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先生の温度。

仲村さんと駅前で別れて、普通電車に乗った。

電車に揺られながら問題集を開いて、松山先生の解説文をひとつひとつ読んだ。

先生は、私の間違いの傾向まで理解していて、私がわかりやすいように、細かい説明も加えてくれていた。


何度読み返しても、胸が締め付けられる。


嬉しさと


せつなさと


松山先生の、親身な想いが伝わって




電車を降りて、夕暮れでオレンジ色になった駅のホームのベンチに座る。

携帯電話を開いて、新規メールを作る。


何て・・・書こうかな


いつもなら、せんちゃんに聞いたりして助けてもらってる。

でも、せんちゃんにばかり頼ってちゃいけない。

自分で考えて、自分の判断で、自分の言葉で、松山先生にメールをしよう。

今、思っていることを、素直な気持ちで。


『松山先生、お久しぶりです。ずっと、連絡せずにすみません。


今、東京に行かれてるそうですね。


問題集の採点と解説、ありがとうございます。


また、クリニックへ行ってもいいですか?』


送信ボタンを押す指が震えた。


これが精一杯だった。


本当は、「会いたいです」とか、言ってみたい。


でも、さすがにそこまでは書けなかった。


人のいなくなったホームの階段を上る。


なんとなく、足取りが軽くなった気がした。


返事はいつ来るだろう。


学会って言ってたし


忙しいかもしれないな・・・。








夕食を終えて部屋に戻ると、机の上の携帯電話がピカピカ光っている。

部屋の電気を点けるのも忘れて、電話に跳び付く。

開くとそこには、着信メール有り。


先生!?


ドキドキしながら、受信BOXを開く。

『20:10 From:松山先生


 きいちゃん、こんばんは。』



松山・・・先生・・・っ



『久しぶりだね。元気にしてるかな。』



ー・・・



『今、電話しても、大丈夫?』



えっ!?


うそっ!?


電話??


今、何時!?


慌てて携帯電話を待ち受け画面に戻す。


20:25


15分前!


どうしよう・・・電話


先生、まだ・・・待ってるかな


先生と話したい・・・


電話・・・


電話してみよう・・・!


返事が来たら、電話するって、決めてたんだからっ・・・



松山先生の番号を出し、発信ボタンを・・・


押した。


トゥルルルルル♪


ドキン・・・


トゥルルルルル♪


ドキン・・・


暗い部屋で、呼出音が耳元で響く。


トゥルルルルル♪


緊張で、電話を持つ手が冷たくなる。


トゥルルルルル♪


先生・・・


トゥルルルルル♪


先生・・・


トゥルルルルル♪


松山先生・・・!


トゥルッ・・・カチャ


ー・・・!!


『ー・・・もしもし』


ー・・・先生・・・


「・・・・」

『・・・・もしもし?・・・きいちゃん?』

「ーっ・・・先生・・」

『うん、きいちゃん?』

「・・・・はい・・」


松山先生の 声だ


『ー・・ハハッ、きいちゃん、久しぶり』

「・・・はい」

『元気?』

「・・・はい」



ー・・・どうしよう


泣きそう



『電話してきてくれたんだね』

「ー・・・はい」

『ありがとう』

「・・・いえ」

『ススッ』


先生が笑う時の、ススッという鼻の音


先生は東京にいるのに、すぐ隣にいるみたいに感じた


「先生・・・」

『うん?』

「あの・・・先生は・・・お元気ですか?」

『うん、元気だよ。きいちゃんは、勉強どう?』

「ー・・・す、数学が・・・」

『うん』

「担任に聞いても・・・わからなくてっ・・・」


まずい


涙声になってきた


『うん』


泣いてるって


「だから先生に・・・教えてもらいたいところが・・・あって」


先生に気づかれる


『そっか。』

「ー・・はいっ・・・グスッ」


あっ


鼻すすっちゃったよぉ


『金曜には戻るから』

「ー・・・」

『土曜日、いつもの時間においで?』

「ー・・・はいっ」

『うん。・・・ススッ・・泣かないで?きいちゃん』


優しい 先生の声


「ー・・・・」


ますます 泣けてくる


『大丈夫だよ。僕がちゃんと教えてあげるから。』


ー・・・先生


「ー・・はい」

『ハハッ、泣いたらせっかくのカワイイ顔が台無しだよ?』

「ー・・ハハ」

メガネとの間に指を入れて、涙を拭う。

『あ、問題集の解説で、わからないところはなかった?』

「あ、ハイ、すごくわかりやすかったです。」

『そっか。それはよかった。』

「・・・ありがとうございます・・先生」

『うん。どういたしましてっ』

「ー・・・」

『あ、じゃあ土曜日にね?』

「ー・・はい」

『おやすみ。きいちゃん。』

「・・・おやすみなさい。」


電話を切っても


携帯電話を手放せず


暗い部屋で座り込んで


耳に残る


先生の声ひとつひとつを


たどっていた



早く・・・



先生に会いたい。










−翌日−

「ほらね。これでもう確実よ!」

昼休み、せんちゃんがお弁当のチキンボールをフォークに刺し、私に向けて言った。

「は?・・くれるの?チキンボール」

「ちがう!松山センセ、きいのことが好きなのよ!」

「またその話か・・・」

「なによ、あんたの方からしてきたんじゃない。」

「いや、一応、報告をと思って。」

「あの仲村って人も、先生がきいの話をするようになったって言ってたんでしょ?」

「ー・・・うん」

「先生がきいに連絡してこなかったのも、上原とのことをきいに見られたのがショックだったのよ、きっと!」

「ー・・・せんちゃん」

「ん?」

「すごい想像力だね」

「想像じゃないわよ。これは推測よっ」

「ー・・・同じだよ」

「・・・・」

「・・・・」

「ゴホン、とにかくねえ。きい、ここはもう思い切って行くしかないわよ。」

「・・・何を?」

「松山センセに告白すんのよ。」

「ぶふっ」

驚きのあまり、吹き出してしまった。

「ちょっとお、ご飯粒飛んだわよっ」

「ご、ごめ・・」

「はい、お茶」

せんちゃんに渡されたペットボトルのお茶を飲む。

「ハァ・・・」

「んん〜〜、きいにはやっぱ無理かなあ〜」

「こっ、告白なんて出来るわけない・・・」

「でもー・・・」

「・・・」

「気持ちをちゃんと伝えないと、恋人にはなれないのよ?」

せんちゃんが、真剣に私を見て話す。

「ー・・・」

「誰だって一度は、勇気を出して、告白してるものなのよ。」

「ー・・・うん」


せんちゃんの言うとおり。


本当はもっともっと


勇気を出さなくちゃいけない。


「きい、松山センセと出会ってから、ずいぶん変わったし。」

「変わった?」

「うん。」

「どんなふうに?」

「恋してるから、可愛くなった。」


うそ・・・


「ホント?本当にそう見える?」

「うん。松山センセが、きいのことかわいいって言うのも、絶対に嘘じゃないと思う。」

「ー・・・」

「自信持って、気持ち伝えなきゃ。」


せんちゃんが、微笑んだ。


「ー・・・」

「まあ、メガネは相変わらずダサいけどね〜」

「もうっうるさいなっ」

ザクッ

せんちゃんのお弁当に残っていたチキンボールを奪った。

パクリ

「ああーっ!!」

「もぐもぐもぐもぐ」

「ちょっと!なにやってんのよあんたっ!」

「せんちゃんがダサいダサい言うから」

「〜〜〜あんた、覚えときなさいよ!」

「ふふんだ」










いよいよ、土曜日がやってきた。

松山先生に会える。

実質的には、3週間ぶり・・・。

なんだか朝から落ち着かなかった。

ソワソワして、何度も時計を見た。

やっぱりもう少し、数学の問題を解いておこうと机に向ってみたが、頭が全く働かなかった。


クリニックのビルには、18時半ちょうどに着いた。

そしてやっぱり、いつもの制服で来た。

メガネで、おさげ。

これが、私らしさ。

素直になるには、自分らしいのが一番だと思った。


深呼吸をして、扉を開けた。


受付の照明は点いていたが、相変わらず誰もいない。

「こんにちはー・・・」

パタンと奥からドア音がして、足音が近づいてくる。


ドキン・・・


「きいちゃん」


グレーのシャツに、黒のネクタイ。

袖を肘まで捲くった長い白衣。

スラリと背の高い松山先生。


柔和な笑顔で、そこに立っている。


今日はまだ、白衣のままなんだ。



ああ・・・



私は心底



この先生に会いたかったんだ。



先生に会えたことが嬉しくて



胸がキュッと締め付けられる。




「ー・・・こんばんは」

「うん・・・あ、中においでよ?」

先生は、右手の親指を背後に向けた。

「ハイ」

診療室のドアから中に入る。

先生の後ろ姿を懐かしく感じながら、ミーティングルームに向かう。

「・・・あの、今日は、仲村さんは・・・」

「ああ、今、駅前の銀行のATMに行ってるよ。すぐ戻ると思う。」

「そうですか」

「ん?仲村に何か用事?」

「あ、ハイ、あの、この前、問題集を届けてく下さったので、お礼を言おうと思ったんです。」

「ああ〜、ハハッ、そっか。」

先生は少し笑いながら、ミーティングルームのドアを開け、私を中へ促す。

「どうぞ」

「失礼します」

久しぶりに入った、クリニックのミーティングルーム。

長机も椅子も、ホワイトボードも、特に何も変わっていない。

持っていた鞄を、いつも座る場所に置くと、松山先生が私のすぐ横に立った。

私の方を向いて。


思わず、先生の顔を見上げる。


本当に、背が高い。


先生は真っ直ぐに、私を見ている。


ドキン・・・


「きいちゃん」

「ー・・はい」


先生・・・?


「勉強を始める前に、謝っとく。」

「え」

ドキン・・・ドキン・・・


そんなに見つめられると・・・目が・・逸らせない・・・


「本来なら、大人である僕の方から、きいちゃんに連絡すべきだったのに、結果的に、きいちゃんにさせるようなカタチになってしまって、本当にごめん。」


「ー・・・いえ、そんな」


あまりに見つめられて、思わず下を向く。


あ・・・、メガネがズリ落ちてきた・・・


「あの日、きいちゃんに変なところを見せてしまったことも、悪かったと思ってる。」


ー・・・上原先生との・・ことだ・・・


「ー・・・」

「仲村から・・・聞いた?」

「ー・・・」

「僕と・・・上原さんのこと・・・」

「ー・・・」

先生の顔を見られないまま、コクコクと、2回頷いた。


メガネが、さらに、ズリ落ちる・・・


「そっか・・・。」

先生は、ため息混じりに言った。

「・・・・」


何を言えばいいのかわからない。


「どうして、メールくれる気になったの?」

私の顔を覗き込むように、先生は尋ねる。

「あ・・・、仲村さんに、松山先生が待ってるって・・・言われて」

「ああ・・ハハッ」

「す、すねてるのは、ガキのすることだって言われて・・・」

「ー・・・」

「私っ」


ー!!


先生が、私の右腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。


カシャンッと音を立てて、私のメガネは床に落ちる。


視界がぼやける。


クリニックの強烈なにおいが鼻を抜ける。


先生のシャツとネクタイが、左の頬に当たる。


目の前に広がる先生の白衣と、その襟元。


先生の力強い腕の感触を、肩と背中に感じる。


先生の鼓動が全身に伝わる。


それは


ドキンドキンと強く波打つ、私の鼓動と重なる。



「ー・・・」


「会いたかった」



先生の声は


今までにないほど近く


今までにないほど低い音で


耳元に囁かれる。



何が・・・起こってるんだろう・・・



「この3週間、きいちゃんに会いたくてたまらなかった」


「あの」


先生?


「会えないことで気づいたんだ」


「・・・・」


「僕はきいちゃんに惹かれてる」


ー・・・先生


「どうしようもなく・・・惹かれてる」


「・・・せんせ」


どうしよう


私・・・


床に落ちたメガネが、ぼんやりと視界に入る。


「あの私・・・」


メガネを拾おうと、先生から少し離れようとする。


でも


先生はグッと、両腕を掴む。



メガネが 取れない



「あの・・・先生、私、メガネがないと見えな」

「どこなら見える?」

「え?」


見上げても、先生の顔はぼやけてる


「どこまで近づけば・・・見える?」


それでも真っ直ぐに、私を見ているのはわかる


「ー・・・」

「どこ?」


先生の顔が・・・近づいてくる


ドキン・・・


「ー・・・」

「きいちゃん」


先生の顔が はっきりとクリアになる


「せん・・せ」


先生が私の顔に手を添えた



先生の唇が



私の唇に触れた




あたたかい



どこか



心地よい



ドキン ドキンという胸の音が



唇を通して



先生に伝わっていく




閉じられた



先生の瞼



私もゆっくり



目を閉じた




生まれて初めてのキスは



強烈なクリニックのにおいと



先生の温もりに



満ちていた











先生がそっと唇を解放する



先生の吐息を肌で感じる



信じられない気持ちと



あふれそうな喜びと



どうしたらいいのかわからなくて



我に返る



顔が 熱くなっていく



うつむいている私を



先生は優しく抱きしめた



「ー・・・ごめん」

「ー・・・」

「ー・・・驚いた?」

「ー・・・」

先生の腕の中で、コクコクと頷くことしかできない

「最初にきいちゃんと勉強する時に、二人でいることは世間的にまずいとか言っておいて・・・結局は一番まずいことになってる・・・」

「ー・・・」

耳元で、先生は続けた。

「きいちゃん・・・」

「・・・はい」

やっと、小さく声が出た。

「間もなく三十路になろうとしてる僕が・・・、高校生のきいちゃんにこんなこと・・・本当はしちゃいけないんだろうけど」

先生の胸の中も、ドキドキしてるのが聞こえる。


「ー・・・僕のそばにいてくれる?」


ドクッ・・・


ああ


好きな人と


気持ちが通じ合う瞬間て


こんななんだ



緊張と不安ばかりの鼓動が


安心と希望の鼓動に変わってく



右手でキュッと、先生の背中の白衣を掴む



先生の胸で、コクンと頷く



抱きしめる腕に力を込めて



先生が言った



「大切にする」





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