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柚の花  作者: 雪葉 白
17/22

17

「わあ」


昼食を終え、ほんのり眠気に誘われる穏やかな午後。私は勉強、ユズは読書とそれぞれ過ごしていた中、静かな室内に、気の抜けた声とカチャンという控えめな食器の音が響いた。


「ん?」


椅子を回し、後ろを向く。


「どうしたの……って、あぁ。派手にやったね」

「すみません……ぼんやりしてて」


机の上に置いてあった紅茶が倒れ、白いワンピースの腹から下が紅茶の赤色に染まってしまっていた。急いで下からタオルや雑巾を数枚持ってくると、困ったと笑うユズに一つ手渡しながら机や床を拭いた。


「大丈夫? 火傷とかはしてないよね?」


倒れた紅茶はやや冷めていたので大丈夫だろうとは思いながらも一応聞くと、「大丈夫です」と返ってきて安心する。


「あぁぁ……」


手や足など濡れてしまった場所を一通り拭き終わったらしく、ユズはワンピースの染みにタオルを当てていた。だが、染みはワンピースの前面に大きく広がっている為にタオル一つでは落ちそうにもない。これは洗濯をしなければ、と立ち上がった。


「床に座ってたからほぼ全部掛かっちゃったね。とりあえず着替えようか」

「あっ、ありがとうございます」


次いで立ち上がろうとしたユズを「そのまま抑えてて」と止め、クローゼットを開ける。


(さて、なんか着替え……)


中を見渡していると、ぴたりと目が止まる。白と紺の袖が服の隙間から見えていた。セーラー服だ。私の、高校の制服。


「…」


それを手に取る。久々に見るその服は、色褪せている筈なのに当時より色褪せて見えなかった。前は見るのも嫌だったのに、今はほんの少しだけ懐かしさを感じる。


ふと脳裏に、以前ユズがこれを眺めていた光景が思い浮かんだ。

あの視線には憧れが混じっているように見えた。制服が懐かしいのだろうか。それとも、何か特別な理由でもあるんだろうか。


(なんにせよ、今の私には必要ないし)


「ユズ、これあげる」


はい、とユズに制服を渡した。


「えっ……」


自身の腕に収まった制服を見て、ユズの目が期待に満ちて輝いていく。制服をしっかりと抱き締めながら私を見上げた。


「いっ、良いんですか?」

「うん。きっと似合う」

「……ありがとうございます!」


想像以上の反応と嬉しそうな笑顔だった。着替えの為に部屋を出て数分後、呼ばれて入ると、制服のスカートをひらりと靡かせてはしゃぐユズがいた。


「似合うね」


セーラー服の紺の襟の上で白い髪が透けて流れ、透き通っている白い肌が、白い袖よりも輝いて見える。はにかみながら前髪を耳に掛けると、中から少し赤くなった頬とくしゃっと細まった黄色い目が現れ、浮世離れした美しさを放っていた。


「本当に綺麗」

「……えへへ」


心の中に思い浮かんだ褒め言葉をそのまま口から出した。それを聞いたユズは照れと嬉しさが入り混じり、笑顔をふにゃりと緩ませる。


「……可愛い」

「もっ、もう分かりましたから!」


微笑みながら呟くと、ユズは手をバタバタと振りながら反対の手で真っ赤な顔を隠した。その様子を可愛いなぁと思いながら眺めていると、まだ他にも制服があることを思い出して「そうだ」と提案する。


「後で、カーディガンと冬服もあげるね」

「ほんとですか?!」

「うん。沢山着てあげて」

「はい!」


ユズの頭をよしよしと撫で、ベッドに寝転がる。


「疲れましたか?」

「少しね」


シーツの気持ちよさに目を閉じる。


私は昼寝が好きだ。特に、夜に寝るのとは違って起きてもまだ今日の間なところが良い。


脱力しながら息を吐くと、ユズは私の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、起きたら私の話を聞いてくれますか?」

「……話って?」


その手を取り、ユズを見上げる。


「……えっと、私が生きてた頃の」

「うん……え? え??」

「え?」

「え?」

「…」


頭を殴られたような強い衝撃に襲われ、少しの間言葉に詰まる。


「ユ、ユズが生きてた頃の?」

「はい」

「…」


(唐突すぎる)


呑気に寝てる場合じゃないと休みかけていた頭と体を起こした。


「眠いんじゃ?」

「いや、大丈夫。覚めた覚めた」

「そうですか」

「うん……あの、ちょっと水飲ませて」

「あ、どうぞ」


コップに半分くらい残っていた水を飲み干し、息を吐く。少し冷静になると、衝撃よりも更に強い緊張に襲われた。


(……え? え? 私、今からユズの生前の話を聞くのか? こんなに急に? あんなに軽く? いや、軽くは無いんだろうけど。でも、どんな顔で聞いたら……あぁ駄目だ。人の人生を聞くのって、こんなに緊張するのか)


手汗の滲む掌で強くシーツを握り締めた。


「あの、あのね、ハル」

「………あ、ごめん。どうした?」


はっと我に返ると、ユズの顔が緊張して強張っていることに気付いた。きっと私も、同じ顔をしているのだろう。


「あんまり、良い話じゃないんです。だから、聞きたくなかったら断って良いんです。……でも私は、ハルだから聞いてほしい」

「…」


私に真っすぐに向けられた目から、真剣さが伝わってくる。


(……そうだ。自分の人生を話すんだから、真剣じゃないわけが無い。だから私も、真剣に向き合わないと)


下ろしていた足を上げて、ユズに向き合う。背筋を伸ばして、正座をした。


「ユズの話を聞かないって選択肢は、最初から無いよ。不安にさせてごめんね。緊張してたから、直ぐに言葉が出なかった」


強張ったままだった頬を緩ませ、穏やかな笑みを見せる。


「聞かせて。ユズの話」

「……はい」


それから、ユズはゆっくり話を始めた。


「”私”は、ごく一般的な家庭に生まれた至って普通の高校生の女の子でした。ただし、その普通が通用するのは私の中だけで、他の人からすれば、私は間違いなく異物でした」


_________________________


「日光を浴びちゃ駄目」

「日焼け止めを欠かさず塗りなさい」

「出来るなら日陰で過ごすこと」

「日差しが強いならサングラスを掛けなさい」


これは私が昔から親に口酸っぱく言われ続けてきたこと。生まれた時からずっと、事ある毎に確認をされたこと。


そうする必要があったから。しなければならない理由があったから。


何故なら私が、アルビノとして生まれてきたから。


白い髪。透明で白い肌。光に弱い瞳。

生まれた時から一緒に歩んできたこの見た目は、制限だらけの人生に私を引きずっていった。


日に焼けると肌が荒れて火傷をしたみたいに酷くなる。

日差しが強すぎる時は昼間に外に出られない。

失明を防ぐ為のサングラスは常に鞄の中に入っている。


それが私の日常。私の常識。


本当は、この見た目は嫌いじゃなかった。鏡で見た時は妖精みたいで綺麗だと思ってたけど、両親の顔や学校での扱いで段々嫌いになってしまった。


皆と同じ見た目になりたい。皆と一緒に外で遊んで、思いっきり日焼けをしてみたい。サングラス越しじゃない景色を見てみたい。


どうして私は、こんな見た目で生まれてしまったんだろう。どうして。どうして。


そんな葛藤と我慢と失望に溢れた思春期を過ごした私は、それでも高校生になる頃には仕方が無いことなんだと諦められるようになっていた。


それに、高校生になってからの生活は今までで一番楽しいものだった。


私の事を理解してくれる友達に出会い、学校に出会い、穏やかな日々を過ごせたお陰で、制限だらけの日常でも我慢が出来ていたし、十分だった。


___それなのに。


それなのに私は、それを自分から手放してしまった。


とある日の夕方。学校からの帰り道。小さな子供がボール遊びをしている公園は道路沿いにあって、その横を通った時の事だった。

子供はボールを道路へ飛ばしてしまい、それを追いかけて道路へ飛び出す。そのタイミングで信号が赤になって、物流トラックが進行を始める。


何となく、何が起こるかは察しがつくだろうと思う。


そして私は、咄嗟に体が動いてしまうタイプだった。


だから、目の前で起ころうとしている光景を予想して反射的に走ってしまった。どこの誰かも分からない子供の元へ飛び出して、両手で歩道へ突き飛ばして、子供の安全を確認したところで体が吹っ飛び、意識が飛んだ。


……次に目が覚めた時には、私は地面に寝転がっていた。


視界の端に見える運転手やたまたま通りかかった人が慌てている声が聞こえて、何が起こっているのかを理解しようにも頭がぼんやりして上手く働かない。

しかし、指の一本も動かない体と、体が冷えていく感覚と、徐々に薄くなる意識に、自分がいずれ死んでしまうということを理解していった。


誰かに助けを求めようにも、声が出ない。そもそも周りに人がいない。

もうすぐ死んでしまうのに、近くに誰もいない。親もいない。友達もいない。


やがて意識が閉じ、私は今の自分の姿を空から見た。初めての体験だった。


白い髪が血に染まっていく様を、口や鼻から血が零れた死に顔を、私は冷静に、静かに眺めていた。


その中で思ったことと言えば。


(存外呆気なく死んでしまうものだな)


私の生きた十七年が、どちらかと言えば、喜びよりも悩んで苦しんだことの方が多かった人生が、たった今終わってしまった。

後悔は無い。あるのは喪失感だ。残りの人生を楽しむ隙も無く終わってしまったことに対する喪失感。


(孤独だ)


碌に看取ってもらえず一人で死んでしまった自分の死体を見て、そう思った。


_________________________


「___それから私は、霊として色んな所を彷徨っていたと思います。昼も夜も関係なく、当ても無くフラフラと。……楽しいというより、どうしたら良いのか分からない状態でした。でも、そんな日々を過ごしていた中で、偶然ハルに出会いました。それは私にとって、生きていた頃ですら感じなかった最大の幸福です」


ユズの手が伸びてくる。そっと私の頬に触れて、両手で優しく、まるで宝物に触れるかのように撫でた。


「だってあなたは、私の求めてたものを全部くれたから」


互いの視線が交わる。何か言うべきかと思ったのだが、ユズに唇を塞がれて何も言えなかった。


「……生きていた頃の私が、今も生きていたならきっと得られなかった幸福を、私は感じています。ハルのお陰です。ハルのお陰で、幸せなんです」

「……ユズ」


ユズは目を細めて笑うと、ベッドを下りて私の前に立つ。


「改めまして、私の名前は真白(ましろ) 柚花(ゆずか)と言います」

「……柚花?」

「はい」

「真白、柚花」

「はい」


名前を呼ぶと、嬉しそうに頷きながら返事をする。


ユズは、『柚花』と呼ばれた方が嬉しいのだろうか。そう感じ、これからは『柚花』と呼んだ方が良いのだろうかと思った。


「…」


でも、私は出来るなら___


「ユズ」

「!」

「……これからも、ユズって呼んでも良い?」


少しでも嫌な顔をされたら直ぐに撤回するつもりだった。しかしユズは、さっきよりもずっと嬉しそうに顔を破顔させ、「……はい!」と頷いた。

来年に持ち越してしまいましたが、変わらずブックマークをつけていてくださる方に感謝を申し上げます。

来年もどうぞよろしくお願いします。

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