想い、解き放たれて
「嘘ですッ! ナリア様が、大聖堂の聖女が死ぬなんて……!?」
イセルナの慟哭。
それは俺にも同じ事だった。
圧倒的な神の力を行使する聖女ナリアが、そんな簡単に死ぬ訳がない。
そう思いたかった……。
だが、此処に彼女は戻って来ていない。
それだけが残酷な事実であり、シグネが告げた『聖女の死』を受け入れるしかない現実。
「魔王の力によって、王都の全ての人間が草木に変えられたわ……。 聖女ナリアも木にされ、そして魔王配下の手に懸かり、そして彼女は焼き尽くされた。 人間ではないダークエルフの私だけが植物にされず、命からがら逃げ延びる事が出来たの」
ガクッと膝を着いてしまうイセルナ。
シグネの言った事が本当ならば、王都は海を隔てたラシュア帝都と同じく、壊滅した……!?
「ところで、貴女がマノンさんかしら……?」
俺の傍らに立つマノンに視線を向けて問い掛けたシグネ。
マノンはコクリと首を縦に頷く。
「そう……。 魔王四天王の者も、マノンさんと同じ事を言っていたわ。 魔王が憑依しているのは、ティアさんかルーネさんのどちらかに間違いないと……」
「えっ……ええっ!? アタシが魔王!? そんなの絶対に違うよっ!?」
いきなり『魔王かもしれない』と言われたティアが慌てふためく。
「そして今、瀕死の重傷を負っているにも関わらず、ルーネさんが魔王として覚醒する気配はない」
「違うよぉ! アタシが魔王だなんて、そんなの知らないもん!」
フルフルと首を振るティア。
「つまり、ティアさんこそが……魔王!」
そこまで告げると、シグネは再び剣を構えるのだった。
そんなシグネの殺気を感じたのか、甲冑の人物がティアの前に躍り出た。
「ゼパルさんっ……」
ゼパル……奴の名前なのだろうか?
「彼は悪魔ゼパル。 地獄最強クラス、悪魔界の超エリートです」
マノンが囁き声で教えてくれる。
悪魔……!?
そんなとんでもない存在が、何故ティアに……?
「悪魔ゼパルの目的は、主人を想い人と添い遂げさせる事」
想い人と、添い遂げる?
ティアには彼氏が居る筈だ。
恥ずかしい話、俺自身もこっ酷く振られている。
添い遂げるも何も、既に恋人が居るではないのか?
「もしかして、俺には関係ない……なんて思っていませんか?」
「おっぱい?」
「確かに、あの子には恋人と呼べる存在は居ました。 でも、それは本当の気持ちをひた隠しにしていたから。 子供の頃から好きだった幼馴染に、自分の想いなんて馳せてはいけないと考えていたから。 身体だけが目的の男に利用されていただけなのに、それが恋愛だと思い込んでいたんです」
「おっ……ぱ……」
「身売りされて、娼婦になってしまった不様な自分では、そんな資格は無いと……ずっと本心を自分自身で偽っていた。 そして今ようやく、悪魔ゼパルと契約した事で、心の封印は解放された……」
俺は言葉を失っていた。
もはや、おっぱいとすら言えない程に……。
「契約と引き換えに悪魔ゼパルが望むのは、クレイ様との間に宿る筈の新たな命の魂。 つまり、あの子とクレイ様が結ばれても……決して子が生まれる事はありません」
それは、あまりにも重い話だった。
そんな素振りも一切見せず、まるで覚えていない様な振りまでして、あの時ティアは娼館で俺を慰めてくれていたのだろうか?
「悪魔ゼパル……厄介な相手ね」
俺達をチラリと見たシグネが呟く。
マノンの小さな囁き声も、聴覚に優れたダークエルフならば難なく聴き取れたのだろう。
「ならば、私の全力を以って……排除するだけ!」
自らを鼓舞しながら、シグネの目つきが変わる。
一方で、悪魔ゼパルが動く気配は見せない。
「権現しなさいッ、精霊を統べる最強の王達よッ!」
シグネの叫びと共に、轟音が鳴り響いた。
突如出現したのは巨大な炎の柱、水の奔流、荒れ狂う突風……!
まさに、天変地異の如き大自然の咆哮……!
吹き飛ばされそうになるサラ姉の身体を護ろうと、イセルナが覆い被さる。
俺も傍らのマノンを引き寄せ、彼女を背後に移動させた。
幸いにも、ティアとルーネは悪魔ゼパルが立ち塞がり、護る形になっている。
「さて、私と三大精霊王を同時に相手が出来るかしら……最強の悪魔さん?」
悲劇のヒロインだったのです!(でも、お馬鹿さん




