どうやら『彼』のお目覚めの様ですよ
冷んやりとした物を感じる。
その冷たさに、不思議と思い起こされた記憶は、自分がまだ学生の頃、部活が終わった折に誰かと寝転んだ廊下の記憶だった。
記憶の映像の自分は天井を見上げて居るのだろう、そう思った矢先に…記憶に砂嵐が走る。
ーー ーー ーーんん?
「マサト!」
なんだ…?誰かの声が聴こえる様な…?…女性の声だ。
その声の後に、複数の人の足音が聴こえて来る。先程の記憶であった様なまるで廊下を歩く誰かが走って居る様な音だ。
「マサト!大丈夫!?、…しっかりして!」
遠くで誰かを呼んでいる声…、何だろう…?どっかで聞いた事ある声に、似ている様な…?
「そんなに揺らすな!ナターシャ!先ずは回復魔法をっ!」
「そっ!そうよね!分かってるわよっ!今する所だったの!」
聴き覚えのある女性の声とは、別に男性の声が聴こえてきた。
あ、そうそう、ナターシャだ…、良くゲームでお世話になったわ…あの子。
ちょっと勝気な感じ…今風に言うと『ツンデレ』な台詞とか多くて、居ると居ないとではパーティの生存率が段違いって感じで…、
ん?、いや、ちょっと待てよ、男の方もなんか聞いた事ある…ような?。ええと…
『聖なる光、女神の名の下に我が友の傷を癒したまえ ーーヒール 』
記憶を掘り起こそうとした所で今までとは違った『声』が聞こえる。
…いかん、男の方よりナターシャちゃんの方が思い出される。
聖句…いや呪文って言った方が分かりやすいか、コレははっきりと覚えている、……良く戦闘中とかに結構回復魔法使ってくれてたもん…ナターシャちゃん。
いい歳こいて『ちゃん』呼びは変かも知れないが、内心だから大丈夫。うん、どうせソロの据え置きゲームだ。
半自動で行う戦闘システムだったから、主人公だけは自分でコントローラーで自由に動かして、他のパーティメンバーは自動で、やってたからなー。
上手い具合に仲間のスキルや魔法と、主人公の技がかち合ってコンボ!ってなると嬉しかったなぁ…
テレビ画面越しに、一人で空中殺法!とか言って…
ピクリ…と、無意識の内に操作機を動かしていた時の記憶を思い出し、指が動いた。
……ん?アレ…でも、俺いつのまにゲームやってたんだっけ?
それに声や足音?と言うか、物音と言うべきか…何か…遠い気がする…、俺テレビ画面の前で寝落ちしたのか?寝相そんな悪かったっけかな?
そっと瞳を開けてみると、寝起きだからなのか、どうにも視界が定まらない。
壁かどっかに背を預けて座ってるのはわかるが、視界も頭もぼんやりと霧がかかっている様にはっきりとしない。
目を擦ろうとして、手足が異様に重い事に気づいた。
アレ…?、
ぼんやりとした視界の中、眼に映って居るのが自分の太ももだと言うのが分かって来た。自分が俯いてるらしい。そんな単調な事さえもわからない、まるで病気で高熱を出して居る時の様な感覚だ。
先程、冷んやりとした感じがしたのは、背中とお尻から伝わって来てたのか…。
変な所で寝たせいで風邪でも引いたのだろう、明日も会社だと言うのに…社会人なったばっかの若者か…俺は。
こんな事を高校ん時の友人に素直に話したら、30歳過ぎにもなって何やってるやら…って思われそうだなぁ、いや、言うわ、うん…アイツらなら絶対口に出して言いそうだわ…そんな奴らだし。
まぁ…いいか、会社疲れで寝落ちしちゃったんだろう、
さて…今は、何時だろうか?。…風邪薬とか家にあったっけ?
…え?
そこまで思い立ってかか、そっと顔を上げてみるとまだハッキリとしない視界でも、暗いのだけは分かった。
眼鏡を使う程に視力が悪くは無かった筈なのだが、…自分の手足の周りだけ星々の光で少しだけ見える程度しか見えない。
都会の灯の多さに慣れたせいで夜目が効かなくなる…とは聞くけど、こんな見えないもんだっけ。
「どうして…?、傷は治っているのに、目を覚まさないわ!」
「クソっ!どうなってる!、松明の火がさっきの攻撃で消えたらしい!この暗さじゃ見えにくい」
闇の向こう側から、声が聴こえてくる。
もしかして、俺の部屋…じゃないのか?、え?マジか、
ーーー その時、丁度月の明かりが刺して、その光が一筋の光の帯となってその空間を淡く照らしだした。
「良かった、月明かりで見える様になったわ!」
確かに、少女の言う様に明るさとしては充分だった。
靄のかかった目が少しずつでは有るが定まってゆくと、円形の部屋だと言うのが分かった。
野球場、或いは小さなスタジアム、それぐらいだろうか?
最近は野球のテレビ番組も見てないし、実際に入った事も無かったから、ちょっと具体的には大きさまで同じとは言いがたいが…そんな感じの広さか…?と思う。
中央部辺りから、壁までの中間ぐらいに天窓がぐるっと一巡している様だ。
壁には複数の火の消えた松明らしき物が見える。
え〜…っと、マジで…何処ですかね……ここ?
目線だけで辺りを見回してみても、分かったと言えば……自分の部屋では無い事は分かったぐらい。
部屋に勝手に侵入されたとか、そう言うのでも無いらしい、良かった…。そこは…安心だ。
色々と怖いニュースなんか多かったし、正直そう言う心配は仕方ないと思うんだ。
こんな独身おじさんの家なんか誰も入って来ない…と思うが、とりあえずはソレでは無かったらしい
だからと言って、誘拐されて変な所に軟禁!と言う訳でも無い様だ。
閉じ込めるにしたって、こんな無駄に広い場所にする意味も無いだろうし…、もしも誘拐なら目の届く狭い部屋とかだろう。監視カメラとか有る様な部屋用意出来るぐらいの組織だったとかでも無い限り。
それに先程から聴こえてくる声の主達が、俺を誘拐どうこうした訳では無いらしい。多分。誘拐の可能性はあるけど、なんか込み入った状況っぽいしなぁ…あちらさん。
…と言うかこっちに視線すらよこさないですよ。
そんな事を思いながら、視線を正面に戻すと、
「大丈夫!?マサト!」
再び女性の声、金に赤に青…そんで真っ金金、あ、髪の毛ね…最後のだけは鎧?かな?あれは着てる奴だけど。いや、髪色より目立つし目いっちゃうやん?。
そんな彼らの中で横たわる赤髪の少年…マサトと呼ばれた少年の仲間であろう数名の男女が見える。
金の鎧を着た人が、赤髪の少年の上半身を起き上がらせ金髪の少女が診て居る様だ。
遠目からでも、彼等の顔色が良く無いのは月明かりだけの所為では無いのが分かった。
って…アレ、マサトって事は…ゲームの主人公とヒロインじゃね!?え…コスプレ…?、演劇か?なんか?。
真に迫る演技…って事?、いや…そんな訳ないか。
自分は演劇なんて見に行く様な奴でも無かったし、そう言った事に誘ってくれたりする様な知人は居なかった筈だ。
もしかしたら、こう言った円系会場の中で広々と公演を行なって居るのが今時のミュージカルかもしれないが…何より、彼等が居る所は舞台の上でも何でもない。少なくとも自分の知る演劇は舞台の上でやって居る印象だった。
って事はもしかして…、
残る可能性は一つ夢だ!そう!夢!。
もちろん目標と言う意味での『夢』ではなく、寝て見る方の。
……なーんだ、夢かぁ!なら安心だ。
それなら良く画面越し見ていた、ゲームのワンシーンが現実的になったと思えば良い、ま、夢だけど。
夢だと、気づいた時点で夢は覚めたり自由に出来る様になるらしいが、ここはゆっくりと観察しましょかねー、その内覚めるだろう。
しっかし、ゲームの中に入った様な夢って大人になってからも見るもんなんだな〜。
まぁ、そう言う夢は子供ん時も見た様な気がするし、そう言うモノなのだろう。
変な夢では有るが、現実的な人間達が動いてる所とか、もう最高やん。
さてさて、どの話の事やってんのかな?…っと。
ーーーー
眠る彼はそっと微笑んでいる様な寝顔だった。だが顔色は悪く、額に汗が見える。恐らく『力』の使い過ぎだとナターシャは思った。
『太陽の光の残滓』を行使する力。
それは端的に言えば《太陽がこの地に与える影響を司る》属性だ。
この世に存在する五つの基本属性『木属性』『土属性』『水属性』『火属性』『金属性』。
それらを構成する『根源の属性』の一つ。
その力は先程の様に、この世の存在するありとあらゆる物から特別な力を生み出し、そして行使する事が出来る。
本来、この世界において、人間が使用する事が出来る魔の奇跡は、
『魔を行使する術』ーー魔術と言う。
だが、彼が行使するのは『術』では無くその上の『法』だ。ーー魔の法則を司る事が出来る。
それはそうだろう、何せ全ての属性の根元を司って居るのだから。
彼は特別な存在なのだ。
いや、力自体は彼の一族で有れば全員使えるのかも知れない…、彼の家族に会った事は有ってもソレを知る由も無い。
彼は『太陽の勇者』と呼ばれる存在。
太陽の光を行使し、様々な奇跡を成し遂げる存在だ。
彼、マサトを仲間達が囲む様にして見守っていると、閉じていた瞼が僅かに揺れた、
「大丈夫!?、マサト!」
顔にかかっていた髪を優しく退けてやり、彼女の白い手が頬を撫でる。
薄っすら目を開けてマサトと呼ばれた少年は大丈夫だよ、と笑みを作った。だが、無理して居るのが一目瞭然だ。
少女は鬼気迫る様な焦った声をあげると、小さく歌う様に再び聖句の詠唱し始めた。
すると、その少女の両手と少年の傷口が神々しい輝きに包まれる。
『我が友に癒しの光を…ヒール!』
先程の一度目の回復では塞がる事の無かったマサトの頬や腕など各所の傷が、次第に塞がって行く。元来彼女の回復魔術は、強力なモノが多く使用する事が出来る。もしもこの場所で無ければ…だが
現在この場所では行使する事が出来ないのだ。
その理由としてはいくつかある。
一つは、この場所が邪なる王…魔王の居住である事、この場に溢れかえる暗黒…ダークマターによって人に宿す魔力を魔術として形を成す上で邪魔をし、闇に吸収されてしまう事。
その吸収を阻害し、自軍の力が魔の軍勢に贖う可能にし行使する事が出来るのが『勇者』と言う選ばれた存在の力だと言う事。
もう一つは、『聖なる光の術』の行使する上で必要な力は、基礎属性とは別の『光』『聖』と言う属性の力。
その他に基礎属性の『水』『火』の力を必要とする事。水の性質の一つに『癒』『静』と言う性質があり、その性質を『聖』と『光』が増幅する。
だが…肝心の『水』を構成する根底の『力』ーー『太陽の残滓』が先程使われてしまっている為に、この場で行使するには自分の中に宿る魔力の『水』『火』のみでの使用となる為に、高い効果の回復が使用する事が出来ない。
更に今は時刻にして夜だ、月の光は有っても太陽の光が再びこの場に満たされる事は、無い。
加えて、この魔王城は太陽や月の光も届かない曇天の地だ。
次にそれら光の力が補充されるのは、いつになる事かさえ分からない。
「ナターシャ…?」
少女の膝に頭を乗せた少年、マサトがゆっくりと目を覚ました。
明るめな鈍色の瞳が瞼から覗く。
魔術について加えて説明すると、この世界において魔術は『産まれ』によって左右されたりするのだが…、その話は、またの機会にして置こう。
マサトは、今の状況に気づいた様でガバッとした効果音が聞こえそうな程に勢い良く起き上がって、ナターシャから僅かに距離を置く。若干残る息切れを整え様と大きく息を吸うと、深く息を漏らした。
そして、少女に微笑みかけて告げる。
「ありがとう、ナターシャ、助かったよ」
その彼の様子に今度こそ大丈夫だと、安心したのか少女も、そっと息を漏らすと、頬を膨らませつつ告げた。
「全く…マサトは…、こんな無茶してっ!、なぁにが!『ナターシャ、助かったよ』よ!?、私の…私達の気持ちも考えてよねっ!」
金髪の少女…ナターシャと呼ばれた少女は怒りとも呆れとも取れる口調で、腰に手を当てマサトを叱りつける。
だいぶ御立腹らしい。仄かに目元に光る物が見えるのは仕方の無い事なのかもしれない。それだけマサトに心砕いてくれているのだ。それが嬉しくもあり…マサトにとっては愛おしくもある。そしてだからこそ罪悪感が大きい。
だが…それでも。
「ナターシャ、そして皆…でも俺は、兄さんとの最後の一騎打ちを逃げる訳にはいかなかったんだ…。」
「だから…、ワガママ言ってゴメンね、ナターシャ。」
傍に膝を着く少女…ナターシャに、そして仲間達へと今一度微笑みながらも、謝罪の気持ちを素直に彼らに伝えると、そっと彼女の頬に手を伸ばして雫を拭う。
この一騎打ちを初める以前、最初は彼らは皆反対だった、何かある、罠かも知れない、危険だと…。
だがマサトは、彼は止まる事は無かった。
その最後まで反対していたのは彼女…ナターシャだった。
…だが最後には、うっすら目元を濡らしながらも他の仲間達が張った結界へと下がってくれた。
泣くまいと言う表情を浮かべ、頑張って…と一言マサトに残して。
「べっ!…別にいいわよ…。私達絶対マサトが勝つ!って信じてたし…」
ナターシャは、マサトの治療を終えると、自らの両手を自分の膝の上に置くと、白く丈の長いスカートの裾を握り締め、マサトの微笑みから紅の指した頬を隠すかの様に俯く。
「でも…でも!…、不安で…心配で、怖かった…」
何が…とは言わない。ソレは言ってしまう事さえも現実になってしまうかもしれない恐怖からか、
はたまた、彼を失ってしまうかも知れない恐怖の方か。
『魔術』或いは『魔法』と言う懸念があるこの世界では『声』と言う『言の葉』が、今の『現実』に影響する世界。
例え、『魔力』を込めて行っていなかったとしても、今話して居る『言葉』も『魔術』も元を辿れば同じ『声』。可笑しな話と誰に嘲笑われたとしても…、それでも彼女は不安なのだ。
そのささやかな不安は、信仰心の厚い彼女で無くとも…と言えるだろう。
『術』が及ぼす効果は、それだけ偉大で万能で強力な事も多い。そして…どこか悲しいのだ。それはこの世界で皆当たり前に知っている事だ。
彼女は、ココに居る誰よりも…誰よりも!…、マサトの手助けをしたかったのであろう。
ナハトとの戦闘中、何度も自分を心配する言葉が聞こえた。
頑張れと、そして…最後にマサトが見たのは、煙の中から見えた…彼女が神に祈る修道女の様な…その姿だった。
「大丈夫!、みんなが…ナターシャが!、信じてくれたお陰で」
「俺は、勝つことができた!…ありがとう!」
マサトは、ナターシャの先程の治療魔法のお陰で、ある程度動ける様になった様だ。
ナターシャの両肩に手を置き、真っ直ぐ彼女の目を見て礼を告げた。
「いや…それほどでも…ないわよ。」
ナターシャはマサトに肩に手を置かれた時、反射的に、きゃっ…っと小さく悲鳴を出していたが、
真っ直ぐ見つめられている状況からか、顔を真っ赤にして、側から見ても狼狽えていた。
「そろそろいいかなぁ?イチャつくのは、別に良いがぁ〜、次が終わってからにしてくれないかな〜」
ナターシャとマサトの背後に立ち、身の丈より長い杖を左手に灰色の外套を纏った銀髪の青年が、マサトとナターシャの2人に声をかける。…幾ばくか…彼の目が座って見えるのはマサトとナターシャの気のせいだと思いたい所だ。
もう1人の大楯を持ち腰にロングソードを下げた、黄金の鎧を纏った青年も頷く。
暖かい空気を醸し出す2人に、今まで声をかける時を伺って居たのだろう。
こちらは、一応空気は読んだつもりだ…と言う感じの、少し口角をあげた。何とも言えない表情で2人を見つめて居る。
「い…イチャついてなんか…!、私とマサトは、そんな関係じゃないし……まだ」
「……そうだね、ココからが本番だっ!」
ナターシャは、銀髪の青年の言葉に当初顔を耳まで赤く染め上げながらも、声高々と反論していたが、
最後の方には、有り体に言わばゴニョゴニョ…と言う風に小さく呟く様になっていた。
一方で、マサトはコレからの最終決戦に向けての場の空気を和やかにする為の冗談、と…そう思ったらしく…。ハハっと小さく笑い声を漏らし。爽やかな笑みを浮かべて銀髪の青年の言葉に同意した。
ーーー
「アレが《奴》の所に繋がる転移床か?」
黄金の騎士の青年が視線で、目的の場所を指す。
《奴》…その短い一言だけで、この場に居る者全てに『何を』指し示しているのかが分かった。
…魔王だ。最後の敵、正真正銘の、彼等にとって最後の闘い。
「ああ、だと思うよぉ」
青髪の魔術師の青年は、マサトとナターシャから視線を外すと、騎士の青年の視線の先を探る様に部屋の中を見回し、若干間延びした口調で同意する。
騎士の青年が見ているのは、ナハトとマサトが決闘をした室内の中央、
部屋とそう呼ぶには余りに広く、また一般的に思い描く部屋にしては作りが丸い、そんな円形の…この空間。
黒い雲が見える天窓、そこから時折覗く月明かりが空間の闇を青く彩って居る。
丁度2人の見渡した先に、その一箇所の下に足先だけが照らされて居る『者』が見えた。マサトに兄と呼ばれた紫髪の少年…ナハトの姿だ。
部屋の中央部には四つの円形の柱があり、その柱に囲まれる様にして仄暗く発光する床が見える。
恐らく何らかの魔力を発していると言うのがココに居る、皆から見て取れた。
先程の金髪の騎士が視線で指していたのは、この床の事である。
そして、その黒い光を発する床の前にマサト達は、歩みを進めると先頭に立つマサトが、勢い良く振り返り皆に問う。
「みんな準備は、いい……か?」
マサトの力強い問いかける様な言葉は、最後まで続く事は無く、再び力無く崩れる様に跪いた。
『マサト!?』
皆それぞれに驚愕の声をあげ駆け寄る、一番戦闘に置いて近い位置に居る黄金の騎士が床に崩れる寸前で間に合ったが…マサトの顔色が青い。
再びナターシャの手に癒しの光が灯る。
「傷が治ってるのに…どうして…?」
マサトの表情はやはり…晴れない。じっとりとした汗が流れる。
「これから最後の戦いだって言うのに…!悪い…」
「大丈夫だ、無理をする事は無い」
「そうだよぉ〜、マサトぉ〜疲れちゃったんだよ…ちょっと休んで行ってもい〜じゃない」
騎士の青年が片手で事も無さげに支えてながらも気遣い。魔術師は休憩を促す。
「ナターシャも…ごめんな…」
「私は大丈夫…、気にしないで!。でも…どうして…?私の力が足りなかったせい…?」
「いや…痛みは…何処にも無いんだ!…だけど何だか…力が体には入らなくて…」
沈む様なナターシャの言葉にマサトは否定するも、言葉が容量を得ない。
『力が…入らない…?』
皆マサトの言葉を繰り返して見ても、やはり疑問の言葉にしかならない。
「やっぱり疲れたんだよ〜。ここまでずっと戦ってばっかりだし、仕方ないよ〜。」
普段なら魔術師の軽い口調に突っかかって行くナターシャで有ったが、確かに、皆からもそんな感じにも見て取れた。
「分かった…ごめん…ちょっと休んでから行こうか。」
『おー!!』
ーーー
ふぅむ?成る程。
コレは最後の方の一画だな。
確かこの後は…
ーーー
「うーん…、なかなかマサト顔色が治んないねぇ…」
青の青年が、修道女の膝に眠る紅の少年の寝顔を覗き込む。
「どうやら魔王の方も、何もしてこないみたいだし…様子見なのかなぁ?」
「…ちょっとっ!うるさいわよ!静かにしてっ」
マサトの近くで声を出して起こしたら!どうすんのよ!…とでも言いたい様に、若干小声で魔術師をたしなめるナターシャ。
「はいはい、ごめんごめん…ってば」
そんなナターシャに何処吹く風様に、尚も覗き込む事を辞めない魔術師の青年。
「ふむ…仕方ないか…」
『我、世界樹に連なる僕、水の森人の末席を預かる者』
「ちょっ!なっ!何をっ!」
「しっ!良いからいいから」
突然詠唱し始めた魔術師に驚きの声をあげた騎士を、手で制し。同じく目を丸くしているナターシャに問いかける。
「原因知りたいんでしょ?」
普段の間延びした口調では無い声に、彼女は無言で頷く。
『我は叡智を授かりし者、探求の使命を与えられし者、彼の者が宿す智を我に与えたまえ』
『簡易解析魔術』
その魔術名が唱えらた途端に、魔術師の手から小さな光の文字が生まれ、マサトの身体に帯の様に巻きつき。
やがて、再び魔術師の手元に返って行った。
「解析魔術か…成る程、そう言えばその手が有ったか!」
黄金騎士の青年が、興奮した様に声を弾ませて魔術師の青年を見やる。
興奮した気持ちのままに勢い良く胡座の足を叩いているが、痛くないのだろうか…、いや、と言うか至近距離の彼等は五月蝿そうだ…。
「ダメ…、一応病的な物から呪いの類いまで調べてみたけど…分からないや。」
魔術師の青年が、閉じた瞳をゆっくりと開けると僅かに表情を顰めて告げた。
「そう…」
その言葉に対して、ナターシャの口から出てきた言葉は、それだけだった。
「本当かっ!、お前で分からない…となると原因とは一体何なんなのだ!」
黄金騎士は、皆が歯痒さを覚えている中で苛立ちを隠しもせずに、叫ぶ。
「わっかんないんだよ!、賢者のボクにだって!分かんない事ぐらいあるもん!」
「それは貴様の怠慢だろう!、だいたい普段から貴様は!…」
太陽の勇者、勇者とは…勇ましき者、勇気ある者、勇気を与える者。勇気を持って支える者。そして、勇気を忘れない者。
その存在が欠けた状態の今、それぞれに敵地の中で抱いていた不安な気持ちが、顔を出し始めていた。
悪い方向に。
そんな中、ナターシャだけが自らの膝の上に眠る紅の者、マサトの顔を見つめながら…気になっている事を思い出していた。
昨夜の事だ。
この城に突入したのは今朝の事、今の時間は正確には分からないが結構な時間が過ぎているのは確かだろう。
それだけの試練と言うべきモノを潜り抜けてきた。
だから、自分や彼等…仲間達を含めてマサトも疲労が有った…と言うのは納得出来た。
だが、薄々では有ったがマサトが倒れた後、再び回復魔術を行使した辺りで…恐らくだが昨日の事が今回の原因では無いか?と言う気持ちが有った。違う…と思っていた。だがそれは先程の魔術師の青年の言葉で確信した。…してしまった。
昨夜、ここに突入する前に一晩明かした地で明日の事を思うと眠れない…と言うマサトと会った。
最後の決戦、だからそれぞれに思いおもいの時間を過ごし…、夜になって宿に戻ると言う感じだったはずだが、結果としては何時ものパーティでの時間を過ごして眠りつく事になったのだが、そんな日の夜中に彼が顔を出して来た。
自分と話す前にも、他のメンバーと話してきたらしい…。
それを聞いて自分の中で複雑な…嫉妬心にも似た、様々な感情が有ったと思う。特に魔術師と話した…と言うのを聞いた時に。
こんな状況でこの感情は、この日には似合わない、そう言う恋心の話をしたいんじゃないのだ彼は…、彼はきっと、もしかしたら不安なのかもしれない。だから、きっと自分の感情をぶつけてしまってはいけない。
そう自分に制しつつ、話したかに思う。
自分だけを頼ってくれた訳じゃないんだ、と言う寂しさ…と小さな嫉妬心。それでも来てくれた事だけでも嬉しいと言う気持ち。
いつも通りに、ちょっとだけ素直じゃない私で話せたかな…?、なんて、そんな事を今になって思う。
少し彼と話した後、そろそろ遅いからと彼は席を立って部屋を後にして行った。
その時、無意識に引き止め様と彼の裾を引っ張ってしまったのが今でも恥ずかしい…。
だけど、その後笑って頭をぽんぽんして行った彼…、あうぅうー…。
思い出しただけでも頬が熱くなってきた!、思わず言い合いをしている彼等の方を見てしまった。
…良かった、幸い気づかれてない…、それに彼等は喧嘩している訳では無い。
最初は喧嘩っぽい感じだったが、どうやら今は作戦会議に移って居る様だ。…良かった。
……って違う!、私はこんな事思い出したかったんじゃない!。コレもきっと!そう!この場の闇が私の欲に働きかけてきたせいよ!。心頭滅却!心頭滅却!……でへへ…
「だから違う!」
「うおっt!どっ…どうした!ナターシャ!」
「びっくりしたよぉ〜どうしたのぉ〜?もぉ〜?」
思わず声にまで出してしまい、驚きの声をあげる仲間達にナターシャは…五月蝿い!何でもないわよ!と叫ぶ。
怒鳴られた仲間達は、ぱちくりと目を見開いて…お、おう?。と返した。
その後彼等は耳を寄せ合って口々に小声で何か言っている様だ、やれ…大方マサトの寝顔見て自分も釣られて寝てたんだろう?とか。
やれ…女の子の日なんだぉ…きっと、だから気にしないであげてぇ…だの!。
とりあえず、昨夜の事だ。
マサトが出て行った後、お花摘みに自分が行った時の事だ。不意にと言うべきか、やっぱりもう少し話したくて…べ、別に寂しくなった訳じゃないけどね!。
真夜中だから人肌…いや話し相手が欲しいなんて思った訳でも無くて!。そう!マサトがまだ私に言いたい事がある、って私が察してあげたの!それだけ!。
…って誰に言い訳してんだろ…私。
そんな風にマサトの部屋の前の廊下の辺りに行った時、マサトの部屋から灯りが漏れて来ていた。
そっと音を立てない様に、ドアの近くの壁に背中を預けると中から声が聞こえた。誰かと話して居るらしい。
…女の人?
『……じゃあ、ナハトは俺の…』
『はい…有り体に言わば…兄弟。あなたの上の子と言えましょう。』
無意識に声が漏れそうになるのを、手で押さえる。
兄弟?マサトと…、あのナハトが?
直接人々を殺して回って居るのは見た事が無いが…、それでも配下や四天王と共に散々自分達を苦しめて来た。…あの!ナハトが!。
魔王と言う存在に対抗する為に神が遣わした勇者。その勇者と言う存在に対して、魔王側が用意した反撃の存在とナハト本人も言っていた。
作られた命なのだと…。
でも実際は違った…?
『もしも…人間の本来の姿で有ったならば、歳の頃は18になります』
『18…』
18と言うと、成人の16を過ぎて居る私やマサトと二つか…三つの差と言う事になる。
『そう…ですか』
『…はい』
マサトの何処か思い詰めた様な声が聴こえてくる。
女の人…恐らく母親だろう。
彼の出自は複雑だ、母親が生きているのだって、つい最近知った筈なのだ。
何処か曇った様な女性の声、きっと通信術か…何かだと思う。
『それで…マサト。』
『はい…かあ…さん?』
何処かぎこちない口調。
『ふふ…まだ、不慣れならば大丈夫ですよ』
『………、すみません。』
『…ふふふ』
暖かい親子との会話…だったと思う、邪魔してはいけないと思って、そのまま部屋の前から離れたけど.
もしかしたら、その時に『何か』有ったのかも知れない…、きっとここまで力を使う事になった事と。
私達の知らない…何にかが…、
ーーーー そう思った時だった。
「貴様!生きて居たのか!」
「っ!」
2人の息を飲む様な叫びに、私は顔をあげた。
私とマサトが直ぐ動けない中で、一足早く黄金騎士と魔術師の2人が立ち上がって臨戦態勢を取る。
私とマサトを庇う様に前に立つ2人の向こうに、影が見えた。
ココはまだ魔王城の中だ。気を抜いていたつもりは無かった。
松明の炎は灯してある以上、先程よりも明るい。…だが。
2人の先に有ったのは…闇だ。
いや…この場合は『在った』と言うのが正解かもしれない。
確かに、晴れる事無き魔王城と言う空間。暗い場所は多く有った。
だが、目の前に在ったのは、どの暗がりよりも暗い『闇』だ。
円形の部屋の中で一箇所だけ、まるで光も何もかも吸収し尽くした様な闇が座して居る。
「あれは…?一体…なに?」
寒気さえ覚えてしまいそうなソレから、視線が反らせない。
「……ナハトだよ」
「え!?…でも、ナハトは…さっきマサトが…」
黄金騎士の返答を信じる事が出来ず、そう返してしまった…だって、アレは闇の塊の様ではないか。
「さっき…、あの闇の霧が巻き起こって、ナハトを包み混んだのが見えた。」
「…ボクも」
「どうなってのか、分かんねーが、時折あの霧が晴れて姿が見えるっぽいわ」
「それって…、復活したって事なの?」
「考えたくないが…そうかも知れない。」
「そんな…」
戦闘の際に、ナハトは霧の様な闇を見に纏う事が多い。
もしも復活したのであれば、マサトが倒れて居る今、戦闘は私達だけと言う事になる。
彼は遠距離からの魔術を吸収したり、跳ね返して来たりする事ができる。
一度、『賢者』と呼ばれる魔術師の最高位に存在する青年の上級魔術さえも打ち破って来た存在。
大楯を持った黄金騎士は守る事は出来るが、機動性は自分の影をその場に残す様にして移動するほど速い、その上で更に、闇の空間跳躍が使えるナハト相手には、攻撃する事が出来ずジリ貧になる恐れがある。
加えて、相手は暗闇が有れば魔力をいくらでも充電出来るのだ…、口には出せない事だが…正直に言ってきつすぎる…。
そんな考えの最中、視界に映る『闇』が動き出した。
こちらに向かってゆっくりと進んでくる、速度は然程にも速くはない。まるで歩くかの様な程に。
相手のその様子に「先手必勝!」…そう叫ぶと魔術師は勢い良く身の丈より大きな杖で地面を思いっきり突いた。
それが合図だった様に、闇の下から水が溢れ出し、まるで鞭の様に闇に絡みついた。
「どんなもんだい!!、……んん?」
魔術師が気持ちを表すかの様に、軽くガッツポーズをすると、訝し気に足元を見やった。
ーーー その次の瞬間、魔術師は大きく空に舞った。
「うーーーーーーーわーーーーーー!!」っと……何処か気の抜けた様な叫び声をあげて…。
よく見ると魔術師が立って居た場所の下から、手が生えており、…そのまま影の様なナニカが這い出てくる。
……ナハトだ。
身に纏って居た影は無く、先程の水の鞭で絡め取られた際に脱ぎ捨て、影の中を蔦って移動して来たらしい。
本当に反則と言っても良い程の移動手段だ。
隊の後衛だった魔術師の所に移動して来た…と言う事は、つまり。ナターシャとマサトの目の前だと言う事。
ナターシャは、彼の存在が近くに現れた事に対して、支援魔術から急いで杖を構えて攻撃魔術に聖句の詠唱を切り替えるが…余りにも近過ぎる。もう普通に歩いて来ても数歩の距離だ。
身に纏って居た闇が無くなって尚、身体が何処かブレて居る様に見えるナハトが手を伸ばしてくる。
「…のむ…ど…」
「……え?」
ナターシャが覚悟を決めて、マサトだけでも守ろうと思った矢先。……か細い誰かの声が彼女の耳に届いた。
おもわず顔だけをナハトの方に向けた時、目の前に立つナハトの背後から思いっきり盾を振りかぶって居る騎士の姿が見えた。
「…ゃましないでくれ…」
「ぐあっ!」
今度はナハトの口が僅かに動いたのがナターシャから見えた。とそう思った瞬間、
ナハトが背後に向けて思いっきり身体ごと腕を振るった。…だがそれも剣を持っていない方の手で。
なんだろう…この違和感。
そう思った時、冷たささえ感じる紅い瞳が真っ直ぐにこちらを見下ろし、再び剣を持たない手を伸ばして来た。
「ひッ」…と言う息を飲む音が自分の喉から聞こえた。マサトに危害を加える気だ。
聖句の詠唱も間に合わない。中途半端な光の魔術だけが杖の先に有った。
瞳が恐怖に揺れる…だけど…
「マサトは、やらせない!殺させてたまるもんですかっ!」
そう言って杖をナハトに向けて、光弾を放とうとして
…だが、それは一瞬早く杖の先を掴んだナハトによって、握り潰されてしまった。
殺される…。
そう覚悟して、目をつむるが…
だが…、いつまで経っても何も起こる事は無い…。
代わりに聞こえて来たのは、声だった。
「すまないが…、少し良いだろうか…?」
幼い少年の様な高めの男性の声。
「………え?」
何処か気の抜けた声が漏れる。
目を開けてみるとナターシャの膝の上で眠るマサトに、確かにナハトは手を伸ばして居る……、だがそれはは気概を加える為などではなく…、頬を撫でて居るだけの様だ。
「え、え?、えーーー?」
自分のそんな声が出るのも仕方ないと思うんだ私。
…良く見ると、両手に剣を持っていない…。
飛んで行った騎士の方へ目を向けて見ると…ちょっと壁にめり込んでけど、普通に這い出して来た…っぽいから、大丈夫そう?。
少し視線をズラすと、尻餅をついた様な体制で頭を撫でる。魔術師の姿さえ見えた。
良かった…2人とも無事らしい。
彼等を吹き飛ばすだけ…、なのだ。
そして、今も私達を傷つける様子さえない。……どうゆう事?。
…剣士であるナハト、彼と自分との距離は数歩と無い程、その程度の距離など彼にとっては無いに等しい。
瞳を瞬く間の一瞬の内に終わっていただろう。
黄金騎士が背後から迫って来た時、彼は助走をつけて上から上段に構えた盾を持っていた。
つまりは胴体がガラ空き…、そのまま斬り伏せられていたかも知れない。
そもそも、最初の魔術師の時も下から切り上げられていたら…、投げられた程度では魔術で地面に叩きつけられるのは回避できるのだから、普段の彼ならば最初の時点で斬り伏せていたかに思う。
なのに…どうして?、そう思っていると…。
「ごほっ!ごほっ!」
ナハトが大きく咳き込んだ…口元から血が出ている。
先程のマサトとの戦闘のダメージ…?
「あなた…いったい?」
何がしたいの…と言う言葉を続ける前に、ナハトが血で染まった右手をマサトの方へ差し出す…
すると、その手が輝き出した。
ナターシャの問いに答える事は無いままに光を、マサトの顔の前に差し出すと。
その光がマサトの中へと流れていった。
「ちょっ!ちょっと!何をっ!」
「……大丈夫だ」
だから!何がよ!?、と叫びたかった。だが下手に刺激して私まで吹き飛ばされては、何かあったらマサトを守れない。
そう思って見守っていると、光がナハトの手から全てマサトに流れ切った瞬間。
一瞬だけ、ナハトの姿がブレて……知らない女性の姿に見えた。だがそれも一瞬の事で…、
気のせい…?だったのかしら…、そんな思考も自分の足元から聞こえた小さな声に一瞬にして忘れ去られる。
「……う」
「マサトっ!」
ーーー マサトが目を覚ました。
ーーー
「俺は…眠って居たのか?」
「そうよ!、とっても青い顔して!、心配したんだから!…回復魔術も効かないし解析魔術でもわかんなかったし…」
「そっか…、ごめんな…」
今は、マサトが目を覚まして数分、戻って来た騎士と魔術師にナターシャが状況を説明し終えた所だ。
「兄さんが助けてくれたんだね…」
そう言って、静かに膝立ちで座って居る紫の青年に目を向けるマサト。
ナハトはその言葉に答える事は無く。
視線を魔王の座する入り口…らしき方に向けて別な事を口にする。
「アレは…侵入者を騙す為のブラフだ…」
『え?』
「本当の入り口は、ココにはない…」
「そんな…じゃあ、どうやって魔王の元に行けば…?」
その事実に、一同が驚愕の声をあげ、ナターシャがそんな声を出した。
「案ずるな…、俺が開く…」
僅かに胸を押さえつつ、彼は言った。
「っ」
「出来るのかい?」
魔術師が問いかけと、凶悪な笑みを浮かべて彼は再び口を開いた。
「愚問だ」…と。
ーーー
「みんな…準備はいいか?」
マサトが皆に問いかける。
『おう!(おー)』と言う力強い声が返って来た。
それを見て、マサトはナハトに視線向けると。
ナハトは少しだけ頷き、目を閉じた。
剣を水平に構えると、剣が闇を纏う。
そうして、マサトとナハトの戦いの時の様にトリガーが引かれた。…今度は6発。
ーー次の瞬間、剣から闇の風があたりに吹き出し始め、
『ダァァァァァ!!』
大きくナハトは吠える様に叫び、そのまま思いっきり目の前の空間を斬り裂いた!。
空間が傷跡の様に縦に割れる。
「……はぁ…はぁ」
ナハトが剣をた杖代わりに立っている中、その背を見守っている事しか出来なかった。
「…スゲぇ」
そう呟いていたのは誰だったか。自分かもしれない。
そう思う程に凄まじい魔力だった。
「…はぁ…、オレが…デキるのはここまでだ…」
姿だけで無く声にさえも聴き取り難くなってしまったナハト。
見るからに消費が激しかった様だ。
「ありがとう…兄さん」
「良し!みんな行くぞ!」
ーー そう言って彼等は、魔王の元へと繋がっている空間の傷へと歩みを進めて行く。
ーー 今…最終決戦が…始まる。
…………………
………そして、一つの物語が終わりへと足を進め、また一つの物語が歩みを始めた。
……やがて、彼等を見送ったナハトはフラフラと壁の方まで傷ついた身体を引きずる様にしてたどり着いた。
紫髪の少年以外、そこには誰も…居ない。
『…………ナハト…』
だが、誰も居なくなった筈の、この空間に、
何処からか、女性のーー聞く者に暖かみを与える様な優しげな声が響く。
されど、声からして女性と思われた『声』の主の姿は見えず、天窓からの月明かりだけが、ナハトを静かに照らし出す
すると、蛍だろうか…?天上からゆっくりと舞い降りた小さな灯が一つナハトの前を通り過ぎて行く。
その灯は、一つ…また一つと…ナハトの数歩離れた場所に集まり始めた。
集まった灯は、次第に大きく…尚大きく。
その姿を変え小さな手の平にも満たない雪の結晶程度の大きさから、人の身の丈ほどの大きさになると、ぼんやりとした輪郭の人型へと、姿を変えて行く。
『ナハト…我が子よ…会いたかった。』
空間に響く声…いや、ナハトの耳にだけ聞こえてくる声が誰のものなのか…、
その答えを、彼は知っていた。
『アメリア・M・トリスタン』
ーーーー又の名を、月下美人。
ーー 彼の
ーーーそして、彼等兄弟の…否…姉弟の
ーー 実の母親である。
こんばんは、こんにちは、おはようございます、サルタナです。
やっと更新出来ました!。
毎日の暑さに負けそうになりながらもやっと…、やっと書き上げられた感じですが…、まだ実は書き足りない感じが否めない…、そんな感じのサルタナです。
今回の再投稿版からは、1ページ一万文字程度に収めていきたい…と言う目標の元に書いて居たのですが…、早速オーバーしてしまいました。
言い訳は、先に述べて居た通り…書き足りなかったのです。
思わずナターシャとかマサトとか、そこだけは当初思い描いてた内容とは大きく掛け離れて描き過ぎてる様な感じさえあるぐらいに…、
でも前回の小説とは異なり、サクサク読める様に短い書き方にこだわって色々と内容を省いて、読み進めて行かないと分からない、と言う感じを比重に置いた書き方はしてない……つもりです。…多分。
まぁ、ストーリー的な内容や設定とか、お気づきかも知れませんが練り直してますので、以前読んだ方も楽しんで頂けますと幸いです。
では、今日はこの辺で…、ではまた次回の投稿でお会いしましょう。