勇者なら、仲間全員を抹殺して下さい!
ここから序盤以来のクレイ視点です。
いったい、何故こんな状況になってしまったのか……?
マノンなる少女によって告げられた、予想だに出来ない驚愕の内容。
仲間である誰かに、魔王が憑依している……!?
サラ姉とルーネは危険な状態。
一刻も早く聖女ナリアと合流し、彼女の治癒が必要だ。
「二人はもう虫の息です。 可哀想ですが、このまま貴方が殺してあげるのが勇者としての役目なんです……」
冷酷にも、そう告げるマノン。
命が失われそうな二人を、俺が……?
それが、勇者の役目……!?
サラ姉……。
幼い頃から一緒に育った義姉である幼馴染、そして一度は将来も誓い合った仲。
散々と暴走はしたものの、怪しい修行で凄まじい強さのアサシンとなった。
ルーネ……。
聖女ナリアの護衛である見習い騎士。
俺に好意を寄せてくれている女の子。
ナリアと一緒に変になってしまったけれど、俺の力になろうと努力していた頑張り屋の女の子。
正直、彼女達の行動には理解に苦しんだのは事実だ。
かと言って、この二人をみすみす見殺しにして良いのか……?
「貴方はこの世界を救う事が出来る唯一無二の存在。 勇者として選ばれた以上、クレイ様は情に流されてはならないのです……」
マノンの言う事が本当だとすれば、それはあまりにも残酷な運命……。
覚悟を決められない俺が立ち尽くす中、ティアとイセルナは重傷の二人に寄り添っていた。
サラ姉の口から血の泡が吹き出される中、必死に名前を呼び掛けるイセルナ。
血塗れのルーネの傷口にハンカチを押し当て、止血をするティア。
「サラ様っ! しっかり、しっかりして下さい!」
「血が、血が止まらないよぉ! ルーネちゃんっ!」
悲痛な二人の叫びが繰り返されている。
だがマノンは気にも留めず、ただ俺を見つめていた……。
「おっぱいッ! おっぱい、おっぱい……おっぱいッ!」
(出来る訳がないだろッ! ふざけんじゃねぇ、この二人を……見殺しになんかしねぇぞ!)
マノンに踵を返すと、俺は彼女達の元へと向かっていた。
ポーチの中から薬草を取り出しながら、満身創痍のサラ姉の傍らに腰を下ろす。
勿論、薬草程度でどうこう出来る様な状態ではないのは解りきっている。
それでも、ただ黙って見ている事は出来なかった。
サラ姉が呼吸をする度、ゴボゴボと口から吐き出される流血。
義姉の顔は鮮血に染まり、視点は虚ろになって定まっていない。
「おっぱい……」
(サラ姉……)
イセルナが俺の手から薬草を奪うかの様にもぎ取ると、サラ姉の腹部に押し当てる。
「サラ様は強く、そして優しい方です。 野盗に襲われた見ず知らずの私を助けて下さいました。 絶対に貴女を死なせたりしません……!」
涙を流しながら、呼び掛け続けるイセルナ。
だが俺も、イセルナも解っている。
もうサラ姉は……助からない。
あと数分で息が絶える状態なのは誰が見ても明らかだった。
いつの間にか、俺もイセルナ同様に涙を流していた。
それでも、歯を食い縛りながら重い腰を上げる。
そして、粉砕された馬車……ルーネの元へ向かう。
「ルーネちゃんっ、起きてよぉっ! お願い、目を覚ましてっ!」
こちらでも、ティアの悲痛な叫びが繰り返されていた。
ルーネの身体中には木片が突き刺さり、サラ姉と同様に血塗れになっていた。
下手に木片を引き抜くのは逆に危険かもしれない。
腹部と太腿部に、彼女の腕よりも太い木片が刺さったまま、ルーネは昏睡していた。
身体中からの出血が酷く、このままでは失血死してしまうだろう。
残りの薬草をティアに渡すが、もはや焼け石に水の状況。
『私、勇者様のお役に立ちたいんです! だから、もっともっと強くなります!』
数日前、俺にそう告げたルーネ。
真面目で頑張り屋な聖騎士見習いの少女。
そんなルーネが、どうしてこんな目に遭わなければならない?
もう、涙が止まらない。
「おっぱいッ! おっ……ぱい、おっぱいッ!」
(ナリアッ! 早く……早く、戻って来てくれッ!)
魔を討つ卓越した力は有していても、彼女達を治癒する力は勇者には無い。
今の俺には何も出来ない。
無力な存在だった。
ただ、聖女の帰還を願うだけなのだから。
そんな俺に対して、再びマノンが怒りの形相で声を荒げる。
「クレイ様ッ! 勇者なら……仲間を抹殺して下さいッ! 彼女達を殺さなければ、世界は滅びますよッ?」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
(これは……いったい、どういう事なの……? サラさんとルーネさんが倒されている!? それに、どうしてティアさんが此処に?)
マノンの冷酷な叫び声が響く中、密かに帰還していたシグネは木陰に身を隠した。
精霊魔法を駆使し、完全に気配を消している。
(何にせよ……これで手間が省けたというもの。 ティアさんにも死んで貰わないとね……。 留めは刺さずにクレイの聖剣で息の根を止めさせれば、魔王は二度と復活しない。 フフッ、簡単な事だわ……)




