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先生の過去。

深夜1時。

ベッドの中で、開いた携帯電話を片手に、眠れないままぼんやりしていた。

あのあと、家に帰り着いてから携帯電話を見ると、松山先生からの着信とメールがあった。


『きいちゃん、一人で帰らせたりしてごめん。連絡ください。』


短い文章なのに、何度も何度も読み返していた。

メールの返信はまだしていない。

今も、上原先生や他の同級生の人たちと一緒かもしれない、そう考えると、電話も掛ける気になれなかった。

ベッドに入る前にせんちゃんに電話したら、ひどく叱られた。


「松山先生は、上原の誘いを断ってたんでしょ」

「なんで、一人で帰ったりしたの」

「上原の思うツボじゃない」

「松山先生はあんたと食事したかったはず」

「バカなんだから!!」


そう言って、せんちゃんは電話を切った。

だいぶ、怒ってた。

多分、せんちゃんが言ってることが正しい。

あの状況に戸惑って、浮いてる自分に耐えられなくて、帰った私が悪いんだ。

松山先生は、私を引き留めようとしてくれていたのに。

でも

あの空気が嫌だった。

上原先生の、あの、どこか見下したような視線も、

一緒にいた女性たちの、冷やかな笑い声も。

松山先生に近づいてくる女性は、

私以外にもたくさんいることを、思い知らされた。






−翌朝−

玄関で靴を履こうとしていると、ピンポーン♪というインターホンが鳴った。

「はーい??」

ドアに向かって返事をする。

母親がキッチンから、「あら、どなたー??」と声を上げる。

「あ、いいよー、お母さん、私が出るから。」

キッチンに向かって返し、玄関の鍵を開ける。


誰だろう、こんな、朝早く・・・


「はい?」

ドアを開けると、そこには、制服を着た神妙な面持ちのせんちゃんが立っていた。

「あっ!せんちゃん?」

「ー・・おはよ」

「えっ、どうしたの?」

「昨日のこと、早く謝りたくて、学校行く前に寄ってみたの。」

「わざわざ?」

「ー・・・言い過ぎたと思って」

悲しそうな顔をするせんちゃん。

なんだか、せんちゃんらしくない。

「あ、あの、とにかく学校行こう!お母さん、いってきまーす!」

そそくさと玄関を閉めて、せんちゃんと駅へ向かう。

無言のせんちゃんに、私から口を開く。

「せんちゃん、何時に家出たの?」

せんちゃんちは、うちから電車で30分も離れている上、うちに寄れば学校まではかなり遠回りをすることになる。

「6時過ぎ。昨日、きいにあんなこと言って電話切っちゃったから、ずっと気になってて」

「そんな、せんちゃんが怒るの当然だよ。せっかくチケットくれたり、服も貸してくれたのに、私が先生とのデート、途中でダメにしたんだもん。」

「違うの。」

「え?」

「違うのよ。あんたに怒ったんじゃないのよ。」

「え。じゃあ・・・」

「その、上原って女のやり方が頭にきたのよ。せっかくのきいと先生の初デートだったのに邪魔してくれて・・・」

「ー・・せんちゃん」

「きいが戸惑うのは当然よ。男とデートするの初めてなのに、そんな状況になってたなんて・・・」


せんちゃんはやっぱり、私の強い味方だ


「ありがと、せんちゃん」

「ー・・なに、お礼なんか言ってんのよ」

「ふふ」

せんちゃんは照れくさそうに、目を逸らした。

「で、松山先生には?」

「ん?・・・まだ、連絡してない」

「そう・・・。でも、先生、きいからの連絡、待ってると思うよ?」

「・・・うん」

「メールでいいから、送ってみたら?」

せんちゃんが優しい口調で言う。

せんちゃんが言うと、不思議とそれができる気がする。

せんちゃんは私に、元気と勇気をくれる。

いつだって私を、支えてくれる。


こんなにいい友達を持った私は、きっと幸せ者だと思う。


「わかったっ!松山先生にメールするっ!」

「ー・・・っ、よし!よく言った!きい」

やっと、いつものせんちゃんになった。


それより


「なんて送ったらいいかな?」

「え?ああ、んー、そうねぇ」

「ー・・・」

「んー・・・今週の土曜は行くの?クリニック」

「あ、まだ行くって言ってない。いつも、前の週に、先生の都合聞いてから決めてるし」

「じゃあ、それよ。今週も、数学見てもらえま・す・か?・・・って」


言い方がいやらしい


「なんで・・・そんな色っぽく言う必要があるの?」

「だって、あんた全然色気ないじゃない」

「せんちゃんの言う色気って何??なんかやらしいよっ?」

「はああ〜??色気が何かもわかってない。きいはまだまだ、メガネのお子様ね。」

「メガネ関係ないじゃん・・・。自分だってまだ未成年のくせに。いーの、私は別に。」

「いいのお〜??お色気たっぷりの上原がライバルなのにい」

「うっ・・」

「ふふんっ。まあ、でも、若さでは、きいの圧勝だから。これだけは上原だって、あんたには勝てないわよ。」

「褒められてるのか、貶されてるのか・・・」

「いいから早くメール!!」

「あっ、ハイッ」


『先生、昨日はありがとうございました。楽しかったです。今週の土曜日は、勉強できますか?』


ドキドキしながら送信ボタンを押した。

朝8時前のメール。

あまりに早すぎて失礼かなと思ったのに。返事がすぐに送られてきた。


『おはよう、きいちゃん。もちろん。土曜日、クリニックへおいで』


まるで


待っていたとでも言うように。






平日は、学校が終わると真っ先に家に帰って、机に向かった。

土曜日まで、なるべくたくさん問題を解いておこうと思った。

気がつけば、問題集は3冊目に入っていた。

専門学校の入試に、そこまで強化することもないように思えたが、そうせずにはいられなかった。


たくさん勉強したと思われたい。


頑張っていると思われたい。


先生に褒めてもらいたい。


歯科衛生士になるために努力している自分を、


松山先生に見てもらいたい。


それが


今の自分にできること。


松山先生に近づけるように。


これからもずっと


松山先生のそばにいたいから。






−土曜日−

いつも通り制服に着替えて、クリニックに間に合うように家を出た。

11月は、17時を過ぎるとすっかり日が落ち、暗くなるのも早い。

しかも今日は、あいにくの雨。

駅に着くと、雨のせいなのかダイヤに乱れが出ていて、クリニックのあるビルに着いたのは19時近かった。


少し遅くなっちゃったな・・・


鞄から、この一週間頑張った問題集を取り出した。


頑張った証・・・


うんっ、よしっ


いつも通り、深呼吸。

問題集を手に、クリニックの扉を開けた。

受付には誰もいない。

中に足を一歩進めると、奥から女性の声が響いた。


『今日も来るんでしょう?あのコ』


ドキッ・・・


上原先生の声だ。


扉を半開きにしたまま、足が止まる。


あのコって・・・私のこと?


「ああ、来ますよ。」

それに応える、素っ気ない松山先生の声。

『じゃあ、私もここに居るわ』

「はあ?」

『だって、院内に女子高生と2人きりなんて良くないじゃない』


ドキン・・・ドキン・・・


「それなら、仲村が技工室にいますんで、ご心配なく。」

『私が知らない間に、真一がこんなことしてたなんてね。どういうつもり?』

「どういうって、なにがですか?」

『女子高生相手に勉強教えたり、デートまでして』

「いけませんか」

『当たり前でしょう?あなたには、歯科医としての立場があるじゃない。いい大人が、高校生相手にこんなことして、恥ずかしいと思わないの?』

「思いませんね。第一、あなたには関係のないことです。とやかく言われたくない。」


ドキン・・・ドキン・・・


冷酷ささえ感じさせる、松山先生のセリフ。

間違いなく、上原先生は、私のことで怒っている。


どうしよう・・・


この会話・・・このまま聞いてていいんだろうか


でも・・足が動かな・・・


「ヨッ」

突然、背後から肩を叩かれ振り返る。

「仲村さん」

缶ジュースを3本持った仲村さんが立っていた。

「どうしたの?入んないの?」

「あっ、いえ、あの」

仲村さんが中へ入っていく。

「あっ!仲村さん、そっちは・・・」

仲村さんを止めようと後を追って奥へ進むと、急に立ち止まった仲村さんの背中にぶつかった。


そしてそれは、ズレたメガネを通して視界に入る。


ズキン・・・


痛みを伴う鼓動が、胸を貫く。


仲村さんも、驚きのあまり、声を失っている。


目を背けたい光景。


なのに


目を逸らせない。


クリニックの奥


仲村さん越しに見えた。


松山先生の背中に


ぴたりと寄り添う


上原先生・・・



白衣と白衣が重なり合う



息が苦しい



松山先生の表情は見えない



『真一、どうしてそんなに冷たいのよ』

「ー・・・」


ズキン・・・ズキン・・・


「離れてくれませんか」

『・・・・・』

「僕とあなたは、今更何の関係もない」

『でもっ・・・私の気持ちには気づいてるんでしょう?この前レストランにいたのも、偶然じゃないのよ。』


ズキン・・・ズキン・・・


『私、真一のデスクのメモを見たの。あの店の予約の・・・。あの店に、まさか男友達と来るわけない。絶対に・・・女が一緒だと思った。でもまさか』


「いいかげんにしてくれ!」


ビクッ・・・


仲村さんも、私と同じように驚いていた。


初めて聞く、松山先生の怒鳴り声。


これ以上、聞いてはいけないような気がした。


「仲村さん、私、今日は帰りますね」

「えっ」


ズキン・・・ズキン・・・


「じゃあ・・・」

「あ、ちょっ・・・」

バサバサッ


手にしていた問題集を、床に落としてしまった。


ああ・・最悪・・・


『あっ、やだ、仲村くん、いたの?』


焦ったような、上原先生の声。


受付の陰になっている私に、奥の二人は気づいていない。


ズキン・・・ズキン・・・


問題集を拾うのも忘れて、クリニックを出た。





冷たい雨の中を、駅に向かって走る。



傘も、クリニックの入口に忘れた。



二人の光景が



焼き付いて頭から離れない。



上原先生はやっぱり



松山先生が好きなんだ。




顔を濡らしているのは



雨なのか



涙なのか



胸の鼓動が



ひどく痛い。











11月も中旬になると、校庭の銀杏も鮮やかな黄色に変わり、風が吹けば、ハラハラと儚く散った。

教室の窓からそれを眺めながら、散ってゆく木の葉と自分を重ねた。


あの土曜日から、2週が過ぎた。

あれ以来、松山先生との連絡も途絶え、クリニックにも行っていない。

数学の勉強は一人でやった。

わからないところは担任に聞いてみたが、松山先生の教え方とは雲泥の差だった。

なんで迫じいが数学の教師に成り得たのか、聞けば聞くほどわからなくなった。

期末テストも間近に迫り、勉強に熱中していれば、余計なことは考えなくて済んだ。


松山先生のことも


松山先生を好きな自分も


上原先生のことも


これからのことも





「きい、英語のテスト範囲見た?」

「うん、廊下の掲示板に貼ってあったよ。」

校門に向かってせんちゃんと歩きながら、テスト範囲のメモを渡す。

受け取ったせんちゃんが、門を見て立ち止まる。

「何かあるのかな」

「え?」

門を出ていく他の生徒が、何かをじろじろ見ながら通り過ぎていく。

せんちゃんと手をつないで、ゆっくりと門へ向かう。

門の陰に、腕組みをした若い男性が立っている。

よく見れば、見覚えのある茶髪。

チェックの襟シャツにTシャツを重ね、白いショルダーバッグを横掛けている。

「仲村さん!?」

『おっ!やっと出てきたなっ』


なんで?


「な、何してるんですか?目立ってますよっ」

『えっ、そお?』

「きい、誰この人?」

せんちゃんが、仲村さんをジロジロ見ながら聞く。

「あ、歯科技工士の仲村さん」

「あー、いつもクリニックにいてくれる人〜」

『どうも』

仲村さんはせんちゃんにむかって首をクイと動かした。

「あの、どうかしたんですか?」

『あ、ちょっと話あってさ』

その瞬間、せんちゃんが私の前に出た。

「なんなんですかあ?おたくの松山先生に言っといてくださいよ!これ以上きいを傷つけるなら」

「せんちゃん!」

「なによ、だって!」

『・・・・・』

「いーから、先に行ってて。」

唖然とする仲村さんをよそに、せんちゃんの腕を引っ張り、背中を押す。

「わかったわよっ・・・」


一度振り返ったせんちゃんが遠のくのを確かめてから、仲村さんに謝った。

「すみません・・」

「ずいぶん、威勢のいいコだね。」

仲村さんは苦笑いしながら、せんちゃんを見送る。

「私を心配してくれてるんです。」

「いい友達だ。」

「はい・・・あのう、話って」

「ああ、歩きながらでいいよ。どうせ駅まで行くんだろ?」

「はい」

「ん」

せんちゃんから距離を置いて、仲村さんと歩く。

時々、駅方面に歩く他の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ているのがわかる。

「なんで、クリニック来ないの?」

「え?」

「もう、2週、来てないだろ?」

「ー・・・」

「上原と松山先生が話してるの、一緒に見た日以来だよな」

「ー・・・クリニックへ行く時は・・・前の週に先生と約束するんですけど・・・」

「連絡も取ってないんだろ?」

「・・・・」

「きいちゃんが連絡くれなくなったって、あの人言ってたよ。」


仲村さんにそんなこと言うんだ・・・


「ったく、ガキだよなあ」

「え」

「ガキだっつってんの」

「ガキって・・・」

「ガキだろ?顔も出さなきゃ連絡もよこさない。典型的な、ガキのやること。」


・・・グサッとくるなー・・・


「ー・・・」

「あの人さぁ、いつも君のこと待ってんだよ。土曜日。8時ぐらいまでさ」

「ー・・え?」

「きいちゃんが来るかもしれないってさ。ったく、毎週引き留められる俺の身にもなってよね??」


先生が、私を待ってる・・・?


「おーい、聞いてる?」

私の顔の前で、手をひらひらさせている。

「ー・・・どうして」

「さあねえ。それは自分で確かめたら?」

仲村さんは、まるで私を試すかのように眉を上げた。

「ー・・・」

「ふぅ・・・。すねるのは君の勝手だけどさぁ、このままでいいわけないことぐらいは、わかるだろ?」

「ー・・・はい」

「松山先生も、こんなガキの何がいいんだか」

「ー・・・」

「俺は女の子は好きだけど、ガキはごめんだね〜。こういうのが面倒くさい。」

「だったら・・」

「んー?」

「だったら、どうして来たんですか?」


面倒なら、どうして


「俺が知ってる限りのこと教えてやるよ。」

仲村さんは、私の前に立った。

「ー・・・」

「君が気にしてる、上原さ、松山先生と付き合ってたんだよ。大学時代。」


ズキン・・・


「ー・・・」

「いや、ここは傷つくとこじゃないだろ?松山先生はいい歳だし、過去に付き合ってた女ぐらいいて当然。いなかったら、逆にコワイだろ」

「ー・・・はあ」

「しかも、あの二人が大学の時って、君、小学生だし。」

「ー・・・」

うんうんうん・・・と、首で頷いた。

また、並んで歩き始める。

「でも、別れたんだよ。もう随分前に。」

「ー・・・」

「その原因っていうのが、上原に他に男が出来て、上原の方から、別れたいって言ったらしい。」

「え・・・」

「・・・・」

「松山先生が・・振られたってことですか・・・?」

「そう。いい度胸だよな上原も。あの松山先生振って、他の男に走るんだもんな。」


なんか・・・信じられないな・・・

でも、上原先生も、男性にはかなり人気ありそうなタイプだし・・・


「まあ、俺がクリニックに来る以前の話だからその程度だけど、俺が知る限り、その後、松山先生は、誰とも付き合ってない。」

「・・・・」

仲村さんを見る。

自信満々の表情。

「これは間違いないよ?うちのクリニックが、今の駅前に移転する前からあの人と働いてるけど、少なくとも3年は、誰とも付き合ってない。絶対。」

「はあ」

「人気あるくせに、この人は女に興味ねーのかって思うぐらい、仕事ばっかしてた人なんだ。」

「ー・・・」

「でも、水嶋さんがクリニックに来るようになって、あの人、よく、君の話をするようになってさ」


先生が・・・私の話を・・・


「今までほとんど、あの人の口から女の名前なんて出たことなかったんだよ?飲みに行っても、仕事の話ばっかでさぁ。」

「ー・・・どうして、仲村さんは」

「うん?」

「そんなに、松山先生のこと詳しいんですか?」

「え、だってあのクリニックで、あの人と一番仲いいの俺だもん。」

「あー」

「あーって、それだけかよ」

「あ」

「ん!?」

「なんで、上原先生のことは呼び捨てなんですか?」

「そこかい・・・。俺、アイツ嫌いだし」

「どうしてですか??年上だし、綺麗なのに」

「おとなしそうな顔して、そういうツッコミはすんのな。」

仲村さんが目を細める。

「せんちゃんに鍛えられてますから」

「ああー、あのコか。プライドの高い女も嫌なの。上原は審美歯科が専門で、うちと系列のクリニック掛け持ちしてっから、毎日来るわけじゃないんだけど。たまに来たかと思ったら、偉そうに俺の仕事にケチつけやがって・・・」

「・・ハハッ」

「ー・・・なんだ、笑ったじゃん」

「え?」

「ずっと沈んだ顔してたからさ」

「ー・・・」

「あの日、俺と君が、上原と松山先生が一緒のトコ見たのも、松山先生は知ってるから。」

「え」

「俺が言った。だから、松山先生の方からも、連絡し辛くなってんのかもな。」

「ー・・・」


駅前の大通りに入る所で、せんちゃんがこっちに向かって手を振っている。

先に帰るという意味だ。

せんちゃんに向かって、私も大きく手を振った。


せんちゃんが見えなくなったところで、仲村さんがまた話しだした。

「連絡して、会いに行けよ。ホントは君だって会いたいんだろ?」


会いたくないと言えば、嘘になる


「ー・・・はい」

「お?素直だねぇ。いつもそうならいいのにねー」

「ー・・・でも」

「ん?」

「今更どのタイミングで行けばいいのか・・・」

「昨日からさ、学会があって東京行ってんだよ、あの人。」

「東京」

「うん。でも、金曜には戻るって言ってたし。」

「・・・・」

「メールしてみろって」

「・・・・」

「そんで、今度の土曜日、クリニックに来いよ」

「・・・・」

「あの人、絶対待ってるからさ」

「ー・・・はい」

「うん」


仲村さんの「うん」は、松山先生の「うん」に、少し似てる。


大通りの手前で立ち止まる。

「それと、これ」

仲村さんはショルダーバッグから、あの日、私が落とした問題集を出した。

「あ・・・すみません」

問題集を受け取る。

「それ、添削済みだよ。」

「え?」

「松山先生が、間違ってるところは全部、解説付けてる。」


ー・・・そんな、うそ・・・


問題集をパラパラとめくる。


赤いボールペンで書かれた


先生の文字


 −式1をX軸方向に1、Y軸方向に3平行移動だから・・・


先生の数字


 −0≦α≦2の時、g(α)の最大値と最小値を求める・・・


くせのある、先生の記号


 −・・・だから、最小値は0になるんだ。


先生の口調そのままの


 −・・・ここはあくまで、0でない定数となっているからね。


声が聞こえてきそうな、解説文



「きいちゃんはよく頑張ってるって、言ってたよ。」

「ー・・・・・・」



先生っ・・・



ズキンズキンと胸が痛くて



先生の優しさが嬉しくて



泣けてきた。




「自信持てって。あの人と一番仲いい俺が、これだけ協力してやってんだからさ」

仲村さんはそう言って、私の背中をポンポンと叩いた。



その手に



背中を押してもらえた気がした。



仲村さんが言う通り



私がやってることは子供と同じ。



こんなんじゃきっと



ダメなんだ。



松山先生を好きなら



もっと



成長しなきゃだめなんだ。





会いたい



松山先生にすごく会いたい。



メールをしよう。



返事が来たら



電話をしよう。




そして



松山先生に



会いに行こう。




今度こそ



素直な自分で。



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