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今日も彼女は『別れ』を告げる。

作者: はなふだ

「別れたの」




 久しぶりに飲み会をすることになり、馴染みの居酒屋で集合。とりあえず生ビールを二杯頼んで、日ごろの鬱憤やら何気ない会話を勤しもうとしたところに告げられた、いつもの言葉。




「またか?今度こそは良い人と出会えたって、一年と半年ほど前に聞いたとこだったと記憶しているが」


「うん。でもね、付き合って実際に過ごしてみてさ……この人といると、確かに楽なんだけど、将来結婚して家庭を持って、っていう未来像が見えなくって」




 いつもとは違った理由に、少し驚いた。


 言い方はひどいかもしれないが、いつもだったら『浮気された』という理由で別れることが多かった彼女の口から、それ以外の理由が跳び出てきたのだ。


 飲みに行こう、と誘われ、また別れたのかと肩を落としていた矢先、予想と違って平然とした表情で目の前に現れたときは、ついにか?と期待していたことも相まっていたのだろう。


 驚きそのまま、彼女の想いを聞いてみようと思った。




「普段の日常生活で、気を張らずに自然な雰囲気で一緒に居れるのはあった。けど、私も相手も、もう27歳だよ?


 いきなり結婚、とまでは言わないけどさ。そろそろ一緒に住んだりだとか、将来のことを話し合ったりだとか、したいなぁ、と思ってるわけですよ。私としては」


「なるほど。前から子どもも欲しいって言ってるのもあるし、そう考えるのは自然なことだな」


「そうなんだよ!私からも、遠回しにそういうことを仄めかす発言もしてたんだけど、そのたびに『へー。』やら『そうかな』だとか、全く意に介してないようなことばっかり。私も結婚を考える身としては、これ以上だらだら時間を過ごして、結婚適齢期を逃したくないから、別れる、っていう結論に至ったんだよね」




 結婚適齢期て。


 まぁ確かに、男の俺はまだ時間があるだろうけど、女性である彼女――三谷さんは違う。


 あまり歳を重ねすぎると、出産に対するリスクも高まるし、年齢が年齢であることから、周りの結婚頻度が高くなってきて、焦ってくる気持ちもあるだろう。


 しかし……




「でも三谷さんや。別れたのは君の意志だから何も言わないとして、誰かほかにアテはあるのかい?」


「ない……」






 一気に沈む場の雰囲気。






「まぁ、起こってしまったことにグチグチ言っても仕方がない。いつもどおり、やっていくしかないか」


「そだね!だから今日は私に付き合ってね?たーくさん飲むからっ!」


「ほどほどにしておきなさい。歩けなくなるまでべろべろに酔っぱらうんじゃないぞ?」


「大丈夫!だってゆーちゃんがいるもん!」




 心底信頼しているような声色と、にへらと馬鹿みたいに落ち着いた笑みを浮かべる三谷さんに、ため息一つついて、グラスの中のぬるくなったビールを口に含んだ。


 いったいなぜこうなった。


 いつもこの感じになるとそう考えるが、決まって出る答えは、7年前。


 あのときに彼女に捕まったことが運の尽き、なのだろう。




「ほんと、やっかいな人に捕まったもんだ……」




「何、ゆーちゃんは私と居るの、嫌?」




 先ほどの馬鹿みたいに府抜けた笑みから一変、不安そうな表情を浮かべる彼女にお決まりの一言。




「嫌だったらそもそも飲み会になんか来ないから」


「よかったぁ。不安になるじゃんかー」




 今度はぶぅたれた不機嫌そうな表情。見てて飽きないくらいに気分の移り変わりが激しい子だ。


 内心ほくそ笑みながら、このままでは分が悪くなると、話題を逸らすことにする。




「で、最近はどうなんだ?一年半あまり音沙汰もなかったから、仕事の方も順調なのかと思っているんだが」


「ん。仕事の方は何も問題ないかな。もともと合ってたのと、会社の人たちが良い人ばかりだから、これといって悩みとかはないや」


「そうかそうか。それは重畳。問題があったのは男関係だけ、と」


「うるさいなぁ、もう!そういうゆーちゃんだって、ずっと浮ついた話ないじゃんか!」




 誰のせいだと思っている。


 そう悪態をつきそうになる気持ちをグッと堪えて、今までと変わらずの軽口で返答。




「三谷さんがちゃんとした相手を見つけないと、俺も作るに作れないだろうに」


「そうだねー。ゆーちゃんに相手が出来たら、こんな気軽に飲みに誘えなくなるだろうし。


 ゆーちゃんは大切な人が出来たら、相手を一番に考える優しい人なの知ってるもん」


「優しくないが……」


「こんなに良い人、今の世の中にいないくらいなのに、なんでモテないんだろうね?


 やっぱり精神年齢がおじいちゃんだからかなー」


「おい貴様。言っていいことと悪いことがあるだろう」




 あはは。と無邪気に笑う彼女を見て、顔には出さないが安心した。


 彼女とこのような関係になるきっかけ。彼女はいきなり目の前でボロボロと泣いていたときのことを考えると、本当によく笑うようになったから。




「そんなこといってると、自分に返ってきて、三谷さんも結婚できなくなるぞ」


「それは嫌だ!」


「ははっ。なら余計なこと言ってないで、おしとやかにしてなさい」


「ひどい!でも30歳までにお互い結婚してなかったら、ゆーちゃんが私のこと貰ってくれるんでしょ?」




 忘れっぽい彼女のことだから、忘れているだろう、と。


 そんなふうにタカを括っていた、昔の約束を持ち出されて思わず声が出なくなった。




「なーに。どうせ忘れっぽい私のことだから、覚えてないって思ってたんでしょ?


 覚えてましたよー!それだけは覚えてましたー」


「ご、名答。忘れてると思ってた。まぁ、約束を破るつもりはさらさらなかったが、だからといって生涯の伴侶探しをやめるなよ?


 約束なんかで結婚するより、自分で考えて決めた人の方が良いに決まってるんだから」


「わかってますよーだ……」




 自分で言うのもなんだが、取って付けたような理由と彼女の酔いに拵えて、普段なら突っ込まれても仕方がないような稚拙な言い訳に、心の中で苦笑いを浮かべる。


 胸の底から膨れ上がる想いを必死に押し殺して、平然を繕う。








 彼女の求めた者の姿に。それ以上でもそれ以下でもなく、彼女が欲する姿になりきれ。








 彼女は覚えているだろうか。


 この関係が始まった時、俺に『周りのことを知らなくて、異性として見ない友が欲しい』と願ったことを。


 忘れているであろう事柄を、愚直に守り続けていると知ったら、君はどんな顔をするのだろう。


 叶わぬ夢だとしても、せめて。君が満便の笑みを浮かべて、幸せだといってくれたら。


 隣にいるのが俺じゃなくても、後悔はないから。




 だから、今だけは。見守らせてほしいと願う俺は、傲慢なのだろうか。






「あと3年、必死に頑張りなさいな」


「あと3年か―……長いようで短い……」


「大丈夫、この人っていうひとが見つかるさ。俺が言うんだから間違いない」


「なにその自身!でもゆーちゃんに言ってもらえると、ほんとにそんな気がするから不思議だー」






 口元に笑みを浮かべながらお酒が進む彼女。


 そう。笑って幸せだったらそれでいい。


 大切に思う彼女が、この先幸せでいてくれたら、それ以上に幸せなことはない。


 たとえ先の未来。君の隣にいなくとも。




 きっとそんなことを思う自分はおかしいのだろう。臆病なのだろう。


 この関係を壊し、彼女の笑顔を曇らせるくらいなら、道化となろう。






 だから。






 もう少しだけ、君を見てても、いいですか?




二人の過去や未来は、気が向いたら、もしくはそのお声があれば書こうかと思ってます。

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