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柚の花  作者: 雪葉 白
10/22

10

ユズが消えなくなった。


正直やばいと思う。今は両親がいないから良いが、今だけだ。


このまま両親が帰ってきて、ユズを見られたら?

最初は「友達が来た」と誤魔化せるだろうが、それも数日しか効かないだろう。ユズには帰る家が無い。何日も何日も我が家に居続けたら、流石の両親も不審に思って「家に連絡する」と言いかねない。

そんなことになったらいよいよ誤魔化し方が思いつかなくなって、もしかしたらユズがどうにかされてしまうかもしれない。なんとかしなければ。


だから、それを防ぐには……えっと……えーっと……。


「私……ど、どうしたら良いんでしょうか」


昨夜の悪夢で疲弊が余計に溜まってしまった頭では良い考えなんて思いつかない。


「……ごめん。とりあえず、顔洗ってくる」

「……分かりました」


一旦、頭を冷やしに向かった。


顔を洗うとミントを食べた時の口内みたいに頭がスッとする。不思議だ。でも今はどうでも良い。

変に気持ちが昂っているせいか目はいつもより冴えていた。いや、もしかしたらよく寝たお陰だろうか。


(駄目だ。余計なことばかり頭に思い浮かんでくる)


ふぅと息を吐いて色々リセットしてから部屋に戻ると、ユズの姿が見当たらない。


「あれ」


さっきまでいたベッドに近寄ると、毛布がこんもりと丸まっていた。


「……ユズ?」


ベッドの脇にしゃがみ込む。毛布の中にいる筈のユズが返事をしない為、「どうしたの」ともう一度声をかける。


「……消えられなくなって、ごめんなさい」

「…」


(あぁ、そっか)


か細い声を聞いて、私が下に降りている間に一人で何を考えていたのか少し分かってしまった。


「怒ってない」


頭っぽいところに手を伸ばし、頭を撫でる。


「困ってない」

「…」


元気になれと頭を撫でていたが、毛布の中でぷいとそっぽを向かれてしまった。


(おや)


「困ってないよ?」

「……嘘です。困ってるから、私を宥めるような声が聞こえてくるんです」

「それは……うーん」


(信じてもらえないか)


ならばと立ち上がる。私が離れていったことが気になるのか、毛布が僅かに身動ぎした。


ユズ専用の引き出しからラベンダーの線香を取り出し、線香立てに立ててライターで火をつける。

ふわりと室内に香りが漂った。


そうして少し待っていると、


「……ほら。困ってるじゃないですか」


ユズがやっと毛布から顔を出した。が、その表情は暗く、目尻には薄ら涙が滲んでいた。


「ユズの"困る"とは別のものだよ。分からない?」

「……分かります」

「うん。線香、勝手に使ってごめんね」

「……はい」


ユズの頭を優しくポンポンと叩く。

すると、起きてから何も食べていなかったせいで突然体が空腹を訴えた。


(何か食べるか。とりあえず下に降りて……あ、ユズも一緒に行くかな。リビングは確かまだ行ってないだろうし)


「ユズ」

「行きます」


要件を言う前に即答だった。

少し驚いたが、「あっ」と気付く。


「全部聞こえてた?」


コクリと頷いた。


「そっか。じゃあ___」


行こうか、と立ち上がりかけた私の腰に腕を回し、ギュッと抱きついた。


「ん?」

「歩きたくないです」

「…」


腰にぐりぐりと頭を押し付けられる。恐らく膨らんでいるであろう頬は見えないが、甘えられていることは分かった。

仕方ないなと微笑み、一度ベッドに腰を下ろす。毛布ごと体を抱き上げ、「これでどう?」と目を見つめた。


「満足です」


ぎゅっと首に抱きつかれたまま下に降り、ソファにユズを下ろした。

部屋が静かなのでテレビの電源を入れる。


『夏本番! ○○ランドの夏おすすめのアトラクション四選をご紹介します!』

『今話題の占い師がここ、○○市にいるということで取材に来ました!』

『主婦必見! ついついメニューが被ってしまう素麺のアレンジレシピをご紹介!』


様々な番組の中から一つ選んでソファに置き、「好きなのに変えて良いよ」と声を掛けてキッチンに向かった。


(昼ご飯……適当で良いか)


焼いた食パンを皿の上で半分に切って、両方にバターを塗る。片方にハムとスライスチーズ、もう片方に苺ジャムを塗って昼ご飯は完成。ティーバッグを入れたマグカップを二つ用意して、丁度沸いた湯を注ぐ。


お手軽に出来た紅茶入りマグカップを皿と一緒にトレイに乗せてリビングへ運ぶ。


「隣でご飯食べてても良い?」

「どうぞ」

「どうも」


ソファに座ると、「はい」とマグカップを一つ手渡す。

すると、困惑しながら受け取った。


「? あ、ありがとうございます」

「一人で食べてるのも何か嫌だからさ。紅茶なら少し香りが分かるって言ってたし、香りだけでも楽しんでてよ」

「香り……」


紅茶をじっと見つめるユズに「それ、桃の紅茶だよ」と言うとマグカップを顔に近付け、香りを嗅いで「甘いです」と顔を綻ばせた。


(……さて)


トーストを齧りながら、ぼんやりと今後どうするか考えた。


(お母さんとお父さんが帰ってくるまでまだあと丸一日はある。それまでに何か考えるか、私の部屋にはあまり来ないから、来るタイミングでどこかに隠れててもらうとか……)


紅茶を一口。


(そもそもユズが消えなくなったのだって何か理由があるはず。それと反対に、急に消えたことだってあったんだから___)


「…」


ごくん、と噛んでいた物を飲み込んだ。


(駄目だ。あれは利用しちゃいけないやつだ。てか、利用の仕方なんて分かってないんだから無理に決まってる)


お昼の情報番組のコーデ対決を興味深そうに見ている横顔をちらりと伺い見る。


(ユズに何か変化はあったのかな。後で聞いてみないことには何も分からないけど。あと、ユズが隠れられそうな場所も探しておかないと)


残り半分を手早く食べ切って、紅茶を飲んで一息つく。


「ユズ、聞いておきたいことがあるんだけど」

「はい?」

「体に異常を感じたりは?」

「今のところは……色々、びっくりしてるくらいです。あ、問題は無いです」

「分かった。じゃあ良い意味も含めて、何か変わったって感じることは?」

「うーん……少し、紅茶の香りが強く感じました」

「そうなの?」

「はい」


(感覚が強くなってるってことだろうか)


「じゃあ……何か思い出したりはした?」

「…………何も、ですね」

「そっか」


今までの経験から考えると、ユズは幽霊から遠くなった時に生きていた頃の記憶を思い出している可能性が高かった。


(だから今回も何か思い出していると思ったんだけど……間違いだったか)


食べ終えた食器を片付けると、コーデ対決が終わったタイミングで自室に戻り、二人で今後について考えることにした。


まず、万が一のための避難場所は無事に確保することが出来た。

一つはクローゼットの中。これは定番。

もう一つはベランダ。これはあまり使えないかもしれないが、時間に余裕がある時は一番安全だと思ったので候補に入れておいた。


まぁ恐らく普段はクローゼットに隠れてもらうことになるんだろうと思う。他にも探してみたが、頭が出たり足が出たりと完全に隠れることが出来ない場所が多かった。


そして次に、ユズが自身でコントロールして消えることが出来るのかどうかを二人で考えた。……とは言っても、ユズは何も思い浮かんでなさそうな顔をしていたので結局私が考えることになっていた。


「うーん……じゃあ、例えばなんだけど」

「ふんふん」

「…………い、息を止めてみるとか」

「息…………?」


ユズは宇宙に飛ばされた猫のような顔をしていた。

そんな顔をされると急に恥ずかしくなってくるからやめてほしい。


「あ、あーー。なんでもない。なんでもないから」

「いえ、やってみます!」

「え、ユズ」

「…」


取り繕う私の前で、何を思ったか両手で口を押さえて黙ってしまった。


「ユズ?」

「……」

「ユズ??」

「………」


ユズは無の境地に至ったかのような目で空を見つめていた。何も考えていない。いや、考えているのかもしれない。

私は何をしているのだろう……呼吸って何だったっけ……。空虚なはずの目から何故かそんな声が聞こえてくるような気がした。


「ユズやめてお願い。え、聞こえてる? あのね、消えてないよ。これっぽっちも薄くなってないからもうやめよう。提案した私が悪かったからやめてください」


肩を掴んで懇願すると漸く口から手を離し、無の境地に至っていた目が自我を取り戻した。


「すみません、よく分かりません……」

「ううん、ごめんね。忘れよう」

「はい」


それからも駄目元で「消えろと念じてみる」だとか「いっそ飛んで天井にへばりつく」だとか色々考えてはみたが、やっぱり消えられなかったしそもそも浮かぶことすら出来なかった。ユズ自身も頑張って付き合ってくれたものの、とうとう策が尽きてしまい……。


「…」


なーんにもわからなかった。


そもそもユズ(幽霊)に分からないことが一介の女子高生に分かるわけが無いのだ。こんなの何かあれだ。学者とかが頑張るやつだ。私の手には負えない。


頭を使いすぎて疲れ果て、完全に放心状態に陥ってしまった。


(なんか遠くの方でユズが呼んでるような気がする……。いや、聴覚が働くのをやめてるだけか)


ふと窓を見た。外はもう暗くなりかけていて、どれだけの時間を費やしたのかと考えると少し眩暈がした。


(……もう……もう良いや……)


ぎゅっと拳を握りしめた。


「……もう良い……」

「ハ、ハル……? 大丈夫ですか………えっ?!」


心配して伸ばされる手を掴み、顔を上げた。


「ユズ、遊ぼう」

「へっ? で、でも」

「もう考えるの疲れた。今日はもう何も考えたくない。映画でも見よ」

「…」

「何見る? この前の続きでも良いよね。新しい映画も出てるだろうし、新規開拓するのも良いよね。あ、久しぶりにコーラでも飲もうかな。あれ香り強いし、ユズも楽しめると思う。ポップコーンまでは面倒臭いし良いか。ユズ、何見たい?」

「良いと思います!」


ユズも疲れていた。これは後から聞いたのだが、気付いたら反射的に頷いていたらしい。


それから私達はリビングで映画を観た。ゲームもした。何故か奥から出てきた風船も膨らませて、遊びという遊びを満喫した。


問題は何も解決していなかったが、とにかく楽しかったことだけが記憶に残っていた。

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