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柚の花  作者: 雪葉 白
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恋人同士、と言ってもその形は様々だ。仲睦まじく過ごす関係、友達の延長線のような関係、体同士で結ばれることが多い関係。掘り下げていけばもっとあるだろう。


しかし今の私達の関係ほど、曖昧で危ういものは無いだろうと思う。


_________________________


「ふふ、ひんやりする」


窓の外で雨が降っている。今日は朝から雨が降っていた。夏の雨は蒸し暑くてそこまで好きじゃなかったのに今は結構好きなのは、私の隣に腰を下ろし、ベランダから足を出して爪先を雨に濡らしている恋人の影響だろう。


「暑くないですか?」

「平気だよ」


ユズが「窓を開けたい」と言い出したから気にしているんだろう。しかし私は隣から来る冷気でひんやりと涼めているので何も問題は無い。


私達は恋人同士だ。……と言っても、付き合ったのはまだほんの数日前のことだし、恋人になったからと言って急に距離が近くなることもなく、私達の関係は今までとほとんど変わらない。何なら距離は前から近かった。


「空、暗いね」


だから、強いて言うなら、こういう時に手を繋ぐようになったくらいだ。


「朝から降ってますもんね。ほら、私も光ってる」

「確かに」


ユズが取った髪の一房が淡く光っている。それを髭みたいに口元に当てながら言うもんだから、少し笑ってしまった。


「雨、いつまで降るんでしょうか」


絡めた指を緩めたりまた握ったりしながら、ユズは雨空を見上げる。私はチラリと時計を見る。


「多分、もう少しで止むんじゃないかな」


確か朝のニュースでは、『午後は晴れるでしょう』とか言っていた気がする。ぼんやり聞いていたから詳しい時間は分からないが、今はもう昼もとっくに過ぎておやつの時間だ。天気予報が当たっているのなら、この雨はもうそう長くは続かない。


「……残念です。もっと長く降っていてほしかったのに」


頬が風船みたいにぷっくりと膨らんだ。思わず突きたくなる丸さだが、以前突いた時に思ったより怒られたことを思い出したのでやめた。


「ユズってそんなに雨が好きだったっけ?」

「はい! とは言っても、前はここまでじゃなかったんですよ。なんとなく、晴れより雨の方が好きだなぁって思うくらいで」

「じゃあ、どうしてそこまで好きになったの?」

「え? ふふっ。そんなの、ハルの影響に決まってるじゃないですか!」

「……そうなの?」


思わず聞き返すと、そうだと言うように目を細めて笑った。


「私、初めてだったんです。雨の日に傘を差さないで外に出ることも、雨の音に聞き入ることも、びしょ濡れになったことを楽しんじゃうことも。全部全部、前の私じゃ経験出来ませんでしたし、ハルに教えてもらわなかったら気づけませんでした」

「………そう」

「照れてます?」

「照れてま……せん」

「わっ?! いたたた痛いです!」


顔を逸らした私を追って、顔を覗き込もうとするユズの頭をぐいっと下に押した。顔を上げようと踏ん張るユズの呻き声を聞きながら、さっきの会話をもう一度思い出す。


『前はここまでじゃなかったんですよ』

『前の私じゃ経験出来なかった』


……最近、頭の片隅でずっと考えていることがある。


(ねぇ、ユズ。その()って、生前のこと?)


たまに。たまにだが、ユズが昔を懐かしむように遠い目をしている時がある。私がユズと出会った頃にはしなかった目だ。それに、『前』という言葉が以前より自然に口をついて出ている気がする。曖昧な言い方だったのに、今ははっきりと。


(どこまで思い出してるの? 一欠片? それとも全部?)


もし本当に思い出しているのなら、聞いてみたい、と思う。だって私達はもうぬるま湯の関係じゃない。知ることが許されるのなら、教えて欲しい。

でも、私にはそれを聞く勇気がない。


(いつか、話してね)


だから、待つしか無いのだ。


ぱっと手を離すと、もう抵抗をやめていたユズは恐る恐る顔を上げる。

そこを狙って、ユズの頬を摘んだ。


「あぇ?! おこってまふ?!」

「怒ってない」

「えぇ〜……??」

「んふふ」


困惑している顔を見れて満足したので解放してやると、ユズは頬を摩りながら私に抗議の目を向けた。


「ごめん。つい、ね」

「…」

「ごめんね」


ユズの手の上から頬をムニムニと撫でる。すると、照れ臭そうな表情を隠そうと口を一文字に結んでいた。良かった、と安堵の笑みを浮かべる。


「ね、一旦足拭かない? ほら、雨もそろそろ止んできたみたいだよ」

「え? ほんとだ……」


さっきまでシャワーのように降っていた雨が、小雨程度に変わっていた。雲が散り、徐々に空が明るくなっていく。私に釣られて空を見上げたユズは、立ち上がってベランダに手をついた。私も隣に立って、空を見上げる。


「……私、実は雨上がりの晴れた空も好きなんです。空気が澄んでて気持ちが良いし、虹も見えるし。今日は、見えないみたいですけれど」


ふふ、と笑って続ける。


「でも前に、丸い形の大きな虹を見たことがあるんですよ。思わずじっと眺めちゃうくらい綺麗だったんです」

「そんなに? 私も見てみたいな」

「すーーっごく、綺麗だったんです。……私も、もう一回見たいな」


そう呟いたユズは、やっぱり何かを思い出しているような遠い目をしていた。


「……作ってみようか」

「え?」

「虹」

「え、え? 作れるんですか?」

「多分、だけどね」


私は、ベランダに置いてあるホースを手に取った。ユズが普段、シャボン玉で遊んだ後の片付けに使っているものだ。


「前に、虹の作り方を調べたことがあるんだ。……確か、太陽に背を向けて、こういう水が細かく出る物を用意して、水を出す」


太陽に背を向けて、ホースの水を出した。


(どうだろう)


記憶はあまり鮮明じゃないが、上手く出来てくれるだろうか。少なくとも、隣で目を輝かせてホースの先を見つめているユズの期待を裏切るような真似はしたくない。


「!」


ホースの水に陽光が反射する。細かく流れ出ている水の中に、いつの間にか小さな虹が出ていた。


(良かった)


ほっと一安心していると、隣からわっと小さく抑えた歓声が上がった。


「すっごーい! ほんとに虹を作っちゃうなんて、凄いです! ハル、凄い! とっても綺麗……!」

「……ふふ、あはは」


子供みたいにはしゃぐその姿に嬉しいやら照れ臭いやら、可愛いやら、色んなことが頭に思い浮かんでくすくすと笑ってしまう。


「ね。綺麗だね」

「はい! それに、ハルは物知りで凄いです! 魔法使いみたい!」

「お、おお……ありがとう。それくらいで大丈夫。ほら、ホース持って」

「?」


訳が分からないままホースを受け取ったユズの前で、ベランダと部屋を繋ぐ窓の蓋に腰掛ける。


「私は休憩。疲れたら、止めて良いよ」

「はーい」


虹を作りながら、足元に出来た水溜りをパシャパシャと踏んで遊んでいるユズを眺めた。


(魔法使い……かぁ)


もし私が魔法使いだったなら何をしていただろう? なんて、考えてみる。


いじめてきたクラスメイトをこてんぱんに倒していただろうか。あの子に惚れ薬でも仕込んでいただろうか。そもそも恋愛なんてせず、勤勉に魔法の勉強に励んでいただろうか。


(いいや、きっとそうはならない)


きっと今の自分なら。


(もし、魔法が使えたなら……)


『ユズが消えませんように』と願い、その方法を見つけ出すだろう。


(……なんてね)


子供みたいな想像をしてしまった。少し恥ずかしい。

誤魔化すように目を閉じると思考が段々落ち着いてくる。


(…)


こういう時に脳裏に浮かぶのはいつも、あの日の黒くなったユズの姿だ。

禍々しいあの姿。まるで別人のように感じた雰囲気。同一人物のはずなのに、目の前の少女とは似ても似つかない。


(……悪霊)


ユズを見守りながら、組んだ腕を握り締める。


自分は悪霊になってしまったのだとユズは言っていた。

なら、もしまたユズが悪霊になってしまったら。


(私はユズを、元に戻せるんだろうか)


私はあのユズが怖い。ユズのことは好きだが、全てを受け止めてあげられる程の度胸を私は持っていない。


悪霊になったユズが暴走したら?

私のことも忘れたら?


___私のことを、襲ってきたら?


「ハル?」

「……っ!!!」


はっと顔を上げる。気付いたら、ユズが目の前に立って私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか? 何か考え込んでいたみたいですけど……」

「ううん、大丈夫。もう満足した?」

「はい!」


満足げに大きく首を縦に振った。


「楽しかったです!」

「良かったね。はい」

「ありがとうございます」


相槌を打ちながらタオルを手渡す。ユズが足を拭いている間に、部屋に入って電気をつけた。


「…」


余計なことを考えてしまったと思った。

心の靄が晴れない。言葉に出来ない散らかった感情が頭に残ってずしんと痛んだ。


カラカラと窓が閉まる音がする。


「ユズ」


窓を閉めて振り返ったユズに、腕を広げてみせた。


「!」


それを見てぱぁっと明るい笑顔になったユズが、私の腕に飛び込んでくる。

覆い被さるようにぎゅっと抱き締めると、「苦しい」と嬉しそうな声が聞こえてくる。もっと強く抱き締めると、「ぐえっ」と呻き声が上がった。


「ハル……?」

「ん」


ユズに擦り寄り、肩に顔を埋める。

その様子を見て何かを察したのか、背中を優しく撫でられた。


「どうかしたんですか?」

「ううん。ちょっと、考えすぎちゃっただけ」

「そうですか……じゃあ、休憩しましょうか」

「……する」


ユズが動き出すので、私も動き出す。傍から見たら『あんよが上手』状態だ。

ユズに牽引されながらもぞもぞと歩き、ベッドに到着するとユズに「はいごろーん」とやや雑に落とされる。


「私もどーん!」

「うっ?!」


上からユズが降ってきた。重さはそこまで無かったが驚きで声が出る。ご機嫌に私の上にダイブしたユズは、ころんと隣に転がった。


ユズは私の頬に手を当てた。ひやっとした感触が頬を撫でる。


「お昼寝しますか?」

「……眠くなったら、ね」


ユズの手に自分の手を重ねて、ベッドの上で手を繋いだ。

遅筆なのが最近はさらに遅くなっているので、続きを投稿するのが遅れてしまってすみません。

最終話まではきっちり書きますので、時間が掛かるとは思いますが、良ければお付き合い下さい。

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