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優しい先生。

「きい〜!帰ろう〜」

ホームルームが終わって、せんちゃんが声を掛けてきた。

「あーごめん、せんちゃん、今日は一緒に帰れないの」

鞄に教科書を入れながら謝る。

「え?なんで?」

「今日、これから歯医者さんなんだ」

「歯医者ぁ〜?どっか痛いの?」

「ん〜、先週ぐらいから急に。右上の奥歯が痛み出して」

右の頬を擦りながら答える。

「そっかあ。帰りに一緒にパフェ食べに行こうって思ってたけど、歯が痛いんじゃ無理ね。」

鞄を両手で持ちながら、肩を落とすせんちゃん。

「ごめんね。パフェはまた今度付き合うよ。」

「わかってる。それはいいけど、予約とか入れてあるの?」

「うん。17時に」

二人同時に教室の時計に目をやる。

まだ16時だ。

「どこの歯医者?」

「駅前の、ここ最近できた、新しいとこ」

「ああ〜、22時ぐらいまでやってるとこでしょ?」

「うん、そう。先週痛くなって、すぐ電話したんだけど、一週間先まで予約はいっぱいだって言われて、今日になったの。駅前だから、夕方は特に混むみたい」

「あそこなら15分くらいで着くじゃない」

「うん」

「一緒に、時間潰してあげようか?」

せんちゃんが携帯を開きながら言う。

「いいの?」

「いいよ〜。今日は何の予定もないし」

せんちゃんはそう言うと、私の前の席の椅子に、私と向かい合うように後ろ向きに座った。

「ありがとう。ごめんね」

「ってかさ〜、歯医者とか怖くないの?」

目線は携帯に向けたまま、眉間にしわを寄せている。

「んー・・・、実は歯医者さんに行くのは小学校以来で、内心ちょっと怖い」

肩を窄めて苦笑い。

「やっぱりねー。私も歯医者は怖くてヤだな。」

「でも、痛むの放っておくのも怖いし・・・」

「あの音がねぇ。削る時のあのキィ〜ンっていう・・・」

「あああー言わないでよー」

思わず耳を押さえてしまう。



「それより、きい、あんた進路決定した?」

指の代わりに、開いた携帯で私を指す。

「進路・・・まだ。」

にやける様に言うと、せんちゃんは呆れ顔。

「もう時間ないわよぉ?」

「わかってるけど・・・大学に行くか、専門学校に行くか迷ってて。せんちゃんは短大で決まりでしょ?」

「うん、私は親の希望もあるし、短大でゆっくり就職決める。」

「もう9月だもんね。いい加減に決定しないとなー・・・。この前担任にも言われたし」

「まあ、うちはよその進学校と違ってのんびりしてるし。これである程度将来も決まってくるしね。きいみたいにちゃんと悩んで決めた方が、後々困らないよきっと。」

「んー・・・」


そうなんだよなぁ・・・。

将来が決まってくる大事な進路だし、迷っちゃうんだよなー。って言っても、もうそんなに迷ってる暇はないんだけど。


せんちゃんは楽観的な性格のせいか、将来への迷いや不安はあまりないらしく、進路も初めから短大と、あっさり決めていた。

その反面私は、この前担任に呼び出されたにも関わらず、未だにぐずぐず迷っているという優柔不断。自分には将来どんなことが出来るのか、まだよくわからない。なりたい職業より、自分に出来る職業を考えているからかもしれない。

大学に行くなら文系で、専門学校なら医療系に進みたいという、漠然とした希望はあるものの、志望校はうまく決まらず・・・。



「そろそろ出る?」

せんちゃんに言われて時計を見る。

「あ、そだね」

学校の正門を出て、駅に向かって歩く。

9月の、まだ汗ばむ日差しのせいで、進路に向けての焦りも薄れる。

「きい、あんたさ、高校卒業したら彼氏くらい作りなよ?」

「え?彼氏?」

「そうよ。17歳にもなって、男と付き合ったこともないって、ちょっと最近では珍しいんじゃない?」

「ー・・・」

そうなのだ。

私は生れてこの方、まだ男の人と付き合ったことがない。

中学の時は、クラスの男の子に片思いなんてのもしたことはあったが、告白したり、付き合ったりなど考えたこともなかったし、進学した高校は女子校。

出会いもなければきっかけもない。

ただ平凡に楽しく学校生活を送っていたら、気がつけばもう高3の秋だ。

それに比べてせんちゃんはすごい。

他校の男子と付き合ったり別れたり、今の彼氏は、私が知ってる限りでは6人目だ。

綺麗な髪のロングヘアーで、明るくて、誰とでも気さくに話せるせんちゃん。

高校に入学してからの最初の体育の授業で、足を捻った私を医務室へ連れて行ってくれたのがせんちゃんだった。

『私、泉 舞子いずみまいこ。せんちゃんって呼んで。よろしく』

『あ・・・私は水嶋きい。よろしく・・・』

笑顔で握手を交わしてくれたのを覚えている。

以来、3年間同じクラス。

高校で出来た親友だ。


「きい、あんたそのメガネ!まずその黒縁メガネがダメよ。」

「えっ、だって私メガネがないと・・・」

「ダサい。」

「ええ〜っ」

「コンタクトにしてみれば?きい、顔立ちは結構いいんだから、モテると思う」

「いや、モテるって・・・。今のところ、あんまりそういうの興味ないっていうか」

「んもぉ〜、だからあんたは色気がないのよ。男に興味がないからっ」

「だって女子校だし。身近にいい人がいなきゃ、興味も湧かないよ」

「だから私がいつも紹介してやるって言ってるのに」

「やだ。そういうのはやなの。ちゃんと自分で見つけたいっていうか、出会いたいっていうか・・・」

「ハイハイ、わかった。いつまでも夢見る少女みたいなこと言ってなよ。ついでにそのおさげもダサい。」

「ぶーっ」

「あ」

せんちゃんが突然立ち止まる。

「あそこでしょ?」

駅の向かいに建つビルの4階を指さす。

「あ、うん、そう。」

「じゃあね。痛いトコ、しっかり削ってもらっておいで〜キィ〜ン」

「んも〜やだぁー」

「バイバーイ」

「ばいばーい」

手を振りながら駅構内に入って行くせんちゃんを見送ってから、クリニックのあるビルへと歩く。



うっ・・・

なんかドキドキしてきた。

痛いのかな・・・

削るのかな・・・

やだよぉー・・・



エレベーターで4階に上がると、目の前にクリニックの扉があった。

恐る恐る扉を開けると、歯医者特有のにおいが鼻を突く。

中に入ると、向って右側に受付があり、そこから声を掛けられた。

「こんにちは」

受付の若い女性だ。

「あ、こんにちは」

「ご予約ですか?」

「はい、水嶋です」

女性はパソコンで予約の確認をする。

「はい、17時のご予約ですね。本日、保険証はお持ちでしょうか?」

「あ、はい」

財布から保険証を取り出して手渡す。

「はい、お預かりします。今回初診となりますので、問診票の記入をお願いします。」

「はい」

女性から問診票の付いたクリップボードを受け取り、待合室のソファーに座った。

待合室には、私以外に患者さんが3人。

真新しい白い壁に囲まれたそこには、42型のプラズマテレビが、淡いオレンジのソファーから正面に見られる位置にある。

そしてその横に、曇りガラス張りの診療室へのドアがある。

問診票に必要事項を記入していると、待っていた他の患者さんが次々と呼ばれて診療室へ入って行く。

3人の患者さんが、3人とも違う医師に呼ばれていた。

小学校の頃通っていた歯医者さんは、家の近くにあった小さなところで、医師は一人、他に歯科衛生士が3〜4人、診療台も3台くらいしかなかったように思う。

問診票を受付に渡して、再びソファーへ座る。



最近の歯医者さんってすごいなぁ・・・。

広いし、キレイだし、先生もいっぱいいるみたいだし、助手とか衛生士の人も合わせたら何人くらいいるんだろ・・・。



すると、テレビの横のドアが開いた。

「水嶋さん」

スラリと背の高い、長い白衣を着た若い男性医師が、私を呼んだ。

青いマスク越しに、笑顔を向けている。

「あ・・・はい」

ずり落ちたメガネを右手で押し上げて、ソファーから立ち上がった。

「お待たせしました。どうぞ」

笑顔のまま、診療室へと私を促す。

鞄を持って中に入る。

入った途端、診療室の、予想以上の広さに驚いた。

診療台は確認できるだけで10台、全て壁で仕切られている。

ブースごとに番号が付けてあり、奥にはX線室や個室もある。



うわー・・すごい。

なんだか歯医者さんっていうより、エステサロンみたい。

って、エステサロンなんて行ったことないけ・・・



ドンッ



えっ



「お?」



先生の声と同時にメガネがずれて、視界がぼやける。

きょろきょろして歩いていたせいで、前を歩いていた先生が立ち止まったことに気付かず、思いっきり顔からぶつかってしまった。



「あっ・・す、すみません」



視界がぼやけて距離感が掴めない



「ハハッ、大丈夫?」



慌ててメガネを戻す



ドキッ・・・



「あ・・・」



思っていた以上に、先生の至近距離に立っていた。

すぐ目の前に、先生の青いマスク。



「すっすすみませ・・・」

思わず2〜3歩後ずさり

「ハハハッ、いいよ。大丈夫?」

「は、はい」


うわぁー恥ずかしい


「じゃ、どうぞ、座って」

6番ブースの、診療台のシートだった。

鞄を置いて、言われるままにシートに座る。

シートの前には、器具台とパネルモニター、それに繋がるマウスがある。

「高校生?」

先生が、カルテを見ながら言った。

「はい」

「学校帰り?」

スカートを履いている私に、そっと膝掛けを置いてくれる。

「あ、はい・・・」

「そっか」

先生がふっと笑う。



あれ・・・

なんでだろう



先生と少し話しただけなのに、さっきまでの治療に対する不安が消えていた。

先生は、ジャラジャラと治療器具を出し、うがい用の紙コップをセットした。自動的に、コップに水が注がれていく。

「はい、ちょっと失礼しまーす」

背後から手を回し、青いスタイを胸元に掛けられた。



なんか・・・

こういうのって緊張するっ



先生は再びカルテを取ると、私の座っているシートの右隣に座った。

「えーと、今日から水嶋さんの治療を担当します、松山です。ヨロシク」


マスクのまま、また笑った。


「あ、よろしくお願いします・・・」

「んーと、右上の奥歯が痛むのかぁ・・・」

問診票を見ながら、首をコクコクさせている。

「いつから痛い?」

「えっと、先週です」

「どんな痛みかな?」

「え、どんな?」

「うん、例えば、何か沁みるとか、ズキズキするとか」

「あ、冷たいものが沁みるので、虫歯かなって思って・・・」

「冷たいものが沁みる・・・ね。うん」

カルテに何か書きこみながら、先生は頷く。

「じゃあ、まず見てみようね」

先生はキャスター付きの椅子に座ったまま、シートの背後に下がった。

背が高いせいか、長い右足が視界に残る。

「シートを倒しまーす」

先生が言うと、ゆっくりとシートが倒れていく。

口にライトを当てられる。

「はい、じゃあ開けてー・・・」

私にしか聞こえないような小声で、マスク越しに囁く。

言われるままに、口を開く。

先生が、ミラートップで口の中を見る。


真剣な、切れ長の目。


高い鼻に交差する、青いマスクのライン。



うわっ近い・・・



男の人を、こんなに近くで見るのは初めてかもしれない。

気がつくと、なぜか心臓がドキドキしていた。



なんだろ・・・

ドキドキする・・・

やっぱ、痛いのが怖いからかなぁ・・・

もう・・

ここに来る前にせんちゃんが変なこと言うから、男の人意識しちゃうよぉ・・・



「ハイ、いいよ。口閉じて」

先生に言われてハッとする。

「うがいをどうぞー」

シートを起こされる。

先生が、隣に戻ってくる。

「水嶋さん、歯の治療コワイ?」

下から覗き込むように、優しい顔つきで尋ねてくる。

「え?」

「今、目をかたく閉じてたから、もしかしてコワイのかなーっと思って」



え?

私、目閉じてた!?

無意識に!?



「あ、すみませんっ」

「いや、謝らなくていいんだよ。以前の、古いやり方の治療を受けて、痛い思いをしたことのある患者さんは、治療を怖がるケースが多いから」

「あ・・・そうですか・・・」

「うん。大丈夫?」

「はい」

「うん」


また笑った


「で、痛むところはね、虫歯じゃなくて、親不知だね。」

「親不知?」

「うん。親不知が生えてきてるところの歯茎が炎症を起こしてて、それが痛みの原因になってるんだよね」

「はぁ・・・」

「でね、今日は痛むところを消毒して、炎症止めのお薬を出しておくから、家に帰ってから食後に飲んでね。」

「・・・はい」

「うん。でも・・・、将来的にはその親不知、抜いたほうがいいかも」

「えっ!?」

思わず焦った声を出してしまう。

「あ、いや、今すぐってわけじゃないけど、炎症を起こすってことは、あまりいい生え方をしてないんだよね。見る限り、ちょっと斜めに生えてきてる。今日は痛みを治せても、多分またいつか痛むと思う。」

「あ・・・、はい」

「うん。いやまあ、それはまた、その時考えよう。とりあえず今日は、消毒をしようねっ」

子供をあやすかのように、優しい口調で先生は言う。

再びシートを倒される。


消毒をされている間、先生の顔ばかり見てしまっていた。



ドキドキ・・・

ドキドキ・・・

なんでだろう・・・

痛む治療はしなくて済んだのに、ドキドキ鳴ってる



私、なんか変だ



ライトが消える。

「ハイ。じゃあ、シートを起こしまーす♪」

シートがゆっくりと起こされる。

先生が背後から手を回し、スタイを外す。

「水嶋さん、3日ぐらいしたら、また来てもらえる?」

「あ、ハイ」

「うん。もうしばらくは痛むと思うけど、徐々に治まってくるからね。もう一度状態を見たいから、予約して帰ってね。」

「はい」

「うん。じゃあ、お大事に。」

「お世話になりました」

鞄を持って、ブースを出ようとする。


「気をつけてね。前見て歩いて」


振り返ると、先生がいたずらな笑顔を向けていた。


「あっ・・ハイ」


顔が熱くなっていくのが、自分でもわかる



優しい、先生の笑顔




帰りの電車に揺られながら、頭の中は松山先生のことばかりだった。

高校に入ってから今まで、学校の先生以外、身近に男の人はいなかった。

だから、珍しく接点を持った歯医者の先生に、少し緊張してるだけなんだと思う。

男性だから、つい意識しちゃって。



だから、ドキドキしてるだけ。



きっと、それだけ。



明日には、治まってるはず。



胸のドキドキも。



右の頬の痛みも。





でも



どうしてだろう。




次の予約が



待ち遠しい



第1話を読んでくださりありがとうございます。

表現力が大変乏しく、小説とはとても言えない文章ですが、ストーリーを楽しんでいただけたら嬉しいです。

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