聖女、勇者を平手打ち
昼食を済ませた俺は、そのまま大聖堂へと足を運ぶ。
中に入ると、予想以上に混雑していた。
聖女と勇者が出逢う瞬間を見ようと、沢山の巡礼者と観光客がごった返している。
聖女ナリアの元へと向かう前に、先に呪いを解除して貰わなければならない。
案内所を見つけ、そこで用件を伝え……られない。
「如何されましたか?」
受付嬢に向かって、俺は身振り手振りで喋る事が出来ないジェスチャーを懸命に行う。
「ああ、言葉が話せない方でしたか……。 これは失礼致しました。 では、こちらの用紙にご用件を記入なさって下さいね」
胸を撫で下ろしながら、受付嬢が差し出した用紙を貰う。
氏名、出身地、用件、そしてお布施の金額か……。
ま、仕方がない事だが、地獄の沙汰も金次第……って事だろう。
気を取り直しながら、受付カウンターの脇に置いてあった筆を手に取る。
氏名:おっぱい
出身地:おっぱい
用件:おっぱい
何だこれは…………!?
寄付金:おっぱい
まさか、俺が書く「字」までもが……全て「おっぱい」になっているではないか!?
ガナガの呪いは、まさに完璧だった……!
俺から完全に意思疎通を図る術を奪い去ったのだ。
「記入は終わりましたか?」
茫然と立ち尽くしていた俺に、受付嬢が声を掛ける。
俺はひたすら首を横に振るしか出来ない。
「あの、早くして頂けませんか? 後ろにお待ちの方もいらっしゃいますので……」
果たして、いったいどうすれば良いのか?
呪いを解除して貰いたいと、何とかして伝えなければならない。
「兄ちゃん、早くしろよぉ」
俺が受付を済ませられず、後ろに並ぶ者が急かし始める。
その後ろに並ぶ人々までも、ざわつき始めてしまう。
「何の騒ぎかね?」
騒ぎを聞きつけたのか、鎧を纏った者……おそらくは聖騎士だと思われる男がやって来た。
「この人が受付を済ませてくれないんですよ!」
「ふむ……。 君、用紙は記入したのだろう?」
聖騎士の男は、俺が手にしていた記入済みの用紙を取り上げる。
そして、俺が書いた文字を見た……。
「君は……ふざけているのかね? この神聖な場所で……」
説教を始めようとする聖騎士の男に、俺は懸命に首を横に振った。
その光景に、更に人々はざわつきを増してゆく。
「とにかく、後ろの方に順番を譲りたまえ。 下らない悪戯に付き合う程、我々も暇ではないのだよ」
必死に首を振り、懸命にジェスチャーするが、これが呪いであるとは伝わらない。
と、その時であった。
「どうかなされましたか?」
俺と聖騎士の男に割り込む様に、一人の女性がやって来た。
「これは……ナリア様! 実はですね、この者が……」
彼女が、聖女ナリア……!
透き通る様な白い肌、まるで女神像の様な美貌を彩る金髪を結い結び、純白の礼装を身に纏っている。
未だ17〜8歳にしか見えない可憐な少女だ。
聖騎士の男から用紙を見せられると、ナリアは困惑した表情を見せた。
「貴方には……何か困った事があるのですか?」
それでも俺を見つめながら、そう訊ねるナリア。
俺はコクコクと縦に頷く。
「神の御前です。 きちんと口に出して意思を語って頂きたく思います」
俺はフルフルと首を横に振る。
「もしかしましたら、貴方は喋れないのですか?」
喋れない訳ではない。
喋る言葉が全て「おっぱい」になってしまう。
それを伝えたいだけなのだ。
「何をおっしゃっても構いません。 私に声を聞かせて頂けませんか」
憂い顔で俺の瞳を覗く聖女ナリア。
「……おっぱい」
しまった!?
思わず声を出してしまった。
「あの……今、何と申されました?」
「…………おっぱい、おっぱい」
涙目になりながら、首を横に振るいながら、俺はそう口にした。
聖女と呼ばれる程の彼女ならば、きっと呪いに気が点いてくれるかもしれない。
そんな期待を寄せながら……。
パシンッ!
頬に痛みが走り、俺はナリアに平手打ちされていた。