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柚の花  作者: 雪葉 白
7/22

7

ユズはあれからシャボン玉にハマったようで、私達の最近の夜の過ごし方はもっぱらベランダでのシャボン玉遊びとなった。

また、最初のシャボン玉液が無くなって新しいのを買いに行った時、様々な種類のシャボン玉を見つけて沢山買ってきてしまったことも要因の一つだろう。


しかし、今のシャボン玉は種類が豊富で本当に驚いた。スタンダードな形の物は勿論、長細い筒状になった物や銃の形をした押すだけでシャボン玉が出来る物、電源を入れると自動でシャボン玉を作ってくれる物や割れないシャボン玉まであった。それらの中から適当に三種類選んで買ったものをユズに見せた時の興奮といったら……とんでもなかった。


最初の頃は私もユズが満足するまで一緒にシャボン玉を眺めていたのだが、二日、三日と経っていくうちに終わりが無いことに気付き、今では勉強の合間に休憩で眺めに行く形になっている。



ガラガラ、とベランダに続く窓が開く音がして振り返る。


「楽しかったです!」


シャボン玉遊びというもはや日課になりつつある遊びを終え、ユズが部屋に戻ってきた。


「良かったね。ちゃんと水を流してくれた?」

「はい! バッチリです!」


シャボン玉をした後は液が床についてしまうので、それを水で洗い流すまでが遊びだとユズに伝えておいたのだ。以来、ユズは遊び終えるとベランダに置いてあるホースで水を流してから部屋に戻ってくるようになった。


「にしても、今日は終わるの早いね。まだ三十分くらいしか……」

「雨が降って来たので、今日は終わりにしたんです」

「雨? 全然気付かなかった」


窓を見る。確かにしとしとと雨が降り始めていた。


「なので、今日はお終いです」


ユズは自分の引き出しの中にシャボン玉をしまうと、ベッドに腰掛けて雨を眺めた。


「そっか」


私はその姿を見てから、また勉強に戻る。


「…」


ユズは揺らしていた足を止めて、机に向かう私の後ろ姿を見る。


「ハル」

「んー?」

「ハルは、どうしてそんなに勉強をしているんですか?」

「……どうして、か」


ペンを止めて、背もたれに体を預ける。ギ、と音が鳴った。


「偉いですよね。自主的に勉強をし続けるなんて。私は多分……椅子に座るのも嫌です」


溜息をついて脱力するユズにクスクスと笑う。


「私も別に、勉強が好きなわけじゃないよ」

「そうなんですか?」

「うん」

「じゃあ、どうして?」

「頑張る癖をつけてるから」

「癖?」

「そう。勉強を定期的にして、普段から集中しやすくなるように癖つけてるみたいな」

「へぇ……! あ、頭良いですね!」

「え? そうかな」


ユズはこっちに来ると、教科書を覗きこんで苦々しい表情をした。


「……やっぱりダメです。私、勉強嫌いです」

「みたいだね」


皺が寄った眉間を指で解してやると、ユズは徐々に笑顔になっていく。


「くすぐったいです」

「ユズは可愛いんだから、そんな顔しちゃ駄目だよ」


頭を撫でると、何故かユズは少し困ったような顔をしていた。


「? どうしたの」


ユズは俯く。


「ハルはいつも私のことを可愛いって言ってくれますけど……」

「う、うん」

「私、自分の顔を見たことが無いので……どう答えたら良いのか……」

「え? 見たことが無いって、なんで?」


聞くと、ユズの姿は鏡等には映らないので、幽霊になってから今日まで自分の顔を見たことが無いとのことだった。

試しにスマホのカメラにユズを映してみようとしたが、確かに画面には背景しか映らなかった。


(そういえば、シャボン玉にも映ってなかったっけ)


ひとりでに吹かれていたシャボン玉を思い出した。


「ハル、教えてください。私って、どんな顔なんですか?」

「えー……っと」


どんな顔か説明しろなんて言われると難しくて出来ない。


「目は? 鼻は? 口は? 顔のサイズは?」

「ユ、ユズ」

「気になるんです。だってハルがあんまりにも……」

「え? 私が?」

「……な、なんでもないです。あっ、ハル。絵は? 絵なら分かります!」


ずいずいと距離を詰めてくるユズに慌てて首を横に振った。


「無理無理。私、絵は見る専門だから」

「……そうですか」


がっくりと肩を落とした。その姿があんまりにも可哀想なので何か無いかと考えてみると、一つの案が頭に思い浮かんだ。


「あっ」

「?」

「ユズ、もしかしたら写真撮れるかもしれないけど……」

「えっ?! ど、どんな方法ですか?!」


期待に満ちた眼差しを向けられ、「あーでも……」と顔を逸らす。


「期待通りとはいかないかもしれないけど……良い?」

「はい!」


全く話を聞いていない良い返事にもう不安になってくるが、絶対に撮れるという確証も無いので試してみることにした。

私はスマホを手に取り、カメラを開いた。


「?」


不思議そうな顔のユズの斜め前に立ち、カメラを見るように言う。


「撮るよ」

「?? はい」


パシャリと写真を撮る。上手くいったかなとドキドキしながら撮った写真を見ると、私の後ろに背後霊のように立つユズの姿が映っていた。


(よし。ちゃんと映ってる……けど)


「ハ、ハル! 映ってますか?!」

「…」


お世辞にも可愛いとは言えない悍ましさ漂う心霊写真をユズに見せると、「映ってます!」と喜んでいたユズの表情がみるみるうちに曇っていく。


「………可愛くない、です……」

「……ごめんね」


写真の私の背後に立つユズの姿は薄暗く、ボロボロの白いワンピースに長い髪は前に垂れ下がって青白い顔を隠し、前髪の隙間から覗く片目は悪霊のように冷たく鋭かった。

期待とは大きく外れた持っていたら呪われそうな心霊写真を手に膝から崩れ落ちたユズは、私にこの写真を消すように言った。


「ごめんね。これ以外映りそうな方法が思いつかなくて。これも正直上手くいくか分かんなかったんだけど……」

「……良いんです。私、幽霊ですし……可愛くなくても仕方ないです」


ユズは笑顔を浮かべていたが、その目は寂しさを隠せていなかった。


「…」


(中途半端に、ユズを傷付けてしまった)


「ユズは、可愛いよ」

「!」


俯いているユズの頬に手を当て、優しく上を向かせる。


「で、でも」

「本当だよ。例えば、目。綺麗な黄色で、大きくて、まるで太陽みたいに明るくて眩しくて……本当に綺麗」

「…」

「それから鼻。小さくて、整ってて、照れると赤くなるのが可愛い。口も小さくて可愛いけど、喋ると少し大きくなって、元気に楽しそうに喋ってくれるのを聞くのが私は楽しい」


目を見て、鼻を見て、口を見て、ユズとの会話を思い出して笑みを浮かべる。


「それから____ユズ?」

「……え? あ、れ」


ユズはぼんやりとした表情のまま、目から静かに涙を流していた。


「えっと、嫌だった? ごめん」


やや焦りながら指の腹で目尻を拭うと、ユズは首を横に振った。


「ハルの目に映る”私”が、あんまりにも綺麗で可愛くて……びっくりして。知らなかったから、分からなかったから……」


閉じた目から涙が一滴、二滴と床に零れ落ちる。

私の手にユズの手が重なる。ユズは、ふにゃりと笑った顔で私を見上げた。


「嬉しいです。私って、とっても可愛いんですね」

「……うん」


ひんやりした頬を撫でる。すると、「えへへ」と少し照れたように笑った。


「え___っ?!」


ユズがいきなり飛び込んできた。咄嗟に受け止めたものの驚いて尻もちをついた私の首に抱きつき、ぎゅうっと腕に力を入れる。


「び、びっくりした。ユズ?」

「ハル、大好きです。大好きです。大好きです!」

「……うん、分かったよ」


すりすりと頬を擦りつけるユズをぎゅっと抱き締め返した。


(……冷たい。けど、あったかい)


暫く抱き締めていると、ユズは突然「そうです!」と私から離れた。


「ハル、もう一回写真を撮りましょう!」

「え、良いけど何で? どう映るかはユズも見たでしょ?」


さっきの落ち込み具合を思い出して心配する私に「いやいや」とスマホを握らせる。


「さっきは分からないまま真顔で撮ったからあんなに怖かったのかもしれないじゃないですか。笑顔で映ればきっと可愛くなるはずです!」

「そうかなぁ」


自信満々なユズに早く撮ろうと立たされる。


(絶対そんなこと無いとは思うんだけど……まぁ、本人が満足するなら良いか)


早々に諦めてさっきの構図でもう一度。今度は顔中を笑顔にしたユズを背後に写真を撮る。


「撮れた」

「どうですか?! かなり笑顔だったと思います!」


二人で画面を覗き込む。

そこには、先程とほぼ同じだが表情だけは裂けそうなほど大きく口を開け、怖い笑顔を浮かべた幽霊が映っていた。


「「…」」


ユズは、何も言わずに写真を消した。

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