剣聖試験:最下位の剣聖
「以上で試験を終了する」
長の言葉に僕を含む14人がその場に崩れ落ちた。その中には人目を憚らず大の字に寝転がる人もいた。僕は吹き出す汗を拭くことも出来ず、息を整えるだけで精いっぱいだった。
早朝から始まった最終試験。気が付けば深夜にまで及んでいた。
試験内容は元剣聖である里の長に、一太刀を浴びせる。ただそれだけだった。単純な試験の内容にすぐに終わるであろうという淡い期待もあった。しかし、その期待はあっという間に崩れ去ることになる。原因は試験開始の合図と共に上着を脱いだ長の姿にあった。80という年齢でありながら、筋肉はたくましく隆起し、鋭い眼光で威圧する様は、人数差をものともしない卓越した技量を感じさせた。加えて剣を構えているだけなのに、威厳すら感じさせる堂々とした立ち姿。
剣聖の地位を退いても慕われ、尊敬されるに相応しい人物であると、この時ほど思ったことはない。
結局、最終試験は十時間以上にも及び、気が遠くなるような時間の中、長の体に当てることが出来たのはたったの一度。掠り傷程度だったが、一撃当てたことには変わりはないと長は満足げに頷いた後、試験の終了を宣言した。
「それでは、これより称号を授与する」
呼吸一つ乱していない長が取り出したのは、銀色に輝く14個のエンブレムだった。数字をモチーフに造られたエンブレム。長は与えるにふさわしい相手を選びながら、一人ひとり丁寧に手渡していった。手渡された人は喜びの声を上げ、緊張が解けたように笑顔をのぞかせている。それとは対照的にいまだエンブレムを手渡されていない人は、長の動きを見守っていた。
「アラタ」
そうして、ついに呼ばれた僕の名前。
長が手渡した番号は14。試験の中で最下位に贈られる不名誉な数字が僕に手渡されることとなった。
14番目の剣聖が不名誉とされる理由。
それは最下位の剣聖だけが行う試験に合格しなければ、正式に剣聖として認められないからだ。いわゆる追試を受けること自体、不名誉なことであり恥であると考える人は多い。故に試験の辞退を申し出るケースも珍しくはなかった。
今の僕は剣聖(仮)のようなものであり、欠けても影響のない剣聖であると言われているに等しい。試験に合格した者は、自分の意思によって聖剣を選ぶことが出来る。聖剣と言いながらも、斧や槍、こん棒など武器の種類は多岐にわたる。だが、14番目の剣聖に限っては、決まった聖剣が与えられる。
そして、僕はこれから聖剣が保管されている場所に軟禁され、それ以降は聖剣に認められるまで里から出ることを禁じられるのだ。剣に認めてもらうという不可解な試験を不名誉という苦渋を舐めながら挑んだ数少ない先輩もいたが、合格者はゼロ。それが何年も続いた結果、14番目の剣聖は存在しない番号。別名ロストナンバーとも呼ばれていた。
他の候補生たちは、不安そうな顔で僕を見ていたり、興味深そうに観察したりと、好奇心を抑えられない様子で僕の一挙手一投足に注目していた。僕の事なんか気にせずに自分の合格を喜んでくれと言った所で、人一倍お人好しな彼らには効果はないだろう。下手に声を掛ければ、逆に気を使われそうな予感がする。
というわけで、僕は誰よりも先にその場をあとにすることにした。
そうと決まれば、さっさと着替える為に更衣室へと急ぐ。
黒と赤を基調にした剣聖の正装。子供の頃から憧れていた服も、一度袖を通してしまえばただの服。適当に脱ぎ捨て、着慣れた普段着に袖を通した。
試験を受ける前に帰宅を許されたが、今晩から聖剣と寝食を共にすることを考えると気が滅入ってくる。
とりあえず試験の準備を整える為に自宅へ帰ると、居間では長が僕の帰りをまっていた。先ほどまで鬼の形相をしていた長だったが。
「疲れたろう、一杯飲んどくか」
笑みを浮かべながら、米で造られた酒を美味しそう飲み干していた
「お前もようやく15になったか。そろそろ酒の一つでも飲めないと、女にもてないぞ」
そういいながら笑みを浮かべた長から手渡された酒を僕は一気に飲み干した。
「おぉ、アラタはいける口だったな」
白磁の徳利になみなみと注がれた酒を長がぐいぐいと薦めてくる。
「今日はめでたい日だ。存分に飲むといい」
「まだ剣聖とは認められていない身としては、まだ緊張があります。ああ、もう飲んでいるのでお気になさらずに。それにしても相変わらず良い酒をのんでいますね」
「おう、この日の為にとっておいた特別な酒だからな。……相変わらず? まさか前から飲んでいたりしたのか」
「嗜む程度には」
「うぅむ、子供の頃から飲酒をしていたとなれば、長として色々言わねばならないことが」
「長、今日ぐらい無礼講で良いじゃないですか。めでたい日ですから」
「それはアラタの台詞ではない気もするのだが……」
何かを言いたそうにしている長。小言を言われる前に、長のぐい呑みに酒を注ぐことにした。
「そういうところは気がきくのね。そうだ。アラタ、お前にはひとつ言っておかねばならぬことがある」
「なんでしょうか」
「試験の態度のことだ。儂に一度たりとも切りかかってこなかったのは何か理由があるのか。共に戦う仲間の為、サポートに徹するのが悪いとは言わない。だが、攻めなければ勝利はないぞ」
「流石、剣聖。気が付いていましたか」
「元剣聖な。気が付くのは当然じゃろ。うまくやっていたがバレとるぞ。見知った人に刃をふるうのは気が引けたかの」
長は優しい笑みを浮かべ、僕を見ていた。
「ええ、その通りです。とか言い繕えば、多少順位が上がったりしますか」
「あがらんわ、この馬鹿者」
「まあ攻撃しなかったのは、当たる気がしなかったからですよ。その代わり、長の攻撃も僕には一度も当たらなかったですね」
その何気のない言葉に、長は大人気なく青筋を立てた。
「ほう、言うではないか。儂は加減をしていたというのに」
「その割には、最後の方、僕ばかり狙っていましたよね。かなりムキになって」
「ムキになんてなってないぞ」
「その隙を狙われて、アリスに一撃もらっていたじゃないですか」
「はあ、まったく、減らず口ばかり叩きおってからに。まぁ良い。話は変わるが剣聖になったアラタに言っておかねばならないことがある。いいか? 剣聖とは、剣を以て魔を払い、聖なる力を以て魔を討つ者也。これを肝に銘じ、日々精進し、己の為、人の為、邁進せよ」
背筋を伸ばし、戒めを説く長。重々しく凛とした声に、僕も自然と姿勢を正した。
「まあ、要は困っている人の為に力を振るいなさいよ、ということだが、話の最中くらい我慢せんか」
姿勢は正したが、酒を飲む手は緩めなかった。
「もう空になりますが、お代わりはありますか」
「ない! まったく本当に緊張の欠片もないな、お主は。さてそろそろ追試の時間じゃ。アラタ、最後に一つだけ伝えておこう」
長はそういうと、余っていた酒を一気に飲み干した。
「厠には忘れずにいっておけよ」
「意味は分かりませんが、肝に銘じておきます」
「聖剣に認めてもらえれば、お前も晴れて剣聖だ。気楽にやりなさい」
僕は荷物をまとめ、外に出た。振り返れば長が見送る様に手を振ってくれていた。心残りや寂しさもあるのか、ずっと手を振っている。
「長、体には気を付けてください。お元気で」
僕の言葉に長は目頭を押さえていた。
「長」
「なんじゃ」
「感動の別れを演出したという事で、多少順位が上がったり」
「せんわ! さっさと行け!」
外の灯りは消え、里の皆が寝静まる深夜。僕は大声に背中を押されるように走り出した。
里のはずれに建てられた平屋は、東方より伝えられたという和風の造りをしていた。子供の頃、忍び込んだことはあったが、こうして玄関から足を踏み入れるのは初めてだった。居間には神棚が置かれ、供えられた一振りの聖剣。神聖な場所ということもあってか、空気が張りつめているようにも感じる。
……寝るか。
疲労と酒のおかげか、眼を閉じると直ぐに眠ることが出来そうだ。荷ほどきは明日に回せばいいし、足りないものがあれば里で買えばいいだろう。既に敷かれている布団に倒れこみながら、これは一体誰が敷いてくれたのだろうか等、とりとめのないことを考えているうちに、眠りについていた。
真夜中にふと目が覚めてしまった。天井は漆黒のように黒く、窓から差す月明かりが、聖剣と神棚を青白く染めている。姿勢を直そうと寝返りをしようとした時、体が動かないことに気が付いた。力を入れるたび、全身に痺れるような痛みが走る。なんとか動かすことが出来るのは、首だけだった。
ゆっくりと辺りを見回してみたが、特に気になるものは見当たらない。だというのに、誰かの気配があった。すぐそばで。
それは仰向けになった僕を見下ろすように枕元に立っていた。
赤い瞳に、無造作に伸び切った黒髪。黄ばんだ白い服につつんだ彼女。瞳は次第に僕の顔へと近づいてくる。ゆっくりとした動きだが、僕から視線をそらそうとしない。息がかかるほどの距離になり、ようやく女性が止まった。
影のせいで顔を確認することはできないが、しなやかな動きと体のラインから女性であることに確信が持てた。彼女は無言のままじっと僕を見つめている。
どれくらい時間が経ったのだろうか。時間の経過とともに、ようやく体の自由を取り戻すことが出来た僕の頬を彼女の手が挟んだ。
「ねえ、あなたが今考えていることを当ててあげようか」
不気味に笑う彼女の口元が歪んだ。
「トイレに行きたい」
「正解」
この度は拙作『最下位剣聖の旅は聖剣(おまけ付き)と共に』を手に取って頂き有難うございます。
文字数は、一回の投稿で約3000字。全体を通しては約13万字程度を想定して執筆しています。
これからの数話はキャラ紹介となりますので、物語が動き出すまで一日2回程度の投稿をするつもりです。
楽しんでいただければ幸いです。ポイント評価をしていただければ更に嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。