街中魔窟:貴方は誰
日が傾き始めたころ、僕たちは宿屋へと戻ってきていた。最近は何かと物騒という事で、街の外から中へ戻る際、門番は険しい目つきで僕達を見ていた。
「おなかすいた」
「もうすぐだよ、アラタお兄ちゃん。お母さんに言って、夕飯早くしてもらうから」
気が抜けてしまったせいか、考えていたことをまた口に出してしまったらしい。結果的に、年下のシズクの前で駄々をこねてしまったことを考えると相当恥ずかしい。
「二人とも楽しかったみたいで良かった。でも、もう少し遊びたかったな」
口をとがらせるシズクをなだめ、宿屋の扉を開けると食堂の前に立っていた居たアリスと目があった。
「あ、おふぁえり」
「パンを食べながらしゃべるな」
今朝、キングに人目がどうとか言っていたアリスが、シズクの前でだらしない姿を見せるのは正直なところどうなのか。
「あふぇ」
僕の愚痴を気にも留めず、パンを加えたままのアリスは顎で食堂の奥を指した。そこに居たのは、足を投げ出すような姿勢で椅子にふんぞり返るように座っていた男だった。
「しりふぁい?」
いい加減、パンから口をはなして欲しい。
「やあ、また会ったね」
男は何故か、僕を見下すような目でみている。人違いかと思い、振り返って見たがそこには誰もいなかった。
「お前だ、俺はお前の事を言っているんだ」
「やあ、お帰りアラタ。私は君の帰りを今か今かと待ち望んでいたよ。彼との会話はとても楽しいが、どうやら彼は君の事が気になって仕方がないらしい」
男の正面に座っていたのはキングだった。その横のテーブルには、なぜか顔を伏せたままのトレイとセブンが座っている。微妙に二人の肩が震えているのはなぜだろうか。
「あれからずっと待ってはいたけど、やはりというべきか。お前は来なかったな」
にやにやとした笑いを浮かべる彼、の前に置かれた林檎。各テーブルを見えると同じようにい林檎が置かれていた。
「それは、私が用意したものだよ。ちょっとした人助けのお礼に頂いたんだ」
空腹を満たすにはちょうどいい。林檎の傍に置いてあったナイフに手を置くと、重なるような形でアリスの手が置かれた。まだ食べるつもりなのか。
「彼女に聞いたが、おまえは剣聖らしいな。しかし順位は最下位だと。それを聞いた納得したよ。お前が腰抜けだってことにな。剣聖とうたわれておきながら、その程度ということは外の連中も大した……ん!? 急に何をする!」
「いや、済まないね。今、君がとんでもない失言をしそうなもんだから。思わず体を張ってとめてしまったよ」
いきなり立ち上がったキングは彼に向って手を突き出し、口を塞ごうとしていた。
「ど、どういう意味だ」
「何、簡単な話だよ。君がもし私が考えた通りの事を言っていたならどうなっていたと思う?答えは簡単さ。彼が今まさに手にしようとしているナイフが君の喉元に突き刺さっていたはずさ」
男は青ざめた顔で僕を見ると、視線は手にしたナイフへと向けられた。
「理解できたようだね。君はアリスにも感謝をするべきだ。彼の殺気をいち早く察した彼女は自らを犠牲にして彼を止めたのだから」
アリスはキングの言葉に頷くと、男に向けて親指を立てた。林檎食べたかっただけだろ。そんなアリスの姿を見たセブンとトレイは再び肩を震わせる。
「俺はこの街の自警団のリーダーだと言っただろう。手を出せばほかの連中が……」
「自警団がどれほどいようと、今の彼には関係ないよ。仮に百人立ち塞がろうとするならば、百人全員を叩き伏せるだろう、それほどまでにキレかけている」
「な、なんだと」
「聞けば、昼間は随分と彼、いや三人のことを随分と煽ったそうじゃないか。そのうちのデカい男を覚えているだろう。彼、トレイは怒りを適度に発奮する人間なんだ。その為、キレるラインがわかりやすく、弄りやすい」
「おい、それって悪口だろ」
トレイがテーブルから顔をあげて抗議するが、キングは気にするそぶりを見せない。
「しかしね、偶にアラタのように怒りを限界までため込む人間もいるんだよ」
「無視かよ」
「言っておくが突如キレる人間は恐ろしいよ、どの言葉が琴線に触れるのか君には見当もつかないのだろう。長年付き合った私達だからこそ、彼の性格が手に取る様にわかるのさ」
男の体は次第に震えはじめ、一言も発することなく僕だけを見ていた。僕が何気なくナイフを持ち上げようとしたら、アリスは必要以上の力で僕の手を押さえつけた。ガンと派手な音をたててナイフがテーブルに叩きつけられる。
「駄目よ! 勝手なことはさせないから!」
アリスは意外と演技派だったらしい。あと手が痛い。
「ほら彼の我慢もそろそろ限界のようだ。これ以上、ここにいるのは危険だよ。万一のことがあったとしても君がいた痕跡すら彼は残さないよ。よくある話だが、彼は自分の痛みには無頓着なくせに、他人の痛みに対しては非常に気にする質なんだ。仲間を侮辱する相手には……これ以上言う必要はないだろう」
男はよろよろ立ち上がると、足早に僕の横を通りぬけ、立ち去っていった。
「ねえ、キング」
「なんだい、アラタ」
「キレそうなのは自分のことなんじゃない?」
「さあ、なんのことかな。これで喧嘩を吹っ掛けられても相手を遠慮なく叩きのめせるだろう。今の話で君は相当やばい奴だと思われているかもしれないし。それに」
キングは僕の目の前で止まると、僕の胸に頭をどすっとぶつけてきた。
「彼の話し相手をしていた私に、感謝の一つでもしてほしいところだよ。おしゃべりが好きな私でも流石に疲れてしまった」
「ごめん」
「そこは、ありがとう、だろ。まあ周りを見渡してみても適任は私しかいなかったからね。エイト、サイス、ケイトは外出中。アリスは見ての通り、食いしん坊だし、セブンは彼のような男は嫌うはず。トレイに至っては口より先に手が出ていただろう。デュークがいれば、代わってもらいたかったが、いない人を当てにしても仕方がないからね」
「キングっていい子なのね」
「適材適所、ということだよエリカ。それに君の事をよく知りもしない人に好き勝手言われるのも、面白くないのさ。アラタと同じようにね」
不思議そうな顔でエリカは僕の顔を見ている。それに対し、心の内を見透してやったと言わんばかりにキングは勝ち誇ったような顔をしていた。
「それにしても、自警団は明日から君にどう対応するのだろうね。リーダーの報告を受けて困惑する自警団。どういう対策をするのか今から楽しみだ。ねえ、アラタ明日からは私と一緒に街を回らないか」
「アリス、明日はエイトと一緒に街を見て回ってね」
「おや、いつの間にか私が問題児扱いされているのかい。心外だよ」
「す、すみません!」
突然、息を切らした女性が食堂に飛び込んできた。あまりの声の大きさに、食堂の奥からシズクのお母さんが顔を出した。
「あら、カオリちゃんのお母さん。そんなに慌てて何かありましたか」
「娘が、娘が帰ってこないんです!」
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