どうやら何か降って来た様ですよ?【月】
この小説を再び手に取ってくれた方々、初めて手にしてくれた方々、ありがとうございます。
ーー その時、大きな横揺れが2人を襲った。
月下美人の姿にノイズが走り、生憎と今の不慣れな身体では、その衝撃に堪える事が出来なかった。
俺は体制を崩し、地べたに座りこんでしまった。
「きゃっ!」
『ナフティアっ!』
今の衝撃が始まりだと言わんばかりに、天井は僅かに崩れ始め、月明かりの覗いた天窓にも亀裂が入った。
部屋のやや中央部よりの上、先のマサトとナハトの戦いの余波で突き破られた所から崩れ始めた様だ。
床もいくつか陥没しているのが、ここから見えた。2人の力と力が衝突した際のこの部屋へのダメージは計り知れ無い。
『どうやら…余り時間が残されていない様ですね。』
『あの子が…魔王を打ち倒した様ですね………小さな月光精達よ…お願いです。…後少しだけ耐えて下さい』
俺の体感では、先程のナハトとの戦闘から、然程の時間が経って居なかったと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
魔王が座する、この城の王座は満映する奴の魔力によって特別な空間になっている。
宛ら亜空間と言った仕様だった筈だ。
外からの干渉は殆ど許されず、時間の流れもまた特殊だった筈だ。
オマケに、一部の魔族の上位存在しか立ち入る権限が貰えないので、魔王の群勢の中でも王座に直接行けるのは極々一握りの存在でしか無い。
もしも仮に城が何らかの外敵からの攻撃によって全てが破壊されたとしても、王座は無事だろうと言った感じらしい、と。
もしもそうなったら、最上階を守護して居たナハトを含め全ての部下を失ったとしても、魔王自身は無傷と言う、
なんとも悪の親玉らしいと言えばらしい作りなのである。
魔王城の作りの裏話、と言う続編が出た時に製作者さんが言っていた気がする。
しかも、ナハトが倒された場合にも、魔王は身を守る手段として『偽物の異動魔法陣』まで用意してると言う始末。
マサト達が仮にあのまま入って居たとしたら、永遠と続く次元の狭間の中を彷徨う事になって居たかも知れないのだ…。
あの空間とこちら側の空間との差、そのことが何か関わりがあるのだろうか…?、
それとも…主人公であるマサトの率いるパーティが、そこまで強かったのか…、その何れかだったのだろう。
『ナフティア…、よく聴いてください、この城にはもう…余り時間が残されて居りません』
月下美人アメリア…その言葉に、再び意識を彼女に戻す。
上から小さなカケラの様なモノが降り注ぎ、少しずつではあるが床が軋みあげている。
あの戦闘の後だというのに、この部屋もよく持った方だと思う、まぁ、魔王が生きている限りはその存在を起点として生み出された根城、だった筈だし。
彼奴が倒れたならば、月下美人の言う通り猶予は、余り残されて居ないだろう。
恐らく…では有るが、先程の地震の時の言葉から、今の月下美人の姿を投影して居るのは、
月の光の魔力と月光の精霊の力。
人間の肩に乗れる程度の大きさの精霊が寄り集まって、月下美人の姿の映像を作り出してるのだろう。
天井が崩れて来た事に怯えた様子の精霊達が、月下美人の背後から光の玉の様な小さな姿で現れてた。
5人程だろうか、彼女達が月下美人をこの場に投影してくれて居たらしい。
最初のナハトの姿の時には、見る事の出来無かった、彼女達の姿。
夢心地の様な熱に悩まされていた様な感覚からの覚醒。どうやら目が覚めた様な状態…それだけでは無い様だ。
小さな白いワンピースをその身に纏って居た。
『無理をさせますね、すみません…』
その月下美人の言葉は、小さき彼女達に向けたものだ。
『良い子ですね…』
彼女達に、月下美人が小さく微笑みかけた。
幼い姿の彼女達が、何か言っているのだろう、ちょっと羨ましい…。
…ん?羨ましい?以前(前世)の俺は、そんな奴だったっけ?。
『ナフティア…再び、男の姿に戻り、その力を使ってココから脱出して下さい』
…男に戻る?
『……そして、貴女の故郷…月の神殿へ来て下さい』
こちらに再び、顔を向けた月下美人は、真剣な様子で語りかけてくる。
「はい」
『場所については、迎え…って…ます』
再び天井が悲鳴をあげ、彼女の姿に『砂嵐』が走る。
ゲーム時代の時にも見た、月下美人の月下美人足るその表情に、どこか…もう大丈夫そうだな…と、差し迫る自分への危機を他所に胸を撫で下ろした。
月下美人が、片手を床に落ちていたナハトだった頃の装備や、その旗印とも言われた。
『紫のマフラー』に向けて、手をかざすと青い光の球体の様な姿を形作り、俺と月下美人の間に浮かび上がる。
『貴女にこの《チカラ》を授けます、きっと、貴女の助けになる筈です』
その言葉が終わると共に、ナハトの身体も青い光に包まれた。
どこか先程の母との温かみを感じる力に、こんな状況にも関わらず安心感を覚えた。
俺の身体を覆う光に、比べて小降りに見える先程の光を月下美人は、ゆっくりと引き入れて行く。
ーー その小さな光が入った瞬間、変化は起こった。
俺の身体の線に沿う様に、身体を覆う大きな光とは異なる強い光が生まれた、その強い光がゆっくりと形作られて行く。
セーラー服などに使われる様な膝より少し上の、青い折り目のプリーツスカート。
藍色の単衣に白の着物で上半身を包み、胸元の下に帯が一巡し、更に帯の上を黄色の鈴がついた青い紐が一巡している。浴衣や晴れ着などに使う『帯留め』にも似ている。
肩から肘までが露出し、肘から手首の辺りまでの肌が隠され白い振袖になっている。
着物や振袖の各所に、紫色、白色、黄色、赤色の『フリージア』の花模様が控えめに添えられている。
『フリージアの花言葉』は色によって示す意味が異なると言う。
紫色は『感受性』、白色は『純潔』を指し、黄色は『親愛の情』を、そして赤色は『慈愛』を指す。
肩から膝の露出して見える所は、半透明な幕の様なモノで覆われ、天井やら壁やらから夜風が入って来てるにも関わらず、不思議と寒く感じない。
下半身は短めなスカートの上に、透明な前だけ開いた膝丈のスカート?の様なモノが覆っている感じだ。
前世の男だった頃には、余り馴染みのなかった花言葉だが、このゲームを通して少しだけ知っていた。
『そのマフラーの本来の姿‘’月光の羽衣‘’です。あの襲撃の際に‘’月の鏡‘’と共に強奪されてしまった物です』
説明してくれている彼女の表情に、僅かに影が指す。
当時の事を、やはり思い出すらしい
「…お母様」
俺が僅かにそう溢すと、彼女は困った様に頭を振って続けた。
『その使い方も貴女の中に秘めました…』
『きっと貴女の身を守ってくれる事でしょう…』
『さぁ…もう此処は危険です、…行きなさい』
「分かりました、お母様…」
その言って月下美人は、出口…マサト達がこの部屋に入って来た所を指刺した。
俺はそのまま駆け出そうとして…
『…ナフティア』
彼女に呼び止められた。
「はい?」
俺が聞き返すと彼女は少し迷った様に告げる。
『私の名前を、呼んで頂戴?』
…名前?どうしてこの状況で…そんな事を?…まぁ、良いか?
「おかあ……、」
…反射的に先程の様に、お母様と言いかけて、『違う』と思った。…名前だ。
そうだ…さっき彼女が俺の名前を言った時、俺の本当の名で呼べる…と喜んでいなかったか?
…ならば、
「アメリア・M・トリスタン」
「私のお母様…」
その言葉を最後に、俺は彼女に背を向けて、再び走り出した。
彼女…母の我を見送る視線を背中に感じながら…
『…無事に帰って来て下さいね、ナフティア』
『さて、後は…あの子達が帰り道に迷わない様にしないといけませんね…』
月下美人は、そう言ってもう1人の我が子。
マサトが通った『空間の傷』へと視線を向けた。
ーーーーー
「さてと、ココから、どうやって脱出しましょうかしら…?」
月下美人の下を去り、僅かに寂しさの残る気持ちを抑える様に、腕を胸に抱きつつ辺りを見回す。
……逃げなければ、身の危険への不安が押し寄せてくる。
色々と考えて置かなければいけない事は多くあるが、今はいい。
冷静さを失わない様に、心の中で自分に言い聴かせる
「たしか…、こっちだった…筈よね?」
前世の記憶を頼りに、マサト達がこの部屋を訪れる際に通ったであろうボスへと回廊へと足を向けた。
前世の女子高生を思わせる丈のスカートを翻し、駆け出す。
緊急時とは言えども、こんな様子を8歳の日まで身の回りの世話をしてくれていた従者『婆や』に見られたら、なんて言うだろう
…きっと、こんな感じだろうか?
ーーーいけません!、はしたない(品が無い)ですよ、お嬢様!!
『今の自分』の幼い記憶の日々の中で、背中の曲がった老婆の姿が思い出された。
コレも記憶復活の一つか…と、今の自分を客観的に見ている自分が呟いた。
初めて来た筈の回廊『現代の神器』或いは『現代の千里眼』とも言うべき《スマートフォン》
ソレら無い様な状況で道を知っていると言う、不思議な感覚を覚えつつ
ゲームとして画面を見ながら指を動かすだけとは違う状況。
自分が身体を動かさなければならない状況に何処か、高揚感の様な不安の様な…それとも恐怖の様な気持ちが、懐かしい気持ちと混ざって、ドクドクと心臓が高鳴る。
余り…余計な事を考え過ぎてはいけないとは、思ってみても、やはりどうしても、ふとした時に戸惑ってしまう。
記憶にある肉体の感覚の誤差、いや…違和感か、歩幅が狭いし男の時と違った身体の軽く感じる。
今の自分と比べているのは、前世の自分なのか…ナハトだった頃の事なのか…?。
待て、ダメだ…逃げなけれいけない状況で、身の危機以外への思考は命取りになる。
コレは回廊が暗いせいだ!、きっとそうだ!
この違和感は前世の記憶があるからなのか、それとも10年間のナハトとしての記憶が作用しているか?
。その答えは分からない、だが頭を切り替えねば!。
不幸中の幸いとして、城の崩壊の速度は速くは無かった。だが…いつこの崩壊の速度が早まるか?分からない、
慣れない身体に戸惑いを覚えながら脱出を改めて決意する。
ゲーム知識として、ボス部屋を出た後は真っ直ぐ進むと螺旋階段があるのは知っている。
その螺旋階段の各所に仕掛けがあって四天王や幹部達がマサト達の行く手を遮る為に立ちはだかる。
正しく最終決戦前の、良くあるボスオンパレードな展開だった。
長い螺旋階段、中々上がれない…と言った感じだったのを覚えている。
もしも降っている時に崩れでもしたら…やばい。
そう思った俺は、あえてボス部屋から真っ直ぐに螺旋階段へ向かって進まず、『ゲーム』時代では通れなかった道をすすんだ。
RPGゲームなんかでは、良くある事なのだが。
扉がある筈なのに通れなかったり、穴がある筈なのに入れなかったり、決められた方向以外
いくら調べても進めない。行けたとしても『宝箱』や『貴重な道具』を拾える所までしか進めない。
『ゲーム』だと行き止まりになってしまう道だ。
…だが、
現実となった今は違う。
この道の先は確かに続き、出口へと繋がっている事を俺は知っている。
目の前に見える曲がり角を曲がって、後いくつか曲がった先にある城の出口。
それは、ナハトとしての知識があったから。
この城に住んでいた記憶がっ!
勝手知ったる…なんとやら…だから、大丈夫だ!。
「…急がなくちゃ」
ーーー もしも、この時、月下美人の『今一度男の姿に戻り』と言う指示を、部屋を出る以前から行っていたならば。
或いは、俺の身体にチカラを秘めた…と言った彼女に、少しでも自衛手段について教わっていたならば、
そもそも、部屋の崩壊が進み始めなければ、いやもっと前に。
この先に訪れる自体は変わっていたのかもしれない。
俺の未来は…変わっていたのかもしれない。
曲がり角を進んだ先は、また廊下だ。
広い城の中、まるで前世のタワーマンションを階段で降りてる様な、そんな気分と言えば良いか、景色の変わらない迷宮を歩いている様な気分と言うべきか。
自分に大丈夫…と言い聞かせ。
そんな中を決意を新たに進んでいると、今度は左右に分かれた曲がり角が見えた。
「ここを右に…」
「っ⁉︎」
曲がって…と続けようとして、首から背中に薄ら寒いモノを感じ、俺はその先を言うことが出来なかった。
ナハトの時代に培われた『カン』と呼ぶべきか…或いは生物故の本能なのか?
そんな俺の中の『ナニカ』が警鐘を鳴らした!。
俺は咄嗟にその感覚に従い、視線を進行方向とは逆の道に向けると。
…そこに居たのは。
廊下の窓から刺す月明かりで怪しく輝く大鎌を持った影が、
今にも大きく振りかぶった『ソレ』を。
ーーー 俺に振り下ろそうとしているのがみえた。
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
サルタナです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
前回の投稿作品を見た方はご存知かも知れませんが、ここから少しだけ変わって行きますので、誤字脱字、変な文などご指摘頂けますと幸いです。
一人称出来てますかね?…私
では、また次回の更新でお会いしましょう。