剣聖試験:来訪者
八日目の夕方。晩御飯を済ませ縁側に座っていると、遠くから言い争う声が聞こえてきた。聞き覚えがある声は次第に大きくなり、僕の方へと近づいてきていた。
「エイト」
「アラタか! うん、相変わらずいい目をしているな。俺の言った通り、心配など必要なかったではないか」
相変わらず声の大きいエイトが僕の肩を叩いた。筋骨たくましい彼は、赤く染められた着物を愛用している。Ⅷのエンブレムが夕日を浴びて、きらりと輝いた。
「心配ってーか。本人の前でいうことじゃねえだろ」
エイトが呼びかけた先にはトレイとシンクの姿があった。
エイトに負けない位、大柄なトレイは何故かバツが悪そうな顔をしながら頭をかいている。頭をかくたび、右手首に巻かれたブレスレットとⅢのエンブレムが光を反射していた。
「そうだ、お前は何でもかんでも馬鹿正直に話しすぎだ。少しは慎むことも覚えろ」
Ⅴのエンブレムを首から下げたシンクは、呆れた顔をしながら腕を組んだ。普段より軽装のせいか、彼女のスタイルの良さが一層際だって見える。彼女曰くそういう目でみられることは嫌悪しているという話だったが、その割には無防備な気がする。
「それくらいの配慮は俺にもある。だが気に入らないのは本人が居ない所で、推測で話を決めようとするところだ。気になることがあるならば、本人に直接聞けばいいではないか」
「聞きたいこと?」
トレイは困った顔で僕を見ていた。普段は豪快なくせに、意外なところで繊細なのが彼らしいともいえる。大方、僕の事でもめていたが、本人を前にして言っていいものかどうか悩んでいるのだろう。
「その、な。剣聖になるのを諦めたりしないか、ってな」
「ない」
「だ、だよな。すまん」
僕の答えに安心したのか、彼は胸をなでおろしていた。
「即答か。まあ当然だな。生半可な意思で剣聖はつとまらないからな」
歯切れの悪かったトレイに対して、シンクははっきりとした物言いだった。
「シンクは真面目だね。そんな気概は僕にはないよ」
「む、そうなのか。アラタが最下位だったことを気にするような性格ではないと知っているが……何か、その、他に心配な事でもあるのか」
弱音を吐いたつもりはないが、シンクはひどく心配そうな顔をしている。
「シンク。君は相変わらず心配症だな」
「そんなことはない。だが、アラタは私達と喜びを分かち合う時間もなく追試だぞ。剣聖と認められる為に、耐え忍ぶ彼を心配して何が悪い」
結局、心配しているのね。
「でもよかったぜ。剣聖になるのを諦めちまうかなって、心配だったからな」
「大声でしゃべっていたのは、僕がどうしているか気になっていた。ってことだよね」
「そういうことだ。試験の最中に悪かったな。でもな、アラタに気付かれたのはエイトお前のせいだぞ」
「俺の声が大きいのは生まれつきだ。それに顔を見に行こうと言ったのはトレイ、シンク。君達だろう。四六時中、アラタが何をしているのか気にしていたではないか。それどころか試験に受からなくても、里から出る許可をもらえないかと長に掛け合うのは流石にやりすぎだぞ」
「ちょっ……お前!」
トレイとシンクの声が見事に重なった。
「それだけではない。最近、アラタが剣聖なれるか賭けをしていた無粋な連中が居たんだ。それを偶々耳にした二人は、大層お気に召さなかったらしい。あの時は、俺達が止めなければ、どうなっていたかわからなかったぞ」
「そんなことがあったの」
二人の顔が恥ずかしさで既に真っ赤だが、エイトは気にする様子はなかった。
「剣聖の中でも特に武闘派の二人だ。止めるのは随分骨が折れた。ん、どうした二人とも顔が真っ赤だぞ」
「今更かよ! まったくお前、本当は狙っているのかって、疑いたくなるぞ」
トレイの口調はやや荒くなっていた。照れ隠しのつもりだろうか。
「僕が人の噂なんか気にしないことは知っているでしょ。そんな連中に食ってかかる必要ないのに」
「それはそうだが、賭けをしていたのはアラタの事を何も知らない外の連中でな。そういった輩に好き勝手言われるのは我慢がならなかったのだろう」
そういうとエイトは豪快に笑い出した。
「笑うんじゃねえよ!」
「いい加減、お前との因縁はここで決着をつけなければならないようだな!」
隠していたいことを散々暴露された二人は、行き場のない怒りをぶつけるかのようにエイトに食ってかかっていた。しかし、エイトの懐の深さ故なのか、八つ当たりを気にすることなく、彼は真っ向から迎え撃っていた。もみくちゃになる三人をいつ止めようか見ていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アラタ! おい、いるかアラタ! ちょっと相談したいことが、うげっ、何だ、これ」
僕の方に駆け寄ってきたナイン。彼もまたⅨのエンブレムを持つ剣聖の一人だった。