18
苺。林檎。オレンジ。メロン。
(部屋の中から煙っぽい)
白い靄がかかる部屋の匂いを嗅いで顔を顰め、その元凶を振り返った。
「ユズ、線香焚きすぎじゃない」
「えへへ……だってこうしていると、フルーツをまとめて食べてるみたいな感じがして幸せでぇ……」
ややだらしなくベッドに寝転がりながら頬を緩めるユズに呆れつつ立ち上がる。その幸せな気持ちは分からなくもないが、こんな部屋では気が散って仕方が無い。
「換気するよ」
「え?!」
「はい開放」
「あぁ〜〜」
ユズは四つん這いになりながら手を伸ばし、空に飛んでいく煙を見上げてがっくりと肩を落とす。そのまま四肢を脱力させ、ベッドに沈み込んだ。
私は隣に座ると、机の上に置いてある線香の箱を手に取った。中を開くと本数が残り少なくなっていて、思わぬところで時間の経過を感じ取る。
「大分減ったね」
「そうなんです。大事にしてたんですけど」
ユズは伏せていた顔を上げ、溜息をついた。
「えっ、結構豪快に使ってなかった?」
「豪快でも大事に使ってたんですーー!」
両の拳をベッドに叩きつけながら、ユズは不機嫌に唸り声をあげてまた顔を伏せる。
「……本当ですよ」
ぼそりと呟いた声は落ち込んでいた。
「ありがとね。丁寧に使ってくれて」
励ますように、ユズの白くて柔らかい髪を撫でた。
改めて線香の箱を見ると、長い間使っていたとは思えない程綺麗だった。棚から線香を取る時、箱から線香を取り出す時、そしてまた、棚に仕舞う時。きっと大切に大切に扱っていたんだろう。線香立ても毎回きちんと拭いて、布にくるんで棚に仕舞っていた。線香を付ける時の嬉しそうな笑顔も、何度も見てきた。
それに線香だけじゃない。アロマキャンドルも自分で手入れの方法を調べて、芯の長さを調整したり、溶けた蝋を捨てたりと、長持ちするように頑張ってやっていた。
(分かってるよ。ユズがこれを、とても大切に思ってくれていることは)
「しばらく線香もアロマキャンドルも使いません」
ユズは再び顔を上げると、机の上の線香達を悲しそうに見つめながら下唇を噛んだ。
「なんで?」
「使い切りたくないんです。折角ハルに貰ったのに、無くなっちゃったら……寂しい」
「良いじゃん。使い切ったら」
マグカップを手に取る。ふぅふぅと息を吹き掛けて冷ましてから、温かい緑茶を飲んだ。
「これは消耗品だから。大事に取っておいて劣化しちゃうより、今使って堪能しても良いと思うけどな。勿論、ユズがやっぱり取っておきたいと思ったなら取っておいたら良いよ。場所はあるから、好きに使って」
「…」
「それに、また買ってこようと思ってるからそっちも使って欲しいな。前に買ってきた時、他にも気になるやつが色々あって」
面白そうなのがまだあったはず、と思い出しながら言っていると、ユズが腰に抱きついてきた。
「ハル大好きです……」
「うん、私も」
離れないのでユズの髪の毛で少し遊んでみる。
毛束を少し取って、こめかみの辺りで左右に三つ編みを作る。それを後ろで二つに纏めて、手首に付けていた髪ゴムでユズの髪を縛る。
(髪、伸びたなぁ)
肩を少し超すくらいの長さまで伸びた自分の髪を摘まむ。偶に他より短い毛先が首元で揺れて、少し擽ったい。だから普段はそのまま下ろしているけれど、勉強する時だけは気が散ってしまうので後ろで一つに纏めている。
(切ったの、いつだっけ)
切ったのは確か、私が不登校になった頃。
丁度その頃に、腰近くまであった髪をばっさりと切った。時期が時期だったので首元が覆えないショートヘアでは初めて首元が寒いと思ったのだが、頭が軽くなってさっぱりして、鏡を見るのが少し楽しくなった。
(そろそろ切ろうかな。あーでも、面倒臭い……)
うーんと唸っていると、「どうしたんですか?」と私の腰に抱きついたままユズが顔を上げた。すると、自分の髪に起きている変化に気付いてぱっと笑顔になる。
「あれ……わぁっ、髪が! ハル凄い! 可愛い!! 鏡! 鏡で見た……見れない!」
「簡単なハーフアップだからそんなに凄いものじゃないけど……うん、似合ってるよ」
姿見に駆け寄って崩れ落ちたユズに「……写真撮る?」と聞くと首を横に振った。
「良いんです。写真は可愛くないから……」
「うーん……」
「その代わり、私もやっていいですか?」
「えっ、もしかして私に?」
「はい! 絶対可愛いですよ」
「えぇ、私は良いよ」
「…」
「分かった。どうぞ」
訴えるような目で見つめられ、諦めて背を向けた。すると、「やった!」と嬉しそうな声が聞こえて、髪の隙間にひんやりとした指が入ってくる。その感触が心地良くて自然と目を閉じた。
「好きな髪型ありますか?」
「何でも良いよ。格好良くても、シンプルでも」
「じゃあ可愛いのにします」
「…」
両側の髪の房が取られて、後ろで合わせて縛られたと思ったらくるんと一回転する。また両側の髪の房が取られたと思ったら、今度はくるくると丸められていく。鏡が手元に無いため何が起こっているのか分からないまま待っていると、きゅっと髪が縛られて、「出来たっ」と満足げな声が聞こえる。
「可愛いですよ!」
「どんな感じ?」
「ふふ、見てみてください」
どうぞと促され、姿見で首を動かしながら髪を見る。髪の房をくるんと一回転させて縛った、少し凝ったハーフアップだった。しかも二重になっている。どうやったらこうなるんだろうか。
「ユズ、器用だね」
「前も長かったので、色々アレンジを試してたみたいです」
「へぇ、凄い」
「んふふ、お揃いですよ」
自分の髪を手に取って微笑むユズに、なんだか擽ったい気持ちになる。『お揃い』なんていつぶりだろう。暫く縁が無かった言葉だから、頬が少し熱くなる。
「そうだね」
俯いた私の赤くなった耳を見て、ユズは目を細めてふふっと笑う。
「解いちゃ駄目ですよ。今日はこのまま、お揃いです」
「分かってる。解かないよ」
「良かった」
念押しをされて、元からそのつもりは無かったけれど、今日はこのままでいることになった。
(なんなら解けないんだけど)
ユズにがっちりと握られている両手を見下ろして、微苦笑を浮かべた。
「ね、ね、ハル」
「ん?」
顔を上げる。すると眼前に期待に満ちたユズの顔があって、驚いて首を竦めた。
「久しぶりですし、お出掛けしたいです!」
「駄目」
言葉を被せる勢いでユズの提案を却下した。しかしユズは無表情で突きつけられたそれに屈することなく、駄々を捏ね始める。
「なんで! せっかくお揃いの髪型なんですよ?! それに、お出掛けだってもうずっとしてません! 私もお買い物とかしてみたいです!」
「行きたい気持ちは分かるけど、駄目。この前散歩した時も少し危ない場面があったし、出掛けられる場所だって限られてるから難しいよ」
「でも……」
膨れっ面になるユズを宥めようと口を開いたが、何かが引っ掛かる。
「……ん? 待って、今お買い物って言った?」
「? はい」
「じゃあ尚更無理だよ……」
「えぇぇっ?!」
予想外だと言わんばかりの声に頭が痛くなる。なんで夜の散歩よりハードルが高い昼のショッピングがいけると思ったんだ。生気の無い肌の色をして、冷気が出て、目を惹きつける白い髪を持つ少女なんて怪しくないわけが無いだろう。おまけにショッピング。人が少ない時間を狙ったとしてもゼロじゃないし、距離だって近い。
(どう考えても私一人で隠し切れる訳ない)
早々に気付かれて、『これ、本物の幽霊なんじゃね?』なんてネットで拡散されてしまうかもしれない。
「……無理だ」
試しに脳内シミュレーションを三通り程してみるが、人が少ない時間に行ってみたとしても、ユズにより一層厚着をさせてみたとしても、髪を帽子に入れて隠してみたとしても、どれもユズが怪しまれ、最悪気付かれて終わり。バッドエンド不可避だ。
私はユズに何故昼間のショッピングが駄目なのかを、さっき考えたことも交えて説明をした。
「___だから、ごめんね。こればっかりは諦めて」
「…」
ショックで黙ってしまったユズの、悲しそうに伏せた瞳に心が痛む。
「あの、ほら。ネットショッピングは? それなら家で、二人で見れるし、商品も沢山あるから___」
パソコンを見て、ぱっと閃いた。
「……そうだ、電話」
「?」
パソコンを立ち上げ、スマホとパソコンの両方で利用できる通話アプリを開く。
(うん、これなら)
「ユズ」
「は、はい」
「一緒に出掛けることは出来ないけど、電話なら出来るよ。……どうかな」
「!」
「ユズはパソコン、私はスマホで繋ぎながらとか。写真とかも送れるし、これなら話してても不自然じゃないよ」
「します! 電話したいです!」
伏せていた長い睫毛がぱっと上を向く。ユズの口角が上がり、頬も薄らピンクに色付いた。
「良かった」
(元気になって)
とは言え、今の状況を確認すると、今日の予定に『買い物』が加わってしまったわけで。
(あんまり行きたくない……けど、ユズのお願いだしなぁ)
憂鬱な気持ちが広がりそうになるのをぐっと止めて、外出する準備を始めた。
次回はハルとユズの初めてのデート、それから新しいキャラが登場する予定です。




