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柚の花  作者: 雪葉 白
12/22

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今回は複数視点変更があります。

分かりにくかったら申し訳ありません。今後改善していきます。

あの日。二人で夜に向日葵を見に行った日。


あの日から、ユズは様々な事に興味を示すようになった。


例えば映画から。


「花火って綺麗ですよね! こんなおっきいのがドーンって! 迫力満点です!」


例えば道行く子供達から。


「プールってそんなに気持ちが良いんでしょうか? うーん、これは覚えてないので分からないです。でも、今なら私も水に飛び込めるんですよね……」


例えばゲームから。


「私、流れ星って見たこと無いんです。えっ? ハルもですか? ……なら、一度は見てみたいですね」


例えばカレンダーから。


「夏休み……! 覚えてますよ。とっても良い響きです! 何してたんだろう……でも、多分満喫してたはずです。最終日以外は!」


例えばスマホの地図から。


「ハル! あのひまわりから少し遠くに、公園があるみたいですよ! 小さい公園みたいですけど、ブランコとかすべり台とかは、絶対ありますよね!」



きっと、ユズの中の世界が広がったお陰だろう。私の部屋という狭い世界から飛び出して、外を歩いて冒険して。

その僅かな経験が好奇心を刺激し、新たな刺激を求め出しているのかもしれない。


「……うん」


でも、私はそれが少し心苦しかった。


ユズが外に興味を持つ度に、近く感じていた距離が遠くなる気がする。まるで、置いていかれる気がするのだ。


(生きていた時のユズも、こんなに明るい性格だったんだろうか)


ふと、生前のユズを想像した。


(きっと元気いっぱいで、沢山の友達に囲まれて、クラスの中心にいたんだろうな。勉強は出来なくても助けてくれる友達がいて、きっと……きっと、楽しい学校生活を送っていたんだろう)


綺麗な黒髪を靡かせて、可愛い顔立ちと朗らかな性格で、弾けるような笑顔を魅せて。


(……羨ましいな)


そしてふと、申し訳無くなった。

この子の時間はきっと短い。それを私の都合に合わせ、この小さな空間で一緒に過ごさせていても良いのだろうか。

もっと時間を有効に、広く色んな場所に行きたいのでは無いだろうか。再び死ぬその時に、本当はあんなことをしてみたかったと思わせて良いのだろうか。


「…」


隣に寝転がるユズの頭を撫でた。


「行っておいでよ」

「?」

ここ(私の隣)じゃない、別の場所に」

「…」


……言ってしまった。


僅かに芽生えた後悔は、直ぐにかき消すことができた。


この子の残りの時間を、これから先何十年と生きてしまうであろう私が無駄に消費してはいけない。


だから___


「したい事、沢山しておいでよ。今のユズなら、きっと色んな場所に行ける。ここで私の親に見つからないように隠れることもしなくて済むようになるよ」


起き上がり、隣に座ったユズに微笑んだ。

笑顔を浮かべ、そのまま発せられるであろう言葉に頷いてあげようと思いながら。


しかし、


「行きませんよ。折角、ハルの隣に居られるんですから」

「……え? 何で」


予想外の返答に、意図せず口から言葉が漏れる。


「行きたい場所も見たい物もありますけど、きっとこれから先、いつだって行けるし見れると思うんです。だって私の行きたい場所は他の人だって行きたい場所でしょうから、きっと私が消えて、生まれ変わったとしても残っているはずです。

でもハルは、この世界でたった一人。長い年月の中で、たった百年しか会えないんですよ。生まれ変わった来世で会えるかどうか、それこそ私が覚えているかどうかも分からないじゃないですか。

だから、私の好奇心は来世に取っておくことにするんです。それで、ハルと沢山お話をして、少しでも覚えていられるようにします。来世でも会えるように。……えへ、良い考えでしょう?」

「……っ」


私だけに向けられているその笑顔、その言葉に、顔が熱くなった。


私を選んでくれた。私の隣が良いと言ってくれた。

嬉しい。嬉しい。大好き。


「……ありがとう、ユズ」


気が付いたら抱き締めていた。ひんやりとした感触が背中に回る。それがまた嬉しくて、その感触を噛み締めながら、密かに覚悟を決めた。


「じゃあ、付き合うよ」

「え?」

「ユズのしたい事、見たい物、出来る限り叶えてあげられるようにする。……まぁ、限度はあるけど。とりあえず、花火からでどうかな」


それを聞いて、パァッと瞳が黄金色に輝く。しかし、嬉しさを隠しきれない口元を慌てて押さえ、目を伏せた。


「でも、花火がありませんし」

「買ってくるよ」

「えっ! 買ってくるって……そんな、無理しなくても」

「平気。ユズ、花火見たいって言ってたじゃん。迫力は劣るけど、実際に目で見る花火は凄く綺麗だよ。見てみたくない?」

「……見たいです」


誘惑に屈した様子に思わず笑みが溢れた。

よし、と気合を入れて立ち上がる。


「じゃあ買ってくるね。待っててくれる?」

「はい!」


期待に満ちた表情で私を見上げるユズの頭を撫で、部屋を出た。

階段を下り、玄関で靴を履く。


「ハル?」


リビングから声が響いた。振り返ると、丁度洗い物をしていたらしく母が手を拭きながら玄関までやってきた。


「どこか行くの?」

「買い物。あの、買いたい物があって」


少し緊張しながら答えると、母は一瞬目を丸くして、「そう」と微笑んだ。


「気を付けてね」

「うん。行ってきます」


優しい声に安堵して、母を振り返ってから家を出た。


_________________________


(……久しぶりに見たなぁ。私を振り返る姿)


閉まる扉を眺め、嬉しさに頬を緩ませた。


珍しく外出する時は緊張で暗い表情のまま、「行ってきます」と覚悟を決めたように小さく呟いて扉を開ける娘が、今日は私の目を見て、穏やかな表情で家を出て行った。


(よっぽど嬉しいことがあったのね。外出することも増えたし、きっと……あの子は、変わっていっている)


胸がじんわりと温かくなる。

あぁ、嬉しい。このまま、あの子の笑顔が増えてくれれば。


ただ、無理だけはしないでくれれば……私は、それだけで。


さっきの笑顔を思い出して、笑みを浮かべる。

何だか、娘に元気をお裾分けしてもらったみたいだ。少し疲れが吹き飛んだ。


「……さて、と。私も頑張ろう」


_________________________


気が付かなかった。

外が、色んな音に溢れていたこと。色んな匂いに溢れていたこと。色んな色に溢れていたこと。


気が付かなかった。

今日は雲一つ無い良い天気だということ。少し外に出ただけで汗ばむ程暑い日だということ。……着てくる服を、間違えたかもしれないということ。


気が付かなかった。

いつもは、俯いているから。イヤフォンをして情報を遮断しているから。手早く用を済ませて、出来るだけ早く家に帰ることが頭を占めていたから。


(……眩しい)


暑くて、煩くて、色んな匂いがして。正直、早く家に帰りたい。


でも、もう少しだけ我慢だ。


(よし)


気合いを入れて、歩く速度を上げた。



「! ……あれって」


街を歩く私を、振り返る人が一人。


(はる)ちゃん……?」


制服と共に奥底に仕舞い込んだ思い出をこじ開けて、ぐちゃぐちゃに掻き乱すような胸騒ぎには、まだ誰も気付いていなかった。



「ただいま」

「おかえりなさい!」


買い物を終え自室に帰ると、飛び付かん勢いのユズに出迎えられた。……が、その視線は私の持つトートバッグに向けられている。


「どこ見て言ってんの」

「えへぇ……だって花火……花火が……」


上機嫌で横揺れしている姿に吹き出しそうになるのを堪え、真顔を貫く。

トートバッグに手を突っ込むと、「おぉ!」と歓声が上がった。


「おぉ〜…………お?」


しかし、全貌が露わになると歓声は一気に窄んでいった。


「………線香花火? ですか?」

「そう。線香花火」

「だけ?」

「だけ」


私の手に握られた花火のバラエティパック___ではなく、線香花火の袋。

トートバッグをひっくり返してみせると、ユズはその場に膝をついた。


「こう、シューって噴き出すやつは……」

「いや、私も考えてたんだけど……」


言いながら窓の外を見る。


「ベランダでやるじゃん。激しいやつは危ないかなと思って」

「あぁ……なるほど。ならっ、仕方ないですね!」

「! あは、切り替え早いね」


(さっきまで落ち込んでたのに、急に元気になった)


「もちろん! 楽しみにしてた花火なんですから!」

「よしよし。では開封してどうぞ」

「わーい!」


線香花火の開封の儀が行われている間に、水を汲んだバケツを二つとライター、蝋燭にアルミホイルを用意する。

ユズが袋の中から感動で目を輝かせながら花火を一本取り出したところで、ベランダに呼ぶ。


「始めよっか。地面濡れてるから、気を付けてね」

「はい!」


万が一の為に濡らしておいた地面に敷いたアルミホイルの上に、ライターで火を点けた蝋燭の蝋を垂らし、その上に蝋燭を置いて固定する。

あとは水の入ったバケツを真ん中と少し離して隣に置いて、準備完了。


「よし、出来た」

「良いですか?」

「良いよ。このバケツの上でやってね」

「はい」


頷き、線香花火をそっと蝋燭に近付けた。


「わぁっ」


燃えた先端が丸くなって、パチパチと音を立てて火花が弾け出す。

私も袋の中から一つ取り出して火を点け、先端が丸くなっていく様をじっと眺めた。


「ふふん、競争ですね」

「良いけど、ユズの方が圧倒的に不利だよ」

「『逆境で勝ってこそ、勝利は勝利』なんです!」

「……あのアニメか」

「さぁ! まだまだこれからですよーって、ああっ?!」

「逆境に負けたね」


どこかで聞いたことのある台詞をキャラになりきって言うユズの花火は、意気込みと同時にその命を落とした。

立ったフラグは見事に役割を果たしてしまった訳だ。


「ほら、そのバケツに入れて……あ」


動いた衝撃で私のも落ちた。

二人で隣のバケツに花火を投げ入れ、次のを手に取った。

同時に点けるのは危ないので、今度は私からだ。


「……なんか、しんみりしますね」


弾ける花火をぼんやりと眺めながら、ふと呟いた。


「さっきまで競争だ逆境だって言ってたのは?」

「一度はやってみたくなるじゃないですか! ほら、競争なんて、恋愛のアニメでも漫画でもよくある展開に……」

「あぁ、使い古されたあの流れ」

「えっ、なんでそんなに冷めてるんですか?! 良いじゃないですか! 憧れですよ、あ・こ・が・れ!」

「えぇ〜、そんなに良いかなぁ……。危なくない?」

「……夢は壊すものじゃありませんよ」

「ごめんごめん。現実的なことは無しね、気を付けます」


ユズの言う憧れ。線香花火から注意を逸らす為のキス。


確かに素敵だし、ロマンチックなシチュエーションではある。……だが、残念だけど今は女二人で、家のベランダで、友達同士で、人間と幽霊だ。憧れのロマンチックなシチュエーションはどこにも見当たらない。


(私じゃ、そこまでは叶えてあげられない)


「あっ」


ジュッ、と音を立てて、互いの線香花火が水に落ちた。


「「…」」


ユズのさっきの言葉の所為か、花火が消えると寂しくなる。


「もう一個出そっか」

「そうですね」


静寂を破ろうと花火の袋を手に取り、封を開ける。

その時、耳元で蚊の羽音が鳴った。


「うわっ?!」


(しまった、蚊取り線香! 出すの忘れてた!)


耳を覆い、蚊がいそうな所を見上げて体を捻った所為で体制が崩れ、バケツの方へ倒れる。咄嗟にバランスを取ろうとして伸ばした右手にバケツが当たって倒れ、蝋燭が水を被った。


「っ!」

「ハルッ!」


なんとか床に手が着地したものの濡れていた所為で更に滑り、体が横向きに倒れていく私を支えようと両手を伸ばす姿が見えたと思ったら、互いに向き合うように床に倒れていた。


「いっ……た……」


倒れた衝撃が去ると、掌がピリ、と痛んだ。心臓が思い出したように早鐘を打ち始めた。


(びっっっくりした……)


「大丈夫ですか?!」

「あ……ごめん、巻き込んじゃって」

「平気です! それよりも手、血が」


私が確認するよりも早く手を掴み、掌を見て狼狽える。肘をついて上半身を軽く起こし、掴まれたまま掌を確認すると確かに擦り剥いた箇所から血が滲んでいた。


「あー……道理で」

「い、痛いですか?」

「平気だから、そんなに慌てないで」


まるで自分のことのように慌てるので、落ち着かせようと笑顔を浮かべる。


「ビショビショになっちゃったね」

「……そうですね」


体を起こすと、服や髪から水滴が落ちた。バケツの水が全部流れ、床は五ミリ程水が張っていた。

火も消えちゃったなーなんて思いつつ倒れた蝋燭に目をやると、その更に奥に置いてある花火に気が付いて「花火!」と慌てて持ち上げた。……が、既に水を被って全滅してしまっていた。


「花火が……」

「まず消毒……いえ、お風呂です!」


静かに落ち込んでいると、ぐいっと腕を引かれる。そのまま大人しく部屋に入ると、いつの間にかユズは二人分の着替えを手にしていた。


「行きましょう」

「……うん」


静かに階段を下りて、交代で手早くシャワーを浴びると直ぐ部屋に戻った。ベッドに腰掛け、二人で安堵の溜息を漏らした。


「ごめんね、花火駄目にして」

「良いんです。充分楽しみましたから」

「……そっか」

「手、まだ痛いですか?」


掌をじっと眺めながら聞かれ、「まだ少しヒリヒリするかな」と答えた。シャワーを浴びる時も沁みて少し痛かったし、今も僅かに熱を持っている。

こういう地味な痛さは、痛みはさして強く無い癖に気になってしまうので嫌いだ。


そんなことを思っていると、ユズがいつの間にか用意した絆創膏を貼ってくれた。


「あっ、ありがとう」

「…」

「? ユズ?」


右手を掴んだまま離してくれないので顔を覗き込もうとすると、ユズが掌にキスをした。瞼を閉じ、大切なものでも扱うかのように両手で大事に持たれた掌に口付けるその顔は、息を呑む程の神秘的な美しさを持っていた。


「っ!」


絆創膏越しにひんやりと柔らかいような感触がして、驚いて固まった。しかし目は、その美しい光景に釘付けになっていた。


「早く、良くなると良いですね」


僅かに赤くなった白い頬に掌を当てて、慈しむような笑顔でこちらを見上げる。目が合って、真っ白になっていた頭がその笑顔でいっぱいになる。


「……っ」


顔が熱くなるのを感じて反射的に顔を逸らした。


「あ、りがとう。私、ベランダの掃除してくるよ」

「それなら私が___」

「大丈夫! 左手しか使わないから。___先、寝てて」

「……分かりました」


捲し立てるように言って、解放された右手を抑えて足早にベランダに向かい、ユズに背を向けてしゃがむ。


「…」


片付けるフリをしながら、さっきの顔や笑顔が頭に浮かんでは消しを繰り返す。熱くなった顔を冷まそうと息を吐き、涼しい外の空気を吸った。


(意識、しちゃいけない)


いつからだ。


(考えるな)


いつから、好意を持たれていた?


(……考えるな)


もしかして最初から___


(~~~~っくそ!! 考えるな!!)


ぐしゃりとアルミホイルを握り潰した。後ろから穏やかな寝息が聞こえてきたので後ろを振り返り、ユズが寝ていることを確認すると、大きく溜息をついて滑り落ちながら窓枠にもたれかかった。


(……どうしよう)


「…」


そんな私の後ろで、ユズは寝たふりをやめて静かに目を開く。窓枠にもたれかかる私の後ろ姿を見つめ、妖しく微笑んだ。

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