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投稿が遅くなってしまって申し訳ありません。不定期更新でも待っていてくれた方、ありがとうございます!
太陽も気温も一番高くなる真っ昼間。アラームを掛けずに寝たお陰で十分な睡眠が取れ、ゆったりと目が覚める。起き上がると、足元でユズがソファを背もたれにして床に座ったまま眠っていた。俯いている所為で髪が顔に掛かっていて、これを初めて見た人は悲鳴を上げるであろう見た目をしていた。
(これは、幽霊だ……)
それをぼんやりと眺め、視線を部屋に向ける。
床に散らばる風船。机に置きっぱなしのコップ、お菓子、一センチ分だけ残ったコーラのペットボトル。位置のズレた机に、床に落ちたコントローラーとテレビのリモコン。
昨日の惨状をそのままに寝落ちしてしまったことを少しだけ後悔しつつ、ぐぐっと伸びをしてから立ち上がった。ユズを起こさないように抱き上げると、先程まで自分が寝転がっていたソファに寝かせる。ブランケットも持ってきて体に掛けておいた。
さて、まずは踏むと危ないのでコントローラーとリモコンを拾って片付ける。次に机に置きっぱなしのコップやペットボトルを洗って、ゴミを捨てる。机も拭いて、風船は……割るのもアレだし、後で部屋に持っていこう。
部屋の片付けを終えるとシャワーを浴びて、更に歯も磨く。
それからリビングに戻って、コップに注いだミネラルウォーターを飲みながらソファに座って一息ついた。
(……結局、何も思いつかなかったな)
昨日は半分諦めていたのもあるが、冷静になって考えてみると、ユズについては分からないことだらけなのだから思い付かないのも仕方ないのでは無いかと思う。
(ま、なんとかなるだろ。隠れてもらう場所は見つかったんだし、大丈夫、大丈夫)
ボスン、と背もたれに体を預けた。すると、ソファの振動でユズが目を覚ました。
「ぅ………ん?」
「あ、おはようユズ」
「おはようございます……」
のそのそと起き上がり、「眩しい……」と目を擦る。カーテンを閉めるとやっと目を開けた。
「……今何時ですか?」
「もう昼だよ。十二時半少し過ぎたくらい」
「わぉ……」
「あ、そうそう。ユズ」
「はい……」
「今日親が帰ってくるからね」
「はい……ハルに会えて幸せでした……」
「こらこら。まぁ大丈夫だよ」
窓際からソファに戻って座り、水を一口飲む。
「ユズが何かされそうになったら、私が庇うから」
「…」
口元にだけ笑みを浮かべている私の横顔を見て、やや驚いたように瞬きをするともぞりと起き上がった。
「……ふふ、うふふ」
「何?」
「私、隠れるの得意です」
「うん」
「ハル以外には見つかりませんよ」
「そっか。そうだね。幽霊さんのお手並み拝見といこうか」
「じゃあハルからも隠れましょうか?」
「それはやめて」
あまり笑えない冗談に口端を苦々しく上げると、スマホから着信音が響いた。
「?」
確認すると、母親からの電話だった。通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし? うん。あぁ、うん。そっか、分かった。気をつけてね」
「?」
通話を終了して、振り返った。
「お母さん達、帰ってくるの遅くなるみたい」
「ええっ、何かあったんですか?!」
「ううん。渋滞に巻き込まれたらしいよ。深夜に着くんだってさ」
「そうだったんですね……。じゃあ、もう少しだけハルと二人きりです」
「そうだね」
ブランケットに包まり、肩に凭れ掛かっているが軽くて存在を感じない頭に自身の頭を乗せた。
「どうせなら何かしませんか?」
「どうせって?」
「例えば……。あ、私も外に出てみたいです!」
「あぁ……外?」
乗せていた頭を起こす。すると、自然にユズも離れていった。
「ベランダで遊んでいた時に、道端にひまわりが咲いている所が見えたんです! ちょっと遠いんですけれど……遠目で見てもあんなに綺麗なら、近くで見たらもっと綺麗かなって。ハルにも見て欲しいんです」
「それって、ベランダから見て左側の、畑が隣にある道?」
「そうです! あっ、ハルの方がよく知ってますよね」
「まぁね。そんなに綺麗だった?」
「はい、とっても! ___そうだ、良かったら今から見に行きませんか?」
「え? うーん……」
行こう行こうと私の肩を掴むユズに、「ごめん」と返事をした。
「今は嫌。暗くなってからなら良いよ」
「えっ? でも、ひまわりは夜だと……」
「こればかりは譲れないんだ。ごめんね」
「…」
ユズの笑顔が徐々に消え、私から手を離すとがくりと肩を落とした。
「……どうしてもですか?」
「どうしても」
「外、暗くなると危なくないですか?」
「……昼間は、人が多いでしょ」
「そうですか……」
それから暫くの沈黙の後、ユズはパタパタと動かしていた足を止めてこっちを見た。
「じゃあ、夜に散歩しましょう。二人でいれば大丈夫です!」
「…」
そんな力強い言葉と自信ありげな笑みを浮かべる姿は、私にとっては全くの予想外で、驚きで返事が遅れてしまった。
「良いの?」
「ハルと一緒に行きたいから提案したんです。それにきっと、夜のひまわりも綺麗ですよ。シャボン玉みたいに」
「……そうだね。じゃあ、夜になったら見に行こうか」
「はい!」
向日葵を見に行くのがよっぽど楽しみらしい。夜になるまでの間、ユズは時折嬉しそうに笑顔を浮かべ、上機嫌に鼻歌を歌い、事あるごとに時計や窓を眺めていた。
そうして夜を待ち望みながら寝落ちしてしまったユズの手を、起こさないようにそっと握った。
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ピピピピ……とスマホのアラームが鳴る。万が一私も寝てしまった時の為に付けておいたものだが、その万が一は来なかったのでユズが起きる前に止めた。
時刻は二十時。丁度、前までユズが起きてきていた時間だ。
ペンを机に置き、椅子を回転させる。ユズはまだベッドで穏やかな寝息を立てている。
(……そろそろ起こそうか)
立ち上がり、「ユズ」と声を掛けようとした瞬間、
「____散歩!!!!」
「?!」
物凄い勢いで起き上がった。
「じ、時間は?! 時間はっ……」
「落ち着いて、今はまだ二十時だよ」
かつて聞いたことがない声で焦りながら時計を探すユズにそう伝えると、漸く「二十時……?」と呟いて胸を撫で下ろした。
「過ぎてしまったかと、思いました」
「びっくりした。散歩行く?」
「行きます!」
「分かった。じゃあ簡単に着替えようか」
「はい! 待ってます」
「? 何言ってんの」
「え?」
クローゼットを開きながら、後ろを振り返った。
「ユズも準備するんだよ」
ユズの口から「えっ」と声が漏れる。明らかに予想外だと言う声色に「仕方ないよ」と眉尻を下げた。
「素足で外を歩く人は基本的に居ないし、発光とか冷気は……まぁ人少ないし屋外だし、何とかなるかな。とにかく、念には念をってことで、目立たない格好をしておきたいんだ。ユズも、私も」
考えを話すと納得してくれたようで、「分かりました」と頷いた。
「じゃあ、これとこれ。あとこれも着てみてくれる?」
「お、多いですね」
「ユズは肌隠さないと駄目かなって」
ユズが今着ているのは半袖のワンピース一枚のみ。なのでそこに、掌まで覆う白のアームカバーと黒のタイツ、つばの広い帽子と、靴は私のサイズが丁度履けたので、シンプルな白のスニーカーを用意した。
私は部屋着を脱いで白のTシャツの上に大きめのジップアップパーカーを羽織り、黒のスキニーにお気に入りのスポーツサンダルを履くことにした。
ユズがやや怪しい格好になってしまったので、私は逆に顔を出して、僅かでも怪しさを軽減出来るようにしておいたつもりだ。
「どうですか? 似合いますか?」
「うん、可愛い」
(真夏の格好じゃないけど)
「えへへ、じゃあ行きましょう!」
「……うん」
眩しい笑顔のユズに手を引かれ、私は楽しみ三割、緊張七割の鼓動を感じながら外の世界へ足を踏み出した。
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月が輝いているお陰で思っていたよりも明るい道。少し遅めの帰宅途中の通行人のみの静かな世界に、虫とやや煩い蛙の鳴き声が近くから、遠くからも響いている。
広がった視界と外の空気に体が驚き、反射的に繋いだ手に力が入った。
「行きましょう!」
そんな気持ちを強引に突っ切るような声が響く。慌てて「しっ」と口元に指を当て、ユズが更に何かを話そうとするのを止めた。
「夜だから、静かにね」
「あっ。……はい」
囁くような返事に頷くと、今度は弾ける笑顔のみで手を引かれ、歩き出した。
古くて白くなったアスファルトコンクリートを二人で歩く。昼間は日差しにジリジリと焼かれていたであろう道は今は完全に冷めていて、時折吹く風は生温いが、隣を歩く友人のお陰で少し涼しく感じる。
「冷気、肌を覆ってるとあんまり感じないね」
「そうなんですか? じゃあ、これからもこの格好をしていた方が良いかもですね。ハルにも迷惑が掛かりませんし」
「え? 涼しいから前のままでいてよ」
「……ふふ、はい」
「?」
ユズは何故か嬉しそうに笑い、繋いだ手を振る。されるがまま前を見ると、向かい側から自転車が来ていた。
「! ユズ、深く被って!」
「プァッ」
急いで帽子を深く被せる。不意に暗闇に飲まれたことに驚きもがいているのを他所に、自転車が過ぎるのを待った。
ちらりとこちらを見るも、速度はそのままに過ぎ去った自転車を見送って、ほっと息をついた。手を離すと、ユズが帽子の中から恐る恐る顔を出した。
「ごめんね、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「そっか、良かった。……大丈夫そうだね」
「ハルの対策、ばっちりですね!」
「うん」
(良かった)
安心して口元が綻んだ。それを見たユズがまた嬉しそうに笑って、「あと少しですね」と緩んでいた手を繋ぎ直す。
そうして、やっと目的地に辿り着いた。
「…」
(萎れてる)
昼間は陽光が反射して輝く程綺麗だった向日葵が、今は頭を垂れてやや燻んだ黄色になってしまっていた。
(……やっぱり、昼に来るべきだったか)
しゃがんで向日葵を見上げると、目が合った。昼なら絶対に目が合わないのに。それが余計に責められているように感じて、目を逸らした。
「!」
すると、視界が急に暗くなった。頭に何かが被さっている。手で持ち上げて見ると、ユズに貸した帽子だった。
隣に立っていた二本の足が軽やかに遠くへ移動する。それを追って視線を上げると、月光よりも僅かに明るい光が風に靡いて周りを照らしていた。
「ハル! ひまわり! 近くで見るともっと綺麗です!」
明るい声に呼応するように、その周りの向日葵が輝いていく。萎れているのに、俯いているのに、輝きだけは昼間と同じで。
____息を呑むほどに、美しかった。
瞬きも忘れてその場に留まる私の手を、光が取る。
私の顔を覗き込んで、ふふっと楽しそうに笑った。
「夜のシャボン玉。暗闇で聞く雨の音。そして、夜のひまわり! ……また私の特別が増えちゃいました」
ここは向日葵畑じゃない。数は少なくないけれど、カーペットという表現には相応しくない。
ここは観光地じゃない。誰かに見せる為の花じゃないし、管理だって適当だ。
それでも、目視で数えられる程の向日葵を見て喜び、俯いている向日葵を素直に綺麗だと言うユズが、私は好きだ。
嘘偽りを感じさせないユズの言動が、とても好きだ。
「ユズ」
「?」
「誘ってくれて、ありがとう。来て良かった」
「! はい!」
ユズの隣に立つ。返そうと思っていた帽子は、もう少しだけ私が被っていることにした。




