実は、来てました
ナリアの異変に気が付いたルーネ、サラを宥めるティア、そしてシグネを気遣うクレイ。
五人の女と一人の男が集っている廃城の玉座の間。
ほんの数刻前には、玉座には魔王が鎮座していた諸悪の本拠地。
そんな玉座の間の薄汚れた窓の外。
空中に浮遊しながら、その六人の様子を伺っている者が居た……。
漆黒のローブを纏う、浅黒い肌の若い男。
その頬には魔紋が刻まれ、耳はエルフ程ではないが尖った形をしている。
即ち、人間ではなく魔族……。
「おい、ダグマ。 結界なんぞの中から、何をコソコソしてやがる?」
その魔族の男に、背後から声を掛ける者が現れた。
筋肉隆々の腕に、薄紫の肌の大男。
背丈よりも巨大な大剣を背負っている。
最初から居た者と同じく、魔紋が刻まれた顔と尖った耳をした魔族であった。
「お前の方こそ、念入りに結界を張って赴いて来ているではないか、バグザン」
振り向きもせず、ダグマと呼ばれた男は生返事をバグザンなる大男に返す。
「で、あの男が……ガナガを倒したと噂の勇者なのか? 閣下の気配が消失したから慌てて来てみりゃ……既に手遅れだったみてぇだな、ったく」
「いや、閣下を屠ったのは勇者ではなく、隣に居るダークエルフの女だ。 事情は知らないが、勇者は聖剣クールタンを携えていない」
ダグマの話を聞くと、バグザンは腕を組んで神妙な面持ちを見せる。
「それなら話は早い。 俺とお前でなら……今、此処で奴等を皆殺しにしちまえるだろうよ?」
そう口にしながら、背中の大剣に手を伸ばすバグザンだったが、ダグマは首を横に振って制止する。
「止めておくんだな。 見ろ、あのダークエルフを……」
窓越し、広間の中に居るシグネが彼らの居る窓の外に視線を向けている……。
「おいおい、マジか? 結界に居る俺達の気配に気付いたのかよ……? あのダークエルフの女、いったい何者なんだ!?」
「まだバレてはいないだろうが、何かを感じ取ったのは間違いない。 まさに化け物だな……」
結界から出ない限り、絶対に目視される事はない。
結界内での喋り声も、決して漏れたりはしない。
にも関わず、シグネは自分達の気配に勘付いている……?
相変わらずバグザンには背を向け、広間の中を伺いながら会話を交わすダグマ。
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「シグネ、どうした?」
「敵の気配は無い……けど……見られている?」
窓の方を注視し始めた事を訊ねたクレイに、シグネは曖昧な言葉を紡ぐ。
彼女が密かに召喚し、上空から周辺を警戒させている風の精霊からも、特に何かが居る様な報告はない。
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シグネと同様、クレイまでもが自分達へと視線を飛ばし始め、バグザンの身体は一瞬だけ硬直した。
大剣の柄に手を伸ばした掌に、図らずも汗が滲む。
「おい、勇者の野郎……普通に喋ってるじゃねぇか! ガナガの最終破滅魔呪はどうなってんだ?」
「さぁな……私ではなく、彼女に直接聞いてみれば判るだろうさ。 闇の大魔女マノンに、な」
「チッ! その肝心なマノンは、何処で油を売ってんだよ? あの小娘、自分が父親から受け継いだ力を何だと思ってやがるッ! それにダバルの野郎も来ねえし……」
この場に居ない二人の名前を出して憤慨するバグザンだったが、やはりダグマは振り返る事すらしなかった。
「あのダークエルフだけじゃない。 一緒に居る聖女ナリアの力も侮れんぞ。 現に数万のアンデッドが奴一人の力で全て浄化されている……」
「勇者に聖女、ダークエルフか……。 それでは、他の三人の女は何者だ?」
「奴等と共に行動するくらいなのだぞ? おそらくあの三人も、途轍もない力を持つ者達であるのは間違いない筈だ……」
サラ、ティア、ルーネの事を過大に分析したダグマ。
賢明そうに見えるが、そうでもない……かもしれない。
「成る程……。 俺達、四天王が全員集結したとしても分が悪い……って訳だな?」
同意したバグザン。
やはり、抜けている……かもしれない。
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「あ、あの……皆さんっ! ナリア様は負傷されてますし、早く戻りませんか?」
提案したルーネの声に、一同は引き上げる準備を始める。
シグネだけは変わらずに、ダグマとバグザンの気配に警戒している様に見えるが……。
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「奴等、帰還する様だぞ? 良いのか、ダグマ?」
「構わないさ。 勇者を除いた五人の女……その誰か一人の肉体は、魔王閣下の新たな依り代となるのだ。 覚醒なさるまでの時間、我々は動くべきではない」
「うむ……そうだな」
四天王である二人は結界から、玉座の間を後にする勇者一行を眺めているだけであった。
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ダグマとバグザンが潜んでいる場所の遥か上空。
雲一つない青空の中。
二人は勿論の事、シグネでさえも感知出来ない位置。
そこには、一枚の絨毯が浮遊している。
当然、強力な結界を張っているので看破するのは不可能な状態。
その絨毯の上に座って、水晶球を覗き込む人物が居た。
「やっぱ糞親父の呪いを解除したの、正解だったぁ! んもう、マジでカッコイイよぉ……クレイ様ぁっ!」
若い女の声であった。
その声の主、歳の頃は13〜4歳に見える。
あどけなさが未だに残った可愛らしい顔立ちには、透き通る様な金髪をツインテールに結わえた髪型が良く似合っている。
「あん、クレイ様ったら……やっぱり普通に喋る姿の方が素敵ぃっ! んもう、早くマノンも直接に会いたぁぁい!」
絨毯の上で身体をクネクネさせながら、マノンは水晶球に映るクレイの姿を、まるで舐める様に熱く見つめていた……。
また変なの出ました/(^o^)\




