表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

先生への確信。

「きい」

「・・・」

「きい」

「・・・」

「きいってば!」

「ハッ」

「ちょっと大丈夫う?何ボサーッとしてんのよ。お昼食べよ?」

昼休み、気がつくと、せんちゃんが腕を組んで目の前に立っている。

「あれ、ボサーッとしてた?私」

「してたじゃない。何かあったの?」

「何かって?」

「だから、ボサーッと考えこんじゃうような何かよ」

「・・・」

「ね、何考えてたの?」

「・・・せんちゃん」

「ん?」

「せんちゃん、2年の時付き合ってた人って、確か年上だったよね?」

「うん。なんで?」

「え?」

「なんで、そんなこと聞くの?」

「いや、あの、別になんでもない。忘れて。ご飯♪ご飯♪」

「なによ、変なの」



昨日から、松山先生のことが頭から離れなくて困ってる。


たった一度、診てもらっただけの先生なのに。


昨日初めて会ったばかりなのに。


先生の顔


先生の声


先生の目


先生の笑顔


『気をつけてね。前見て歩いて』という言葉と共に


何度も何度も頭の中で・・・



右の頬の痛みは治まったのに


胸のドキドキは治まらない



「きい、誰か気になる人でもできた?」

「ゲホッ・・ゲホゲホ」

口に入れていた物が喉に詰まる。

「ー・・・」

「なっ、なにが!?何言ってんのせんちゃん」

慌ててペットボトルのお茶を飲む。

「昨日、彼氏作れって言ったからさ、早速誰かいい人見つけたのかなーと思って」

お弁当のウィンナーを食べながら、せんちゃんは細い疑りの目で私を見ている。

「そんな、言われてすぐ見つかるものじゃないでしょっ」

「年上なの?」

「はっ?」

「顔赤いよあんた」

「〜〜〜っ」

「あははっわっかりやすーい」


せんちゃんは鋭い。

ホントに敵わない。


「べっ別に、いい人とか、そんなの、まだわかんないし」

「誰なの?」

「・・・昨日・・・初めて会ったんだけどね・・・」

「うん」

「はっ・・・」

「は?」

「・・・歯医者の・・先生が・・その」

「ああ〜!」

せんちゃんがニヤリと笑った。

「・・・」

「そーか、そっちかあ!なるほどね。年上なわけだ。」

「んー・・・あ、でも、まだそんな風に思ってるわけじゃなくて」

「ふうーん?」

「ー・・・」

「気になるんだ?」

「・・・うん。昨日から、頭から離れなくて」

「へええ〜。つい昨日の放課後までは、男に全く興味を示さなかったコが、たった1日で、男のことで頭がいっぱいとはね〜」

「なんだか・・、気がついたら考えちゃってて」

「一目惚れだね。」

「いや、まだそんなんじゃ」

「頭から離れないんでしょ?その先生のことが」

「そうだけど」

「気になってるってことは、いいなって思ってるってことでしょ?」

「でも、たまたま担当の先生だっただけで、その・・・好きとか考えるのは、まだ早いかなって。しかも、すごく大人だし、相手にしてもらえるわけないよ」

「そんなことわかんないじゃない。」

「・・・・」


せんちゃんはいつも前向き。

何事も諦めないその性格に、いつも勇気づけられてる。

だから、彼氏もすぐに出来ちゃうのかな?


「どんな人?」

「んー・・背が高くて、髪は短めで、なんか優しくて・・・よく笑うというか」

「優しいのは患者だから当たり前かもしれないけどねぇ」

「うん・・・」

「名前は?」

「松山先生」

「年は?」

「わかんない。若いけど・・昨日会ったばかりでそんなことまでわかんないよ」

「あーまあね」


でも、今の私は彼氏がどうのこうの言ってる場合じゃない。

悩むべきは進路だ。

来月は早くも中間テスト・・・。

この前担任に呼び出された時も、中間テストまでに進路を決めておけって言われたし・・・。

んー・・・


「きい」

「・・・」

「きい!」

「ん?」

「ちょっとあんたね、今日は特にボサーッとする回数が多いよ?」

「だって、頭の中がパニックで。進路のこともあるし」

「ー・・・あ」

せんちゃんが、何か思いついたような顔をした。

「なに?」

「進路」

「え?」

「歯科系に進むっていうのは?」

「歯科・・・」

「うん。歯科衛生士の専門学校とか」

「ー・・・」


考えたことなかったけど、専門学校なら医療系に進みたいって思っていたし・・・


「次はいつなの?」

「何が?」

「歯医者さん☆」

「あ・・あさって」


ああ・・・だめだ。

松山先生の顔がまた蘇ってくるー・・・


「ふふふっ、いいなーきい。今すごくドキドキしてるでしょ?」

「ー・・・」

「次行った時に、その先生だけじゃなくて、衛生士さんの仕事も見学してくれば?」

「うん・・・」

「放課後、図書室行ってみようよ。大学とか専門学校のガイドブックいっぱいあるし。」

「うん、そうだね」



−放課後−

図書室でせんちゃんと進学ガイドを探す。

私の進路のために、親身になってくれるせんちゃん。

せんちゃんと友達になって、本当によかったと思う。

ちょっと・・・辛口なところはあるけど。

「医療・・医療医療・・・歯科歯科歯科・・・歯科衛生士!あったよ、きい。このページから」

「あ、うん」

せんちゃんに、分厚い進学ガイドを渡される。

「へえ〜、なになに、歯科衛生士国家試験受験資格取得・・・だってよ?歯科技工士?とかもあるね」

「うん・・・、一般入試の科目は国語と・・・げっ、数学って書いてあるっ」

「医療系だしねー」

「私、あんまり数学得意じゃない・・・」

「知ってる。5教科の中で一番点数取れてないよね」

「うん。数字に弱くて・・・」

「でも、まだ入試まで時間あるし、勉強すれば大丈夫よ!」

「うん。」

「じゃあ、その方向で進路決めていく?」

「んー。もう迷ってる時間もないし、今度歯医者さんに行って、親にも相談して決める。」

「ふふん」

「なに?」

「あんた絶対、歯科衛生士に決めると思うよ。」

「どうして?」

「だってぇ〜、資格取れば、その松山センセと一緒に働けちゃったりするのも、夢じゃなくなるよん」

ニヤニヤしながらせんちゃんが言う。

「別に私は、そんなつもりじゃ・・・」

「ふぅ〜ん」

「なによ、もうっ」

「次歯医者行く時、メガネ外して行きなよ。ダサいから」

「もおーっ、うるさい」


せんちゃんが言ってること、正直、全く考えてないわけじゃなかった。

資格取ったら、もしかしたら、今より少しは、先生に近づけるような・・・


え?


これじゃまるで、松山先生のことが本当に好きみたいじゃない!

まだ、一度しか会ったことないのに・・・。


ー・・・やっぱり、せんちゃんが言うとおり


一目惚れ・・・なのかなぁ・・・




初めてクリニックに行った日から3日。

3日なんて、あっという間。

右の頬の痛みはすっかり治まって、クリニックの扉の前に立っていた。


「すぅ・・・はぁー・・・」


ドキドキ


ドキドキ


だめだぁ。

深呼吸しても、ドキドキが止まらない。


扉を開ければ、松山先生に会えると思うと、胸の音は速くなるばかり。


よしっ・・・行きますっ



扉を開けて、クリニックへ入る。

歯医者さんのにおいが、鼻を抜ける。

待合室には誰も座っていない。

「こんにちは」

受付の女性のに声を掛けられるのと同時に、一瞬、診療室のドアへ目が行く。

「こんにちは。予約してます、水嶋です。」

そう言って、診察券を渡す。

「ハイ。お掛けになってお待ちください。」

言われるまま待合室のソファーに座り、呼吸を整える。

ドキドキを静める。

ドキドキを静め・・・


静まらないっ


あ〜〜ドキドキする

どうしよう

こんなんじゃ、絶対緊張してるってわかちゃうよ


「水嶋さん」

診療室のドアを開けて、私を呼んだのは松山先生じゃなかった。

白衣を着た、綺麗な女性。

「あ、はい」

「中へどうぞ」


あれ?

松山先生じゃないのかな


鞄を持って、中に入る。

待合室ではわからなかったが、治療を受けている患者さんは多かった。

あちらこちらで、先生と患者の会話や、治療している音が聞こえる。

半歩先を歩く白衣の女性に付いて行く。

今日は8番ブースに案内された。

「こちらへどうぞ」

「はい」

鞄を置いて、シートに座る。

「私、上原と言います。松山が只今、他の患者さんの治療に当たっているので、もうしばらくお待ちくださいね。」

「あ・・・はい」

そう言うと、上原先生は丁寧に、私にブルーのスタイを着け、治療の準備を始めた。

その姿を、なんとなく横目で追ってしまう。

私よりも背が高くて、スタイルもいい。

洗練されたメイク。

アップにまとめられた、綺麗な茶色い髪。



そっか。


松山先生の周りには、こんな女性が働いてるんだ。


そりゃあそうだよね。


私の知らない


大人の社会



上原先生を見ていると、さっきまでのドキドキがすぐに静まった。


冷めた・・・と言った方がいいかもしれない。



私は何をドキドキしてたんだろう。


私みたいな子供が


こんな大人の社会で働く松山先生に


ドキドキしたりして。


なんだか、ばかみたいに思えてきた。


私なんかが立ち入れるわけない。


何を勘違いしてたんだろ。


ホント・・・ばかみたい。



「松山が参りますので、お待ちくださいね。」

笑顔も素敵だ。

「はい・・・」

そう言うと、上原先生はブースを出て行った。



何やってんだろ・・・私



ぼんやり座っていると、足音が近づいて来る。



「おっこんにちはっ、水嶋きいちゃん!」



ドキンッ・・・


振り返ると、白衣の松山先生が、カルテを持ってブースに入って来た。



「ー・・・へっ?」



水嶋きいちゃん?



「ハハハッ。へって」



そう言いながら、先生は私の右隣に座る。


「あの・・・」

「僕の友達にもね、『みずしま』っているんだ。きいちゃんとは、『しま』の字が違うけどね。」


きいちゃん?


「はぁ・・・」

「友達は、普通の『島』の方。それで、水嶋さんって呼ぶの、ちょっと違和感があってね。」


だからっていきなり・・・


ドキドキドキドキ


しっ心臓に悪い・・・


「だから、水嶋さんじゃなくて、きいちゃんにしようかなと」


笑顔で、淡々と話す先生。

そのテンポに、ついて行けてない私。


「いいかな?」

「あ・・・はい・・・」

「うんっ」


今日はまだ、マスクをしていない。


マスクのない、先生の顔を初めて見た。


凛々しい眉と切れ長の目。


額からのびた高い鼻に、少しアヒルっぽい大きめの唇。


くっきりと形のいい喉仏の下に、ダークグレーのカッターシャツに黒のネクタイ。



カッコいい・・・



「その後、どうだった?」

カルテを見ながら先生が尋ねる。

「え?」

「ん?まだ痛むかな?」

「あ、いえ、あの、大丈夫です、もう・・・」

思わず、ずり落ちたメガネを押し上げる。


うっ・・・

動揺してるのが全面に出ちゃってる・・・


「そう?よかった」

優しく微笑む先生。

「じゃあ、ちょっとだけ。状態を見て、もう一度消毒しようね。」

「・・・はい」

先生が背後に回り、シートを倒す。

マスクを付けて、ライトを当てられる。

「はい、開けてねー・・・」


せっ先生の顔が・・・


近い


近い


近い


近いいっ


せんちゃんの言うとおり、メガネ外しとくべきだったかなっ・・・


うううっ〜


助けてえ〜〜




「ハイっ♪おしまい。口閉じていいよー」

ゆっくりと、シートが起こされる。

先生が、右隣に戻ってくる。

「炎症も治まってるし、大丈夫みたいだね。」

「はい」

「今、全体を見て思ったけど、きいちゃんは歯がすごくきれいだね。」

「え・・・」

「まあ、親不知に関しては抜いたほうがいいけど、それ以外はすごくきれいだと思うよ。」

「そう・・・ですか」

ドキドキドキドキ

「うん。他に、痛んだり気になるところがなければ、一応これでおしまい。」

「あ、はい・・・」


そっか・・・

もう、ここには来なくていいのか・・・


「あ、でもさ、親不知、抜く気になったらいつでも来てね♪」

「ぅ・・・」

先生は、明らかに私をからかう様に笑っている。

「ハハッ、おもしろいね、きいちゃん」


そんなに きいちゃん きちゃんて連呼されると・・・


松山先生にスタイを外してもらっていると、ブースの壁をノックする音がした。


コンコン

「失礼します。松山先生?」

振り向きはしなかったが、さっきの上原先生だと声でわかった。

「はい・・・」

松山先生がそれに応える。

小声で、私には何を話しているのかよく聞こえない。

「ぁーわかりました。じゃあ、こっち頼みます。」

そんな、松山先生の声がしたかと思ったら、先生が、シートに座る私の顔を覗き込んだ。


「じゃあね、きいちゃん。お大事に」


ドキッ・・・

マスク越しに笑って、ブースを出て行った。


ー・・・

もう、ドキドキの連続

声も出ない



「きいちゃん?」



そこにいた上原先生が、不思議そうに私に言った。

「あ・・なんだか、お知り合いに、同じ名字の方がいるそうで・・・」

「ああ、だから下の名前で呼んだのね。フフ」


鼻で笑ってる。

なんだか・・・

バカにされてるかんじ


帰ろう。


鞄を持って、ブースを出ようとすると、上原先生が私の進行を遮った。


私より、背が高い、


上からの目線。


「ごめんなさいね。松山先生って、誰にでもああなの。だから、気にしないで」

「ー・・・」


なんだろう


「待合室でお待ちください。お大事に。」

うっすら笑って

やっぱり、バカにされてる気がする。

この人見てると、気分が冷めてく。


診療室を出て、待合室のソファーに座った。

プラズマテレビの画面を見ながら、会計を待った。


もう、どこも悪くないし、ここに来る理由もない。


松山先生とも、もう会えないんだ


たったの2回会っただけだし


ドキドキしたり


カッコいいなと思ったりもしたけど


やっぱりこんなの


ちょっとした気の迷いなのかな


『きいちゃん』なんて呼ばれて


ちょっとだけ嬉しかった自分が


恥ずかしい



「水嶋さん」

受付に呼ばれて、会計を済ませる。

「お世話になりました。」

「お大事に。」

受付の女性に会釈して、クリニックを出た。



携帯を開いて、時間を見る。


18時か・・・。

18時10分の快速に乗れる。


会社や学校帰りの人でいっぱいの駅周辺。

ゆっくりと、駅構内に向かって歩く。


あーあ・・・

なんだったのかな

この4日間。

緊張したり、ドキドキしたり


ちょっと、のぼせてただけなのかな


ああ・・

なんか急に疲れが・・・



「きいちゃん!」


ー・・・


「きいちゃん!」


ー・・・は?私?


バタバタと走る足音が、後ろから近づいてくる。


「きいちゃんっ」


私の左肩を軽く掴んだのは


白衣のままの


松山先生・・・


ドキン


ドキン


「ー・・・」

「ああ、よかった!間に合って」

「は・・?あの」

「これ、忘れもの、きいちゃん」

先生は、診察券を差し出した。

「ああ!」

「受付のカウンターに置きっぱなしになっててさ、僕が見つけて持って来た」

「そうだったんですかっ。すみません・・・」

「うん。じゃあ、気をつけて帰ってね」

そう言うと、すぐにクリニックの方へ戻る先生


「あっ、ありがとうございましたっ・・・」


松山先生が振り向いた


「うん!またね!きいちゃん」


左手を高く挙げて、先生は走って行った


長い足で、颯爽と走る


白衣の裾が、風を切る


それを見ながら


私はすっかり放心状態。


おかげで快速電車も逃しちゃうし。





違う



のぼせてただけじゃない



松山先生に



一目惚れしてた



ねえ、せんちゃん



せんちゃんの言うとおり





松山先生が



好きみたいだよ



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ