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柚の花  作者: 雪葉 白
6/22

6

怒涛の通勤ラッシュが落ち着く昼前。


「うーん……」


珍しく外出していた私は、商品の棚の前で唸っていた。


(ユズ、何が好きなんだろ)



____事の経緯は、ユズと一緒に雨の音を聞いたあの日にまで遡る。


『雨って、変な匂いがしますね』


ユズがそう言っていたのをふと思い出し、もしかしたらあの子は匂いが分かるのでは無いかと思ったのだ。


もし匂いが分かるのなら、偶に私が食べたり飲んだりしているものをじっと眺めているだけのユズも一緒に楽しめるようになるのでは無いだろうか。


そう考え、まずは家の中で匂いのあるものを探した。

紅茶、お菓子、石鹸、蚊取り線香、あとファブリーズ。


あんまり良いもの無かったかもと思いながらユズに見せていった。


紅茶の場合。


「……? ……??? あっ、今少し匂いました」

「言い方」


お菓子の場合。


「分からないです」

「クッキーだと匂い弱かったかな」


石鹸の場合。


「お風呂上がりのハルの匂いです」

「分かるの?」

「ほんの少し。一瞬ハルの匂いだって感じただけですね」


蚊取り線香の場合。


「分からないけどなんか不快です。出来れば消して欲しいですね」

「……除霊に効果あったのかな」

「やめてくださいね」


ファブリーズの場合。


「近付かないでください」

「ごめんて」


最後のはまぁジョークだけど、そんなこんなであまり収穫が無かった。

だから他に何か無いかと外に探しに来たのだ。


商品の棚を流し見していると、あるものを見つけた。


「……アロマ、か」


(気に入ってくれるかもしれない)


色んな種類の中から適当に選んで、他に何か無いかと探して回る。

そうして見つけたものは、アロマキャンドルと蚊取りじゃない線香だ。


アロマキャンドルはローズとオレンジ、ヒノキ。線香は桜とラベンダー、変わり種でキャンディも用意してみた。


一通り試せそうなものを購入出来て満足し、さっきから時折向けられている視線に気づかないふりをしてその場から立ち去った。


家に帰り、勉強をしたり本を読みながらユズを待つ。

喜んでくれるだろうか。気に入ってくれるだろうか。

なんだかワクワクして、いつもよりユズが来るのを待ち遠しく感じた。


そして二十時になった。


「おはようございます」


待ち疲れてうたた寝をしていた私ははっと目を覚ます。


「ユズ、おはよう。待ってたんだ」

「?」


首を傾げるユズに買って来たものを見せると、それを手に取り興味深そうに眺めていた。


「線香……それにアロマキャンドル! こんなに沢山! どうしたんですか?!」

「昨日、色んな匂いを嗅いだでしょ? 他にも何か無いか探してみたの」

「……私の為に?」

「うん」


頷くと、ユズは線香やアロマキャンドルを抱きしめて「嬉しい」と呟いた。


「折角だし、試してみようよ」


「どれが良い?」と聞くと、少し迷ってからキャンディの線香を指差した。


(変わり種から選んだ)


「箱が可愛いです!」

「私も箱で選んだんだよね」


色んな種類がある中から一つ選んで火を点けると、苺の良い香りがしてきた。


「あ、苺だ。良い香り。ユズ、どう?」

「苺です! 凄い!」


ユズは目を閉じて香りを楽しんでいた。想像以上の反応に私も嬉しくなる。


(線香って故人に向けて送るものだし、ユズも感じ取りやすいのかな。なら、アロマはどうなんだろ)


「ユズ、アロマは?」

「あっ、アロマ! 嗅いでみたいです!」


次は何が良いかを聞いて、一旦線香を消す。窓を開けて充分な換気をしてからユズの選んだローズのアロマキャンドルに火を点ける。

部屋に香りが漂い始めると、ユズはスンスンと香りを確かめていた。


「……線香の時より香りが弱い気がします。でも凄い……ゴージャスな香りです……」

「確かにゴージャス……でもちょっと私には強いかもしれない……。ごめん、消してもいい?」

「良いですよ」


アロマキャンドルの火を吹いて消そうとすると、ロウが机に飛んでしまった。


「危ないですね」

「……そうだね」


消し方を調べると、上に被せて使用する『スナッファー』というものがあるらしい。今度買っておこうと決意した。


気を取り直し、換気のために窓を開ける。

「次はどうする?」とユズを振り返った。


「うーん……」


じっくり悩んだ末、ユズはラベンダーの線香を手に取った。


「これ。これが気になります」

「分かった」


それを受け取り、火をつける。

程なくして線香の香りが空気に混じっていき、ユズの反応が気になって隣を見た。


「…」


ユズは、ラベンダーの香りにうっとりと目を閉じていた。


「……一番、好きな香りです。なんだか落ち着きます」

「落ち着く?」

「はい。……多分」

「?」

「ハルの、優しさを感じるからです」

「優しさって、え? どういうこと?」


驚いてユズを見ると、「伝わってくるんです」と笑った。


「ハルが私の為に考えてくれたことが、線香の香りに乗って伝わってくるんです」

「……つまり、私の心が読める、みたいな?」

「はい!」

「?!」


動揺と恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

慌てて腕で顔を隠した。


「……それは……ちょっと……恥ずかしいなぁ」


私の顔を覗き込んで「嬉しかったですよ」と言うユズに「やめて」と返し、急いで線香を消した。


「あっ! なんで消したんですか?!」

「……暫く、線香をつけるの禁止」

「えーーーっ?!」


ユズは私の腕に抱き付いた。


「何でですか! 私にしか分からないんですから良いじゃないですか!」

「ユズに伝わるのが恥ずかしいんだよ」

「今考えてることがちょっと分かるだけですから! もう少しだけ! もう少しだけ!」

「今考えてることも分かるの?! な、ならもっと駄目!」

「えーー?!」


その後、あんまりにもユズが残念そうに線香を見つめ続けるので、私の思考が落ち着いている時だけつけていいことにした。


そして線香やアロマキャンドルは、小物を入れている棚のずっと使っていなかった一番下の引き出しに仕舞われた。今はそこがユズの物を入れるスペースになっており、時折引き出しの中を覗いては嬉しそうににまにまと笑っているユズを見ると少し恥ずかしくなった。


「宝物が増えちゃいました」

「そんなに嬉しかったなら良かった」

「はい! ……あ、でも」


ユズは引き出しをパタンと閉じた。


「私が消えたら邪魔になっちゃいますね」

「……そんなこと、ないよ」


平然とそんなことを言うユズに、思わず椅子を掴む手に力が入る。


「あっ、でもちゃんと消える時はハルに言いますよ。約束しましたし___」

「ユズ」


ユズの言葉を遮ってしまった。

久しぶりに出た私の低く強い声にユズはびくりと肩を揺らす。


「……ハル?」

「!」


驚いている声にはっと気付く。


「ごめん」

「……お、怒ってますか?」

「ううん。ごめんね」


(あんまりにも、自分が消えることを自然に言うもんだから)


頭の片隅に、ユズが一瞬薄くなった時のことがちらついた。


(ユズが消える原因とか、あるのかな)


そんなことを考えていると、ユズが何かを持ってきた。


「ハル、これ」

「ん?」


見ると、シャボン玉を持っていた。


「どこから持ってきたの?」

「あそこです」


「奥の方に置いてあって」と棚の上を指差した。


「あぁ、そういえば前に遊びたくなって買ったんだ」


何回か遊んで満足して、棚の上に置いておいたら忘れてしまったんだった。


「まだ残ってる?」

「うーんと」


ユズは容器を揺らす。ちゃぽんと音が鳴った。


「まだ半分くらいありそうです!」

「じゃあ、遊ぶ?」


聞くと、待ってましたと言わんばかりにユズの目が輝いた。


「はい! でも、外暗いですよね」

「暗くても面白いよ」


椅子から立ち上がり、窓を開ける。

ベランダに立ってユズからシャボン玉を貰い、吹いた。


「ほら」


暗闇にプカプカと浮いていくシャボン玉は、室内の明かりを頼りに光っていた。

太陽の明るい虹色も勿論好きだが、私はこの暗闇のシャボン玉も特別な感じがして好きだった。


「暗いのに、なんだか綺麗ですね」

「だよね。実は雨の中のシャボン玉も綺麗なんだよ」

「雨の中? でもそれって、すぐ割れちゃうんじゃ」

「土砂降りの時はね。弱く降っている時だと割れるタイミングにばらつきがあるから、雨とシャボン玉の両方を見ることが出来る時もあるんだよ」


雨の中でも空に飛んでいくシャボン玉の姿も、特別な感じがした。

どこまで飛んでいくのか、いつ割れるのか。それをゆったりと眺める時間が好きだった。


「へぇ……! いつか私も見てみたいです」

「いつでも見れるよ。雨が降ればね」


言いながら、「はい」とシャボン玉を渡す。

ユズはそれを受け取ると、楽しそうに吹き出した。


小さいものや、大きいもの。様々なサイズのシャボン玉が夜の空に飛んでいく様を眺める。

ふとシャボン玉の中を見ると、私の隣には誰も映っていなかった。


(シャボン玉がひとりでに吹かれてる……変な感じ)


隣のユズを見る。相変わらず楽しそうにシャボン玉をしていた。


(やっぱり、幽霊だからか)


「楽しい?」


尋ねると、満面の笑みで「はい!」とこっちを見た。


「シャボン玉なんて久しぶりにしました! 多分、小さい時以来……かな? あやふやですけど」

「良かったね。私も久々にシャボン玉を見れたから楽しい」

「暫く遊んでいても良いですか?」

「良いよ。気に入ったのならまた買いに行くから、無くなっても気にしなくていいよ」

「やった!」


ベランダに折り畳み式の椅子を持ってきて座る。

シャボン玉とぼんやり光るユズの姿は、幻想的で美しい光景だと思った。


(綺麗。シャボン玉も、ユズの白い髪も、ユズも)


風が吹く。前を飛んでいたシャボン玉がふいっと進路を変え、私の目の前に飛んできて弾けた。


「ハル! ハルもやりましょう!」

「……うん、そうだね」


立ち上がり、ユズの手の上から吹き具に口を付け、吹いた。


「あっ」

「綺麗だね」

「……ですね」

「?」


急に元気が無くなったユズを見る。すると、頬が赤らんでいた。


「ユズ?」

「……な、何でもないです」


シャボン玉を私に渡して、折りたたみ椅子に座ってしまった。


「もう良いの?」

「今度は見ていたくなったので!」

「? 分かった」


そうして暫くシャボン玉を吹いていて、気付いた。


(……間接キス?)


ちらりと後ろを伺い見ると、まだ照れて髪をいじっていた。


(最初に私が吹いて渡した時は気付いてなかったのかな)


初心なやつ。顔の熱が引いて再び参加してくる時まで、釣られて少し赤くなった顔を見られないように夜空に向けてシャボン玉を吹き続けた。

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