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色んな場所を探して回った。
部屋中。家中。外に出て、一緒に行った所を何回も何回も往復した。
というか、ユズと一緒に行った所なんて数える程しか無かったから、往復するしかなかった。
誰にも言っていなかったから相談できる人もいないし、姿が見えないんじゃ探し方も分からない。探す当ても無い。
だから探し回って、それを終えたら、部屋では毎日一本ずつ線香を焚いた。
唯一私からユズへ言葉を送ることが出来る物だから、毎日焚いて、燃え尽きた後もずっと「ごめん」とか「帰ってきて」とか考え続けた。
これらの行動に意味があるのかどうかは分からない。けれど、今のところ進展も後退も一切していないのでやっぱり意味は無いのかもしれない。
でも、毎日欠かさずに続けた。そしたら、勉強に集中出来なくなった。
小さな物音がする度に帰って来たのかと音がした方を確認してしまうし、夜は暑くて寝苦しいから中々寝付けず、睡眠不足になったせいで内容が頭に入ってこなくなってしまった。
「ハァーーーー……」
ペンを投げ出し、カーテンを薄く開いてぼんやりと外を眺める。暗闇の窓ガラスに反射して顔が映り、寝不足で酷い顔色をしている自分に嫌気がさしてカーテンを閉めた。
(……悪かったよ)
寝ても覚めてもユズのことばかり考えてしまう。
この感覚に似たようなものを過去に経験しているが、ユズに対するこれは、甘いなんてものじゃない。苦くて歯触りの悪い、喉につっかえて苦しくなるようなものだ。
(だから、帰ってきてよ)
僅かにひりつく喉を摩った。何にもやる気が起きなくなって、ベッドに寝転がりながらスマホを眺める。
その時に見るのは、特に興味の無い動画とか、真剣に読んでいない漫画とか。それをだらだらと眺めていると、いつもの倍のスピードで時計が進んでいるのだ。
一人だと暇だから最近はずっとこうだ。
そうして夜が更けると、起きたらユズが帰ってきていますようにと願いながら眠りにつく。翌朝、目が覚めて部屋にユズがいないことを確認すると、落胆しながら体を起こす。
(今日も、許してくれないか)
眠過ぎて目が開かない。頑張って起きようとするのを諦めて、もう一回ベッドに倒れた。
瞼の裏にユズの泣き顔が見える。怒っていた。傷付いていた。それでもあの子は、私を傷付けようとしなかった。
「……認めるよ。………好きだよ」
恐らく私は、彼女からのキスという明確な好意を受け取る前から無意識の内に彼女が好きだった。
何も考えないで茫然と生きていた私の全てを、ユズは淡く優しく照らして包み込んでくれた。そのお陰で、毎日のように苦しんでいた悪夢は徐々に薄れていった。
少しずつ前向きな思考を持つことが出来た。私には味方がいるんだと安心することが出来た。
そんな相手を、好きにならないわけが無い。
「………ユズ」
意識が途絶える。夢の中に落ちていく途中、誰かに手を取られた。
それは多分恐ろしいもので、黒いもので、人の形をしていた。
『愛して』
それが口を開いた。鈴が鳴るような可愛い声をしていた。
『愛して』
それに握られた手が凍っていくように冷えていく。体が震えそうになる程冷たく、段々痛くなってきた。手を外したい。離してほしい。それなのに、体が動かない。
『私を、愛して』
恐怖か寒さのせいか、体が小刻みに震え出す。吐いた息が、白くなっていた。
ぐっと近付いてきた塊が溶けるように動き、中から顔のようなものが現れる。
『……ハルなら、出来るでしょう?』
その中にある目からは、血のように赤黒い液体が流れ出ていた。
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自然に目が覚めた。体を起こし、カーテン越しに窓の外を見る。一番高かった日がやや落ちているものの、まだ明るかった。二時間程しか寝ていないのだろう。
「行かなきゃ」
起き抜けのまま部屋を出た。
___どこに?
「ユズの所に」
___どこにいる?
「知ってる……あれ? 知らない。どこ? どこって……ユズがいる所」
___どこがいい?
「どこって……ユズが……」
歩くようにサンダルを履いて外に出た。道路を歩いていると、前から車がやって来た。
「ユズが……いる所に……」
私は、その前に飛び出した。
車との距離が近くなる。運転手が私に気付いた時に、ぐっと後ろに手を引かれた。
「____陽ちゃん!!」
「!」
目が覚めたような感覚だった。車が過ぎ去ると、漸く自分が轢かれかけていたことに気付いて冷や汗が出た。
(……あれ?)
そういえば、聞いたことのある声だった。
恐る恐る後ろを見ると、離さまいと手を強く掴んだまま、心配そうにこちらを見る少女がいた。
「危ないよ。……どうしたの?」
寝巻きのまま、スマホも何も持たずに家を出ていた私の格好を見て目を見開いた。
「……花崎さん」
花崎 雛乃。
私を不登校に追いやった原因。私が、好きだった人。
乾いた唇から息が漏れる。脳裏にあの頃の記憶が浮かび、目の前にいる少女と重なって吐き気がした。
ふわふわと柔らかそうに揺れている焦茶の髪。丸くて大きい目、小さい鼻、桃色の艶々な唇が黄金比のように綺麗に収まっている小さな顔。
誰が見ても感想の一つに"可愛い"が入るような、そんな彼女が、何故か私の家の付近にいる。
理由は彼女のバッグから覗く大量のプリントからなんとなく察しがつく。ただ、違うかもしれない可能性に賭けたかった。
「……なんで、ここに」
「あっ、私、陽ちゃんに夏休みの課題を……ねぇ、それより酷い顔だよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫…………ぅ」
胃の内容物が迫り上がってくる感覚に、咄嗟に口を抑えた。……眩暈がした。プリントを渡してくれるのは良いが、何故彼女なんだ。最悪だ。
「帰った方が良いよ! 私付き添おうか? 歩ける?」
「いや、あの……」
「こっち?」
「…」
背中を摩ってくれる彼女は、私が首を横に振る前に手を引いて歩き出してしまった。
「家近い? 帰れる? 遠いならどこかで休憩してからの方が良いよ」
「大丈夫。…………着いたから」
「えっ? あ、ここ? ほんとだ」
数分と経たないうちに私の家に着いてしまった。本当は家の場所も知られたくなかったのだが、もう遅いので諦めた。
「まだ気持ち悪い?」
「もう平気。プリント、ありがとう」
そう言ってプリントを受け取ろうとするが、彼女はプリントを渡すのを躊躇っている。受け取ろうと差し出していた行き場の無い手をどうするべきか迷っていると、「あ、あのっ」と遠慮がちに口を開いた。
「……?」
「少しだけ、話せないかな。少しだけで良いの」
「…」
「私、陽ちゃんに謝りたくて。あの時、酷いことしちゃったから」
彼女は聞いてもいないのに話を始めた。
「私ね、ずっと後悔してて____」
「分かった。中で聞くから、入って」
このまま放っておけば長くなりそうだったのと、炎天下の中でそれを聞くのが嫌だったので、仕方なく家に上げた。




