勇者、許嫁に殴られる
オメオメと逃げ帰った事に対する恥ずかしさ。
当然ながら葛藤もあったのだが、俺は意を決して家の扉を開く。
一階は薬師の義父が店舗を構えており、二階が住居になっている。
「いらっしゃいませ」
扉に付けられたベルが鳴り、奥から聞き慣れた声。
サラ姉の声だ。
義父母は留守にしているのか、サラ姉が店番をしている様だ。
「って……えっ? クレイ……?」
客ではなく、義弟である俺を見て、サラ姉は目を丸くしている。
数ヶ月振りに会うサラ姉。
ショートカットの赤い髪、長い睫毛が目を引く綺麗な顔立ち。
変わらない彼女の姿に、俺は感無量だった。
無意識のうちに涙が浮かんでしまう。
「旅は……どうしたの? 何かあったの……?」
一目見るだけで様子がおかしい俺の姿を見るや、サラ姉は駆け寄って来てくれた。
「クレイ、辛い目に遭ったりしたの……?」
泣きながら頷いた俺を、サラ姉はギュッと抱きしめてくれていた。
「そっか、大変だったんだね……。 お姉ちゃんがついてるから大丈夫だよ、クレイ」
「……おっ……ぱ……い」
「……ん? おっぱい……って、えっ?」
やはり『おっぱい』に変換される俺の泣き声を聞いて、サラ姉は優しい抱擁を解いた。
「冗談はさておき、何があったのか……教えて?」
俺の泣き顔を覗き込みながら、サラ姉はそう尋ねる。
また、こんな状況が来てしまった。
しかし、目の前に居る女性は勝手知ったるサラ姉。
初対面の少女達や聖女ナリアとは違って、本当の俺の事を良く知っている相手だ。
「おっぱい、おっぱい……おっぱい!」
俺は身振り手振りをしながら、おっぱいとしか喋れない状況を伝えてみた。
きっとサラ姉なら理解してくれる筈だ。
「おっぱい……! おっぱい……!」
「ね、クレイ……?」
俺のジェスチャーは終わっていなかったが、トーンを低くしたサラ姉の声が否が応でも中断させる……。
「おっぱい……」
「それしか言えないの?……ね、真面目に話してくれる?」
当然とばかり、深く頷いた瞬間……!
サラ姉渾身のグーパンチが俺の顔面をヒットする。
鼻血を吹き出しながら、そのまま俺は後ろに倒れていた。
「おっ……ぱい……!?」
「ふざけるのも、いい加減にしなさいッ! 久し振りに帰って来たと思ったら『おっぱい、おっぱい』って、いったい何を考えてんのよッ!」
上体を起こし、血が流れる鼻を押さえながら、俺は茫然とサラ姉の怒る姿を仰ぎ見る事しか出来なかった。
「アンタはね、世界を救う勇者に選ばれたのよ! それなのに、こんな馬鹿な事をする為に帰って来たの?」
違う、俺は本当におっぱいとしか喋れないんだ……!
涙と鼻血を流しながら、必死に首を横に振る。
「もういい! アンタを今まで甘やかしてた私が悪かったかもしれないわ。 魔王を倒すまで、二度と帰って来ないで頂戴! 良い? 解ったわね?」
「おっぱい……!」
「そんなつまんない遊びをやってる場合じゃないでしょッ! 勇者らしくしなさいよ、この馬鹿ッ!」
立ち上がるや否や、サラ姉に背中を押されて店の外に追い出されてしまうのだった……。
こうして、俺は最愛のサラ姉にまでも誤解されてしまった。
この事は、俺の心を完膚無きまでにへし折るには充分であった……。
予想変換が
お→おっぱい になりました……




