剣聖試験:幼馴染
「ちゃんとご飯食べているの?」
なんとか気を取り直したユウはキッチンに立っていた。
「すぐ用意するから少し待っていて」
ユウは髪を束ね、持参したピンクのエプロンをつけ、なれた手つきで料理をはじめた。そもそも遊びに来た理由も一人で生活する僕を心配して、とのことだった。幼馴染で気の置けない仲ということもあり、遠慮をする必要もなかった僕は、家に来てもらうことにしたのだ。だからといって、楽しそうに甲斐甲斐しく動く後ろ姿を、ぼんやりと見ているわけにはいかない。
「何か手伝うよ」
「あ、じゃあお皿だしてもらっていい。もう、つまみ食いは駄目だってば」
一つ口に放り込んだ出来上がったばかりの鶏のから揚げ。ユウの料理は、相変わらず僕好みの味付けをしていた。煮る、焼く程度の料理しか出来ない僕と比べると、ユウの料理は繊細で多彩なバリエーションに富んでいた。つまり、ついつい手が伸びても仕方がないということだ。
「どうかな? おいしい?」
頷きながら、もくもくと食べ続ける僕を、ユウは微笑みながら見ていた。
ユウを見送った後、布団の上で寝ころんでいると、突然体が動かなくなった。
三日目にして三度目の金縛り。普段であれば、首や指先など動かせることが出来のに、今日に限ってまったく動かすことが出来ない。今日の金縛りは一味違う。
枕元に立つ彼女も、普段のように砕けた印象はなく、鬼気迫る様子で僕を見下ろしていた。
「今日来たあの子、可愛かったわね。それにとても仲が良さそう」
「ユウとは幼馴染で長い付き合いですから」
「彼女?」
聞き捨てならないことを幽霊が聞いてきた。
「仲がいいのは確かですが、それはちょっと……」
「料理もしてくれて、部屋の掃除までしてくれるあの子に不満があるっていうの!」
何故か不機嫌な彼女は、なぜかユウを贔屓している。
「あんな可愛い彼女がいるなら、剣聖になれなくても問題ないじゃない」
「無茶苦茶言わないでください」
「大丈夫よ、きっとあの子なら貴方が働かなったとしても、しょうがないな、私に任せて。なんて言いながらずっと面倒みてくれるわよ」
人を勝手に紐扱いするとは何事か。
彼女には妄想癖でもあるのだろうか。頭の中で、僕とユウの勝手な未来図が出来上がっているらしい。突拍子もないことを言った彼女は、腕組をしながらぶつぶつと何かを呟いている。
「でも確かに、ユウなら」
彼女の言う通りになっても不思議ではない。思い返せば、ユウはどんな時でも僕に付き合ってくれていた気がする。今日だって酒を無理して飲もうとするのを止めたにも関わらず、一緒に飲みたいと言って譲ろうとはしなかった。
どんな時でも力を貸してくれる大事な存在であることに間違いはない。
……でもなぁ。
「何、彼女にはもってこいの相手じゃない」
「いや、いくらユウでも彼女になってくれなんて言ったら怒りますよ、だって男ですから」
「はい?」
思案していた彼女は狐につままれたような顔をしている。まさかとは思うが。
「女だと思っていました?」
「うん」
「ちゃんとついていますよ、れっきとした男ですから」
「ちょ、ちょっと待って。だって髪型とか服装とか、仕草だってどこからどう見ても……」
「ユウは子供の頃からああいう感じですよ」
「ピンクのエプロン……」
「男がピンク好きだっていいじゃないですか。まあ子供の頃はそれを理由にバカにされることも多かったですけど」
ユウの不遇を知ったせいか、彼女は少し落ち込んでいるようにも見える。、
「そっか、ユウ君のこと何も知らないのに好き勝手なこと言っちゃった。そっか、人と違うってだけで変な目で見られたりすることもあるよね。大変だったね、ユウ君」
「いや、そうでもないですよ。馬鹿にするような相手は、僕が友人と一緒にしめあげていましたから。ユウはどちらかといえば、無茶をする僕らを泣きながら止める役でした」
「お姉さん、貴方のことが少し怖くなったよ」
深夜、突然里の方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。
こんな時間に珍しいこともあるものだ。夜盗や侵入者の類なのかもしれないが、百戦錬磨の猛者がそこら中にいるこの里では、どちらが捕食者になるかは明白である。
なので特に気にすることもなく布団に入り目を閉じていたら、何者かに突然身体を揺さぶられた。一応目を開くと、息を切らした彼女が僕の両肩に手を置いていた。
「男の子だった」
どうやって確かめたのか考えたくもないが、今度ユウに会ったら謝っておこう。