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剣聖試験:礼儀は必要

四日目の夜。


「考え事?」


 縁側に腰を掛けている僕に幽霊が声をかけてきた。


「ええ、まあ」


 歯切れの悪さが気になったのか、彼女は僕の隣に腰をかけた。


「よかったら、お姉さんに相談してみなさいな」

「相談というか、気になることがあって」

「うんうん」

「一応、僕も剣聖(仮)になったわけですが、それらしいことを何もしていないことに気がつきまして」

「そうだねー。君がしていることといえば、毎晩手酌で飲んでいるだけだもんね」

「そういわれるとダメ人間みたいですね」

 

 実際、そうなので反論のしようがなかった。


「ちなみに剣聖って何するの」

「長の受け売りになりますが、魔を払い、魔を討つことが剣聖の仕事、らしいです」

「魔?」

「ええ、魔というのは二種類ありまして、人の内側に存在する魔を内魔。人の外側に存在する魔を外魔と呼んでいます。内魔とは自分の負の感情から生まれると言われています。妬み、恨みといった心が魔を呼ぶとも聞いたことがあります」

「外魔っていうのは?」

「外魔とは……そうですね。わかりやすく言えば霊が人に乗り移ることです」

「霊か」


 彼女はその言葉になぜか引っ掛かるようだ。

「霊に乗り移られ外魔となった存在は、自我を保つものもいれば、性格が正反対になるものもいます。共通して言えるのは、いずれも人を脅かす存在であるということ。そういった存在を払い、討つことも剣聖の役目です」

「今の話を聞いていて、気になることが一つあります」

「なんでしょう」

「つまり私は外魔になるの?」

「そうですね。もし貴方が誰かに憑りついて悪さをしようものなら」

「しようものなら?」

「僕らの敵ですね」

「目が真剣で怖いよ」

「真剣ですから。剣聖はそのために修練を重ねてきました」


 おーという感嘆の声が彼女から漏れた。


「少し見直しちゃった」


 彼女は微笑み、僕の手元を指さした。


「飲んでなければ、もっと見直したけどね」


 余計な小言は聞こえないふりをして、僕は彼女をまじまじと見る。

 そう、彼女は幽霊だ。しかし彼女から負の感情というものを一切感じない。それどころか、彼女は僕ら剣聖と近しい存在のようにも感じる。

 のほほんとした表情で僕の酒を飲む幽霊が、だ。

 ん? 酒を飲む?


「何をしているの」


 僕の言葉に彼女はびくりと肩を震わせた。


「え、あ、ごめんなさい。だって君、毎晩おいしそうに飲んでいるから、どんな味か気になっちゃって、少し位いいかなって」


 何故か彼女は、狼狽えている。


「ごめんなさい、飲んじゃダメだった?」

「言ってください」

「え?」

「飲めるなら先に言ってください。どうですか。おいしいですか」

「う、うん。おいしいと思うよ」

「本当ですか? それなら今度から気が向いた時でいいので、一緒に飲みませんか」

「貴方がいいなら構わないけど……」


 友人曰く、気持ちよく酒を飲める友を見つけるのは、親友を見つけ出すのより難しいらしい。だが、そんな大事な存在が、こんなにも近い場所にいるとは思いも寄らなかった。

頬を赤らめた彼女に注いでもらった酒は、手酌で飲むよりも数倍おいしく感じる。注ぐのに慣れていないという彼女の言葉通り、お猪口からあふれた酒が僕の服をびしゃびしゃにしたが気にもならない。

 今宵の酒は良い酒だ。

 ……何か、大切なことで悩んでいた気がしたが、忘れるという事はその程度の事だったのだろう。気にしないことにしよう。


 五日目の夜。

 昨晩の彼女と交わした約束通り、お猪口を二人分用意し、縁側に腰を掛けていると、彼女はふわりと現れ、用意したお猪口を挟むように腰を下ろした。


「おひとつどうぞ」


 そう言いながら、注がれたお酒。昨晩のように溢れてしまうことはなかった。


「練習したかいがありましたね」


 彼女は驚いた様子で僕を見た。


「れ、練習ってなんのことかな」

「今日の昼間、徳利をもってお猪口に注いでいたじゃないですか」

「……見ていたの」

「はい」


 震える手で徳利を置いた彼女は、僕に掴みかかってきた。


「見ていたなら声かけなさいよ!」

「いや、あまりにも真剣な表情だったので、見守ることにしました」

「たちが悪い!」


 彼女は何かを諦めたかのように大きくため息をついた。


「君。私の事全然、怖がらなくなったよね」

「まあ、これだけ長い間いれば慣れますよ」


 ここで過ごすようになり今日で五日目。彼女は一日たりとも欠かさず、僕の枕元に立ち続けていた。目的は分からないが、きっと彼女のなりの試験のつもりなのだろう。毎日欠かすことなく、毎晩驚かせようとする彼女は、意外と真面目な性格なのかもしれない。いや、お酒の注ぎ方を練習する彼女が不真面目なわけがない。


「なんか私の事、馬鹿にしていない」

「していません」


 ただ最近、言うべきか悩んでいたことがある。


「どうかした?」

「ええまあ」


 今晩の彼女はやけに鋭い。僕ははぐらかすことを諦め、正直に話すことに決めた


「一つ言ってもいいですか」


 彼女は言葉を促すように、どうぞと手を出した。


「少し、汗臭いかなと」


 幽霊が汗をかくのかは知らないが、彼女が着ている服はかなり年季が入っている。そう白い布が黄ばむくらいに。着るものを変えたらどうですかという、付け加えた言葉は耳に入らなかったようだ。

 彼女の手からすり抜けたお猪口を地面に落ちる寸前のところで受け止める。彼女は顔を伏せ、無言のまま消え失せてしまった。その直後、すすり泣くような声が聞こえてくる。


「なので、明日は服も一緒に用意しますね」

「本当に?」


 再び現れた彼女の目元をよく見ると少し腫れているようにも見える。


 「なので、服のサイズを教えてください。やましい気持ちはないので紙に書いてもらってもかまいませんよ」

「……ありがとう」


 そう言って彼女は再び僕の隣に座りなおした。

 内心は焦りどう取り繕うか必死になった挙句、服を買ってきますとか言い出す僕の隣に彼女は座ってくれたのだ。


 試験開始から六日目の昼下がり。彼女のために里にある服屋へと足を運んでいた。適当に物色をしていると店の中で見知った後ろ姿を見かけたので声を掛けることにした。


「エース、久しぶり」


挨拶をしたが、返事はなく久しぶりに会った彼女は不満げな顔をしていた。


「名前」

「?」

「名前で呼んでほしい」

「ユウから聞いた話だと、アリスの事は通り名で呼ぶように言っていたけど?」

「今は誰も見てないし、そんな細かいルールは気にしなくていいと思う」


 Ⅰのエンブレムを持つアリス。

 剣聖の中で最も優秀な剣聖と認められた彼女は、肩をすくめながら、そんなことを言っていた。


「アリスも買い物?」

「うん、里をでる日も近いから」


 一週間に数回程度、商人が里を訪れ、店に品を卸しているが店の数自体が多くないため、こうして顔見知りに会うことは珍しい事ではなかった。


「追試の調子はどう」

「まあまあかな」


 アリスは急に辺りを見回し、誰もいないことを確認すると耳打ちをしてきた。


「ユウから聞いたけど、幽霊と同棲しているって本当?」

「同棲というか、毎晩枕元に立って呪詛を呟いてくれるような仲かな」

「それ、どんな仲なの」


 彼女は呆れたような顔をしていたが、僕が女性の服を物色する姿に目の色を変えた。


「もしかしてプレゼント?」

「似たようなものかな」

「剣聖の合格祝いとか?」


 上擦った声で話すアリス。期待させるのも申し訳ない気がしたので、昨晩の出来事を話すことにした。


「うん、それはアラタが悪い」


 怒られた。


「幽霊とはいえ、女性相手になんでそんなひどい事言うかな」

「正直言うべきかなと」

「言い方ってものがあるの。せっかくだから私も一緒に選んであげる。アラタに任せておくと、また泣かしそうだからね」


 アリスは、僕が持っていた服を元の場所に戻していく。


「彼女の機嫌を損ねたら試験の合否にかかわってくるでしょ。そんなの見過ごせないじゃない。あ、そういえばユウがひどい目にあったって言っていたけど、何があったの」

「あれは不幸な事故だった」

「よくわからないけど、悪霊ってわけじゃないのよね。悪霊相手なら、魔を払う剣聖の出番だし」

「悪霊ではないと思う。それに……」

「それに?」


 漠然とした予感だが、剣聖の技が効く相手ではないような気がする。


「いや、なんでもない」

「ふーん。ねえ私も会ってみたいな、今度遊びに行ってもいいかな?」

「いいけど、多分会えないと思うよ」


 ユウの時もそうだったけど、普段砕けた様子の彼女だが、意外と空気を読んで来客時に姿を現すことをしない。


「じゃあ、いつなら会えるの?」

「おそらく深夜、寝静まった頃アリスの家にお邪魔することになると思います」


 金縛り付きで。


「……やっぱり、いい」


だよね。

本日は後、2回程投稿する予定です。


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