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カノン・アークス

本日二話目です。

 

「ふわぁ〜あ……。うん、夢を見るのは久しぶりだな。しかも、ボクがこの【ヴェルド】世界に転生した時の夢なんて。懐かしいなぁ……。それに優しかったな、母さん。何年前だっけ? 母さんが死んだのは」



 大きな欠伸をしながらベッドから起き上がるのは【カノン・アークス】。

 起きた拍子に寝巻きとしている大きめなシャツがズレて、右肩から胸の辺りにかけて露出している。


 140cmとこの世界ではかなり小柄な体格のカノンは、母譲りの銀髪をショートにしており、神秘的なゴールドの瞳が印象的な美しい少女だ。

 慎ましくも可憐な胸のせいで他人から十三歳くらいにしか見られない事に悩んでおり、どうすれば大きくなるのかと日々努力中である。

 ……ある事が理由で成長が止まってしまったので、それ以上身長が伸びたり胸が大きくなる事はないので無駄な努力だが。

 ともあれ、カノンはベッド上で軽く伸びをすると、改めて夢に出て来た母の姿を懐かしむ。



「……師匠。あたしに聞かれても知りませんよ、そんな昔の事。それよりもその夢を見たって事は、このヴェルドに、地球っていう異界からの新たな転生者が生まれたって事ですよね? だったら、今回こそは上手くやって下さいよ? じゃないと、この世界はどんどんと黄昏ちゃいますからね…………おもに、師匠のせいで」



 カノンの寝室で、カノンの服を用意したり、窓際の花瓶に花を生けたりしていた少女がカノンの言葉に振り返る。

 そして、カノンへとツッコミを入れつつしっかりしろと念を押すのは、長年カノンの弟子をしている『純血サイクロプス種』の【ミシェル】である。

 ミシェルは、140cmのカノンよりも低い120cmの身長しかなく、黒いトンガリ帽子と黒いローブがトレードマークの『単眼』の女の子だ。

 髪はエメラルド色をしており、一つしかない大きな目はルビー色の瞳が美しい。

 ちなみに、トンガリ帽子から伸びるエメラルドの髪は三つ編みツインテールにしている。



「まぁ、まだ転生者は生まれたばかりでしょうし、そう焦っても仕方ないのでとにかく朝ご飯にしましょう。今朝のメニューは『暴君蓮(タイラントロータス)』のサラダと『古代竜(エンシェントドラゴン)』のステーキサンドです。それと……早く着替えて下さいね? いくら同性とは言っても、上にシャツだけ着て寝るのはどうかと思うんですよ、あたし。あたし以外滅んでしまった純血サイクロプス種の逞しい殿方の下半身ならば喜んで見ますが、いくら師匠とは言え自分と同じ下半身を見る趣味はあたしには無いですからね」



 カノンの下半身をその大きな瞳でチラリと見つつ、ミシェルは渋い顔をする。

 ミシェルの視線の先では、シャツの裾からカノンの下半身が丸見えとなっていた。

 視線に気付いたカノンは恥じらう事もなく、ベッド脇の台の上に用意してあった下着類及びダークブラウンのゆったりとしたシャツとフレアパンツを身に付けると、ミシェルに対して小さな抗議の声を上げる。



「……分かってるよ。はぁ、まったく。ミシェルはもう少しボクに優しくしてくれてもいいと思うんだけどなぁ。仮にもボク、君の師匠なんだし。────あ、そうだ。古代竜のストックはまだあるの? 無ければ言って? 後で狩って来るから」


「じゃあ、お願いします。ちょうど今朝の分で切らした所でした。それと、古代竜のついでに『翠緑蜂(エメラルドビー)』の蜜もお願いしますね? あれが無いと、美味しいパンが出来ませんからね」


「うん、分かったよ。古代竜を一頭と、翠緑蜂の蜜を……巣ごとでいい?」


「巣ごと採ってくれば百年は持ちますから、出来れば巣ごとお願いします。蜜以外にも色々と料理に使えますしね、翠緑蜂の巣は」


「了解。んじゃ、とりあえず朝ご飯を食べよっか」


「──ッ!? とりあえずって何ですか!? とりあえずって! あたしがだらしない師匠の為に毎日腕によりを掛けて作ってる食事に文句があるんですか!? そんな事言うんなら、明日、いや、今日の晩ご飯から師匠が作って下さいね!?」



 食材のストックを確認後、カノンの何気ない言葉に噛み付くミシェル。

 その剣幕はまるで、旦那の一言でキレる熟年主婦の様である。

 対するカノンはまたかと思いつつ、ミシェルへ応対する。



「ミシェル。君の作るご飯は世界最高だってボクはいつも言ってるだろ? それに、とりあえずって言葉は『取るべきものも取らずに真っ先に』って意味の言葉なんだよ? つまり、ミシェルの作るご飯が何よりも一番だって事さ」


「…………」


「だから、一番のミシェルが作った朝ご飯を食べようか」


「はい♪」



 カノンの言葉にあっさりと機嫌が直るミシェル。

 単細胞め。

 そんな言葉が頭に浮かぶカノンであったが、言えばどうなるかは十分分かっている為にその言葉を呑み込む。

 怒りで我を忘れたミシェルにまた館を破壊されるのは御免こうむるのだ。


 純血サイクロプス種であるミシェルは、身長15mの巨人へと自分の意思で巨大化する事が出来る。

 その恐るべき膂力は古代竜と言えども殴り殺す事が出来る程だ。

 しかし、普段は巨大化しない。

 純血サイクロプス種がミシェルを残して絶滅してしまったのは、はるか昔に一族が世界を我が物顔で荒らし回っていたのを見かねた神に滅ぼされてしまったからだ。

 実際は神の神勅を聴いた人間の英雄に滅ぼされたのだが、ともあれ辛うじて生き残ったミシェルはその時の恐怖を心に刻み、以来、巨大化しないと固く誓ったのである。

 だが、ミシェルが怒りで我を忘れると、その誓いも忘れて巨大化してしまうのだ。

 かつて一度だけミシェルを怒らせてしまったカノンは苦労して作り上げた館を破壊されてしまった事がある。

 それからというもの、ミシェルの事は出来るだけ怒らせないようにしているカノンである。

 カノンもミシェルの事を怒らせないと固く心に誓ったのだから。

 ともあれ、その後寝室から食堂に移動したカノンは、ミシェルが腕によりを掛けて作った暴君蓮のサラダと古代竜のサンドイッチに舌鼓を打つのであった。



「それじゃ行ってくるよ、ミシェル。いつも通り、館の事は任せたからね?」


「分かってますよ、それくらい。第一、師匠とあたしの付き合いは既に数千年ですよ? 下手な夫婦よりも師匠の事は理解してるつもりです」


「……あ、そう。うん、やっぱりボクにもう少し優しくしてくれても良いと思うよ、ミシェル……」



 扉の傍に置いてあるコート掛けからライトブラウンのフード付き外套を手に取り羽織ると、カノンはミシェルに後を頼んで館を出ていく。

 その際のミシェルとの会話はもはやルーティーンであろう。



「昨日までとは違って、今日はよく晴れてるね。うん、何だか良い事が起きそうだ。さて、と。────〈スフィア〉」



 館から出て空を見上げると、雲ひとつ無い快晴の空が広がっていた。

 人の寄り付かない深い山間(やまあい)にカノンの館は建っている為、一歩でも外に出れば豊かな自然が広がっている。

 陽の光を浴びた山の木々は新鮮な空気を辺りに充満させ、深呼吸をするだけで寿命が伸びそうな程に空気が濃い。

 空気が美味いからであろう、時おり聞こえる小鳥の囀りもどこかリズミカルである。

 ……小鳥の囀りに混じって物騒な唸り声が聞こえるのは、カノンが住むこの地が魔境として禁足地となっているからだが。

 ともあれ、朝日と言うには少し高いが、それでも朝日を浴びたカノンの機嫌は上機嫌であった。


 そのカノンの体から銀色の粒子が立ち昇る。

 すると、カノンの頭上にて一つの球体が形成された。

 そのままカノンの頭上で宙に浮かぶ銀色の球体。

 直径が10cm程のその球体はカノンの頭上に浮遊すると、しばらくゆらゆらとその場で揺れ動き、そしてピタリと止まった。



「うん、見付けた」



 その球体にて何かを探っていたのか、カノンはそう呟く。

 すると、カノンの意思にリンクしていた球体──〈スフィア〉が瞬時に空の彼方へと飛んでいった。

 飛んでいった〈スフィア〉を見送ったカノンは新たな〈スフィア〉を右手掌から出現させると、その新たな〈スフィア〉をそのまま握り締める。

 その瞬間、カノンの体は陽炎(かげろう)の様にその場から消え去っていた。



「うん、確かに古代竜だね。……若干小さいけど、ミシェルは許してくれるよね」



 山間の館前から消えたカノンの体は、峻険な岩山が連なる火山の火口の淵にあった。

 辺りには有毒な火山性ガスが充満し、絶えず溶岩の熱気がカノンを襲う。

 その溶岩の熱気が肌を焦がさない様に、カノンはフードを目深に被った。

 その途端、カノンを襲う溶岩の熱気が遮られ、火山性ガスは中和されていく。

 カノンの身に纏う外套類は軒並み神話級の装備の為、熱気や寒さ、それに毒なども完璧に防いでくれるのだ。


 それはさておき、なぜカノンが一瞬にして火山の火口に現れたのかと言うと、それは〈スフィア〉を使った転移の魔法を発動したからである。

 魔法名は〈神出鬼没(ファントム)〉と言って、カノンのオリジナル魔法だ。

 この魔法は、カノンが〈スフィア〉を任意の場所へと飛ばし、その〈スフィア〉を基点としてカノン自身を瞬時に移動させる魔法である。

 〈スフィア〉を飛ばせば世界中のどこにでも瞬時に移動出来る為、カノンは重宝している。


 火口の淵に立つカノンの視線の先、火口の対岸の岩壁には洞穴が口を開けていた。

 そのまま視線を下に移せば、灼熱の溶岩がボコボコと沸き立っている。

 その火口の岩壁にある洞穴の大きさは、およそ縦横10m程だろうか。溶岩の光に照らされて、中で僅かに蠢く巨体が見えた。

 よく見ると、その巨体は紅い鱗に覆われており、折りたたまれてはいるが背中には大きな皮膜の翼が確認出来る。

 炎属性の古代竜だ。

 寝息だろうか。瞳を閉じる炎の古代竜の鼻先からは規則正しく炎が噴き上がっている。

 ……寝息が炎とは物騒な古代竜である。


 ともあれ、炎の古代竜の姿を確認したカノンは自らが操る銀色の〈スフィア〉をそっと古代竜が眠る洞穴の中、古代竜の頭上へと移動させた。

お読み下さり、ありがとうございます!

m(*_ _)m

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