げると顔に雨が掛かって、目の中にも飛び込んでくる。
「目が開けられない。っはは」
前髪が顔に張り付くので横へかき分ける。突然強風が吹き、パーカーの裾や髪の先を雨と共に吹き上げた。
(真っ暗だ。真っ暗な雨が降ってくる。冷たい。シャワーを浴びる時と同じくらい気持ちいい。でも、こっちの方が楽しい!)
「ふふ」
(どうせずぶ濡れになったんだし)
私はベランダに腰を下ろし、足を伸ばした。ぱしゃんと僅かに水飛沫が上がり、水が張った床の感触を味わって片足をやや上げた。
「あ」
そして今になって気が付いた。
(着替えとかバスタオルとか、用意してなかった。どうしよ)
まぁ部屋の中も少し濡れてるし良いか、なんて思っていると、室内から叫び声が聞こえてきた。
「あれ、ハル? どこに____キャーーーーッ?! なななな何してるんですか! 雨ですよ?!」
「ユズ! 良いところに」
慌てて駆け寄り窓に手を掛けたユズを見上げる。
満面の笑みを浮かべる私を見て「……どうしたんですか?」と目を見張った。
「ふふ、ちょっと馬鹿になりたくて」
「馬鹿……えっとでも、雨___」
言いかけてる途中でピカッと空が光り、けたたましい音が鳴る。
「__雷が!! 危ないので中に! 入ってください!」
「わ、分かった」
必死の訴えに首を縦に振る。中に入ろうと立ち上がったところで思い出した。
「そうだ、ユズ。バスタオル取ってきてくれないかな」
「バスタオルですか? 場所って……」
「階段下りて直ぐの扉が洗面所。洗濯機の上の棚にタオルが置いてあるから、そこから適当に持ってきてくれれば大丈夫だよ。今日は両親も外出してていないし、お願いしても良い?」
「階段下りて直ぐ……洗濯機の上の棚ですね? 分かりました。直ぐ取ってくるので、せめてその水を吸った上着だけでも脱いでいてくださいね!」
「うん、分かった。ありがとう」
言われた通り、水を吸って重くなったジップアップパーカーを脱いで雑巾搾りで水を搾っておく。Tシャツや短パンの裾からも水を搾っていると、ユズがバスタオルを持ってきてくれたのでお礼を言って受け取った。
まずは軽く髪を拭き、濡れてしまった足も拭いて部屋に入る。すると、ユズがもう一つのバスタオルを私の頭に被せ、両手で雑に拭き始めた。
「わ、ぷ。ユズ、あの?」
「ハル、前に言いましたよね。『私を不安にさせない』って」
「い、言いました……」
ユズの声が怒っていた。顔を上げることが出来ず、恐る恐る尋ねる。
「……不安になった?」
「とっっても不安になりました」
わしゃわしゃと動いていた手が止まり、バスタオルが肩に掛けられる。怒っているユズと目が合って、気まずくて逸らした。
「ごめん……楽しくて、つい」
「…」
ユズは溜息をつくと、「楽しいのは良いんです」と眉を下げて微笑んだ。
「でも、お風呂に入ってきてください。風邪をひく前に。そしたら許します」
「……分かった」
「私、ちゃんとハルのこと待ってますからね」
「うん。直ぐ戻る」
下に降りてシャワーを浴びに行く。頭からお湯を浴びると意外と体が冷えていたらしく、夏だからと油断したことを反省した。
ホカホカになって部屋に戻ると、ユズは窓の外を眺めていた。
「温まりましたか?」
「うん」
「良かった。でも、いきなりあんな光景を見たらびっくりするので、次からは先に言っておいて欲しいです」
「……分かりました」
膨らんだ頬が可愛くて、少しだけ笑みを浮かべながら隣に座る。
明るい室内でぼんやりと雨の音を聞いていた。
「雨に濡れるのって楽しいですか?」
隣を見る。ユズの視線は窓の外に向けられたままだった。
私も窓の外を見た。
「私は楽しいよ。雨の音を聞いて、雨を体全体で浴びると、よく分からないけれど凄く楽しくなる。目の前のことに意識が集中して他に何も考えられなくなるから、なんとなく、疲れた時は雨に降られるようになった……かな」
「あ、『馬鹿になりたい』って」
気付いてこちらを見るユズに「そう」と笑いかける。すると、ユズも釣られて笑みを浮かべた。
「私ね、雨に降られないんです」
「え?」
「雨っていうより、水? ですかね。幽霊だから、水に濡れないんですよ。全部すり抜けて下に落ちるんです」
「そうなんだ……なんか凄いね」
「面白いですよ。水がすり抜けていくんです。目の中をサーッて雨が落ちていって、明かりがあったりするとキラキラ光るからもっと綺麗になって……。私も、外に出ようかな」
雨を眺めるユズに「行っておいでよ」と声を掛けると、「はい!」と笑顔でベランダへ駆けていった。
カラカラと窓を開ける。楽しそうにベランダへ出たユズだったが、「ね?」と振り返った瞬間に大量の雨が降りかかった。
「……?! あれ、え?」
「ユズ?! 濡れないんじゃ……?!」
「い、いやでも! 前は、濡れなくて……えぇ〜?」
ユズは上を見上げて「わぁ」と目を閉じる。
「……えっ、と」
「分かった。タオル取ってくる」
今度は私が急いでタオルを取りに向かった。
直ぐに戻り、床にフェイスタオルを一枚敷いてその上にユズを乗せ、バスタオルを頭に被せた。
「あ、服は? 服も濡れてる?」
「濡れて……ます」
「えっと、私のでも良い?」
「あ、大丈夫です!」
まさか幽霊が雨に濡れるとは二人共思っていなかった為、戸惑いながらもとりあえずユズを風呂場に連れて行った。シャワーを浴びている間にユズの着替えを用意しながら、今日は両親が出掛けていて本当に良かったと安堵した。
(もしユズが見えるのなら……。いや……駄目だ。なんて言い訳したら良いのか分からない)
家に泊まりに来るような仲の友達なんていないし、もしいたとしても予定が急すぎて「もっと早く教えてほしかった」と怒られそうだ。
「ユズ、入るよ」
用意した着替えを籠の中に入れ、私の服と一緒にユズのワンピースも洗濯機に入れて回す。
下着はどうしたら良いか分からなかったので聞くと、幽霊だから必要無いと言われた。どういうことかはよく分からなかったが、気を遣っている訳でも嘘を言っている訳でも無いようなので用意はしなかった。
「籠の中に着替え入れといたから、これ着てね」
「ありがとうございます」
「……今更だけど、お風呂の入り方とか分かる? 大丈夫?」
「覚えてました! 大丈夫です」
「なら良かった。先に戻ってるね」
「はーい」
部屋に戻って一息つく。
ペンをくるくると回しながら、私はあることを考えていた。
(ユズって、何なんだろ)
幽霊にしては存在感があり過ぎるユズのことが少し気になってしまったのだ。
紙を取り出し、ユズの特徴を書き出していった。
(まず、体は透けていない。でも一度薄まったことがある。足もある。体は常に冷えていて、冷気が漏れ出している。私や部屋にも伝わるくらい強い。そして朝に消えて、夜に現れる。物は持てるようになった。でも食べ物は食べられない。匂いは感じる。ただし線香やキャンドルからのみ)
そこまで書き出して、ふと思い出す。
(いや、雨の匂いや私の匂い? は分かっていたみたいだから、それ以外も少しは分かる?)
『自然や人の匂いも感じ取れる』と後ろに書き入れた。
(それから……)
最後に、『水に触れられるようになった』と書き加えた。
「…」
現状分かっていることを全て書き出し、私はトントンとペンの先で机を叩く。
(幽霊……幽霊? 本当に?)
ユズが自分は幽霊だと言っていたことと、勝手な先入観で幽霊だと決めつけていただけだとしたら?
(だとしたら、ユズは何?)
暫く黙々と考えていたが、さっぱり分からなくてペンを机に放り投げた。
「うーん……」
「何をしているんですか?」
椅子にもたれかかって伸びをしていると、丁度ユズが帰ってきた。「サッパリです!」とご機嫌でベッドに腰掛けていた。
椅子に座り直し、ユズへ体を向ける。
「ユズ、あのさ。聞きたいことがある……んだけど」
「何ですか?」
「その……」
言いかけて口を噤む。この質問が、本当に聞いても良いことなのか自信が無くなったのだ。
だが、何となくだが……これはハッキリさせておくべきだと感じていた。
「……ユズは、本当に幽霊なの?」
「? 幽霊ですよ?」
意を決して口を開くと、ユズはあっけらかんと答えた。
まるで気にしていない様子に、「そっ、か」と気の抜けた返事をしてしまう。
「急にどうしてですか?」
「いや……ごめん。気になっちゃって。私の知ってる幽霊とユズが、あまりにも違うから」
「なるほど……確かに、私も不思議に思ってました」
透けていない体を見て、手を握ったり開いたりを繰り返す。
「水にも触れるようになりましたし……忘れていた記憶も、少しだけ思い出したんです」
「え?」
「雨に降られた時ですかね。本当に少しだけですけど、多分……私が生きていた頃の記憶です」
今まで見たことが無い、真剣で感情の無い表情だった。初対面の人のように感じて少し怖くなる。
「……どんな?」
聞いても良いのだろうか。しかし、聞いてみたい。
ユズが生きていた頃の話だ。興味を抑えることなど出来なかった。
「期待させてしまって申し訳ないのですが、思い出せたのは私の見た目だけです。朝起きて、姿見で寝癖を確認していたような……それだけ」
「ごめんなさい」と困ったように笑うユズに慌てて首を横に振った。
「ううん、こっちこそごめん。不躾だった。ただ、どうしても気になって」
「大丈夫ですよ! 気にしてません。それに、初めて自分の顔を見ることが出来て嬉しかったんです!」
ユズは両手を小さく横に振る。その拍子に、指先が隠れそうな程長い服の袖がずり落ちた。
「あ、服大きかったね。私オーバーサイズで着るの好きだからなぁ。ごめんね」
「確かに大きいですけど、私もオーバーサイズで着るの好きみたいです。ゆったりしてて落ち着きます」
「そう? なら良かった」
「はい! それに、ハルの匂いがします」
両手を口元にあて、ユズはご機嫌で後ろに倒れ込む。
それが少し恥ずかしく感じ、「そっか」と照れ隠しに勉強に戻った。背後から嬉しそうな笑い声が聞こえた。
勉強を始めて数十分経つと、今度は小さな寝息が聞こえてきた。
勉強をやめ、寝ているユズの隣に腰を下ろす。
(……ユズから、私の匂いがする)
夢を見ているのだろうか。どこか嬉しそうに見える寝顔が、私の方へころんと寝返りを打った。
(幽霊も夢を見るんだろうか? いや、普通は見ないか。ユズが特別なだけで)
そう。ユズが特別なだけ。今はまだそれで良い。
緩みきった寝顔が愛しく思えて、起こさないようにそっと柔らかい白髪を撫でた。




