三馬鹿、ざまぁ
その足音に振り向くサラ、ティア、そしてルーネ。
足音の主、その人物こそ……。
サラの義弟であり婚約者。
ティアを娼婦から解放した心優しい幼馴染。
そしてルーネが会う事を夢見ていた人物。
それは紛れもなく勇者クレイ、その人であった。
「クレイ……」
「クー君……」
「勇者様……」
三者三様に、三人の口から発せられた言葉。
「やっぱりクレイは来てくれたんだ……! 私を助けるために……!」
最初に動いたのは義姉であるサラ。
一人で勝手に感極まり、クレイの元へと駆け走って行く。
「私の為に来てくれたんだよね……クレイ!」
勢いのまま、クレイの腕に抱きついたサラ。
「止めてくれないか、サラさん……」
「え……?」
クレイが普通に会話をしている……。
おっぱいとしか喋れない筈のクレイが今、確かに普通に喋っていた……!
しかし、そんな事よりもサラにとって衝撃は別の所にあった。
長年に渡って呼ばれていた『サラ姉』ではなく、クレイが彼女に対して口にしたのは『サラさん』であったのだ。
その余所余所しい呼び方に、サラは唖然とするしかない。
「ク、クレイ……? 私に『さん』付けなんて……そんな……」
「だって、もう他人だろ? 婚約だって破棄したんだし、家からも出て行けって言ったの覚えてる? 俺との家族の縁も切ったんだよ、サラさん自身で……ね?」
「ち、違うのっ……私はずっとクレイが心配で……」
「は? 何言ってんだ……? 散々と罵ったくせに、今更勝手な事を言わないでくれるかな?」
そう言いながら、クレイはサラを引き離す。
死んだ魚の様な目になったサラは、何も返せずに立ち竦む。
次に動いたのはティア。
「ちゃんと喋れる様になったんだね、クー君?」
サラを引き離したクレイに歩み寄ると、はにかみながらクレイに訊ねる。
「ああ、お陰様で……」
「良かったぁ! あ、アタシね、やっぱりクー君の事が……」
「じゃ、彼氏さんと仲良くね」
「え、クー君……? あの、アタシ……」
殆ど相手にされる事もなく、ティアは一瞥されただけ。
町で出会った頃の心優しいクレイの面影は、そこには全く感じられなかった。
動かない木偶の坊と化したサラとティアを置き去りにしたまま、ナリアを介抱するルーネとシグネに向かって歩き出すクレイ。
(この方が勇者様……! か、格好良いかも! ど、どうしよう、私……遂に運命の男性と……!)
憧れの勇者と目が合い、ドキドキしてしまうルーネ。
そんなルーネにクレイが投げ掛けた言葉。
「アンタさ、漏らしたの? 小便臭いよ?」
「は、はい……。 あの、ごめん……なさい……」
こうしてルーネの恋は、一瞬で儚く散った。
「シグネ、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫。 私は何ともないわ」
シグネの身を真っ先に案じ、その肩を優しく抱くクレイ。
微笑み合う仲睦まじい二人の姿を、三人は茫然と眺めるだけであった。
(その女……いったい何なの……? 私のクレイと親しくして……!?)
シグネに対し、嫉妬の炎を燃やし始めたサラ。
自分がクレイを傷つけた事を謝罪しようともせず、今は新たな恋敵に対する怒りだけが彼女を支配する。
(クー君に……嫌われちゃったの、アタシ……?)
あれだけ好意を寄せてくれていたクレイに拒絶され、ショックを受けたティア。
このままでは自分ではなく、あのダークエルフに横取りされてしまうかもしれない。
托卵計画が頓挫してしまう気配を感じざるを得ない。
(あはは! 私、小便臭いだって……はははっ……)
既に、心此処に在らずといった感じのルーネ。
聖騎士見習いの少女が、密かに心に描いていたビジョン。
それは粉々に砕け散っていた。
そんな様々な思惑が交錯する中……。
「ううっ……私……いったい……」
介抱されていたナリアの意識が戻った。




