すれ違う先生。
受験生の緊張感で充満している試験会場。
受験番号を確認して席に座り、松山先生からもらった御守をポケットから取り出す。
今朝も、先生からメールが来た。
『きいちゃんおはよう。緊張してると思うけど、落ち着いて。苦手な複素数の問題は後回しにして、最後にゆっくり考えること。頑張ってね。』
御守を見つめながら、思わず笑みがこぼれそうになる。
がんばろう。
合格して、先生にもっと近づけるように。
数学の試験中は、先生と勉強した問題が出る度に、先生の声が頭の中で聞こえるかのようだった。
先生が、一緒に問題を解いてくれているような錯覚。
先生が、すぐそばに付いていてくれるような・・・
手応えは十分だった。
きっと、合格できる・・・
16時。
試験会場を出ると、今にも雪が降りそうなどんよりとした曇り空。
寒いのとは裏腹に、試験の出来栄えを信じるあまり、気持はウキウキしていた。
携帯電話を開くと、また松山先生からメールが来ていた。
『試験終わったら電話して』
松山先生!
え??
まだ4時なのに・・・
仕事中じゃないのかな?
でも、先生と話したい!
先生の都合を考えながらも、恐る恐る発信ボタンを押した。
先生、電話に出れるのかな・・・?
トゥルルルル♪
トゥルルルル♪
『もしもし?』
え、早っ
「あ、もしもし、」
『きいちゃん』
「はい、あの、今試験終わりました」
『そう。今、どこ?』
「え?まだ、専門学校出たばっかりですけど」
『迎えに行くよ』
「えっ?うそ、なんでですか??」
『ん?今日はちょっと仕事の用事で外に出ててね、これからクリニックに戻るんだけど、その前にきいちゃんの顔見れたらと思って』
顔見れたら・・・
うそーっ
やったあ~
「そ、そうなんですかっ」
嬉しくてメガネがずり落ちる。
『うん。きいちゃん、そこから一番近くの駅わかる?』
「あ、ハイッ!ここまで電車で来ましたから」
『あ、じゃあ、駅の西口のロータリーで待ってるからね』
「ハイッ」
『うん、気をつけて来てね♪』
「ハイッ」
電話を切って、駅に急ぐ。
今まで先生と何度かデートしたけど、仕事の合間に顔が見たいなんて、こんなの初めてだぁ~
先生
先生
松山先生・・・
西口のロータリーに、先生の黒の四駆車を見つける。
ドキドキしながら、車に近づく。
右の助手席の窓を覗くと、先生は書類みたいなものに目を通しながら待っていた。
センスのいい高そうな2ボタンスーツに、落ち着きのあるネクタイ。クリニックで見る白衣姿や、デートの時のカジュアルな着こなしとは違い、いつにも増して大人の男性に見えた。
先生カッコイイ・・・
窓から覗いたまま見惚れている私に、先生が気付いた。
優しい、笑顔。
助手席のドアを開ける。
「先生」
「おかえり、きいちゃん。お疲れ様」
「はい・・・」
おかえり・・・
「寒かったでしょ?早く乗って♪」
先生は私の鞄を受け取り、後部座席に乗せた。
助手席に座ってドアを閉めると、メガネが一気に真っ白に曇る。
「あ」
慌ててメガネを取り、コートのポケットからメガネ拭きを取りだす。
「どうだった?試験」
「あ、はい、あのう、手応えありました」
メガネを掛け直して先生を見る。
「そう!良かった!難しい問題は出なかった?」
「あ、一問、わからなかったんですけど・・・複素数・・・」
「ハハッ、そっか。でも、他が出来てるなら心配ないと思うよ。」
「はい。」
「うん。お疲れ様、きいちゃん」
先生は、右手で頭をポンポンと撫でた。
顔が、熱くなっていく。
「ススッ、鼻の頭が真っ赤だ。」
頭を撫でた手で、鼻の頭に触れられる。
「あ、は、走ってきたから・・・」
「ふーん・・・そんなに僕に会いたかった?」
アヒル口でにやりと笑う。
「・・・へ?」
「ハハハッ!おもしろいね、きいちゃん。」
か、からかわれてるっ・・・
「先生、ヒドイ・・・」
「ハハハ、ごめん、冗談。じゃあ、行こっか♪」
「ハイッ」
シートベルトを締める。
「このまま家まで送っていいんだよね?」
「はい、すみません・・・。遠回りになっちゃいますね・・・」
「いや、いいんだよ。僕がそうしたいんだから」
さりげなく言うと、先生はギアをDに入れて車を走らせた。
優しいなあ・・・先生
「そういえば、今日は何のお仕事だったんですか?」
「あ、うん、ちょっとね、院長に用があって」
「院長先生・・・」
って、確か、上原先生のお父さんだよね・・・
「駅前のうちのクリニックは分院だからね。用事があるときはいちいち行かなきゃならないんだ」
「そうですか・・・」
「ん~。これがまた、スケジュール調整するのが大変でね。僕がいない時間は患者さんの予約が入れられないし」
「そうですよね・・・」
どんな用事なんだろう
仕事のことだよね、もちろん・・・
上原先生のお父さんっていうのがなんか気になる・・・
でも松山先生は、この前上原先生が私に会いに来たこと知らないんだし、松山先生がわざわざ、院長先生は上原先生のお父さんだって教えてくれそうなかんじでもないし・・・
っていうか、そんなこと教える必要ない・・・のかも。
結局、こうやって余計な考えごとが増えるし。
でも、もう知ってるし・・・
「・・・きいちゃん?」
「・・・」
「きいちゃん」
「え?」
「大丈夫?試験で疲れたかな」
「あ、いいえいいえ、大丈夫ですよっ」
考えすぎ、考えすぎ
「合格発表は来週だよね?」
「はい、12日です」
「うん。じゃあ、報告待ってるね。」
「ハイッ、先生に、一番に報告に行きますッ」
「ハハハッ、はい。楽しみにしてます。」
笑顔を交わす。
家の近くに着いたときは、17時を回り、辺りは暗くなっていた。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして」
「間に合いますか?お仕事・・・今から戻るんですよね?」
「うん、大丈夫だよ」
もうちょっと、先生といたかったな・・・
先生が、後部座席から鞄を取ってくれる。
シートベルトを外して鞄を受け取ろうとすると、先生が鞄を離さない。
「?」
先生?
鞄の取ってごと、手を引っ張られる。
先生の顔が、ぐんと近づく。
ドキッ・・・
「きいちゃん、寂しそーな顔してる」
「え」
「またすぐ会えるよ」
そう言いながら、笑顔で先生は私のメガネをスーッと外す。
キスされるっ
「あ、あの、せんせ」
「うん?」
先生の顔が近づいてくる
「ひ、人が、通るかも」
「んー大丈夫大丈夫、もう暗いから」
「でも」
「・・・イヤ?」
「そ、そういうわけじゃ」
先生が頬に手を添えた。
唇が重なる。
先生の吐息が触れる。
舌が絡む。
体の力が抜けていく。
先生の中に堕ちていく。
いつも、これには逆らえない。
「じゃあ、またね、きいちゃん」
「はい・・・」
先生の車を見送る。
寒いのに、顔は熱い。
キスのドキドキが治まらない。
松山先生、最初に会った時の印象とだいぶ変わったかも・・・。
付き合うって、こういうことなのかな。
たくさんの時間を一緒に過ごして、先生の意外な一面を知っていく・・・みたいな?
っていうか最近の先生はなんだかすっごく・・・エロいっ!
男の人って、結局みんな・・・??
せんちゃんの言ってた通りだな。
2月12日。
合格発表。
合格者には当日、自宅に通知が届くようになっている。
放課後の教室で、ドキドキしながら携帯電話を握る。
「きい、早くかけなよ」
念のため、せんちゃんが付き添ってくれた。
「うん・・・」
「きいのお母さん、ちゃんと家に居てくれてるんでしょ?」
「うん」
「早く」
ドキドキ・・・
「あ、もしもし、お母さん?」
『あ、きい?電話遅かったじゃないのっ』
「え?」
まさか・・・
『合格だってよお~♪』
「・・・・ホント!?」
やったあーーーー!!!
せんちゃんと目が合い、笑顔を向けてハイタッチした。
『きい、松山先生に早く報告しなさい』
「わ、わかってるよっ。でも、先に担任に言わないと」
『あら、そうなのね。松山先生のところに伺うなら、今日は帰りは遅くなるのかしら~?』
「え、あ、えっと、わかんない。じゃあねっ、ありがとう、お母さん」
『はいはーい』
電話を切る。
「おめでとーう!きい!よかったねー!!」
せんちゃんが抱きつく。
「うん、ありがとうせんちゃん」
「きい、頑張ったもんねっ」
「うんっ」
「これで、このまま歯科衛生士になって、ゆくゆくは松山センセと一緒に働けるよ~」
「えへへ、そうかな・・・」
「絶対できるよ!きいならできるっ」
「・・・ありがとせんちゃん。せんちゃんのおかげだよ」
せんちゃんがゆっくり離れる。
「ううん、私より、松山センセだよ。早く報告に行きなよ!」
「うんっ。ありがと、私行ってくる!」
鞄を持って教室を出ようとする。
「あああー、ちょっと待ってきい!」
「え?」
せんちゃんの方を振り返る。
「直接クリニックに行くの??」
「あ・・・そっか、今日は平日だった」
どうしよう
でも、会って直接伝えたいし・・・
「あ、ねえ、仲村さんに電話して、松山センセ呼びだしちゃえば??」
「ん・・・でもいいのかな」
「報告するだけなんだから、5分でいいですって言ってさ。松山センセも喜ぶよきっと!」
「うん・・・あ、せんちゃんも今日デートなんでしょ?」
「イエース☆バレンタイン当日は大貴がバイトで会えないから、今日チョコ渡すの。きいは?」
「今から会って、先生に聞いてみるっ」
「よーし、行ってこーい!きい~!」
せんちゃんがガッツポーズをした。
「楽しんで来てね、せんちゃん!」
「きいもね!」
この前、せんちゃんと一緒に買いに行ったチョコレート。
松山先生、喜んでくれるかなー・・・
ん?
でも、先生歯医者さんだしなあ・・・
“虫歯になっちゃうよ~きいちゃん”とか、笑顔で言われそう。
職員室で担任の迫じいに報告した後、走って校門を抜けた。
とにかく早く
早く
先生に・・・
16時。
クリニックのあるビルの前で、深呼吸をする。
仲村さんに電話してみる。
『もしもし?』
わっ
仲村さん・・・
電話で話すの初めてかも
「あ、あの、水嶋です・・・」
『おお~!君ね。知らない番号だから誰かと思った。どうした?』
「あのう・・・すみません、松山先生って、今忙しいですか?」
『え?松山先生なら、今日はもう帰ったよ?』
「え?だってまだ4時・・・」
『うん、そうなんだけどさ、今日は家で会わなきゃならない人がいるって言って、事前に患者の予約も取らずに帰った。』
「あ、そう・・ですか」
先生忙しいんだ・・・
今日が合格発表だって、覚えてるよね?
『家に行ってみろよ』
「え?」
『仕事中だってわかってて俺に電話してくるぐらいだから、よっぽど大事な用事なんだろ?』
「あ・・・」
『いいから行けって。』
「はい」
『一人で大丈夫?送ろうか?』
「あ、いえ、大丈夫ですっ。すみません」
『そ?じゃ、気をつけてね』
「はい」
松山先生のマンションまでは地下鉄で二駅。
毎日使っている在来線とは逆方向だ。
ま、いっか・・・
先生に会いたいし、行ってみよう。
合格したことを驚かせたくて、電話もメールもせずにマンションへ向かった。
いつもと違う車両。
いつもと違う暗い窓の外。
先生の家に向かっているという、ちょっと特別な気分。
早く先生に会いたい・・・
地下鉄の駅から、先生のマンションへはわずか2分。
地下からの階段を上ると、目の前に先生の住むタワーマンションがそびえ立つ。
先生の部屋はクリスマス以来。
一人で来たのは初めてだ。
高校を卒業するまでは・・・と、まだ部屋で二人きりになったことはない。
部屋に入れてもらえなくてもいい。
ただ、会って報告したいだけ。
先生、誰と会ってるのかなあ・・・
お仕事関係かな?
マンションの入口に差しかかろうとしたその時、エントランスから出てきた人物を見て、思わず声を失った。
え・・・
上原・・・先生・・・?
なんで
松山先生のマンションから・・・
足が、止まる。
高級そうな白いコート、ヒールの高いブーツを履いている。
アップにまとめられた髪の下には、カシミヤのマフラー。
制服で立ち竦む私に気づいて、上原先生も驚いている。
『あら、水嶋さん』
「・・・・」
なんで、この人がいるの?
“今日は家で会わなきゃならない人がいるって”
ズキンズキンと、胸の鼓動が痛くなってくる
家で会うって・・・上原先生と?
なんで
『今ね、真一の部屋に行ってたのよ。』
「・・・どうしてですか」
なんで
『え?』
「どうして・・・あなたが先生の部屋に行くんですか?」
ズキン・・・ズキン・・・
鼓動が、痛い
『あなた、何も聞いてないの?』
「・・・」
聞いてないって、何が?
『聞いてないみたいね。ふふっ、大人にはいろいろあるのよ。子供には言ってもわからないようなことがね。』
なに・・・それ
その時、エントランスの扉から、大きな封筒を手に、コートを羽織った松山先生が出てきた。
「あ、上原さんまだいた。あのう、この書類の・・・」
上原先生にそう言いかけて、松山先生は私に気づいた。
「きいちゃん・・・」
その表情は、えらく驚いている。
何を言えばいいのかわからない
苛立ちのあまり
声が出ない
『真一、私帰るわ。お邪魔でしょうから。また連絡して』
「・・・・」
また連絡
またって何
上原先生は、ブーツをコツコツ鳴らして去って行った。
松山先生が近づいてくる。
「きいちゃん・・・」
思わず、一歩後ずさった。
先生は、私の反応に困惑している。
なんで
なんで
上原先生が松山先生の部屋に来てるの
「きいちゃん、あのね」
「・・・ですか?」
「え?」
「なんで、上原先生がいるんですかっ・・・?」
涙が出てくる
「それは」
「子供に言えないことって何ですか?」
「え、なに・・・」
どうせ私は大人じゃない
「・・・私はまだ・・・入れてもらったことないのに・・・」
「・・・」
二人きりにもなれない子供
「一人で・・・入ったことないのに」
「きいちゃん」
「っ・・・」
先生が伸ばした手を振り払う。
「どうしてあの人がっ・・・」
声が、震える
合格したのに。
先生に会って
合格したって言って
おめでとうって
言ってほしかったのに
「きいちゃん、ごめん、落ち着いて、聞いてくれるかな」
「・・・・」
落ち着けるわけない
「どうしても、上原さんに頼まなきゃならない書類があってね」
先生は、必死で弁解しようとしてる
「・・・・」
「クリニックではできないことで」
「・・・ないです」
「え?」
聞きたくない
「聞きたくないですっ・・・」
「きいちゃん」
いつもいつも
上原先生のことばっかり
もう
いい加減
聞きたくない
「きいちゃん、頼むから・・・聞いて?」
「・・・・」
首を、強く振った。
いつもいつも
上原先生のことで
もう
いい加減
悩むのはうんざり
「・・・ヒドイです」
「ごめん、でも、本当に違うよ、きいちゃんが考えてるようなことは」
「私が考えてることがわかるんですかっ・・・?」
こんなこと言いたいんじゃないのに
「・・・・僕は」
「先生、信じられないっ・・・」
腹立たしくて
悔しくて
「もう、いいです・・・」
「きいちゃんっ・・・」
「・・・・」
「きいちゃんっ」
先生が掴んだ腕を振り払って、地下鉄の駅まで走った。
今日は、合格発表だったのに。
地下鉄で、いつもの駅まで戻った。
時間を見ようと携帯電話を開くと、着信あり。
17:30 松山先生
17:31 松山先生
17:34 松山先生
17:36 松山先生
17:40 松山先生
17:44 松山先生
17:45 松山先生
17:46 仲村恵介
17:48 松山先生
仲村さん・・・
“今度また何かあったら、自分で連絡して来い”
なんとなく、仲村さんの番号で、発信ボタンを押していた。
トゥルルルル♪
トゥルルルル♪
トゥルルッ
『もしもーし??』
仲村さん
「・・・・」
『あれ?もしもし??』
「・・・・」
どうしよう、泣きそう
『もしもーし??あれ、電波悪いのか??おーい?高校生~~?』
「・・・ハハッ」
『お?なんだよ、聞こえてんじゃん』
「・・・・」
『先生には会えた?』
「・・・はい」
『そっか、そりゃよかった。無事たどり着いたかなーと思って電話してみたんだ』
「・・・はい」
『・・・どうしたんだよ?』
「・・・え」
『・・・泣いてんの?』
「泣いてません」
『泣いてんじゃん。今どこだよ?』
「・・・もう、帰るとこです」
その時、駅の構内アナウンスが響いた。
~~まもなく、14番のりばに到着する・・・
『駅か』
「違っ・・・」
『待ってろ。プッ・・ツーツー』
どうしたらいいのかわからない
松山先生が信じられなくて
信じたいのに
本当は信じたいのに
「ここ、寒みーだろっ・・・」
駅前の噴水広場のベンチに座っているところを、仲村さんに見つかった。
ユニフォームに黒のダウンを羽織って、息を切らしている。
「・・・・」
「めちゃくちゃ探したよ・・・君、駅の中にいないからさ・・・」
膝に手をついてハアハア言ってる仲村さん。
その優しさがただ、嬉しかった
手に握りしめる携帯電話の着信イルミネーションが、さっきからずっと光りっぱなし。
でも出たくない。
「電話、鳴ってんじゃねーの?」
隣に座った仲村さんがそれに気づく。
「・・・・」
「・・・なにがあった?」
「・・・・」
一度泣いた後は、またすぐ簡単に涙が出てくる。
「話してみろって」
「・・・う、上原先生が」
「うん」
「・・・いました」
「はあ?」
「先生のマンションから・・・出て来て・・・偶然会って」
「なんだよそれ、なんで?」
仲村さんも、信じられないような顔をしていた。
「・・・先生は・・・違うって言ってたけど・・・」
「うん・・・」
「私・・・先生の話し聞きたくなくて」
「うん・・・」
携帯電話が光り続ける。
じっとそれを見ていると、仲村さんが携帯電話を取り上げた。
「あっ」
取り上げてすぐに開くと、電源を切ってしまった。
「帰ろう。送ってやるよ。風邪引く。」
そう言うと、私の腕を強引に引っ張った。
慌てて鞄を取って着いて行く。
仲村さんは、何も言わずに歩いて行く。
噴水広場は寒いからか、相変わらず、駅前なのに人気がない。
「・・・スミマセン、仕事中に何度も、電話したりして」
仲村さんの足が止まる。
「・・・・」
「いつも・・・仕事抜け出させてばっかりで」
振り向いた仲村さんが、掴んでいた腕をグイと引いた。
ー・・・!
仲村さんの肩に、頬が当たる。
仲村さんの腕が、背中をぎゅっと締める。
仲村さんの温もりが伝わって、体が冷えていたことを実感する。
「なんで君はいつも泣いてんの?」
仲村さんの声が、耳にかかる。
「・・・・」
「あの松山先生と一緒で、幸せなんじゃないの?」
仲村さん・・・
「・・・俺じゃダメ?」
「え・・・」
「松山先生じゃなくて・・・俺じゃダメ?」
「・・・・」
「なんだったんだよ」
「え・・・」
「会いに行くほどの用事って」
「・・・合格・・・したんです」
「・・・そっか」
「・・・」
力を込めて、抱き締められる
「おめでとう」
松山先生を信じたいのに
その時はただ
仲村さんの優しさが
嬉しかった