許嫁vs娼婦、ファイッ!
ティセの顔を見ているだけで、泣きそうになってしまう。
「おっ……ぱ……い……」
「ね、もしかして……それしか言えない事情があったりする?」
「…………!?」
俺はただ何度も何度も、首を縦に振って頷き続けた。
聖女ナリアにも、許嫁であるサラ姉でさえも解ってくれなかった呪い。
唯一人だけ察してくれたのは、娼婦であるティセ。
俺の目からは涙が溢れ、そして頬を伝って落ちてゆく。
「そっか……。やっぱり弟勇者君……ふざけてる訳じゃなかったんだ」
そう言いながら、ティセは立ち上がり……。
不意に俺の頭を抱えると、そのまま彼女の胸にギュッと抱きしめてくれていた。
「今迄、きっと大変だったんだよね。 もしかして、サラにも……誤解されちゃってるの?」
ティセの胸に埋もれたままで、再び頷く。
「そっか……それで、こんな所に来ちゃったりしたんだね?」
全てを見透かす様な優しいティセの声に、俺は泣きながら頷く事以外は出来なかった。
「もう、大丈夫だよ。 弟勇者君の事、明日にでもアタシからサラに伝えてあげるから。 だから、安心して……ねっ?」
ティセの優しさに包まれながら、俺は涙を流し続けるだけであった。
彼女に抱きしめられたまま、いつの間にか深い眠りに就いていたのだった……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
目を覚ました時、そこにはティセの姿は無かった。
娼館に来たにも関わらず、結局は何もしないで寝てしまったのだ。
それでも、俺の心は満ち足りていた。
ティセによって救われた、そう言っても過言ではないだろう。
彼女はもう帰ってしまったのだろうか?
身仕度を整え、慌てて部屋を出る。
受付係にティセが帰ったのかを尋ねたいところだが、『おっぱい』しか言えない俺に出来る訳がない。
もう既に、ティセはサラ姉に俺の事を伝えてくれているのかもしれない。
娼館を出た俺は、足早に家に向かった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
そして再び、帰って来た家。
朝早い時間だったが、既に店は開店していた。
中から見えない様に身を隠しながら、窓から中を伺ってみる。
店番をしていたのは、昨日と同じくサラ姉一人。
義父さんと義母さんは今日も居ない様だ。
泊まりで遠方にでも薬の売り込みに出向いているのだろう。
ティセは店の中には居なかったが、俺の方が早く来たのか、それとも既に伝え終えたのか……?
中に入ってサラ姉に会えば解る事なのだが、俺の方が早かったのなら再び逆鱗に触れてしまうだけだ。
「あれ? 弟勇者君……?」
背後からの声。
振り向くと、そこに居たのはティセ。
此処に来るのは俺の方が早かった様だ。
中に入らないで良かったと安堵してしまう。
それにしても、娼館に居たティセとは全く違う雰囲気。
普通の町娘といった格好から、彼女が娼婦であるとは全く以って解らないだろう。
「丁度良かったね。 今から君の事、サラに伝えようと思って来たところなの。 さ、一緒に入ろ!」
え……?
いや、その……心の準備的なものが……。
「おっ……ぱ……い……」
そう言った筈だったが、やはり同じ言葉を口にしてしまう。
そんな俺を見てクスクスと笑いながら、ティセは入り口の扉を開いた。
カランカランと鈴が鳴り、ティセは中へと入ってしまう。
「いらっしゃいま……なんだ、ティアじゃない。 って、どうしてクレイが……貴女と一緒に居るのよ?」
俺の姿を見るや、サラ姉は昨日と同様に不機嫌な様相を見せた。
今、ティセの事をティアと呼んだが……彼女の本名なのだろうか?
当のティセ本人は、玄関でまごついている俺を他所に、ズカズカとサラ姉の元へと歩いて行く。
「おはよう、サラ!」
「朝から何の用? 避妊薬……それとも、中絶薬かしら?」
とんでもない薬の事を口にするサラ姉の口調は、とても冷淡に思えた。
娼婦であるティセの事を、良くは思っていないのだろうか?
「違うよ! 今日はお薬じゃなくて。 弟勇者君の事について、お話がしたいんだぁ」
「クレイの事……?」
サラ姉が玄関で立ち尽くす俺を一瞥する。
「あ、そうだ! クー君だ! やっと名前を思い出した! 昨晩からずっと、名前を思い出せなくってさぁ」
「昨晩……? って、アンタ達……一緒に居たの?」
「うん、そう。 あっ、でもね、お店で一晩過ごしたけど、何も無かったから安心して?」
何も無かったのは真実なのだが、それを言ってしまった以上は……!
「あ、そう……。 クレイは娼館で一晩をティアと過ごしたんだ。 ふーん……そうなんだ」
サラ姉の鋭い視線に、俺は蛇に睨まれた蛙の状態だった。
ティセ……いや、ティアは……空気を読まない人だと改めて知る。
「で、サラに伝える事があるの!」
「へぇ……成る程ね。 わざわざ勇者クレイを、私の義弟である婚約者を手篭めにしたって、わざわざ伝えに来たのかしら?」
サラ姉は明らかに憤慨している……。
ティアは誤解を解くどころか、更に泥沼化させてしまっているではないか……!
「もう! 違うよぉ、サラったら」
それでもティアはニコニコと微笑みながら、サラ姉と対峙する。
まさしく修羅場になりそうな、一触即発の話し合いが行われようとしていた……。
何これラブコメ?




