死に際のススメ
男は重い病のために、一日を病院のベッドで過ごさなくてはならない。見舞いには誰ひとり来たことは無い。しかし男はそれで満足だった。
男がまだ中学生の頃、祖母の死に際に直面した。ベッドの周りを大勢に囲まれて、身近な人の泣き顔を見ながら死んだのだ。男はそうはなりたくないと思った。ただ静かに、誰も悲しませずに、安らかに眠りたいと…
それから友人と呼べる間柄の人は何人もいたが、親友は1人も出来なかった。いや、男は親しくなる1歩手前で自ら身を引いていた。そんな男だ、恋人も作らぬままついに死に際を迎えてしまった。
しかし男は満足気だった。かねてからの願いであった1人での安らかな死に際を迎えることが出来ているのである。こうして静かに自分の人生を振り返ることができるのも、死に対する恐怖があまり無いのも、遺す人がいないからであろう。
誰も悲しませずして死ねるからであろう。
「よし、もう逝こうか。」と男が心の中で呟いた途端、寝たきりの男の目尻から重力に従うように一筋の涙が通った。その涙を追うように一筋、また一筋とこぼれていく。男は疑問に思った。「こんなにも私は満足しているというのに、なぜ涙は流れているのだ。」
男は何かに揺られた。周りが騒がしい。
流れる涙をこめかみに感じながら、男は後悔した。「誰も悲しませずに死ぬというのは、誰も私の死を悲しんでくれないということなのか。それならば、どっちにしろ悲しいのなら、もっと人と関わっておくべきだったな。」
ピッ…ピッ…ピッ…と無機質な高音が部屋に響く
男は無意識のうちに、ありもしない"もしもの人生"を振り返っていた。「もしも私がしっかりと人と関わっていれば、○○は私の親友となっていたのだろうか。××に告白して付き合えたりなんかして、でも進学と共に別れてしまって。それから同窓会で再開して、遂には結婚もして、今頃は孫も何人か____」
ピーーーーーーーッと冷たい電子音が鳴った