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剣聖試験:聖剣のおまけ

 色々考えることはあったが、ひとまず用を済ませた後、僕は布団の上に腰を下ろした。視線を感じ、上を見上げると、そこには宙に浮かんだまま僕をみつめる女性がいた。幽霊なのだろうか。心なしか足元が透けているようにも見える。

 予期せぬ出会いに酔いも醒めつつあり、意識が段々とはっきりとしてくる。つまり今の状況は、夢ではないということか。どうしたものかと布団に寝ころび、いっその事二度寝しようと自棄になってみたがが、寝ないでと彼女に激しく揺さぶられ、起こされるという有様だった。

 これからどうするべきか悩む僕をしり目に、彼女は微笑みを絶やさず、僕を観察する様にじっと眺めていた。


「幽霊ですか?」


 僕の言葉に彼女は少し悩む素振りを見せた。


「幽霊なのかな~。私もわからないのよね。まあ聖剣のおまけみたいなものだと思って」

「おまけ……」

「貴方にどこまでも憑いていっちゃうから」


 そう言って彼女はウインクをして見せた。憑く、というのは、僕が考えているそのままの意味なのだろう。明るく言えばいいというものではない気がする。


「返品できます?」

「してもいいけど、剣聖にはなれないよ」


しれっと、とんでもないことを言われた気がする。なるほど、この人が原因で14番目の剣聖を志した人が辞めていくという訳か。


「今、失礼なこと考えてなかった」

「いえ、何も」


ならいいけど、と言いながら彼女は笑った。


「ふーん、貴方は私を見ても驚かないのね」

「驚いていますよ、かなり」


長く伸びた前髪の隙間から見える赤い目。しかも彼女は宙に浮きながら僕を見下ろしている。その見た目は、幼いころに本で読んだ妖怪の類とよく似ていた。


「私の姿を見ると驚いて逃げる人ばかりで、こうして目と目を見て話すのは久しぶりなの」


 もしかしたら過去に逃げ出した剣聖も彼女が妖怪の類、もしくは僕と同じように幼いころの記憶を思い出したのかもしれない。


「ねえ、本当に失礼な事考えてない?」


 彼女は、再び僕に顔を寄せてくる。間近で見た彼女はよくよく見れば、端整な顔立ちをしていた。


「いや、よくよく見ると綺麗な人だなと思って」

「よくよく見ると、っていうのが気になるけど」


 彼女がどんな表情をしているのか、前髪のせいで確認することは出来ないが、耳がほんのりと赤く染まっていた。


「まあいいわ。夜も遅いし、また明日ね」

 そんな不穏な言葉を残し、彼女は姿を消した。文字と通りスッと消え去ったのだ。

 本物だ。


「じゃあ、おやすみ~」


 祭られた聖剣から間の抜けた声が聞こえた。正直、色々ありすぎて頭の整理が追い付いてこない。

 仕方がない。理解することを放棄し、僕もさっさと寝ることにした。


 試験開始から一日目の朝。障子から差し込む優しい光で目を覚ます。寝ぼけた頭で思い出したのは、昨晩の出来事だ。静まり返った部屋。あのにぎやかな女性の気配はない。

 夢、だったのだろうか。いまいち確証がもてない僕は、こういう時の為に長より頼まれた日記を書くことにした。今日から聖剣に認められるまでの出来事を、詳細に記すように言われている。


 次の世代に託したい思いを書いてほしい、とか言っていた気がするけど、酒を飲みすぎたせいであまり覚えてはいないので、自信はない。次世代の為という事は、長の中では僕が落ちる前提で話が進んでいるのかな。そう考えてしまうと気分は良くないが、頼まれた以上、この日記には彼女の生態を書き残すことにする。


 まずは、昨夜現れた彼女を探すところから始めよう。軒下から屋根裏までを虱潰しに探り、彼女の痕跡を見つけることにしよう。彼女は僕に伝えることがあって出てきたに違いない。なので、しばらく探していれば向こうから会いに来てくれるだろうと考えていた。

 しかし、彼女とは一向に会うことは出来なかった。それに加え、住居の中を隈なく探したにも関わらず痕跡ひとつ見つけることが出来なかった。とりあえず居間に戻り、開いたままの日記帳を見ると「探さないでください」と僕の字ではない誰かの字で書かれていた。

 どうやら照れているらしい。


 二日目の朝。昨晩も一日目と同様、幽霊の彼女が現れた。枕元から少し離れた場所で、彼女はなぜか床に這いつくばっていた。

 気になったので、何故そんな恰好をしているか聞いたところ、この姿を見た大半の剣聖は悲鳴をあげて逃げ出すらしい。確かに不気味な顔をしていますねと言ったら、私の演出だとひどく怒られてしまった。

 どのように寝るのか興味があったため、念のため布団をもう一組僕の隣に敷いておいたことを彼女に伝える。さりげなく一緒に寝ませんかと彼女に聞いては見たが、首をぶんぶん横に振りながら消えてしまった。

 翌朝、日記を見ると「そういうのはまだ早いし!」と書かれていた。


 三日目の夕方。友人であるユウが遊びに来てくれた。


「お邪魔します」


 12番目の剣聖であるユウは消え入りそうな声を出しながら、恐る恐るドアを開けた。家の中を見回すようにきょろきょろする度、肩まで伸びた髪が左右に揺れている。腰にはⅫとかかれたエンブレムがぶら下がっていた。


「いらっしゃい。呼び方は本名? それとも二つ名のクイーンとでも呼ぼうか」


 剣聖は番号によって定められた二つ名を与えられることになっていた。しかし、本名か二つ名。どちらで呼ばせるかは本人に委ねられているのだ。


「うーん、二つ名よりも本名の方がしっくり来ると思わない?」

「僕に二つ名はないから、わからないな」


 ただし例外もあって、補欠扱いである14番目の剣聖に、二つ名が与えられることはない。どこまでいっても僕はおまけなのである。


「ごめん、そんなつもりじゃなかった」

「気にしすぎだよ。ところで他のみんなは? 呼び名は決まった?」

「アラタが居なくなった後、みんなで話し合って決めたから、あとで教えるよ」

「助かる。ところで、いつまでそうしているつもり」


 ユウは、お邪魔しますと言ったままで立ち止まり、家に入ってくる様子はない。はじめは靴を脱ぐ習慣に驚いているだけかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「だって曰く付きの家だよ、少し怖くて」

「怖がったところで始まらないさ。気にせず上がりなよ」


 手招きすると、ユウは意を決したように一歩足を踏み入れた。


「あはは、ごめんね。アラタはここに住んでいるのに、怖がるような真似をして」

「気にするなよ。俺もいまだに怖い」

「え」

「特に夜中に目を覚ました時が一番怖い。目を開くと、息がかかるくらいの距離に顔がある。驚かない人の方がどうかしているよ」

「出る、ってこと」


 僕の横にいたユウは歩くのをやめ、いきなり腕を絡ませてきたかと思えば廊下の途中で立ちすくんでしまった。やや顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか。


「出るの……幽霊?」

「毎日でるよ。。そのせいか最近、深酒をしすぎてね。差し入れとかあれば嬉しいな」

「持ってきているけど、アラタはもう飲んだことあるの? 初めて飲むときはアラタと一緒にと思っていたのに……」


 何気のない一言にユウは口をとがらせ始めた。幽霊の事はどうなった。


「幽霊よりもそっちの方が気になるの?」

「幽霊も気になるけど、そっちのことも気になるよ! ねえ、もしかして他の人とも飲んだことあるの」

「あるけど」

「もう仲間外れにはしないで、っていつも言っているのに」


ユウは少し不貞腐れながら、時折髪を摘まんでいる。


「ごめん。お詫びに長からもらった、とっておきを出すよ。今日はのんびり二人で飲もうか」

「二人で……。アラタはしょうがないな、まったく」


 文句を言いながらも、ユウの機嫌はすっかりと直ったみたいだ。相変わらずわかりやすい性格をしている。

 その時、僕が立つ真横の壁がドンっとなった。彼女の仕業に間違いだろうが気にしないことにする。しかし、事情を何も知らないユウは青ざめた顔をしていた。


「気にするな」

「気になるよ!」

本日19時頃にもう一話更新します

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