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先生の好き。

「それで?」

せんちゃんは冷静に、私の目を真っ直ぐに見て言った。

入試目前の放課後の教室には、居残って勉強している生徒が数人。私とせんちゃんは机を並べて座り、ヒソヒソ小声で話をしていた。

「だからその・・・仲村さん、すごく、心配してくれるっていうか・・・」

話せば叱られるんじゃないかとビクビクしていただけに、意外に驚きもしないせんちゃんの反応に戸惑う。

「気になりだしちゃった?仲村さんのこと」

「っていうより、引っ掛かる・・・っていうか・・・」

「うん・・・」

せんちゃんは、顎肘を付いて優しく微笑んだ。


あの日以来、仲村さんのことが頭から離れなくて、それがどうしてなのか、自分ではもう分析できない。

松山先生が好き。

それは確かな気持ち。

先生がメールくれたり、電話してくれるのが嬉しい。

・・・反面、後ろめたさが見え隠れ。

自分が何を考えてるのか、理解不能・・・。


「きい、混乱してるんだね。自分の気持ちに」

「・・・うん」

「実はクリスマスにね、仲村さんの方からメルアド渡されたのよ。松山先生のことで、きいに何かあったら連絡してくれって。」

「うそ・・・」

「ホント。」

「そう・・だったんだ・・・」


仲村さんが自ら・・・


「でも、ズバリ言っちゃうとね」

「うん」

「それは気の迷い・・・かな」

「気の迷い・・」

「上原の存在って、きいにとってはすごく嫌なものでしょ?」

「うん」

「上原のことがある度に、そばで支えてくれたのが仲村さんだし、何も知らない松山先生よりかは、やっぱり仲村さんの方が頼れる人のように感じちゃう。」

「・・・」


そうかも・・・


「それは、正直な気持ちで構わないと思うの。」

「・・・」

「でも、松山先生が、今までの上原のことを全部知ってたとしたら、きっと仲村さん以上に、きいのことを守ってくれてたと思わない?」


あ・・・


「・・・」

「あんたは、松山先生にいっつも遠慮ばっかりして、肝心なことは何にも話してないでしょ?」

「・・・」

「それって、松山先生の立場からしたら、すごく寂しいことだと思うよ。」


そうだ・・・


いつだって私は、松山先生にいいコだって思われていたくて


だから、先生が不愉快になるようなことは聞かないようにしてきた


上原先生を前にすると、あんなに怖い顔になる松山先生を見たら


私なんかが、先生たちの過去に触れていいわけがないって思って


「私ね・・・せんちゃん」

声が、震える

「うん」

せんちゃんの優しい眼差しに、涙が出そうになる

「ホントは・・・松山先生にいっぱい聞きたい」

「うん」

「先生がどんな大学生だったのかとか・・・上原先生とどんな恋愛・・してたんだろう・・とか」

「うん」

「どうして・・・歯医者さんになろうって思ったんだろう・・・とか」

「うん」


そして、先生の口から聞きたい


一番の言葉


「私のこと・・・好き・・・なのかとか」

「え・・?」

せんちゃんが驚いた表情になる

「私まだ・・・好きって・・・言われたことないの」

「え、じゃあ、どうやって付き合うようになったのよ?」

「話したでしょ・・・”惹かれてる”って言われただけ・・・グスッ」

「あ、なあんだぁ、もう、ビックリした。ほら、鼻拭いて」

せんちゃんがポケットティッシュを鼻に押し付ける。

「ふええっ」

「ハァ・・。きい、いつも言ってるけど、もっと自信持ちなさいよ!」

「・・・だって」

「だって何よ」

「私、上原先生みたいに美人じゃないし・・・せんちゃんだっていつもダサいダサいって言うじゃん!」

「あんたが上原みたいな美人だったら、松山先生とは絶対に付き合えなかった!」

「は・・・?」


何言ってるのせんちゃん


「松山先生はあんたに惹かれたの。そのまんまのあんたに」

「・・・」

「ダサくて、メガネで、おさげで、純粋なあんたに」

「・・・」

「素直で優しいあんたに」

「・・・そう・・・かな」

「そーよ。私はね、松山先生より仲村さんより、一番長くあんたと一緒にいるんだよ。その私が言ってるんじゃない。信じられない?」

「せんちゃん・・・」

「松山先生は、きいのことが好きよ。口に出さなくても。」

「・・・」

「じゃなきゃ、仕事の合間に勉強見たり出来ないよ?」

「・・・」

「それにねえ、好きだ好きだって軽々しく言わないほうがいいの。特に男はっ!」

「そうなの?」

「そうよ。本当に好きだって思ったときに、一度だけ言ってくれる方が、ずーっと重みがあっていいと思うけどな、私は」

「・・・一度だけ・・・」

「自信持たなきゃ。」


せんちゃん・・・


「うん・・・」

『ちょっとお、きいと舞子!あんたら二人さっきからうるさいのよ!集中できないじゃないっ』

教室で勉強していたクラスメイト、山崎さんからの、突然の苦情。

ハッとして、二人で怒鳴り声の方を見る。

「あ、ごめんね、もう帰・・・」

「ああ!?悪かったわねえ、帰ればいいんでしょ、帰ればあ!」

謝ろうとした私の声を遮るように、せんちゃんがキレた。

『そうよ、勉強する気ないなら帰りなさいよ』

「でもここはみんなの教室でしょ?どう使おうが自由だと思うけど?」

『はあ!?』

ヤバいっ!

ケンカが始まるっ

「せんちゃん、帰ろう、ね?」

机に広げてあった問題集を急いで鞄にしまい込んで、せんちゃんの腕を引っ張る。

「帰るわよ!帰るけど・・・」

「いーからっ!じゃ、じゃあね山崎さん。邪魔してごめんね~ハハハ」

睨みつける山崎さんの前を通って廊下に出る。

「んもう~、せんちゃんてばあ・・・」

「だって山崎!アイツ、自分が推薦入試で落ちたからって、私のこと僻んでんのよっ。」

「えー」

「推薦で同じ短大受けて、山崎だけ落ちたの。なのにアイツ、私が合格したのが信じられないとか他のみんなに言ってるらしくて。実力の差だっつーの!」

怖い。

せんちゃんも、山崎さんも怖い。

怒らせないようにしよう。

この人たちだけは絶対に。



せんちゃんに話をしてみて、少しだけ整理がついた。

仲村さんを気にしていた自分の気持ち。

上原先生のことも・・・入試が終わったら、松山先生に話そう。

上原先生が言ってたこと・・・







入試の3日前。

松山先生が、最後に勉強の見直しをしようとクリニックに呼んでくれた。

しかも今日は日曜日。

さすがに日曜日に制服で行くのもどうかと思い、頑張っておしゃれして、私服で出かけた。

タートルネックのニットにグレーのスカート、白いコートにブーツ・・・。

私なりの、精一杯・・・。

お昼の1時くらいにおいでと言われ、クリニックのあるビルへ向かう。

街は、間もなくやってくるバレンタインデーにむけて、イルミネーションが輝いている。

バレンタインデーは、合格発表の2日後。


松山先生と一緒に過ごしたいなあ・・・。

バレンタインを楽しめるように、絶対に合格しなくちゃ!


クリニックの扉の前で、両手でガッツポーズ。

「よしっ!」

「きいちゃん」

ビクッ

いきなり声を掛けられて振り返ると、優しい笑顔で見下ろすように、松山先生が立っていた。

「せ、せんせえ・・・」


今の見られた?


「ススッ、時間通りだね、きいちゃん」

「はいぃ・・・」

クリニックの鍵を開ける。

黒いコートに身を包んだ先生。コートの裾からは、スラックスの長い足が伸びている。

寒さのせいで、赤みがかった高い鼻にキュンとなる。

「どうぞ♪」

扉を開けて、私を中に促す。

「ハイ、失礼します・・・」

全てのブラインドが下ろされたクリニックの中は、わずかに漏れてくる外からの光で、ようやく見渡せる程度だった。

薄暗い診療室の奥へ、先生が進む。

「すぐ電気点けるから、ちょっと待ってね」

「はい」


今・・先生と、二人きりだ・・・

いいのかな・・

仲村さんも呼んであるって言ってたけど・・・


受付のオレンジの照明が点けられ、辺りがパッと明るくなる。


ハッ

ダメダメ

何を意識してるんだろう

今日は勉強に来たんだから

いつものデートとは違うんだし・・・


「きいちゃん、中においでよ?」

「あ、はーい」

いつものミーティングルームへ入る。

エアコンをONにした先生は、コートを脱いで椅子に掛けた。

私もコートを脱ごうとすると、先生がそっと受け取ってくれる。

「あ、スミマセン」

「うん、こっちに一緒に置いておくね」


先生の黒いコートの上に、私の白いコートが重なる。

何でもないことなのに、なぜだか今日はドキドキする。


「あ、仲村さんはー遅いですね~・・・」

緊張のあまり、どうでもいいことを口走ってしまう。

「・・・早く来てほしい?」

「え、いえあの、そうじゃなくって、あの」

先生は、いつもは私が座るはずの椅子に座って、私を見上げる。

私の両サイドに、先生の長い足が伸びる。

「あれ、先生?そっちは」

「おいで、きいちゃん」

私の腕をグイと引っ張る。

「わっ」

先生の膝に座らされる。

落ちないように、先生の肩から背中に片腕を回す。


膝は抱えられてないけどこれって、お・・・お姫様抱っこみたい

恥ずかしい・・・


いつもは見上げている先生の顔が、見下ろすような体勢でそこにある。

「せ、先生・・・」

「ん?」

「いいんですか、こんなことしてて・・」

「仲村のこと?」

「はい、もうすぐ来ちゃうんじゃ・・・」

「仲村には2時って言ってあるから」

「え?」

「きいちゃんと二人になりたくて、嘘ついた」

そのアヒル口で、いたずらっぽく笑う。


どうしよう

ドキドキする


「ここのところずっと忙しくて、きいちゃんとの時間作れなかったから、少しだけ、仲村には遠慮してもらおうかなと」

先生は私のメガネに手を伸ばし、スッと外して長机に置いた。

一瞬だけ、視界がボヤける。

「そう、ですか・・・」

「さっき、扉の前でガッツポーズしてたきいちゃんがすごくかわいくて、抱っこしたくなった♪」


やっぱり、見られてた


先生に、見つめられる。

思わず、抱きついてしまう。


こういうのって・・・本能・・・なのかな


先生はそっと背中に手を回すと、いつもよりキツめに抱きしめてくれた。

まだ冷えたままの、お互いの耳が触れあう。

「ごめんね、いつも忙しくて」

「・・・」

無言で、首だけを振る。

「寒かったね、外・・・」

「ハイ・・・真冬ですから・・・」

「ハハッ、そりゃあまあ、そうなんだけど」

「なんで・・・」

「ん?」

「なんで入試は冬なんですかね・・・」

「そうだね。寒いと、余計に厳しさが増すよね」

「寒いのは辛いです」

「うん・・・じゃあ、どうしようもなく辛くなったら、僕のところにおいでよ」

「・・・」

「いつでも♪」


今のこの事実が、ついさっきまでの悩みなんて吹っ飛ばしてしまいそう。

優しい先生がここに居る事実。

先生に、抱きしめられている事実。

そのやわらかな唇を、重ねられる事実・・・。


私は本当に


この松山先生が好き・・・


好きで好きで


泣きそうなくらい好きで


苦しいくらい好きで・・・


唇をそっと離す

「先生・・・」

「うん?」

「私・・・先生が好きです・・・」

「・・・うん」

言葉にすると、どうして涙が出るんだろう

「大好き・・・」

先生は、優しく笑ってまた抱きしめた


「僕も・・きいちゃんが好きだよ」


胸に、重みを持って沁みていく


ずっと聞きたかった言葉


松山先生の・・・「好き」


「泣かないで、きいちゃん。」

何を、疑っていたんだろう

何を、グラグラ揺れ動いていたんだろう

いろんな不安が解消されたような気がして、涙が止まらない

「・・・きいちゃん?」

先生が、頭を撫でてくれる。

「きいちゃんは、溜めこんじゃう性格なのかなあ」

「・・・ごめんなさ・・」

「そんなになるまで我慢しないで、なんでも僕に言ってよ?」

「・・・」

「僕はきいちゃんに、誠心誠意、応えてみせるから」

「・・・」

「怖がらなくていいんだよ?」

「・・・」

「ね?きいちゃん?」

先生が、顔の涙を拭ってくれる。

「・・・はい・・・」

「ススッ・・泣いてる顔もかわいいけどね♪」

「うぅ・・・」

「ハハハッ・・」

先生は、左の三つ編みを軽く引っ張った。

唇を重ねる。

先生の高い鼻が、頬に当たる。

何度も。

何度も。


先生が、首に手を添えてグッと寄せた。


手の力が強くて少し痛かったけど


初めて


舌が触れあうキスをした。


松山先生に


“男性”を感じた。






「デスクから取ってくるものがあるから、仲村、戸締り確認してきて。」

『うぃっーす』

松山先生はそう言うと、ミーティングルームを出て行った。

3時間ほど勉強して、仲村さんも一緒に食事に行くことになった。

『大丈夫そうで良かったよ』

「え?」

『上原のことがあってから、思い詰めてるんじゃないかって心配だったからさ』

仲村さん・・・

「あ、ありがとうございます、いつも・・・」

『ん?』

「いろいろ心配してくれて・・・。メルアドのことも、せんちゃんから聞きました。何かあったら連絡してって言ってたって・・・」

『えっ?舞子ちゃん、そんなこともしゃべったの??』

「あー、ハイ・・・」

『あいた~ハハハ』

「感謝してます。」

『よせって、改まって言われると調子狂うだろっ』

「ハハ」

『ほら、松山先生あの人、ちょっと呑気っつうか、鈍感なとこあるだろ。だからさ、この、女心にビンカーンな俺が、上手くフォローしてやんないと~、君が傷ついちゃうからね~』

「ハハハー、確かに、ビンカーンですね」

『だろ~??だから俺はモテるんだよ』

「モテるんですか?」

『も、モテるよ』

「初耳です」

『あ~?何言ってるの君?俺はねえ、松山先生ほどじゃないけどモテる・・・』

仲村さんが大きな声で力説していると、いきなりドアがガチャっと開いた。

「仲村、戸締り」

『あ、すんません、すぐやります。』

「フフフッ」

『ほーら、君のせいで怒られたよ~お。まったく近頃の高校生は・・・』

仲村さんはぶつぶつ言い残して戸締りに行った。


よかった・・・

仲村さんとも普通に話せて。


「きいちゃん、これ」

松山先生が私の手を取り、手の平に何かを乗せた。

「?」

「1月に、一緒に初詣に行った時に買ったんだ。入試の前に渡そうと思って」

「あ・・・」


白い合格御守・・・


「試験、頑張って。いつも通りやれば、合格は間違いないから。」

優しく微笑む先生。

「はい。ありがとうございます。」

「うん♪」


気持ちはいつも、そばにいてくれる


先生がいれば、怖くない


先生と一緒なら


なんだって


今なら


やれそうな気がする



作者のデルタです。

数少ない読者の皆さま、いつもありがとうございます。

この、My Dentistは、当初の予定ではこんなに長くなるはずじゃなかったんですが、なんだか書いているうちにだらだらと続いてしまいました。

お付き合いくださっている方々、本当にありがとうございます。

次回はきいも入試を迎え、物語は終盤に差しかかっていると思われます。(多分)

もうしばらく、お付き合いのほど、よろしくお願いします。


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