表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/113

フルートとピアノのセッション

 条件は揃った。あとはディサナスからの情報を引き出すだけ。早足で向かう僕に走り寄りながらカロリナは鋭い声を投げつけた。


「本当に大丈夫なの!?」


「大丈夫じゃないかもしれないから、カロリナを呼んだんだ」


「そんな計画無謀すぎるわよ! もし、ことがバレたら大変な騒ぎになるわよ! 囚人に武器を渡すなんて!!」


 カロリナが心配するのも無理はなかった。今からこのフルートをディサナスに渡して僕のピアノとセッションしようとしているのだから。しかし。


「ディサナスは囚人なのか? 確かにいくつかの犯罪は犯しているし、王宮を襲撃したことは確か。だが、正式な裁判を経て刑を受けたわけではないだろう」


「だけど危険な人物であることには変わりないじゃない! そんな相手にフルートを渡すなんて!」


 昨日、マリーとともに臨んだ試験で、いやマリーと二重奏を奏でたこの日々で、僕は一つの仮説を思いついていた。言葉を介さない交流の方が、直観的に相手を深く理解することができるのではないか、ということ。マリーの創り上げた音と現象はきっとマリーの思いや願いを具現化したものだったし、今まで聞いた全ての音楽を表現しようとした僕の音も同じ。フルートが使えるディサナスならば、ともに演奏することで今まで見つけられなかった何かをもつかむことができるのではないか。それがたとえ不協和音だったとしても。


「それに、あの子の不協和音、苦手なのよ。神経が乱されるというか。演奏に集中できなくなってしまう。対処しきれるかどうか……」


「だが、時間がない。それに他に頼める人もいない。そして──」


「もうピアノを運んでしまってるって言うんでしょ。わかったわよ! もう、やるしかないじゃない!」


 試験のあとオーケ先生は、おそらく全てを正直に話してくれた。国の情報をエルサ・カールステッドに伝える一種のパイプ役であったこと、反乱軍奇襲の情報はオーケ先生から特別演習の報を伝えられたエルサが独自に調べてつかんだ情報だったこと、エルサが旧王家のシグリッド元王子と行動を共にしていること、その目的、理由、そして、それとは関係なく、僕を生徒として育てたいと思っているということ。


 オーケ先生がエルサとつながっていることがわかった以上、バルバロッサ卿が敵とつながっている可能性は格段に高くなった。そうだとすれば、あとは、反乱軍の目的をハッキリさせて、次の行動を予測するのみ。


 ディサナスがいる部屋の扉をノックすると、ややあって戸惑いを含んだ声が返ってきた。急にピアノが運び込まれて、ディサナスらも驚いているに違いない。僕の持つフルートを見たら、きっとさらに疑問を深めるだろう。


「カロリナは外で待っててくれ」


 ちらりと後ろに視線を向けて、ささやくようにそう言うと、カロリナは小さく息を吐いてうなずいた。


 大きく息を吐き出すと、わざと時間をかけて内ポケットから鍵を取り出し、部屋の鍵を開ける。カロリナの姿が見えないようにドアを半開きにして中へ入ると、素早くドアを閉ざした。


「………………………………………ハルト?」


 ディサナスは立っていた。少し首を傾けて斜め上を見上げるようなその青色の瞳には、疑問符が浮かんでいる。


「ディサナス。これを……」


 目の前に差し出した白金のそれを見て、ディサナスの瞳が大きく見開かれる。


「…………フルート…………?」


 笑いかけるように少し口角を上げて、フルートを突き出すと、ディサナスは、灰青色のローブの袖から色白の華奢な手を出してそれを受け取った。しばし感触を楽しむように、フルートを両手で踊らせる。


「そのフルートと、そこに置いたピアノとで演奏してみたら何かがわかるんじゃないかって」


 再び視線が僕を捉えたところであらかじめ考えていた台詞を吐く。


「どんな些細なことでもいい。ディサナスの、君達の、大事な記憶を取り戻したいんだ」


「それは危ない橋だぞ、ハルトよ」


 急に声が低音へと変わり、グスタフは頭からフードを取ると、邪魔そうに髪をかきあげた。予想通りだ。


「お前も知ってる通り、確かにディサナスは記憶を、そこに付随していたはずの感情を、自分自身を取り戻したいと願っている部分を持っている。だがそれと同等かあるいはそれ以上に真実を恐れている。その恐れは、しかしディサナスには知覚されていないんだ」


 鋭い碧の双眸そうぼうからの視線を逸らさずに、僕はさらに一歩進んだ。 ジャケットの内ポケットに入れたタクトが揺れる。


「その恐れはノーラが引き受けている。そうだろう?」


 全ての重要な(・・・)記憶を持つ人格。記憶がバラバラになるほどの記憶とは、人間の、いや生物の原初的な感情の一つ──恐怖でしかない。


 グスタフは細い眉を上げた。フルートを強く握り締める。


「まさか。ノーラを呼び起こそうと考えているのか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ